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タンザニア獣医時代

俺は、アフリカで獣医をしていた。

場所は、東アフリカはタンザニア共和国。

アフリカ最大の湖であるビクトリア湖の辺にあるムワンザという街。

そこに、俺の診療所はあった。

ムワンザ州、州立家畜診療所。それが俺の診療所だった。

当時の俺の役職は、Officer in charge、つまりは診療所所長だ。

そして、そこの診療所所長になって。
何でそんな大学でたてのやつが診療所長になったかって？

それはね、俺以外獣医がいなかったからなんだ。
タンザニアはまだまだ発展途上国。やっと最近になって獣医科大学ができたばかりで、国内の獣医師は絶対的に不足していた。
だから政府が外国人を雇うんだ。

大学を卒業してまもなく、アフリカへ渡った僕はまだまだペーペー獣医師。
なんかさだまさしの歌で、ちょうどアフリカで働くお医者の歌詞があり。

-----------------一部歌詞抜粋---------------
ビクトリア湖の朝焼け　１００万羽のフラミンゴが
一斉に飛び発つ時　暗くなる空や
キリマンジャロの白い雪　草原の象のシルエット
何より僕の患者たちの　瞳の美しさ

って言うフレーズに少なからず影響されて、多分自分に酔っていたんだろうとも思うけど。
なんかそんな辺境の地で獣医をやる俺ってかっこいいかも？てな感じでアフリカに行ったんだ。

ところが、現実は異なる。
ビクトリア湖には、フラミンゴなんていなかった（汗）。
ビクトリア湖にいたのは、ハゲコウって言う腐肉食のバカでっかい気味の悪い鳥だった。

更に、俺の患者は獰猛で。
瞳はひょっとしたら美しいかもしれないが。
決してダイレクトに瞳を見てはいけないんだ(笑)。

そして現実は、非常に厳しい。
大体さぁ、大学でたてのペーペー獣医が一体何をできるのか？
アフリカに行ってから、おのれの未熟さ、愚かさに気づいた。
でも行ってしまった後で気づいてもそれはもうアフターザカーニバル＆フェスティバルだ。

まだ大学でたての俺の志は、『そんな俺でもできるだけ多くの患者（動物）を救おう！』てな今考えると鳥肌がたちそうな志を少なからず持っていたんだ。

でもそんな志も現実を目の前にして、覆される。

俺以外にも診療所のスタッフはいた。

俺を含めて総勢7名。時たま他から使いっぱしりや、メッセンジャー、俺らのバイクを直してくれる整備の兄ちゃんとかもメンバーに加わる。

俺の任務は、診療所の運営。

そう、診療所の連中に仕事を与え、そして診療所を経営し、彼らを養っていかなければならなかったんだ。

大学でたてのペーペーにどこまでそれができるのか。

でも、俺はやったよ。
マジでがんばったよ。

なぜなら、俺も含めて診療所の連中みんな、金を稼がねばならなかったからだ。そうしないと飢え死にだ。

当初の動物の命を救おうという俺の志は、俺を含めた診療所の仲間を救おうに変わっていた。

タンザニアは、かつての社会主義国。
お金を稼いで仕事をするという資本主義の概念が、まだまだ薄かった。

これは日本人には常識なんだけど。
『働かざるもの、食うべからず。』これがなかなかわからない。
しかもアフリカ人に、そして元社会主義国の人間にこれを悟らせなければならなかった。

タンザニアにいた時は、まさにサバイバル。

獣医に成り立てほやほやの俺は、そりゃあもう死に物狂いだった。
もちろん獣医としても勉強も当地で必死にしたけど。
それ以上に、大切なものを体で勉強した。勉強したと言うよりは、やつらから教わったんだ。

診療所の連中

上の写真は、俺の診療所のスタッフ連中の一部。
そしてここが診療所の内部だ。
まさに掘っ立て小屋。
ちょっと人物紹介してみよう。

まず手前に座って、こちらにガンを飛ばしてくれているオッちゃん。
彼の名はカラバゲガ。略してカラビィ。←本当ですよ。
彼はこの診療所において、唯一特殊な技術を持っていた。
それは人工授精業務。つまりはウシの種付けですね。

日本じゃ、酪農家の間じゃ、決して特殊な技術扱いはされてはいない。
でも、ここはアフリカ。まだまだ呪医が大活躍の地なのだ。だから彼の技術は、この地では最先端。

彼は、キューバ人よりその技術を学んだそうだ。
そう社会主義国とのつながりだ。

彼のその技術は本物だった。
ただ、残念ながら人工授精に必要な、液体窒素とその種は、このムワンザからはるか遠くのアリューシャというところまで買いに行かなきゃならなかった。

