皐月の日。

皐月の日。

2









これは間違いなく俺の家だ。俺が『一人暮らし』してる、たった一つの。

でも・・・今日は昨日と同じ、一人じゃない。



俺が衝動買いしてしまった、『こいつ』が俺の後ろに居た――――






     *     *     *






夕日が殆ど落ちてしまった頃に、俺とカイトは家についた。


・・・カイトにとっては初めての家。

すぐに馴染んでくれると良いんだけどな・・・・。




「カイト、ついたぞ」

「はい。・・・ここが、貴方の家、ですか・・・?」

「あぁ。今日からお前は此処に住むんだ」

「・・・僕の、家・・・・・」


カイトはその言葉を何度も呟き、頷いた。

そして「入って良いんですか?」と聞かれ、俺は勿論「お前の家なんだから、遠慮せずに入れよ」と笑ってカイトの背中を押した。




     *     *     *




「・・・・・・」


カイトは家の中に入った後、一言も喋らずに部屋の中を巡った。

それは、凄い真剣な顔で。



・・・夕飯はもう少し先になりそうだな。

てか、こいつは飯を食えるのか?・・・機械なわけだし。

でも前仲間に聞いた話だと、すげぇ人間に近いって言うからなぁ・・・。

もっとよく聞いておくべきだった、と今更ながら後悔する。

ボカロが飯食うかっていうぐらい・・・って、んな事聞く機会がないという事に気づいた。


・・・仕方ない。あとで『ぐぐる先生』に聞きにいこう・・・・。




そんな事を考えていると、一緒に家の中を散策していたカイトが俺の方を向く。


「大体、部屋は把握しました。・・・それで、何か僕に頼みたい事はありませんか?家事とか・・・」

「頼みたい事?・・・・お前って、歌だけじゃないのか?」


そう聞くとカイトがびくっ、と体を一瞬強張らせた。

まるで、それがトラウマであるかのように。


「ぼ・・・僕には、そういう機能がついているんです・・・気にしないで下さい」


少し顔を隠すようにして、ふい、と俺から背を向けるカイト。

なんだ、どうしてなんだろうか。


・・・・まぁ、それは今の俺には分からないだろうから・・・・ちまちま知っていけば良いけどな。



―――――――それにしても。

・・・うーん・・・・そこまでの機能がついていたのか、ボカロ。

一人暮らしの俺にはとても嬉しい機能だ。



「じゃあカイト。料理してもらっても良いか?・・・あと、お前料理とか食うの?」

「え?・・・あ、いえ、どちらでも」

「じゃあ一緒に食うか。どっちでも良いっつーんなら、一緒に食べた方がうまいだろ?」

「あ・・・」


カイトが俺のほうを何だか驚いたような顔で見ている。

・・・なんだ、何か変な事言ったか俺?


「どうかしたか、カイト?」

「いえ・・・マスターは、俺にご飯なんて、渡したことありませんでしたから・・・・作って、それだけで・・・」


そこまで聴こえたが、カイトの声はどんどん小さくなってきて、聞けなかった。

何を言っていたのかは気になるが、聞くほどのものではないだろう、と自分で解釈し、ずっと気になっていた事を聞く事にした。


「カイト、お前の前のマスターって、どんな奴だったんだ?にっこにこ動画にアップとかしてたか?」

「にっこにこですか?・・・えぇ、出してましたよ」


・・・まぁ、本人が『この人の調教じゃないと』って言ってたぐらいだし・・・・そりゃ、当たり前か。

評価がされたいのだったら、有名なところで絶対に送らないと有名なんかにゃなれないからな・・・。にっこにこ動画、俺だって見ているぐらい有名な動画サイトだ。

ちなみに俺はいつもボカロランキングは見ていた。なんつったって、流行ってたし・・・少しは友達に合わせる必要もあったから。


「データ、残ってるよな?」

「はい。歌ってみますか?」

「んじゃ、頼んだ」



そう言ってカイトの前に座ると、カイトが歌いだす。


―――――・・・え、これって・・・・・?

あの、俺ですら知っている・・・ランキングの、一位になった・・・?



「・・・これで終わりです」

「っお前、もしかして、あの、超有名な、Pの?!」

「え・・・・・?」


ぽかん、とした顔でカイトは俺を見つめてきた。

だって、この曲は・・・あまりにも有名すぎる曲。


「僕のマスターは、そんなに有名だったんですか?」

「有名だったよ。ほんと。・・・俺が知ってるぐらい」

「そう、だったんですか・・・・・」


それを聞いて、何故かカイトが寂しそうな表情をする。

・・・なんだ、何か悪い事言ったのか・・・・?

