今日も他人事

今日も他人事

艦これSS「ビスマルク」


ニホンに来て驚いたのはニホンの艦娘の練度の高さと調練の厳しさだった。
噂はドイツにも伝わっていたが、ビスマルクの想像を超えていた。
その光景は鍛錬というよりも酷使しているといった方が適切だった。
特に神通という軽巡洋艦の調練が凄まじい。
砲弾が飛び交う中を敵艦に擦れ違う寸前まで急接近するという荒々しい戦い方を繰り返している。
死人が出るのではないかと呆れて観ていたが、その辺りはよく弁えているようだ。
ビスマルクも調練には自信がある。ドイツの艦娘を統制し、堅実に鍛え上げてきたという自負がある。
しかし、神通の身を削るような激しい鍛錬ぶりに負けたくないという思いも沸々と湧きあがってきた。
ただ、同じ高速戦艦である金剛や榛名に相談するのはどこか気恥ずかしさがあった。
そこで調練を統括している長門を密かに訪ねて、ニホンでの調練に都合の良い土地がないか尋ねた。
長門は「いいだろう」と嫌な顔一つせず、自室に置かれていた海図を取出し、丁寧に説明してくれた。

翌日、ビスマルクは北方海域のキス島へと向かった。
キス島は縦長の小島で、夏でも濃い霧に覆われる程の氷雪地帯である。
初めてキス島にやって来た時、ビスマルクはその寒さに絶句した。
勿論、新米の艦娘達も同様で皆、寒さに震えて顔を青くしていた。
新米達の気持ちは痛い程よく分かる。しかし、手ぶらで帰る訳にはいかない。

「さあ、始めるわよ。しゃきっとしなさい」

辛さを顔に出さず、声を上げ、先頭に立って調練を始めた。
特に艦隊運動を徹底して繰り返した。
基本となる動作だが、馴れていない艦娘同士だと動きに差が出てしまい、陣形が乱れやすい。
統一された艦隊運動が出来ていない艦隊はそもそも艦隊として成立しない。
だから、地味でも同じ動きを繰り返し続ける。
丸一日、繰り返し体に教え込み、感覚を掴む。
それで頭で考えずに、反射的に動くことができるようになる。
いざ戦場となれば悪天候の中、砲火に晒されながら同じことが出来なければならない。
そういう意味でもキス島は都合が良かった。
霧で視界が悪く、下手をすれば岩にぶつかりかねない。
また、この周辺には軽巡または駆逐級の深海棲艦の出没が確認されている。
手強い相手ではないが、霧の中で出会い頭に遭遇戦に陥る可能性もあるのだ。
常に気を張っている必要があり、艦娘達の疲労も溜まり易い。

「1時間、休憩を取るわ。半数は見張りで交代に立つこと。いいわね」

休憩になると、皆、その場にへたり込んだ。疲れのあまり眠ってしまう者もいる。
本当はビスマルクも座り込みたかったが、嚮導艦として恥ずかしい恰好は出来ないと思い、周囲の様子を見続けた。

「翔鶴、状況はどう?」
「はい。周囲に異常はないようです」

艦載機を飛ばして見張り中の翔鶴がビスマルクに返事を返す。
新米の艦娘達の中で一番、素質が高いのはこの翔鶴と岩陰で休憩中の蒼龍だろう。
二人とも新たに艦隊に配属された正式空母でビスマルクに匹敵する火力を備えている。
既に鎮守府には赤城と加賀の二隻の正式空母が所属しているが、提督は無理を推して、更に二隻の配備を強行したらしい。

「調練は厳しい?」
「そうですね。でも、私達が頑張らないと深海棲艦の跳梁を阻止できませんから」
「頼りにしてるわ。索敵、よろしく」

にこりと翔鶴が微笑む。繊細そうな顔は汚れが目立ち、小さな傷が幾つもある。
波に覆われたり、岩に掠ったり、深海棲艦の砲撃で破片が掠めたりは日常茶飯事だ。
ビスマルクも装甲服についた汚れを手で払い落とすと、周囲の見回りを再開した。

艦隊は精強になりつつあった。
春からずっと調練を繰り返し続けて艦隊運動も乱れなく行えるようになってきている。
最初は下手だった砲雷撃の腕前も徐々に技量が上がっている。
そして、キス島という厳しい環境の中でビスマルクも一層、力を増しているという自覚があった。

調練の日程を終え、キス島から帰還したビスマルクは自室で休憩を取っていた。
ドイツから持参した兵書に目を通し、次の調練をどうするか考えていた所、本営への招集がかかった。
呼び出されたのは本営にあるブリーフィングルームだった。
既に長門や金剛、赤城といった主要な艦娘達の姿が並んでいた。
ビスマルクが着席した時、提督と秘書艦の扶桑が部屋に入って来た。
この二人が婚約しているという事実にもビスマルクは驚かされた。
艦娘と軍人が婚姻を結ぶこと自体、ビスマルクは想像したこともなかった。

