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戦国時代に女性ながら一族存亡の危機に立ち上がった井伊次郎法師直虎ゆかりの地(浜松市北区引佐町井伊谷)を先日訪ねた。井伊氏歴代の墓所には、直虎の墓と、彼女の願いを成就させて井伊氏を再興した井伊直政の墓が並び、感慨深かった。
大河ドラマ「女城主 直虎」の時代考証を担当する小和田哲男氏の著書『井伊直虎』(洋泉社)によると、直虎は井伊氏の男性が次々と亡くなる中、家督を継ぎ、井伊氏の存続を託す虎松(直政の幼名)が無事に成長できるよう尽力したという。
虎松は直虎の父、井伊氏当主の直盛の養子となった直親の長男として誕生。しかし、幼くして直親が謀殺され不運な境遇に育つ中、 15 歳の時、徳川家康に謁見し、家臣に取り立てられた。その後、直政を名乗り、関ケ原の戦いなどで功績を挙げ、徳川の重臣に昇り詰めていった。
直政の転機は家康との謁見にあったことは言うまでもない。小和田氏は同書で、この謁見に際し、直虎が小袖を用意するなどのお膳立てをしたと考察し「直虎のこうした努力がなければ、虎松も世に出る機会をつかむことはできなかったはずである」と指摘している。
一つの出会いから生まれるドラマは計り知れない。
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