ただ俺は、お前のマスターについて話・・・・あ、そうか・・・


・・・・こいつ、その『マスター』に売られたんだっけ。


「悪い。ちょっと調子、乗りすぎた」


本当にやりすぎた。寂しがってるこいつを見て俺は買う事を決めたのに。

こいつに寂しそうな顔をさせちゃ、意味ねぇや。


「いえ、気になさらないで下さい。ボーカロイドに、そんな事を気にする感情はありませんから」


そう言ってカイトはまた寂しそうな顔をした。

・・・感情がない、っていうんなら、そんな顔もできないと思うんだけどな・・・・。


そんで今までの行動からして・・・やっぱり、感情はあると思うんだ。

こいつを見た時に、俺が感じた様に。


・・・・でもきっと、何か理由があんだろう。俺には言えないような理由。

じっくりと聞いていけば良いさ。だって、こいつは俺の『Vocaloid』だから。

無理せず、じっくりと。カイトに負担をかけないように。



―――――でも、まだやはり気になる事があった。

何故この『KAITO』は売ったのに、まだ新しい動画が出ているのか。


・・・カイト、一体何があったんだ、前のマスターと?

今は聞けないけど・・・いつかきっと喋ってくれる時がくるって信じてみよう。






「カイト、じゃあそろそろ夕飯の支度頼めるか?」

「はい。是非ともさせていただきます」



カイトは悲しそうな表情が無かったかの様にふわりと笑って、台所へ向かう。



その表情に一瞬ときめいたような・・・いや、それより他の事を考えよう。

俺はそっちの人間じゃない。うん。そうだ。



・・・あ、そうだ。エプロン、ちゃんと渡さないと。

エプロン渡して、俺の好きなもの作ってもらおう。

んで、カイトと一緒に食べて・・・。



――――そんな事を考えながら、俺はリビングへと足を急がせた。





     *     *     *





「・・・・・・」


カイトが夕飯を作っている。

・・・暇だ。暇すぎる。

俺は行動派だ。じっとしているのは、正直辛いものがある。


・・・・・よし。


「カイト、俺も支度手伝うよ」



やっぱり、自分がいるときぐらいは動かないと。

居ないときに任せるのも正直申し訳ないような気もするが・・・それはまぁ、仕方がないと自分で思っておこう。



「そんな・・・大丈夫ですよ。僕が支度します」

「いいって。俺が一緒にやりたいんだよ」


そう言って俺は台所に立つ。

こういう時俺は、自分でも頑固だと思うんだ。・・・カイトにはちょっと悪いけどさ。


「僕を買った貴方にそんな事させられませ・・・」

「・・・お前の今の『マスター』の言う事、聞けないか?」


ぴく、とカイトの顔が強張った。


・・・卑怯だとは思うが、これが一番の方法だ。

これを言えば、カイトも俺に付き合わざるをえまい。



「貴方は・・・卑怯です」

「卑怯で結構。お前に俺が居るとき、一人で料理させるなんてできるかよ。一人で威張ってるより、やっぱお前と一緒が良い。一緒にいる時は、一緒に行動したいんだよ」


だって、お前見た目人間と変わんないし・・・何かそういうのって、お手伝いさんーって感じがして嫌だ。

一人で黙って見てるのはそう・・・『嫌い』だ。


でもカイトも凄く不満そうで。

・・・だったら、考えていたこれでどうだ。


「・・・・・・・」

「カイト・・・じゃ、俺が居ないときは一人で家事やらせるからな」

「本当ですか?」

「俺は嘘、つかないよ」


俺はそう言った後、に、と笑った。

カイトはそれを見てもむす、としたままで俺を見つめる。



「・・・約束ですよ、絶対」



カイトはそう言って、また料理をする作業に戻る。

よし、これでこいつとコミュニケーションを取る機会が増えた。

・・・料理を一緒にする事で、好きなものを知る事もできるかもしれないし!