バスで飲まず食わずでまる24時間。
よく買いに行ったけな、二人で。

そんなカラビィは、キゴマという所のハ族出身。でも、キューバ人から勉強したりしていたからほかの部族語やキューバ語も堪能だった。

手前のカラフルな洋服を着ているねぇちゃん。
彼女の名前は、マーガレット・サラキキャ。略してマーゲイ。
アリューシャのメルー族出身だ。

彼女は、この診療所のアシスタント。つまりは助手だ。
日本でいうところのアニテクさんかな？

彼女の得意とする技術は、なんと去勢。
俺とよくつるんで、農家に往診に行ったり、手術に行ったりしてたんだけど。
いつもおしゃれな服を着てくる。
彼女は助手だから、動物をおさえなきゃいけない側で、それで俺が処置をするってな感じなんだけど。
『服が汚れちゃうからやだ。』
だから俺がいつも保定に回り、彼女が注射を打ったり、去勢手術をしたりした。

実はね、保定する側のほうが大変なんですよ。
注射する側って、ぶすっってやりゃあいいだけだからね。

マーゲイの手前で微笑んでいる彼の名は、モシャ。
キリマンジャロのふもとのチャガ族出身だ。

彼はこの診療所で一番頼りになった。
大学出たてで、右も左もわからない俺をいっぱいいっぱい助けてくれた。

彼は獣医でこそないけれど。
その技術レベルはけっこう高い。

そして、そういった技術以外にも。
人徳豊かな人だった。
俺は形上、診療所所長だったけど。
実質彼がリーダーだったんだ。

その後で、なにやら雑誌を広げている彼。
彼の名は、カーヤ。マーゲイと同じメルー族出身だ。

俺はこいつととっても仲良しだった。
めちゃくちゃ面白いやつで。
カーヤは当時、イギリス人の彼女がいて、車とか買ってもらったりしてた。
何人も彼女がいるのが自慢だったらしい。
こいつは、すっごい語学堪能で。
数十部族語を話せる。もちろん英語も話せるし、更にフランス語も話せる。
時たま診療所のクライアントに、マサイが来たんだけど、そのときはやつが対応してたっけ。他にブッシュマンの言葉クイックランゲージもこいつは話せる。
俺はこいつに日本語を教えてなかったんだけど。
俺が時たま話す日本の単語を片っ端から暗記して、しかも発音もそのまま間違わずに話せるんだ。
やつの特殊能力だったね。

イギリス人の彼女がいるだけあって。
ビジネスのこつを一番よく掴んでいた。
だから彼の主な仕事は営業だ。やつが仕事を取ってきて、俺らが仕事をする。
なかなかいい感じに順調だった。

そして最後に、一番後ろでなにやら考える人を演じている彼。
名前は、ミハヨ。
この中で唯一、ムワンザの地の部族である、スクマ族の血を引いている。
彼はスクマ語が堪能だ。
ちょっと村に行ったりすると、じいちゃんなんかスワヒリ語もおぼつかない。
それに部族語を喋ると喜ばれる。
だから、彼は往診でスクマ族の村に行くときは、よく一緒に行った。
そして、診療所で、モシャについで紳士なやつだった。

他にもスタッフはいるんだけど。
いろいろと仕事が回るようになって、全員が揃う事はなかなか難しかった。
そのほかのメンバーはいずれご紹介していこう。

みんないろいろと長所があり、そして短所もある。

カラビィは、人工授精という特殊技術を持っているけど、めちゃくちゃ田舎もの。
カメラさえ怖がっちゃう。
マーゲイは、俺の姉貴的存在で頼もしいけど、けんかするとすぐ噛み付いてくる。
モシャは、リーダーシップを持っていて、そして西洋の事にも理解が深い人物だったけど、彼の身内にいろいろ不幸が重なったりして、かわいそうだった。
カーヤはおもしろくて、商売上手だったけど、食いしん坊で女たらし。
ミハヨは、紳士で、技術も高く、信頼できるやつだったけど、汚い好きだ。

完璧な人間なんてこの世にいないんだ。

そんな彼らに助けられ、そしていろいろ教わった、タンザニア時代。

本当に、いろいろな事があった、俺の人生で一番つらく、でも楽しい時間だった。
たぶん、今の俺の礎になっていると思う。

タンザニアを去る時、俺は彼らに誓った。
いつかまた必ず、ここに戻ってくるから。
だから、みんなもまた会う日まで元気で。
そして、再会した時、お互い立派になったなぁと言えるように。
日々精進を続けよう。

これは、俺が彼らにした約束であり、そして彼らが俺にした約束だ。

この約束は今も継続中。

もちろん、彼らもその約束を守ってくれている。
マーゲイは、小学校卒という低い学歴にもかかわらず、独学で勉強して、畜産短大に入学した。
ミハヨは、獣医科大学に。
モシャはその後ムワンザ州家畜保健所に転勤。
カラビィは、今でもどうにかこうにか人工授精を続けている。
カーヤは、イギリス人の彼女を妊娠させちゃって、イギリスに移住（笑）

みんなそれぞれがんばっているよってな便りが、今でも本当に時々だけどあるんだ。
それが嬉しい。

だから、俺もがんばんなくっちゃね。

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