「集まって貰ったのは他でもない。
 南西海域で深海棲艦が多数、集結しつつあるとの情報をキャッチした」

提督の言葉を捕捉するように、扶桑が中央のボード上に南西海域の海図を映し出す。

「南西海域だけでなく、南方海域や西方海域からも密かに敵艦が集まっているらしい。
 その規模から考えて大規模な侵攻作戦を予定していると考えられる」
「どうやってこの情報を?」
「西方海域を警戒中の護衛艦隊の駆逐艦が遠洋へ向かう敵艦の動きを補足することに成功した。
 南西海域で敵艦隊を撹乱中だった潜水艦隊の報告とも付き合せて、今回の判断に至った」
「つまり、深海棲艦にとっての連合艦隊ということか」

長門が腕組みをしながら神妙な面持ちで頷く。

「長門の言う通りだ。敵の狙いが分からない以上、これを迎え撃つのは難しい。
 今回は運良く、敵の動きを察知することが出来た。この好機を逃す訳にはいかない」

提督はボード上に指示棒を滑らしながら、敵艦隊の位置を指し示した。

「第一次攻撃部隊を派遣し、集結中の敵艦隊を撃破し、敵の意図を挫く。
 また、敵艦隊の規模を察するにこの周辺に敵の新たな拠点が築かれている可能性がある。
 敵艦隊の動向を踏まえて、この拠点を見つけ出し攻略することが今回の作戦目標だ。
 その為、今回の作戦では索敵機を従来より多めに配備し、敵の動きを常に補足する必要がある」

提督はそこで一旦、言葉を切り、ビスマルクに視線を移した。

「ビスマルク、第一次攻撃隊の指揮を任せる。
 艦隊編成は日向、鈴谷、熊野、蒼龍、翔鶴。予備として瑞鳳を付ける」
「了解。任せておきなさい」
「それと、今回の作戦では弾着観測射撃を導入する」

これにはビスマルクが驚きを隠せなかった。
弾着観測射撃とは航空戦艦や航空巡洋艦が研究を重ねていた新戦法だ。
戦艦や重巡洋艦に搭載可能な水上偵察機は直結している艦娘とデータをリンクすることができる。
言うなれば、艦娘の第三の眼なのだが、それ以上の使い道がなく、高性能な電探や空母用の彩雲を使用した方が利便であるとされ、現場では長らく使われてこなかった代物である。
航空戦艦や航空巡洋艦はこの水上偵察機に着目し、弾道距離の測定を水上偵察機のデータに合わせて最適化することで、艦娘はより高速かつ高精度の射撃が出来ると提唱していた。
ただし、その為には水上偵察機の装備と連携が必要不可欠であり、すぐに実用化されなかった。
長らく研究中だった筈の戦法だが、実戦投入可能なレベルになったと本営では判断されたのだろう。

「でも、提督。いきなり新戦法を実戦で試すのは無謀ではないかしら?」

ビスマルクは主張した。怯懦ではない。勝利に必要なのは確実性なのだ。

「ビスマルクの言う事はもっともだ。
 ただ、俺は扶桑と日向のテスト結果をこの目で見て、実戦でも十分通用すると判断した。
 万が一、実戦で問題が起きた場合や制空権の確保に失敗した場合も、
 そのまま通常戦闘に移行することは可能だ」

ビスマルクは眼を閉じた。
既に命令として下っている以上、これ以上反論する訳にもいかなかった。

「分かったわ」
「頼む。第一次攻撃部隊はすぐに出撃準備に取り掛かってくれ」

ビスマルクは同じく在席していた日向とブリーフィングルームを後にすると装備保管庫に向かった。

「弾着観測射撃は有効な武器になる。私が保証する」

途中、日向が珍しく熱を帯びた口調で言った。

「扶桑や熊野、鈴谷と研究を重ねて編み出した。
 近海の深海棲艦を相手に何度も試しもやっているぞ」
「もう疑ってはいないわ」

ビスマルクは苦笑しながら言った。

「キス島へ向かう途中、貴女達が繰り返しテストを重ねていた光景は見ていたからね」
「そうか」
「悪かったわね、疑うようなこと言って」
「いいさ。正論だ」

日向は微笑を浮かべて、装備保管庫へと足を踏み入れた。
艦娘の能力の一つが艤装と呼ばれる専用武装の運用である。
肉体と直結することで艦娘の意思に合わせて自在に制御することができるのだ。
ビスマルクは背中に艤装を直結した。
搭載された主砲は愛用の38cm連装砲ではなく、大和砲とも呼ばれている46cm三連装砲が二門である。
鎮守府で最大級の火力を誇る最新装備だった。
通常なら電探を二つ装備していたが、電探の代わりに水上偵察機を内蔵する。

「よろしく頼むわよ」

ビスマルクが語り掛けると、水上偵察機を動かす小さい妖精達がしっかりと敬礼した。
装備を整えたビスマルクは他の艦娘達と合流すると、海上へと足を踏み入れた。
艦娘の二つ目の能力、それが水上走行だった。
両足に装備された主機が機能する限り、自分の意思で水上を走行し続けることができる。
ビスマルクは主機を巡航モードで稼働させた。
巡航モードは主機の出力を抑えて燃料をもっとも効率よく燃焼させることができる。
輸送船団の護衛や作戦開始地点までの接近などで主に使われる機能だ。

