かをるの「ひとりごと」

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January 17, 2006
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1995年1月17日午前5時40分を少し過ぎた時。


アタシの大好きだった神戸の街は壊滅状態になった。


所謂、「阪神淡路大震災」だ。


あの時の事は、今でも昨日の事のようにハッキリと覚えている。
前日に母と一緒に、北野の町並みを歩き。
当時そこにあったピンクハウスワールドで、服を買い。
元町商店街をブラブラして、(今でもあるけど)「オカダ」でステキな傘を2人で買って。
「さのや」という陶器屋さんで、気に入った清水焼のコーヒーカップをこれまた母と2人分購入して。
家に帰って、戦利品をキャーキャー言いつつ見ていたら。



母に、寝る前、「念の為にさ、カップは床に置いてる方がいいよ?」と話してて。


まさか、本当に、それから9時間後にあんな大地震が来るなんて、思ってもなかった。
アタシの家は震源地より西にずれた明石だったので、停電も2時間後には元に戻り。
ガスは(田舎ゆえ;)プロパンガスだったので、何ら影響もなく。
水道だって止まる事はなかった。

だけど。
アタシの会社は、その当時、神戸市役所の真後ろのビルに入っていたので、まさに建ってるのが不思議なくらい、な状況だったのだ。

テレビで見た会社のビル。
その前の市役所の崩れた姿。
何よりも。

あの阪神高速の波打って、折れてしまった様子を見て。


もうダメだ―――会社は辞めなきゃならないだろうし。
何よりも何よりも。

一体どこに働く場所があるというのだろう・・・


1週間ほど気が抜けた状態で。
どうしようもなく、溜息ばかりついていた。

きっと今のアタシはここに居なかった、と思う。

「すまちゃん!明日の午後12時までに会社に何とか辿り着けたら、会社に残れるよっ!!途中まで迎えに行くから朝4時に出られるように用意してね?!」


彼女はダメ元で、垂水から須磨・板宿辺りまで、六甲山を歩いて越えるのだ、と言った。
今だったら絶対に「イヤだ」と言ったと思う。

でも当時のアタシは、その誘いに乗ったのだ。



2人で迷いながら。
半泣きになりながら。
それでも、必死で歩いた。
ひとりじゃ絶対に出来ない事だった。


やっと会社に辿り着いたのは、午前11時50分。
約束の時間まで、10分。

これが運命の分かれ目だった。
少しでも遅れた者は、容赦なく社長は追い返したのだから。
「間に合ったものがひとりでも居る限り、遅れた者の言い訳は聞かない」
―――それが社長の信念だったように思う。


そして12時までに会議室に集まった人間には、社長(今の会長)が、
「君たちは本当に会社の事を考えてくれる同志だ!今後何があってもワシが君たちを守るから!!今はワシを助けてやってくれ!!」と土下座したのだ。

―――実際、会社を辞めても。
今でも会長はアタシを可愛がってくれている。
「すましゃんは頑張って山越えて来てくれたんだもんな!」と、
震災の話になると、いつもそう言って泣いてくれる。
気に掛けてくれる。
ダンナにもよく、「お前はいい嫁サンを貰ったんだぞ!泣かせたらワシが許さんぞ!」と言ってるらしい。

有難いことだと思う。
アタシが、「この人の為なら罪を犯してもいい、命を張ってもいい」と思える、数少ない人物のひとりだ。


震災の日が来ると、いつもアタシはあの頃の事を思い出す。
負けるもんか、と己を奮い立たせる。
あの時の辛さを思えば、今の辛さなど屁みたいなものだから。

朝4時に家を出て。
会社に着くのは9時過ぎ。
午後2時にはもう帰る準備をして。
それでも家に辿り着くのは、午後8時を回るのだ。
そんな日々を、約2ヶ月も続けたのだ。
電車が通らない線路の上をひとりでとぼとぼ歩いて帰る。
寒くて、寂しくて、悲しくて。
「なんでここまでして、会社に行ってるんやろか、私・・・」と
涙が止まらなかった。

それでも、アタシは家に戻れば、温かい部屋や食事、
温かい風呂や布団が待っている。
被災した人に比べたらいくらかマシだったのだ。

そんな思いを乗り越えて、ようやく11年が過ぎた。
やっとこうして普通に当時を振り返る事が出来るようになった。


また来年も1月17日が来る。
その時アタシはどんな思いでこの日を迎えるだろうか・・・
少しは成長していたらいいのだが。





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最終更新日  January 17, 2006 09:02:25 PM
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Re:今日で11年目(01/17)  
子午線001  さん
京都の実家で前日の飲み会で風邪引いて寝込んでいてその時間はなぜか起きていて、部屋のガラス戸がガタガタして棚からCDが落ちて割れて…。起きてぽーっとテレビ見て震源の大きさでは負けたね。とか思ってましたがどんどん被害状況が分かってきて青くなってました。ごめんね。 (January 18, 2006 03:47:56 PM)

あわわわわ;;;  
カキコに気付かず、ゴメンです~;;;

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