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「快刀ホン・ギルドン」を観た。あまり期待せずに観始めたのだが、意外なほど見ごたえのある作品だった。
フュージョン時代劇と評されるドラマが最近韓国で流行だそうで、この「ホン・ギルトン」はその先駆けともなったもの。フュージョン時代劇とは、まぁ要するにフィクション性あるいはファンタジー性の強い時代劇ということらしい。
実際、この「ホン・ギルトン」でも時代考証などはあまりこだわず、現代的にアレンジされたファッションに身を包んだ登場人物が、ワイヤーアクションで格好良く立ち回り、血沸き肉躍る一大エンターテイメントとして成立している。
ホン・ギルトンはハングル語で書かれたいちばん古い小説として、朝鮮半島では知らない人がいないぐらいにつとに有名な義賊のお話だ。実際はホン・ギルトンよりもっと古いハングルで書かれた小説も存在するらしいが。
ホン・ギルトンは、ヤンバンである名家の当主を父に持ちながら、奴婢である女から生まれたために、自身も奴婢として生きなければならないという悲しい宿命に縛られている。しかし彼は、優秀な父親に似て神童とも呼ばれるほど幼いころから才気活発な少年だった。しかしそれだからこそ、より一層周囲からより疎んじられることになる。長じて、そんな自身の悲運な境遇を厭い、街のならず者として荒れ果てた生活を送るようになった。そんな彼が、運命の出会いを果たす。幼い頃に母とともに暗殺されたとされる正当な世継ぎである王子チャンフィと、この王子暗殺事件に絡みやはり殺されたヤンバン名家の一人娘イノクである。この3人の運命が複雑に絡み合い、物語は進行していく。
ドラマの中で描かれる「正義」の在り方が実に興味深い。「新しい世」をその手で作り上げようとするホン・ギルトンとチャンフィに対立するのは、古い因習にこだわり腐った世を守ろうとするギルトンの父とチャンフィの兄にして現在の王である。物語の大半において、ギルトン側が善であり、父側が悪として描かれていく。ところが、くっきりと分かれていたこの善と悪が、ある出来事をきっかけに逆転する様が鮮やかだ。このカギを握るのがギルトンの父である。ギルトンの母を殺し(実は殺したのは本妻なのだが)、チャンフィのその母の暗殺を企て、イノクの両親さえも殺したギルトンの父。勧善懲悪主義でいうところの完全な「悪」を体現しているこの父と、妾の子供ギルトンとの親子の悲しい愛情を抽出するだけでも、このドラマは実に見ごたえがある。死に際、疎んじていたはずの妾の息子の姿を必死で探す父の悲しい姿は胸を打つ。
それから、腐敗した世の中の元凶ともなっている狂王である兄と、正当な世継ぎとされながらこの兄に暗殺を企てられ、九死に一生を得た悲運の弟・チャンフィとの兄弟関係も興味深い。理想の世をつくりあげたいと思いながら、現実に王座を手に入れた瞬間から、兄と同じ孤独な道を歩み始めるチャンフィの悲しさに、権力の持つ魔力、その恐ろしいを見る。最終的に弟にこの兄は殺されるのだが、その死に際もまた悲しい。
そして何より、物語の中心となるのが、ギルトンとイノクの愛だ。街のならず者としてすべてに投げやりに生きていたギルトンを変えるのがイノクである。 イノクの善良さ、率直さ、生命力の強さ、美しさはまさに母性としての女の力を体現している。しかしこのイノクさえ、時代の波に翻弄され苦しむことになる。だからこそギルトンは、「イノクを狂わせたこの世の中を切る」と叫ぶのである。
小難しいことを抜きにしても、とにかく登場人物たちの格好の良さが際立つドラマ。どんなに内容が優れていようとも、そこにロマンや夢がなければ、ドラマとして成立しない。そして一方で、現実の冷たさの上に夢を描くからこそ、そこに嘘くささもない。
これぞまさにエンターテイメントの真髄を行くドラマだ!
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