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深刻な社会の分断招く恐れも
科学文明論研究家 橳島 次郎
ゲノム編集の未来㊦
前回、ゲノム編集の発展形として、受精卵の段階で数十、数百の遺伝子改変を施す「多遺伝子編集」の研究が進められていることを紹介し、その医学上の問題点を見た。今回は、この先端技術の倫理的問題について考えてみたい。
人間の遺伝子にどこまで手を下してよいか。 1990 年に遺伝子治療を始める際に米国が作成し、その後、日本を含め世界中で採用された倫理指針では、人間の遺伝子組み換えに二つの制限を設けた。第一に、病気の治療目的以外の利用は禁じる。例えば成長ホルモンをつくる遺伝子の改変・投与は低身長症患者の治療に限り、健常者の身長を伸ばすことに用いるのは禁じる。第二に、子孫に遺伝する生殖細胞(精子、卵子、受精卵)の遺伝子組み換えは禁じる。この二つの制限が設けられたのは、当時、生命の設計図だとされた遺伝子に人が手を加えることへの懸念が非常に強く、人間の遺伝子改変は最小限に抑えようとの配慮が働いていたからである。
だがその後、遺伝子治療は、がんなどの一般の病気の治療に広く使われるようになった。さらに 2010 年代に、従来の技術よりも高い制度と高率で遺伝子を改変できるゲノム編集が実用化され、人間の遺伝子治療にも応用され始めた。
こうして遺伝子改変の技術が広まるにつれて、従来の倫理的制限の見直しを求める動きが出てきた。その結果、激しい議論の末、欧米や日本など多くの子にで、受精卵のゲノム研究を、子宮に入れて子を産ませることは当面禁じるという条件で認める方針が採用された。
受精卵を対象にするのは、発生の起点で遺伝子改案をすれば全身の細胞に生き渡り、効果を発揮するのに最も確実な方法だからだ。
多遺伝子編集は、こうした倫理的制限の緩和の流れの中で企図されたが、最も懸念されるのは、病気や障害のない人間だけを産もうとする優性思想の実現につながる恐れである。今のゲノム編集の週十倍の規模で遺伝子改変を行う多遺伝子編集は、そうした懸念を増大させる。病気や障害があっても生きようとする人々への差別と排除が強まるのは避けなければならない。まして、病気の予防に加え筋肉の増強や記憶力の強化など、心身の向上を目的に多遺伝子編集が行われれば、そうした改造を受けた人と受けない人との間の格差が大きくなり、深刻な社会の分断を招くだろう。
人間の遺伝子改変は病気の予防と治療のためだけにするという倫理的制限は、今後も守るべきではないか。
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