◎河竹豊蔵 同人雑誌「果樹園」

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果樹園11号「叔父の死」

果樹園11号なんの事やら、粗末な話(2)から

二「叔父の死」
 私が、中学生の時だった。一緒に生活していた叔父が、昼過ぎに飯田線の三河大
野駅近くのカーブで、列車に飛び込み自殺した。祖父が連絡の電話を受け、祖母に
何やら話をして、黙ってタクシーを呼んで家を出て行った。祖母は、叔父の妻を仏
間に呼んだ。やがて、叔父の妻のすすり泣く声が聞こえた。私は、何事かと仏間に
行くと、叔父の妻は、私の右手を持って、
「豊ちゃん、邦夫さんが死んだのよー」
と、私の顔を見て、大きな声で泣き出した。
私の頭は、血が逆流して血管が切れてしまいそうだった。
「死んだのよー」
と、もう一度、私に叫んだ。そして、狂ったように泣いた。私は、呆然と立ってい
るだけだった。

朝、私は叔父さんが出かける姿を見た。何か思いつめた顔で、顔色は青黒かった。
祖父は、飛び込み現場に着くと、飛び散った内臓を素手で掴み、袋に入れた。野次
馬に囲まれる中、黙々と、わが子の内臓を拾った。祖父の心は、誰も知ることはで
きない。横にはスコップで、レールにこびり付いた脂肪を取り除く人がいた。沢山
の脂肪が、塊となった。

 夜になると、棺に入った叔父が、家に帰ってきた。顔はきれいで、アルコールの
臭いがした。額に、ひっかき傷の後が少し残っていた。棺のふたを上げて、首から
下を家族でのぞき見ると、胸がやや斜めに直線的に切断されていた。その下は、ビ
ニール袋に入れられた内臓があり、ひどく傷んだ下半身らしき物があった。みんな、
泣くばかりであった。ドライアイスが、死臭を包んでいた。

 死の尊厳について、語るつもりはない。叔父さんが、
「豊ちゃん、人には優しくしないと駄目だよ。暴力を振るっては駄目だよ」
と、涙顔で諭してくれた事が忘れられない。

    同人雑誌「果樹園」第11号より 2008年9月10日発刊

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