王というのは、その人民の一番下の地位なので、一番下の悟りしか得る事ができない。これが王のデメリットです。私と真逆と。私はひたすら、為に働いているのに、最終アダムの人生の地位すら、神から、支払い致されなかった。即ち、一番上の悟りを得られるのです。誰にも自分を背負わせていないから。釈尊のように、弱小国の王でも、自分を背負わせていた者達が一杯いた。勿論、その者達が釈尊の上にいる。だから、釈尊は阿羅漢の悟りしか、得る事ができなかった。もっと上の悟りを得る為には、その借金が有る方々にひたすら、返済致さなければならないのです。人類が皆、兄弟姉妹と成っていて、皆が、皆を自分と同じように大切に思っている、ラグビーの“one for all, all for one.”「一人は皆の為に、皆は一人の為に。」の境地が、全人類、全動物、全植物、全鉱物、全大気、全星々の境地にまで、広がっている世界を創る為に、私はひたすら、奴隷どころではない生き様を致し続けていたのです。そして、現世界体制に裏切られて、使い捨てされた。ここまで、私は神様との信頼関係を致し尽くしたのです。勿論、その成果は皆、私の中に有るのです。これが私の悟りの世界なのです。全存在方に御報告致します。H20.11.1.土 12:47。致させて頂きました。神様、本当に有難うございます。 以上、御報告致します。