旅籠つばき屋 新館「風呂宮亭」

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妊娠悪阻(妊娠判明~妊娠8週頃の日記)



○1997年11月19日
 10月に結婚してここに引っ越して来る時に生理が終って以来、次の生理がまた遅れてるな~、と思い始めたのが数日前。ここんとこ身体の調子がおかしいので、風邪かな?と思い、キャベジン(胃腸薬)やセデス(鎮痛剤)を飲んだりもしてみましたが、一時的に良くなるものの、やはり調子が悪いです。我慢しながら仕事には行きましたが、身体がだんだんしんどくなってきたので「もしや?」と思い、薬局で妊娠検査薬を買って調べてみました。結果は「陽性」・・・え?何かの間違い?というわけで翌日近くの病院に行って調べてもらうことにします。

○1997年11月20日
 家から歩いて2~3分の所にある谷病院。ここの町では数少ない大きな病院。内科や外科、整形外科に小児科、産婦人科などけっこうたくさんの科が揃った病院です。
 ここの産婦人科に行って、はっきりと調べてもらうことにしました。検査は昨日やった検査薬と同じ要領。結局検査結果は「陽性」。予定日は来年の7月4日と言われました。この時診てくれた先生は30代半ばの女医のA先生。内診して超音波で中を覗いてもまだ何も見えませんでした。再来週また来るように言われてこの日は帰りました。

○1997年11月30日
 毎年恒例の「夜会」に行くことに。前々から予定していたので体調はまだあまり良くなかったんだけども、ムリを押して上京。スニーカーと、いかにもマタニティというようなジャンパースカートを着て行くと、シアターコクーンの会場係の人が「ひざ掛けお持ちしましょうか?」と席に声を掛けに来てしまいました。お腹はまだまだ出ていないのに、いかにもという格好だったからか、だんなにそれを言ったら後で「お前が太っているからだよ」と笑われてしまいました(^^;;

○1997年12月1日
 だんなもσ(^^)も午後から仕事に行かなくちゃならないので、ホテルを朝イチでチェックアウトして朝早い新幹線で帰ることになりました。帰りの新幹線の中で買って来たサンドイッチなどを朝食代わりにつまもうとしたんだけど、どうも気持ち悪いし、食欲も出ません。郡山駅からはσ(^^)はそのまま仕事に直行して、仕事中に結局吐いてしまいました(--;
 >この時まだ会社には伏せてありました。
 我慢してそのまま夕方まで仕事を続けて帰りました。

○1997年12月2日
 朝、起きるとものすごく気分が悪く、身体がとてもじゃないけど起き上がれる状態ではなかったので、そのまま会社に風邪ということで連絡して欠勤させてもらい、病院へ行って何か薬をもらって来ようと思いました。
 この日の担当医は年配の男のO先生。待合室で待っている時、もう身体が起きていられないので、長椅子に横になっていたら、看護師さんがびっくりして「大丈夫?」と声を掛けてくれました。
 尿を採らなくてはならず、しばらくトイレで粘っていてもなかなか催せず、何度かそれでもトライしてみるものの、全く採れそうにもないし、そのうちだんだん具合もかなり悪くなってきたので、看護師さんに「すいません、採れないんですけど・・・」と謝りました。すると「あら~、それじゃ仕方ないから管で採ってもいいかしら?」と言うのでそうしてもらうことにしました。
 先生もびっくりしていましたが、つわりによる脱水症状を起こしていたようで、「妊娠悪阻」・・・つまり重症のつわりと診断されてしまいました。
 ほとんど食事もできないので、先生に「入院して点滴しないとダメだね」と言われ、その日の午後から入院することになってしまいました。
 会社に「実は・・・」と電話で事情を話すと、さすがに所長は困った様子だったけども、1週間くらいだろうと言うと、また退院が近くなったら電話するよう言われました。

○1997年12月3日
 昨日入院してから、1日3本の点滴。栄養が取れないので栄養剤を打っています。食事はつわり食で他の人とは違うメニューになっています。しかし、ご飯は普通のご飯なんだけど、どうも匂いを嗅ぐと「うっ!」と来てしまいます。つわりが始まってからずっとそうなんだけど、ここんところは果物類しか口にできなくなってしまいました。病院の食事もロクに手を付けられません。看護師さんには「しばらく蓋を取って、冷ましてから食べてみて」と言われるんだけど、それでも受け付けようとしません。
 結局、果物やヨーグルトなどのさっぱりしたものしか食べられませんでした(--;

○1997年12月4日
 点滴をするようになってから体調がだんだん良くなってきました。
 ここの部屋は大部屋で6人部屋に6人びっちり入っています。切迫早産で輸液ポンプを付けた妊婦さんが3人と、妊娠中毒症の妊婦さんが1人、もう1人が婦人科の病気で入院している中年のおばさん。切迫の妊婦さんのうち2人はけっこう重症らしく、あまり動けないらしいです。みんな12月後半~1月が予定日の人ばかり。あまり話をするような雰囲気ではないのでちょっと退屈。

○1997年12月10日
 日が経つにつれ、点滴が1日3本から2本へと減らされ、最終的には1本、食べられるようになったら点滴をやめて、とだんだん体調が回復してきました。この日の回診時にA先生に「そろそろ帰っても大丈夫でしょう」と言われ、退院が決まりました。
 すぐに会社に電話を入れたんですが、所長に「次の人に来てもらうことになったから、明日から来なくていいですよ」と言われてしまい、いきなりショックでした。せっかく1ヶ月前に就職したばかりなのにクビ・・・すごいショック!!!まぁ、名目上は「ムリせずゆっくり休んだ方がいいですよ」とは言っているものの、ていよく厄介払いされてしまったようなもんです(;;)まぁ、これも仕方ないか・・・

○1997年12月11日
 10日間の入院生活が終って自宅へ帰りました。良かった、ホッとした~=3

○1997年12月12日
 クビになってしまった会社に退職の挨拶をしに行きました。1ヶ月分の給料と私物や書類などをもらって帰ります。このショックは後々までひびくんだろうなぁ・・・

○1997年12月13日
 今年の「夜会」の2回目。まだ体調が万全とまではいかなかったけど、前よりは元気なので良かったです。グッズを買うために並んだりしたので、身体を冷やさぬように完全防備で行きました。でもやっぱり疲れた~(^^;;

○1997年12月15日
 この日から、町の郵便局で早朝と夜、交代で郵便の仕分けのアルバイトをすることになりました。この日は朝6時半から。郡山中央から来た到着便を区域ごとに区分けするのと、朝イチでポストから集めてきたものを郡山へ送るように仕分けするのです。妊婦ということもあって力仕事などは局員さんにやってもらうことにしてもらいます。以前年賀のアルバイトを何年かやっていたというと人手不足ということもあり、二つ返事でOKが出ました。しかし、朝、寝起きバナともあって、やはり吐きながら仕事ということになっちゃいました(--;;
 午後から母子手帳や書類などを取りに、役場へ歩いて出かけました。
 >この当時、我が家にマイカーがなかったの(;;)
 この日、あまり天気が良くなくて、風の強いみぞれ混じりの日だったんだけど、タクシーを呼ぶのももったいないので歩いて行きました。
 しかし、母子手帳の発行は役場じゃなくて、体育館の中の「保険相談室」に行ってくれと言われてしまいました。この町に来たばかりで、まったく地理も知らないσ(^^)、役場の人に教えてもらうと「ここから歩いても15分くらいで行けますよ」というのでそのまま地図で教えてもらって出かけました。
 ところが、この身重の身体でこの悪天候の中、ようやく探して30分近くも掛かってしまいました(^^;;
 「役場のにーちゃんの嘘つき~!!(--メ」
 保険相談室では保健師さんがいろいろと親切に対応してくれて、この天候の中、歩いて来たと言うとさすがにびっくりしていました。

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