「じゃ、約束したから一緒に作ろうぜ?」

「・・・はい」


カイトの手元を覗き込んでみると、作っているのは野菜炒めみたいだ。

あとのメモは・・・後は冷凍庫に入っていた肉で、肉料理も作ってくれるらしい。あと、冷奴とか色々。


・・・うーん、凄い凝ったメニューになりそうな予感。



「じゃあ俺は何をすれば良い?」

「そうですね・・・・じゃあ、冷凍庫にあった肉を解凍しておきましたので、一口分に切っていただけますか?」

「おう、分かった」


カイトが指示した通りに俺は肉を切り始める。

ふと隣を見てみると、良い手さばきでカイトが作業を進めている。


・・・なんという主婦。味についてはまだわからんが、きっと美味いのだろうと予想はできる。

っと、そうだ。俺は俺の仕事しないと。


そしてカイトの手際の良さで、沢山の料理が予想より早く出来上がり、俺はカイトと一緒に飯を食う事にした。




     *     *     *




―――――食卓には、いつもないような豪華な食事。

うん、今日カイトは来たばかりだからいいけどさ。

今度は経費削減で、少ないおかずにしてもらおう・・・。


まぁそれは後で言うとして、今日はもう食べよう。

こんな美味そうな食事を目の前にして・・・腹が減って仕方が無い。


「いただきます・・・カイト、食おうぜ」

「はい・・・えっと・・・・」


何を言って良いのか分からず、あたふたしているカイトに俺が「『いただきます』って言って食べると良い」と言うと、カイトも「・・・いただきます」と言って箸を持った。


俺はまず、色々な料理に手を付けてみる。

・・・うん、全部美味い。冷奴、醤油かけるのかと思ったら自分でたれ作ってやんの。・・・ちなみにそのたれもすげぇ美味かった。

感想を述べるなら・・・そう、まるで料理店にいるみたいだ。



カイトは・・・どうやら箸については知識を持っていて、使えるらしい。丁寧に箸を使って、ぱくぱくとご飯を食べている。

うわ、細い指。しかも長い。しかも、俺より背ぇ高かった。


・・・これが人工で作られたアンドロイドか・・・・。

人間に都合の良い様に作られた『人形』。


ガラス球の様で吸い込まれそうな蒼い瞳、さらっさらの蒼い髪・・・きっと女だったら惚れる。

そうだな・・・俺が女だったら確実に惚れてる。

だが俺は男だからな・・・惚れたら駄目だろう。ほんと。


「・・・?何、見てるんですか」

「あ、悪い」


気づけば俺はずっとカイトの事を見つめていた。

うわ、何でずっと見てたんだ俺・・・そりゃカイトも困るわ。


「僕はそろそろご飯、良いです。・・・こんな、食べたの、初めてで・・・」

「そっか。じゃあこれからはずっと俺と一緒に食べような。・・・あ、そうだ。これだけは言っとく。いつもこんだけ料理すると金、足りなくなるから・・・もうちょっと少ない料理で頼む」

「あ・・・すみません、気づけなくて」

「いやいや、今は気にしなくて良いし。今日はカイトが来たって事で・・・祝い」


に、とそう言って俺が笑うと、カイトは少し赤くなって目を俺から背ける。


何だ、そんな反応されるとちょっと嬉しいぞ。

反応って返されると嬉しいもんだな・・・うん、カイト、良い傾向だ。


「じゃあそろそろ甘いもんでも食うかな・・・あ」


そういえば、カイトってにっこにこで『アイス好き』とか言われてるんだっけ。

・・・こいつも食うかな、アイス。


「カイト、アイスって食べてみるか?」

「あいす・・・?」

「あぁ。ちょっと持ってきてやるから待ってろ」


俺は冷凍庫から、買ってあったアイスを取ってきてやる。

何故アイスがあるかというと、俺も結構アイスが好きでちまちま食べているからだ。

・・・まぁ、安いアイスだけど。


「・・・ほら、カイト。これがアイスだ」

「アイス・・・」


カイトは恐る恐る俺の手からバニラのカップアイスを取り、蓋を開け、木のスプーンでそっとアイスをすくい、口の中に入れる。

・・・どうだ?


「カイト、アイスうまいか?」

「・・・・ぁ・・・」

「カイト?」


カイトが少し無言になり、下を見てぷるぷると震える。

な、何だ、もしかして駄目だったか・・・?



「カイト、駄目なら出しても・・・」


「・・・・お・・・美味しいれす・・・・」

「へ?」

聴こえたのは、舌ったらずの声。

それを言ったあと、カイトははっとなり。



「っ、お、美味しいですっ!」



そう、修正した。


・・・いや、いてほしくないが、ちょっと可愛いと思ってしまった俺がいる。

『おいしいれす』って・・・!『れす』って!


「そっかカイト、美味いか!」

「こんなものが世の中にあるなんて・・・」


カイトは我を忘れてアイスをがっつく。

うわー・・・さすが『KAITO』だ。良い食べっぷり。



「ご、ごちそうさまでした・・・」


食べ終わった直後、カイトは顔をかぁっと赤く染めてうつむいてしまった。

自分のやってしまった行為が恥ずかしいのだろう。


「気にすんなよ。アイス、美味かったんだろ?」

「とても、おいしかったです・・・」

「だったらまた買ってきてやんよ。俺、もっとお前の好きなもん知りたいし・・・ほら、家族みたいなもんになるわけだからさ」


家族、と聞いてカイトの顔がまた少し緩む。

ここに来て、玄関の前だったらこんな顔しなかった。


・・・これは、ちゃんと仲良くなってる証拠、かもしれない。



「家族・・・貴方に甘えても良いんですか?」

「あぁ。どんどん甘えて来い。『家族』だからな!」



そう言って俺がまた笑うと、カイトもまた、ふわりと微笑んだ。





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続きものなので卑怯にもここで区切ってしまいます。
カイトくんが心を開いてきたー て 感じにしました。しかしまだ書きたかったところまでは遠いですね。。

それまで、もう少しまったりとした感じの話を書きたいと思っています。
カイト兄さんは心を開いてきたとはいえ、まだまだですから。

『マスター』って言われるまで、マスターを頑張らせます 笑









2008.5.30

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