帰って来たかえるのへや

その17)09月20日記



「お母さん、ありがとう」.....?
ぎょっとした。
ありえない言葉だと思った。
アカネにありがとうと言ってもらえるような関わりはしていない。
むしろ感情を暴発させて怒ってばかりいた。叩きもした。
こころとは傷ついた自分を休ませるためになら
どんな心地よい台詞でも編み出してくるものなのだなあ。

でもこの台詞でわたしが楽になったかって?
わたしは確かにほっとしたよ、一瞬は。
アカネはわたしが彼女を結果的に殺した事を、
生前の彼女を扱ったやり方を恨んでいないんだ、と
アカネへの気持ちはそっちのけで、自分の保身だけでほっとした。
そしてこういうやり方でほっとする自分を恥じた。

この言葉に対してたとえばこんなふうに応じられるわたしであったら良かったのに
(こんなセリフ口が裂けても言えない)。
「アカネちゃんこちらこそありがとう、あなたに会えた運命に感謝します。
学び多き関係を力一杯生き抜いたお互いの健闘をたたえあおう。」

が、わたしの気持ちを一層波打たせ落ち込ませる事で
この言葉は自分自身で生み出したものではなく、
本当にアカネがくれたメッセージなのかも?と逆に考えさせられた。
そもそもアカネに「お母さん」なんて呼んでもらう事自体
考えられない事だった。
アカネに母と認めてもらえているなんて思えなかった。
ゴウやアキラになら「か-ちゃ-ん」と甘え怒りされる様子は簡単に想像できたが。
その呼び掛けの突拍子なさにそれもまたこのメッセージの信憑性を上げた。
そしてもしもアカネが話すとしたら、
こんなきちんとした少しも崩れない(崩す融通性がない)言葉遣いは
彼女らしいと思われた。
わたしはこの言葉がわたしを叱咤激励するが故に
本物の言葉だと受け取る事にした。

そしてもしも本当なら、こんなわたしにありがとうと言ってくれる
彼女の気持ちをきちんと受け取らなくてはと思った。
アカネ、あんなあれこれ入り交じった感情の粗暴なやりとりの中で
それでもわたしにも確かになかったとは言えない
あなたを思う真心を汲み取ってくれたの?
そしてそれに感謝してくれるの?
そんな事ができるなら、アカネ、あなたはわたしより遥かに尊い。






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