移動中、ビスマルクは定期的に本営へと通信を入れた。
待ち時間の間、日向は瞑目してじっとしている。
蒼龍と翔鶴は弓の手入れに余念がない。
熊野と鈴谷は周囲を警戒しながら、軽口を交わしている。

敵の哨戒を慎重に避けながら、作戦開始地点まで接近した。
海面を滑るように移動しながら、各自が艦載機を飛ばす。
目標地点。深海棲艦の姿が幾つも見える。
その先に更に多数の船影が見えた。

「敵艦戦を駆逐し、制空権を奪い取る。続けて敵艦隊へ接近」

指示を出しながら、ビスマルクは主機を巡航モードから戦闘機動モードへ切り替えた。
気づいた敵の艦載戦闘機が翔鶴と蒼龍の"烈風"や日向、熊野、鈴谷の"瑞雲"と激しい空中戦を始めた。
だが、高い空中性能を誇る"烈風"が猛烈な勢いで異形の艦載戦闘機を次々と撃墜していく。
戦況を水上偵察機を経由してビスマルクは見つめていた。

「爆撃開始」

ビスマルクの声と同時に"瑞雲"と"流星"が海上の深海棲艦目掛けて殺到し、急降下爆撃を仕掛ける。
爆炎が海上に立ち上り、閃光が周囲を明々と照らし出した。
重巡リ級。混乱の中で態勢を立て直そうと盛んに指揮を執っている。
ビスマルクは速度を上げた。波浪をかきわけ、重巡リ級へ向けて急速に接近する。

「ファイアッ!」

叫び、ビスマルクの46cm三連装砲が火を噴いた。衝撃が海面を大きく穿つ。
咄嗟に重巡リ級は装甲化された両腕を交差させ、顔面への直撃を避けた。
しかし、最大級の火砲の威力は装甲だけで防ぐことはできない。
両腕が吹き飛び、無防備になったリ級の顔面へと二射目が炸裂し、後方もなく粉砕した。
戦闘力を完全に喪失したことを示すように重巡リ級は仰向けに倒れ込む。
海面に浮かび上がることなく、重巡リ級は海中へと沈んでいった。
指揮者を失った深海棲艦は蜘蛛の子を散らすように潰走していった。

「追撃に移るわ。熊野と鈴谷は最大船速で。
 日向は蒼龍と翔鶴を連れて周囲の索敵をしつつ私達に続いて」

ビスマルクはひと塊になって逃げている深海棲艦の一部を砲撃しながら追った。
熊野と鈴谷も20.3cm連装砲を撃ちまくり、速力が落ちた艦を粉々にしていく。
できれば殲滅してしまいたかったが、途中で新手の敵艦隊が姿を現した。
その中に、残存部隊は吸い込まれるように逃げ込んでいった。
ビスマルクは追撃を止めた。既に燃料も弾薬も消耗し、疲れも溜っている。
睨み合うような恰好で互いに後退していく。その途中で日向達も追いついてきた。

「本営へ連絡。敵艦隊を潰走せしめるも殲滅はならず。
 後続の艦隊に対する第二次攻撃の要あり」

ビスマルクの報告に対し、提督から了解した旨と鎮守府への帰投命令が下された。
大きな勝利だった。少なくとも攻撃艦隊が潰えた以上、敵の攻勢意図は挫かれた筈だ。
ただ、ビスマルク自身はまだ戦い足りないという思いが強かった。
後続の艦隊の一隻。あの時、左目を青くギラギラと輝かせた戦艦ル級と目が合った。
間違いなく、あの艦隊の指揮者だろう。
あれとやり合ってみたかった。無論、負けるつもりはない。
再戦の決意を固めつつ、ビスマルクは鎮守府へと撤収を始めた。

鎮守府へ帰還したビスマルクは日向と共に提督の執務室へ出頭した。

「二人とも、よくやってくれた。これで最悪の事態は回避できた」
「私達はこれから?」
「まずはドッグに入渠して疲れを取ってくれ。
 敵の増援艦隊へは榛名達が攻撃に出ている。
 敵艦隊を撃滅できなかった場合、ビスマルクは榛名と交替して指揮を執ってくれ」
「分かったわ」
「提督、弾着観測射撃の件だが」
「ああ、充分に実用に耐えられそうだな」
「私としてはまだ改良を加えられると思っている。
 水上偵察機ではなく、瑞雲で観測と爆撃を両立すれば艦隊の攻撃力を増すことができる筈だ」
「分かった。詳しいデータは後で報告してくれ」

報告を終え、日向に続いてビスマルクは執務室を出ようとした。

「ビスマルク」
「何?」
「くどい様だが、本当に良くやってくれた。次もこの調子で頼む」
「任せておきなさい」

笑みを浮かべて、ビスマルクは部屋を退出すると、次の作戦に備えてドッグへと向かった。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: