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連休最後の日の夕方、ある自動車学校の待合室のソファーに座りテレビを見ていた時だった。隣に座った同年代の人が話し掛けてきた。お互い作業着だったので、声を掛けやすかったのだろう(笑)。聞けば、大型二輪の免許を取るために通っているとか。今は、400CCのバイクに乗っているが、長年の夢であった大型二輪に乗ることを奥さんが漸く許して?くれて、今週末、な、なんと、ハーレーの1600CCを業者が自宅に持ってくるという。まだ、免許も取ってないのに(笑)。こんな話を聞くと「羨ましい~~~」と、つい言いたくなる。バイクの話のついでというわけではないが、先日会った人は自家用機を持っていると言うから驚いた。セスナか何か機種は忘れたが、5、6人での共同購入とは言え、羨ましい話だ。そう言えば、共同でヨットに乗っている人がいたが、その人は、仕事よりただひたすら余暇を楽しんでいるようだった(笑)。人それぞれ生き方があり、仕事が生きがい、仕事が趣味でも構わないと思う。他人がとやかく言うことではない。私の場合、仕事、仕事で生きてきたのは確かだが、生き方とか趣味とかの以前に、身体を動かしたいという気持ちが強い。たまに映画を観て、本を読み、身体を動かすのは歩く程度・・・トホホ。馬鹿力だけが自慢で体力には自信があったが、頚椎のヘルニアになって手術をして以来、全く自信が無くなってしまった。足腰ガタガタで走れないので、草野球とか登山は難しく、誘われても断っていた。しかし、身体の不自由な方から見れば、余りにも贅沢な悩み?みたいなもの。贅沢とは分かっていても、今やらないと、よく言われる『像の鎖』のように「やれない」と自分自身で決めてしまっている気がする。・・・ちょっと、大袈裟だが(笑)。さて、それなら何をやるか?。羨ましい、羨ましい、と言っていても、始まらない。そうは言っても、飛行機、ヨット、とても手が出ない。そんな時に、高速を走っていたら、ハーレーを見てしまったわけで・・・。金欠なので、これまた手が出ないが、その前に先ずは免許がないと、と思い立ったが吉日、気が付けば日曜日の自動車学校入校式に出ていた(笑)。周りは、オニイチャンやオネエチャンばかり。横浜に行くのを止めてまでして、俺は何をしているのか?(笑)。入校式、適性検査、と続き、最後は1時間だけ「大型二輪」の技能実習。今の我がままで言うことを聞かないこの身体で、果たして大丈夫か・・・なんて考える暇もなく始まってしまった。インストラクターが遥かに年下なら、私の他の生徒は子供のような若者が数人(笑)。最初は、750CCのバイクを押して行き、一度倒して引き起こし。足腰ガタガタと言っても、こんなものはヘッみたいなもので、ヘルニアになる前だったら、片手で起こして肩に担いで、スキップしていたかもしれない・・・なんて、できる訳はないが、まだまだ余裕。ところが、跨いでみると足の悪いのを改めて実感。まずいな~~~、と汗が出てきた。左から乗るのは問題がなかったが、途中右へ降りろと指示が・・・。やばい、悪いほうの左足が言うことを聞かない。足が上がらない・・・いや、ただ単に短いだけか?(笑)。仕方がないので、左手をハンドルから外して、その手で左足のズボンを掴み上げようとした・・・。その瞬間、あっと言う間にバランスを崩し、それでも、歌舞伎役者のように片足でオットットット、とケンケンしながら・・・なんて、出来るわけはなく、文字通りもんどり打ってひっくり返ってしまった(泣)。それでも、百戦錬磨?の鍛冶屋の息子。何も無かったかのような表情で、バイクをヒョイッと起こしたまでは良かったが、前輪ブレーキのレバーが折れていた(泣)。これはまずいと思っていたら、何も言わずにバイクを換えてくれたのは、有り難かったですね。私も肘当てをしていたので、ケガもなかったですからね。それから、漸くエンジンを掛け、ゆっくり20mほど走らせて、元に戻るの繰り返しで、アッと言う間に1回目が終了。汗というか冷や汗というか、流れる汗が我が肉体を物語っていましたね。ちょっと、ショックでした。そうは言っても、遣り始めたものは最後まで遣らないとですね。2回目の時に、冒頭のハーレーを買う人と一緒になったのだが、この回からコースの外周を走らせてくれて、やっと一息。これで分かったのは、ギアを変えるのに左足は問題はなく、右もブレーキを踏むのに問題がないこと。大袈裟に言えば、神様がギリギリのところで私を助けてくれた、こんな感じですね(笑)。そして、2回目も無事終了。スケジュールの関係で、なかなか続けて通えないと思うが、何とか11月の末までには、終わらせたいですね。それにしても、零細企業ながら日頃「社長、しゃちょう、シャチョウ」と煽てられ、いつしか錯覚していたのかもしれませんね。インストラクターが遥かに年下なら、生徒は子供のような若者が殆んど。そんな中に身を置くと、ただのオヤジ、ただのオッサンでしかありませんから、丸裸にされた気分(笑)。たまたまいた同年代の人も言っていましたが、こんなこと、こんな刺激はなかなか味わえません。今の自分を知る良い機会ですし、初心に帰る良い機会かもしれませんね。それではまた。若い頃、ハーレーではなくモンキーに乗っていたことがある。走っている姿を見て「森のくまさん」と言われた。そんなに可愛くはないが???。クリックしていただけると励みになります!!!オガチは、落ちても落ちても飛ぶのを諦めない鳥!夢を諦めるのは早すぎるぜ!『オガチの会』無意味に熱いバカ男バカ親父+違いが分かる粋な女たちの会! 『敗者復活戦』の物語を初めから読みたい方は⇒こちらへジャ~ンプ! 会社のサイトです。こんな仕事をやっています。
2009/09/25
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今日は、高速に乗って一っ走りの予定だった。5月の連休の時は、早朝に高速に乗り、行きだけは渋滞に遭わなかったので、ちょっと舐めていた。目的地がそんなに遠くなかったので遅く家を出て、高速の入口に近づいたら渋滞情報の電光掲示板が見え、思わず「う~~~ん」と唸ってしまった。しかし、ここで怯むような私ではない、とは言わない?。買い物に行き、レジで並ぶのでさえ苦手な私が、何キロ渋滞なんて真っ平御免(笑)。今回は、そう遠くはないので、下の道を走ることに。途中、峠道を走ったが、ここでも渋滞になっていた。麓にある有名な寺院に参拝する人たちが詰め掛けていたようだ。その渋滞を抜けて感じたのは、不況だの不景気だの言ってるけど嘘だろう?、ということ。千円だから高速が渋滞するのは分かるが、本当にお金が無かったら、こんなに車使って移動は出来ませんよ(笑)。この活力があれば、直ぐは無理かもしれないが、必ず景気が上昇する日が来ますね。まっ、能天気に、そして楽天的に考えないとね。今日は、一日車で走り回って終わってしまったが、夕方の知人からのメールで『終わりよければ全てよし』みたいな気分になれた。人の幸せは、時として妬ましいこともあるかもしれないが、今日は、幸せの御裾分けをいただいた気がした。さて、今日はそろそろ寝ることにしよう。おっと、気がつけば久々の休肝日。不思議と飲む気がしなかった。こんな日も、たまにはないとね(笑)。それではまた。今日は、ちょっと取り留めのない話になってしまった。読み流してくだされ!。クリックしていただけると励みになります!!!オガチは、落ちても落ちても飛ぶのを諦めない鳥!夢を諦めるのは早すぎるぜ!『オガチの会』無意味に熱いバカ男バカ親父+違いが分かる粋な女たちの会! 『敗者復活戦』の物語を初めから読みたい方は⇒こちらへジャ~ンプ! 会社のサイトです。こんな仕事をやっています。
2009/09/21
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長過ぎた自民党支配が終わり、民主党政権が誕生した。民主党が良いというよりも、自民党支持者でさえうんざりするような醜態が続き、自民党は見限られた。「脱官僚」を旗印に鳩山内閣が誕生したが、本来この中心にいるのはこの人だったはず。石井紘基元民主党衆議院議員(Wikipedia)石井紘基ホームページこの人こそ腐敗官僚刷新の急先鋒として、利権を持つ議員や官僚、企業から忌み嫌われ怖れられていた。その正義感故、闇の世界の核心に迫り過ぎたためか、2002年に刺殺されている。石井紘基刺殺事件(Wikipedia)多くの方がご存知と思うので、これ以上の説明は要らないだろう。しかし、生前のこのドキュメンタリーは必見!。まだ見ておられない方は、是非見てください。日本病 石井紘基衆議院議員 1-5日本病 石井紘基衆議院議員 2-5日本病 石井紘基衆議院議員 3-5日本病 石井紘基衆議院議員 4-5日本病 石井紘基衆議院議員 5-5故人の遺志を継ぐはずだった民主党が、かなり及び腰なのが気にかかる。況してや、代わりに出馬した元放送局の解説者?のアナウンサー口調での「石井紘基氏の遺志を継ぐ」という台詞が虚しい。お嬢さんの石井ターニャさんの本音が痛々しかった。それでも、それでも、・・・今度ばかりは一つでも変えてほしいと願っている。石井氏はたった一人で、あそこまで孤軍奮闘で頑張っておられた。今度は政府として権力を振りかざしてやれるのだから、出来ないことはないだろう。やらないと、石井紘基氏の遺影に顔向けなんかできやしない。先駆者とも言える「石井紘基の遺志」を忘れないでほしい。青息吐息でも先日消費税を払い、毎月社会保険もきちんと払っている零細企業のオヤジとしては、もう我慢ならないのだ。但し、公共事業が無くなれば、一時的に大混乱になる可能性があるが、これを乗り切れば・・・。とにかく、しばらくは目が離せない。ちなみに、私は特定の政党を支持しているものではない。それではまた。石井紘基氏の奥様とお嬢さんに、二度と禍が降りかかりませんように!クリックしていただけると励みになります!!!オガチは、落ちても落ちても飛ぶのを諦めない鳥!夢を諦めるのは早すぎるぜ!『オガチの会』無意味に熱いバカ男バカ親父+違いが分かる粋な女たちの会! 『敗者復活戦』の物語を初めから読みたい方は⇒こちらへジャ~ンプ! 会社のサイトです。こんな仕事をやっています。
2009/09/17
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先日、ある会社から封書が届き、それを見て私は柄にもなく花束を手にして伺った。花屋さんなど滅多に行かず、行くと居場所がないような恥ずかしさを覚えるので、選ぶのはすこぶる早い。長くても3分以内?で、包んでもらう待ち時間が長く感じる(笑)。その花を贈った方は、この夏で事業を整理し引退される。届けられた封書は「会社廃業の御挨拶」だった。私の顔を見て開口一番「こんなことをせんでいいとに・・・」と笑顔で迎えていただいた。この社長は、以前得意先の倒産で数千万の負債を負い、一度は会社が倒産するという経験をされている。しかし、その時逃げもせず取引先に頭を下げ「借金は商売を続けて必ず返す」と約束し、事業を続けることができたとか。逃げなかったことで、迷惑をかけた会社に信用され、引き続き商品を仕入れることが可能となったのだ。それからは、一人で孤軍奮闘され借金を返し、尚且つ小さいながらも自社工場も建てられている。もちろん、陰で支えられた奥様がおられたからこそ、出来たことだと思う。そして、60代後半になってこの不況に遭い「そろそろ潮時」と決意されたようだ。息子さんは、ある会社に勤めていて残念ながら後継者はいない。それでも、こんなことを笑いながら話しておられた。「やりたくない者に無理にやらしたら可哀想だし失敗する。それに、継ぐほどのものでもないよ」九州人らしい竹を割ったような気性だ。そうは言っても・・・失礼ながら余りにうるさいので、私も頭に血が上り、大先輩を相手に何回か遣り合ったことがある(笑)。この際と言ったら、これまた失礼ですが、数々のご無礼をどうかお許しください(泣)。最後に、お子さんたちの話になった。「子供から、お父さんからどこにも連れて行ってもらったことがない、と今でも言われる。その代わり、3人とも大学まで行かせたし、2番目の娘なんか新体操までして遠征ばかりで大変やった~」こう言って、笑っておられたのが印象的だった。この時代に、人に迷惑を掛けずに堂々と廃業できるのは、幸せなことではないだろうか。それは、あの笑顔が物語っている。それではまた。最後は、何があっても逃げなかった者にだけ幸運が用意されているのかもしれない???クリックしていただけると励みになります!!! オガチは、落ちても落ちても飛ぶのを諦めない鳥!夢を諦めるのは早すぎるぜ!『オガチの会』無意味に熱いバカ男バカ親父+違いが分かる粋な女たちの会! 『敗者復活戦』の物語を初めから読みたい方は⇒こちらへジャ~ンプ! 会社のサイトです。こんな仕事をやっています。
2009/09/15
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9月の連休は 、横浜に遊びに行くつもりだったが、それを止め、あることにチャレンジする。 チャレンジ?、ちょっと大げさかな。 以前のバカ力だけが自慢の私だったら、へっみたいなことだけど、首の手術までして足腰ガタガタの今では、情けないかな恐怖感がある。 それでも、今やらないと、もう諦めることになる、と思い立った。 オガチは、そう簡単に夢を諦めないのだ(笑)。 「社長」とか言って、おだてる人もいないところで、恥をかき汗をかくのも悪くはないだろう。 何を今更、ではあるし体もちょっと心配だが、楽しみながらやることにしましょう。 何をやるか?。 それは・・・内緒(笑)。 それではまた。
2009/09/14
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先週の火曜日の夜だったか、夜遅く食事をしながらテレビを眺めていると、映画監督黒澤明の顔が目に飛び込んできた。僅か10分足らずの番組だったが、映画の撮影風景やインタビューが凝縮されていて実に面白かった。先日、ある方が「生きがいが見つけられない」と書かれていた。「生きがいは、今ある目の前のことがどんなにくだらなくても、それを懸命にやらないと見つけられない」とコメントした。聞きかじりの偉そうなコメントではあるが・・・。黒澤明の番組とこのことが何か関係があるのか?。驚くなかれ、インタビューの中で黒澤明が同じようなことを言っていたではないか。「つまらない仕事でも一生懸命やれば面白くなる」若い人に対して、いつもこんなアドバイスをしていたという。そして、こうも言っていた。「努力だけでは続かない、面白いから努力できる」どんな人でも、面白くもないものをそうは続けられない。続けるために面白いものを探すのではなく、今目の前にあることを面白くして続けるのだ。自分探しの旅で、遠くを見ることも悪くないかもしれないが、本当の自分は足元にあるのかもしれない。黒澤明ほどの人なら、もっと人を見下したようなことを言われるかと思ったら、やはり我が尊敬する偉大な監督は、驕らず分かり易く語ってくれる。撮影現場では、完全主義者として恐れられ、時には激昂して人を怒鳴ることも少なくなかったようだが、普段はなんと優しい眼差しなんだろう。私がいい年をして時々カッカカッカとするのは、おかしくはないな、と一人で言い訳のように納得(笑)。しかし、この一言には参った。「私は完全主義者と言われるけど、ものづくりをしている以上当たり前のこと」「頭で映画を作ろうと思ったら駄目、心で作るものにならなければ」映画ではないが、ものづくりを生業にしている私には、強烈なメッセージだった。それではまた。此処のところちょっと忙しい。悪かった前半戦の分まで、取り戻してやるぜっ!!!クリックしていただけると励みになります!!! オガチは、落ちても落ちても飛ぶのを諦めない鳥!夢を諦めるのは早すぎるぜ!『オガチの会』無意味に熱いバカ男バカ親父+違いが分かる粋な女たちの会! 『敗者復活戦』の物語を初めから読みたい方は⇒こちらへジャ~ンプ! 会社のサイトです。こんな仕事をやっています。
2009/09/13
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土曜日のオガチの会+人力の会の定例会は無事終了。定例会と言っても、大げさなものではなく、少人数でざっくばらんに語り合う人間交流会。今回初参加のYさんと、紅一点ながら物怖じせず明るかったSさんも、初めてとは思えないほど打ち解けていました(笑)。類は友を呼ぶで、自然と馬が合う人たちが寄ってくるのかもしれないが、少人数(少数精鋭!)の会の良いところだと思いますね。例会のお知らせもしていましたので、当日の内容を一部紹介させていただきましょう。先ずは、真面目に講演ビデオを鑑賞。講師は、今やあるのが当然となった宅急便の創設者であるクロネコヤマトのヤマト運輸・元会長小倉昌男氏(故人)。主題は、経営哲学「時代に挑戦する経営者のあり方」。以前は、宅配と言えば郵便小包しかなかった。企業間だけの取引では過当競争となり、最後は値下げ合戦となる。そこで、目を付けたのが一般家庭の小包。郵便小包、国鉄小包、という御上(国)が独占している市場に、民間が殴り込む。発想は、親方日の丸の郵便局以外に競争相手がいない。要は、郵便小包より安い料金でサービスが上なら、必ず勝てる。先日書いた真田幸村ではないが、「必ず小は大に勝つ」という強烈とも狂気とも言えるような執念がなければ、郵便小包というモンスターに喧嘩など売れはしない。しかし、執念は狂気染みているが、頭の中は至って冷静で考え方はシンプルそのもの。真田幸村も普段は「柔和で辛抱強く、物静かで言葉も少なく・・・」だったようですから、古今東西大を成した人たちは、此処一番の時だけ恐れを知らぬ兵(つわもの)になるんですね。それに比べて、いつもカッカカッカ?している私のなんと情けないことか(泣)。こういう小倉氏だったからこそ、最初は10年間は、郵便局に勝つために採算を度外視してサービスの向上に努めたとか。その時の謳い文句が『ダントツサービス』。言葉は言霊、シンプル・イズ・べスト!。『ダントツサービス』・・・若い女性社員が提案した言葉を採用したようですが、なんと良いネーミングでしょうか!。その後、『社員のゆとり』、そして『安定した利益率』という相反する三つが経営戦力の中心となったようだ。『ダントツサービス』『社員のゆとり』『安定した利益率』サービスが先、利益は後。理屈は考えず先ず実行する。理屈は後から考えればいい。私が小倉氏と同じことは逆立ちしても出来ないが、「必ず小は大に勝つ」という気概だけは負けずに持っていたい。この講演ビデオの余韻が冷めぬまま2次会へ突入。ところがどっこい、飲み始めたら『ダントツサービス』のことは忘れてしまって、下ネタ?も飛び出す、普段通りのざっくばらんな会に戻ってしまった(笑)。初参加の紅一点のSさんも、堂々?と話に付いてきてくれました(笑)。そして、3次会はショットバーへ。久しぶりにボギー?になっちまったぜっ。しかし、ボギーになりながらも此処では、仕事や人生について、かなり真剣な話が出来ました。メンバーの仕事について意見を求められ、厳しい意見ながら率直に言わしてもらったり、私の生き方にもアドバイスいただいたりと・・・。そして、気がつけば午前2時を過ぎていて、私は皆と別れ、安ホテルまでトコトコ?と一人歩きながら、楽しかった例会の余韻に浸っておりました・・・なんのこっちゃ(笑)。オガチの会のメンバーに限らず、ざっくばらんに人間交流をされたい方は、次回は10月末の予定ですから、よかったら参加してください。経営者とか会社員とか関係ありませんので、会社員の方も是非どうぞ!。もちろん、怖いもの見たさでも良いですから、勇気ある女性は大歓迎です!。但し、立場に関係なく毒舌が飛び交っていますから、それに耐えられる人じゃないといけませんが(笑)。それではまた。翌日の日曜も一人の社員は工場で仕事をしていた。私も、眠い素振りも見せず出勤。昼は、社員の労をねぎらうためファミレスでデート?したが、さすがに午後は早めに帰宅・・・トホホ。勝手気ままな社長に付いて来てくれる社員に感謝しないといけないな!クリックしていただけると励みになります!!! オガチは、落ちても落ちても飛ぶのを諦めない鳥!夢を諦めるのは早すぎるぜ!『オガチの会』無意味に熱いバカ男バカ親父+違いが分かる粋な女たちの会! 『敗者復活戦』の物語を初めから読みたい方は⇒こちらへジャ~ンプ! 会社のサイトです。こんな仕事をやっています。
2009/09/07
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今日は、目の定期検診のため早めに帰宅。網膜を見るために眼底検査をしたのだが、そのために瞳孔を開く目薬を点していたので、先程までパソコンの画面を見ても目がおかしかった。漸く、元に戻ったので、ちょっと遅い時間となりましたが、例会の案内をさせていただきましょう。今度の土曜日、オガチの会と人力の会が一緒に勉強会をやります。二つの会と言っても、殆どダブっているんですけどね(笑)。今回は、先日オガチの会に誘ったばかりの人も参加予定。益々、個性的な変わり者?ばかりの会になってきました(笑)。そうは言っても、経営者だけでなく、サラリーマンの方も参加しています。オガチの会のメンバーはもちろん、メンバーでない方も、怖いもの?見たさで良いですから、興味がある方は参加してください。勇気ある女性の参加もお待ちしています!。会場の関係で、今まで告知はしたことはありませんでしたが、毎回10人弱の少数精鋭の勉強会となっています。午後7時頃から1時間くらい講演ビデオを見た後、近くの居酒屋で2次会をやります。地味で良いですから、なが~く続けていければ最高ですね。参加されても特典は何もありませんが、特典以上に素敵なものがあります。それは、鍛冶屋の息子に会えること?・・・なんのこっちゃ(笑)。それでは、よろしくお願いします!。何人かに電話したら、金曜、土曜が忙しい人も結構いらっしゃいますね。金、土、が駄目なら、平日ファミレスでデート?しましょう!!!。クリックしていただけると励みになります!!! オガチは、落ちても落ちても飛ぶのを諦めない鳥!夢を諦めるのは早すぎるぜ!『オガチの会』無意味に熱いバカ男バカ親父+違いが分かる粋な女たちの会! 『敗者復活戦』の物語を初めから読みたい方は⇒こちらへジャ~ンプ! 会社のサイトです。こんな仕事をやっています。
2009/09/03
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三途の川を渡るための船賃「六文銭」。この不吉とも言える「六文銭」を旗印に、徳川家康を震え上がらせた真田昌幸、その子幸村。諸説あるようだが、「六文銭」の旗印は、真田家始祖とも言える昌幸の父幸隆が、身命を賭して武田信玄に仕えて家名を残す覚悟で用いたとされている。信玄に高く評価された幸隆の智略と武勇は、その子や孫に受け継がれている。武田滅亡後、第一次上田合戦(神川合戦)に於いて、7百の兵で7千の大軍の徳川軍を散々に撃ち破り、真田の名を天下に轟かせる。第二次上田合戦では、関ヶ原に向かう家康の嫡子秀忠の3万7千の大軍を、2千の兵で翻弄し徳川軍はパニックとなり、遂には秀忠は、関ヶ原に遅参するという大失態を演じている。しかし、関が原での西軍の敗北により、真田昌幸、幸村父子は、高野山の麓の九度山へ蟄居を命ぜられる。