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昭和37年頃、父は夕張の炭鉱街でも珍しかった自家用車を購入した。それは、ずんぐりむっくりのツートンカラーのブルーバードの中古車だった。中古だとかメーカーだとかは、まったくわからないまま、自家用車というのは、すごいものだと、ただただ喜んでいた。初めて、クルマを持った父は、やたらに、いろいろドライブを決行し、日産のブルーバードは思い出深い名車だった。その後も、スカイラインなどで、日産は憧れのメーカーだった。自分でクルマを持てるようになってからは、いとこが勤務していた関係で、ホンダのクルマにしか乗っていなかったが、日産に対するイメージは決して悪くはなかった。しかし、30歳ぐらいの時に、日産の労働組合のリーダーが、すんごい豪遊をしているという事件が起き、もう、日産車は買うまいと思った。それでも、電気自動車なんかで、頑張っているなと見直そうかと思っていた矢先の、この、よくわからない、大失態である。残念!