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いつかどこかで
母の生きてきた時代を
生きてきた時代を
2007/2/7
体調の思わしくない母ですが、私がずっと母の家にいるわけにはいかないので、日中、母をうちに呼んでいます。
母はTVを観るなり、本を読むなり、ちょっとした手仕事をするなりして
私は家事や仕事をしながら、一緒にお茶を飲んだりしゃべったりできるので今のところはうまくいってます。
受験中の娘も在宅していますから、なんとなく賑やかです。
お茶を飲みながら、娘は母にセンター試験と本試験のシステムを説明していました。
娘 「 まったくねえ、食物とか栄養とかの勉強をしたいのに
なんで倫理の試験があろのじゃ ? 関係ないでしょ、って感じ 」
母 「
食べ物と倫理、そりゃ関係あるでしょう。不二家や雪印を見てご覧なさい
」
あっ、本当だ。今日の母、なかなか冴えてます。
娘 「 だったら、倫理が必須なら分かる。けど、地理 or 世界史 or 日本史 or 倫理だよ。
それに古典。なんの関係があるのよ ~~ 」
母 「 じゃ、それは、高校時代ちゃんと勉強したかな ? ってテストしてるんだよ 」
娘 「 ちゃんと勉強 ・・・・・ は ・・・・・ しなかったよ ~~ 」
母 「 あのね、私、一生のうちに古典って1時間しか勉強したことないの 」
娘 「 どゆこと ? 」
母 「 私の学校ね、5年間で古典の授業、1時間だったの 」
母は戦争中、A山学院の女学校に在学していました。
母自身はクリスチャンではありませんが、キリスト教の学校です。
祖母から孫娘へ、祖母がちょうど娘の年頃のこと。
5年間で1回の古典の授業。やらない方がいいような1時間。
きっと、やりましたって体裁のためだけにやったのね。
何を習ったかは、まったく覚えてないの。
それに比べ、英語の授業は週に7時間。
日本中が “ 鬼畜米英 ” って英語排斥していた時代に。
キリスト教の学校だから、決して米英を敵とは教えなかった。
先生方は、世界を知ることが大切だ、それには先ず言葉だと仰ったの。
そしていつも、
本を読みなさい、“ 世界の人 ” になりなさい
、って言われていたの。
公立の学校へいった人は、だから、
終戦の日、その日を境に先生の言ってることが180度変わったって言うの。
でもA山学院先生方の言うことは、全く変わらなかった。
それが今でもちょっと誇りでもあるの。
学校のそういうことが何故許されていたのかは分からない。
上に睨まれてはいたらしい。
それでかどうか、海軍の軍人さんが校長だったの。
その人はクリスチャンだったのでしょうね。
きっと内と外と、上手にどうにかしていたのね。
真珠湾攻撃以後しばらくは、生活にあまり変化はなかったの。
アメリカ人やイギリス人の先生方もそのまま教えていた。
でも、いつの間にか外国人の先生方はいなくなったの。
卒業前の1年かそこらは英語もなにも、もう授業はなくて学校から工場へ行かされた。
薬品工場みたいなところで三角巾被って壜に何かを詰めたり、
皇居の草むしりもした。草むしりは何だかばかばかしいなあって思ってた。
クラスによっては病院に手伝いに行ったりもして、
看護の認定みたいのを貰ったりした。
空襲は卒業直後くらいから始まったの。
○子ちゃん ( 妹 ) はまだ在学していて、その頃はもうA山学院から行くのも
薬品とか病院とかきれいな職場じゃなくて、○子ちゃんは
毎日すご~く油臭くなって帰ってきた。
空襲で電車が止まって、渋谷から横浜まで歩いてとぼとぼ帰って来たこともあった。
○子ちゃんは、学校は結局4年しかなかったって。
出征する男の人はもとより、
あの時代に母親だった人は子供を守り、食べさせるのに大変だったし、
小さい子供もお腹を空かせて可哀想だった。
小学生も疎開などで苦労した。
一番気楽だったのが自分たちの年代の女性だった。
お腹はしじゅう空いていたけど、元気だったし、負うべき責任があまりなかったから。
うちは木の茂った丘の上だったから結局空襲にも遭わなかったけど、
燃える横浜の街はうちからよく見えた。
恐ろしさは感じなかった。
どうせ、みんな死ぬんだと思っていたよ。
いずれ、一億総玉砕するんだとそれほどの悲壮感もなく思っていたよ。
そんなふうに、娘の大学入試の話から母の戦争中の話になったのでした。
母は根っから明るい人で、近い親族を失っていないせもあってか
戦争中の話をしてもあまり暗くありません。
むしろ明るい。
防火用に汲み置いたバケツの水を母 ( 母の母、私の祖母 ) が、
あら、ちょうどいいわ、と玄関の水撒きに使ってしまったとか、
空襲警報が鳴った時ちょうどお便所に入っていた弟が飛び出してきて
その様子が可笑しかったとか、
○子ちゃんが油臭いのをからかって兄弟喧嘩したとか、
ひよこから飼っていたニワトリが大きくなって可愛かったのに、
ある日いなくなったのは、きっと誰かが食べちゃったんだ、とか、
灯火管制のもとで妊娠中の△子叔母と麻雀をしたけど
△子叔母ちゃんはつわりでバケツを手放せなかった、とか、
10代の女の子が普通に可笑しがるようなことを楽しげに話します。
それだけに、
どうせ死ぬんだと思っていた
、という言葉が重いのです。
A山学院の教育によって英語を流暢に話した母は、戦後、米駐留軍のオフィスでタイピストとして働きました。
自分たちは 「 世界の人 」 であるから、敗戦国民だからといってなんら卑屈に思うことはなく、しっかりと対等に働いた、
アメリカ兵にも日本人を卑下するような人はいなかった、と言います。
最初の頃、母の名前の中の “ ち=CHI ” という音の発音が彼らには難しいらしく“ CHI=し ” としか発音できないので、
CAROL とか NANCY とかアメリカ名を付けたいという申し出があったそうです。
ではあなた方は太郎さんとか次郎さんとか呼ばれても良いのか、と断り、彼らも納得してそれ以上の話はなかったと言います。
でもそれと言うのも、そんな名を付けられて喜んでいる人もいたから、と。
私はそのエピソードをすでに何度か聞いていましたが、その度、日本名を付けられた朝鮮、台湾の方たちに思いが飛びます。
時代の奔流の中で、何もかもが単純ではありません。
母から、私の娘や息子に、戦争のこと、生きてきた時代のことをもっとたくさん、きちんと話してもらっておけば良かったと思います。
今からの残された時間の中で、少しでも、と思わずにいられません。
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