ゆかいなカメライフ

2011年01月04日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
マメの看病は引き続き継続中だが
オクラを食べるようになってからは
ほぼ毎日排泄もあり
ほんの少しだが反応も良くなってきている。
ただしこの寒さなので油断は禁物。。。
食事~マッサージ~排泄までやると
毎日午前中2時間はかかるマメの介護。。。
でもちょっとずつ良くなってくれればいい・・・。

先日少しだけ触れた

少し調べてみた・・・。

バラスト石製の平和塔
このゴツゴツした石が「バラスト石」

まったく気がつかなかった・・・(汗)
元旦に隊長に言われてあらためて神社へ見に行くと
本殿に向かって左のお稲荷様側の端に一段高くなった場所があり
そこにこの石塔が立っていた。

石版には「御大典記念 昭和参年秋 釜屋忠道書」
とあり
その上部の短い電柱状の中央に「平和塔」と刻まれていた。

石版の左右と後方に寄せ集められるように重なっているのが
「坂の上の雲」の大きな見せ場のひとつであった

ロシア艦隊の動きを止めてしまおうという
捨て身の作戦に使われた「その石」なのであった。

情報をくれた隊長も調べてくれたのだが
本当にビックリ!!
あらためて隊長のスゴさを目の当たりにした思いだった。


しげしげと記念碑を眺めていると
神社の世話人とおぼしきおじ様が近くにいらしたので
この件をたずねてみると

「そういう石のいわれはわからないが
 ここには昔は釜屋中将の銅像があった気がするんだよな~
 戦争で拠出させられたんだけどね~
 ホラここにプレートをはずした痕があるでしょ?」

記念碑のプレート痕
なにやらプレートがあったように思える

確かに・・・何かをはずした痕がある。
「釜屋忠道」という海軍中将も当然日露戦争に参戦していたのだろう。
ネットでチラッと調べると
このバラスト石は引き上げられた後、
釜屋中将の自宅にいくつか保存されていたらしく
それを使ってこの塔を作成したのだろう。

「御大典記念」というのは
昭和天皇の即位の礼ことであるようだ。
天皇家に対する忠義心を失わない軍人の思いがこめられている・・・。

しかし、、、
昭和3年にこの碑が建てられたとしたら
太平洋戦争前に釜屋中将の銅像があったというのは
違ってきてしまうだろうし
そこいらへんはどうもわからない・・・。


ちなみに
釜屋中将は海軍の「手旗信号」を考案した人らしい。
山形の置賜地区の出身ということならば
もしかして興譲館とかで上杉家の教えを学んでいたりして・・・???

さらにちなみに
この平和塔の横に
「皇紀2600年」の記念碑もあるのだが
この石塔の基礎部分の一部にも
似たような石が使われている気がする・・・。
でもどっかの庭石みたいな
磨きのかかった石も混じっているケドね・・・(汗)

皇紀2600年記念の石碑.jpg
皇紀2600年記念碑

皇紀というのは初代の神武天皇が即位してからカウントしはじめた
日本独自の紀年法のことで
2600年は昭和15年に当たる。

釜屋中将は昭和14年に亡くなっているようなので
この2600年記念の石碑を建立する算段をたてて亡くなったのだとしたら
それもまた何とも言えない軍人の思いを感じるストーリーである。

いずれにしても
釜屋中将のご子孫が逗子市内にまだお住まいのようなので
いつか突撃取材をするしか
その真偽を確かめる術はないだろう・・・。(不審者すぎる?)

それにしても
何とも灯台下暗し・・・。
亀ヶ岡八幡にこんなストーリーを持った石が
ひっそりと残されていたとは・・・!

これ以後は
お参りに来た際には
逗子ではたったひとりかもしれないが
このバラスト石をなでて
旅順の海に消えていった明治の軍人たちの魂に
祈りを捧げていきたいと思う・・・。





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Last updated  2011年01月08日 19時22分46秒
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Re:日露戦争の影を残す記念碑(01/04)  
最上徳外 さん
2013年3月24日、逗子の亀ケ岡八幡宮に行きました。
1.神社特有の狛犬ならぬ狛亀に大変驚きました(初見)。
2.参拝場所の扁額「八幡宮」の文字が東郷平八郎伯爵のもので更に驚きました。
3.が、その後、境内に「平和の塔」の石塔が建っており、その書が海軍中将釜屋忠道とあり、「八幡宮」の書を東郷平八郎に依頼した人物がこの人であることを確信しました。
4.帰宅して、釜屋忠道なる人物を調べて、このブログに辿り着きました。
5.「平和の塔のごつごつした石があの時のバラストであったとは(見た時、それを知らずに奇異に感じました。

以上報告終ります。
尚、小生は小田原に住んでおり、過日、関忠重氏のお孫さんと偶然知り合いました。
関重忠海軍中将は日露戦争日本海海戦で主力戦艦「朝日」の機関長(戦争前、機関つまりエンジンの勉強の為イギリスに留学しています)として、あの敵前大回頭を実現。勝利の重要任務を果しています。

今回、逗子訪問のおかげで更に知識が増えそうです。
尚、3月31日(日)朝8時40分ころ亀ケ岡八幡宮訪問予定です。
赤い帽子を被っています。ご都合が付けば10分程度ですがお目にかかれれば大変ありがたく思います。
勝手なことばかり申しましてあしからず (2013年03月24日 21時29分11秒)

Re[1]:日露戦争の影を残す記念碑(01/04)  
最上徳外 さん
最上徳外さん
>2013年3月24日、逗子の亀ケ岡八幡宮に行きました。
>1.神社特有の狛犬ならぬ狛亀に大変驚きました(初見)。
>2.参拝場所の扁額「八幡宮」の文字が東郷平八郎伯爵のもので更に驚きました。
>3.が、その後、境内に「平和の塔」の石塔が建っており、その書が海軍中将釜屋忠道とあり、「八幡宮」の書を東郷平八郎に依頼した人物がこの人であることを確信しました。
>4.帰宅して、釜屋忠道なる人物を調べて、このブログに辿り着きました。
>5.「平和の塔のごつごつした石があの時のバラストであったとは(見た時、それを知らずに奇異に感じました。

>以上報告終ります。
>尚、小生は小田原に住んでおり、過日、関忠重氏のお孫さんと偶然知り合いました。
>関重忠海軍中将は日露戦争日本海海戦で主力戦艦「朝日」の機関長(戦争前、機関つまりエンジンの勉強の為イギリスに留学しています)として、あの敵前大回頭を実現。勝利の重要任務を果しています。

>今回、逗子訪問のおかげで更に知識が増えそうです。
>尚、3月31日(日)朝8時40分ころ亀ケ岡八幡宮訪問予定です。
>赤い帽子を被っています。ご都合が付けば10分程度ですがお目にかかれれば大変ありがたく思います。
>勝手なことばかり申しましてあしからず
----- (2013年03月25日 04時35分02秒)

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