**rose ... child **

辛い日々


外は夏になったみたいだね。

症状は良くなるどころか悪くなる一方。
毎日点滴の副作用で本当に気持ちが悪い。
お腹の痛み、腰の痛み、もうどこもかしこも痛くて仕方がない。
なるべく明るいTVや本を見て気を紛らわせていた。
出血は週に一度くらいだったのがほぼ毎日になる・・
鮮血は良くないと言われるが私のは赤茶色の出血なので
まだいいのかな・・・。

毎日毎日旦那は昼夜と面会に来てくれる。
気分や体調がひどく悪い日はどうしても笑顔になれず、
言葉も出ずということも多々あった。

jyoは毎日、義母か義父のどちらかが連れて来てくれた。
すごく大変だったと思う。
我がままなjyoは当時さらにわがままで義父母を困らせていた。
でも義父母の私に対する嫌な顔はその時も今も見たことはない。

あんなに私になついていたjyoがそうでもなくなってきていた。
寝たきりの私はjyoには何にもしてあげられていない。
寝たままゆっくりお話したり絵を書いてあげたりしか出来ないもんね。
こんなつまらない病院でつまらないママよりバアバと公園に行く方が
楽しいに決まってる。
でも「帰ろう、バアバ」と小さい声で私に気遣いながら言われて
ママは「バイバイ、またねー」っと笑顔で手を振っていたよね。
苦しいほどの強がりだったよ。
辛くて辛くてもうjyoは私よりバアバの方がいいんだ・・
私は必要ないんだ・・・
ってすごく落ち込んで泣いていたよ。

まだまだ切迫流産は長い。まだ18w~20w。
私の目標は切迫早産期(22W)にはいることだった。
私の住む町は超未熟児を扱う(NICU)病院がない。
何度も他市(車で2時間)の病院への転院を悩んだ。
でも今私がなんとか頑張れているのは旦那とjyoに会えるから。
それが週に一度会えるかわからないことになるなんて
考えられなかった。もちろんお腹のBABYのことは
すごく守りたかったけれど、私は強くなれなかった。



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