それも、随行はたったの16人。そして14年後、既に昌幸は亡くなっていたが、日本一の兵(ひのもといちのつわもの)と敵からも称賛されることになる真田幸村が、満を持して表舞台に復活する。その舞台は大阪城。大阪冬の陣では、幸村が徳川軍の総攻撃の的になる『真田丸』を築き立て篭もり、日本中の大名20万の大軍を相手に大阪城を守り通した。翌年大阪夏の陣では、真田隊3千は大軍の中を突破し、家康の本陣に猛攻を仕掛ける。そしてついに家康の『馬印』(本陣の旗)が引き倒された。家康にとって馬印が倒されたのは、生涯で「三方ヶ原の戦」の武田戦と、この真田の特攻の2度だけだ。“真田にこの首は取らせぬ!”踏み倒された馬印を見て家康は腹を切ろうとしたが、これは側近たちに止められたという。しかし、決死の覚悟で臨んだ真田隊だが、多勢に無勢、次第に追い詰められ、遂には幸村も討ち取られてしまう。討ち取られて尚、幸村は英雄になった。夏の陣で幸村の武神ぶりを目の当たりにした島津家当主・島津忠恒(家久)は、故郷への手紙にこう記した(以下抜粋)。「真田は日本一の兵(つわもの)。真田の奇策は幾千百。そもそも信州以来、徳川に敵する事数回、一度も不覚をとっていない。真田を英雄と言わずに誰をそう呼ぶのか。女も童もその名を聞きて、その美を知る。彼はそこに現れここに隠れ、火を転じて戦った。前にいるかと思えば後ろにいる。真田は茶臼山に赤き旗を立て、鎧も赤一色にて、つつじの咲きたるが如し。合戦場において討死。古今これなき大手柄」。家康も「幸村の戦いぶりは敵ながら天晴れであり、江戸城内にて幸村を誉め讃えることを許す」とした。私が真田幸村を何故好きなのか。その武勇はもちろんだが、尊敬して止まないのは、大阪の陣では、浪人衆を束ねて戦ったにも拘らず、これだけの結束と強さを発揮したことだ。祖父や父が仕えた戦国最強武田軍でもなければ、『義』の下に結束する謙信ゆかりの上杉軍でもない。関ヶ原の後、仕官を求めながらも行き場を失っていた浪人たちの寄せ集めで、何故ここまで戦えたのか。徳川方に付いていた兄の智将・信之は、弟の人柄をこう評している。「柔和で辛抱強く、物静かで言葉も少なく、怒り腹立つことはなかった」「幸村こそ国を支配する本当の侍であり、彼に比べれば、我らは見かけを必死に繕い肩をいからした道具持ち。それ程の差がある」。これは連戦連勝の豪傑としての幸村のイメージとは随分異なる人物像だ。しかし、普段はとても温厚なのに、戦場では無敵の漢に変貌するところが人々の畏敬の念を呼び、各地から集まった浪人衆をひとつに結束させた。名だたる武将の中でも傑出した名将だ。戦局不利と見るや身内でも裏切りが珍しくない世に、幸村の家臣は誰も降参しなかった。これも高い人徳ゆえと諸将は感心した。庶民からも歌舞伎・講談のヒーローとされたが、幕府はこれを禁じなかった。後々、『真田十勇士』などの物語が出来るのは、真田幸村の高い人徳、そして深い愛があったからこそではないか。幸村こそ、『何ものにもとらわれず、何ものにもおそれず心のままに』に生きた人だ。三途の川の船賃「六文銭」を旗印に、心には愛を!。それではまた。素晴らしいサイト『文芸ジャンキー・パラダイス』この中の、『真田幸村』のページから一部引用させていただきました。必ず「小」は「大」に勝つ!3年振りにタイトルに書いた。真田幸村になぞらえて、仕事のことを書こうと思ったが、今日は、そこまでは書けず仕舞い(泣)。後日に???クリックしていただけると励みになります!!! オガチは、落ちても落ちても飛ぶのを諦めない鳥!夢を諦めるのは早すぎるぜ!『オガチの会』無意味に熱いバカ男バカ親父+違いが分かる粋な女たちの会! 『敗者復活戦』の物語を初めから読みたい方は⇒こちらへジャ~ンプ! 会社のサイトです。こんな仕事をやっています。
2009/09/02
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