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今日も他人事
艦これSS「流転」
戦況は優勢だった。
ビスマルクの指揮する第三艦隊は北方AL方面の敵港湾基地を陥落させることに成功した。
ビスマルクの猛攻は提督すら唖然とするほどで、敵の防衛線を突破し、指揮艦である北方棲姫も討ち取っていた。
現在は北辺に留まり、敵部隊を掃討しながら、MI作戦への横槍を阻止するため、北に睨みを利かせている。
一方、MI作戦の要である連合艦隊は破竹の勢いで進撃を続けていた。
迎撃に現れた敵機動部隊を撃退し、今はMI島の攻略に取り掛かっている所だ。
流石にMI島の守りは堅固で、一度や二度の攻撃で陥落させることはできない。
ただ、春先のピーコック諸島攻略で培われた経験から、拠点攻撃に有益となる三式弾は十分に確保されている。
金剛、榛名、羽黒の艦砲射撃で確実にMI島の守りは剥ぎ取られており、今や丸裸といっても良い状態であった。
「問題は敵機動部隊が何時、戻ってくるか、だな」
提督の言葉に、参謀格の大淀が頷き返す。
「はい、ですが、今のペースなら敵増援の到着までにMI島は制圧できます」
「そうなれば、作戦の第一段階は完了か。後は、MI島の確保に注力すれば言い訳だが」
それに関しても、あまり心配していなかった。
第一艦隊も第二艦隊も鎮守府では性能、練度共に最強の面子を揃えている。
flagship級の深海棲艦が相手であっても決してヒケは取らない。
更に大和や長門も後詰として控えているのだ。
ただ、提督の胸中には漠然とした不安があった。
どこか巧く行き過ぎている。そんな気がしてならないのだ。
それも自分の心配性から来ているのかもしれない。
提督は不安を振り払うように頭を振った。
「そういえば、扶桑はどうしている?」
「翔鶴と一緒に瑞鶴、山城の錬成に付き合っています。あの二人はまだ前線に出られる腕ではありませんし」
大淀は手元の書類をめくりながらそう答える。
自分の胸中の不安について相談すべきか。
ふとそんな思いが脳裏を過ったが、指揮官の迷いなど伝えるべきではないと思い直した。
--同時刻。MI島近海。
あと一歩だ。
赤城はMI島を見据え、はっきりとそう感じていた。
既にMI島は制圧したも同然の状態だった。
周辺の敵艦を一掃し、島の防衛戦力を徐々に締め上げてきた。
「総攻撃を仕掛けます」
他の面々も予見していたのだろう。
赤城の端的な言葉に加賀、金剛、羽黒が頷き返す。
赤城の号令のもと、第二艦隊が先陣としてMI島へと接近する。
それに呼応するようにMI島から迎撃の部隊が出てきた。
巨大なホタテ貝のような異様な艤装。中間棲姫自身だ。
その周囲を数機の浮遊要塞、駆逐艦が取り巻いている。
中間棲姫の艤装から多数の球状の艦載機が射出された。すぐさま、加賀の"烈風"が艦載機を次々と撃ち落としていく。
その間隙を縫うように赤城、蒼龍、飛龍の艦載攻撃機"流星""天山"が次々と爆撃を繰り出した。
無論、中間棲姫の重装甲に致命傷を与えるには及ばない。
だが、その護衛戦力は次々と爆発に巻き込まれて四散していく。
赤城は手を緩めず、砲火を全て中間棲姫に集中させた。
駆逐艦の10cm連装高角砲から戦艦から繰り出される三式弾による砲撃までその全てが火の雨となって降り注いだ。
スコールの様な火線に晒されながらも中間棲姫は原型を留めていた。
だが、その身を纏う純白のドレスはボロボロに引き裂かれている。
象徴ともいうべきホタテ貝型の艤装も損傷激しく、内部骨格が剥き出しになっていた。
遂に中間棲姫が膝を屈した。巨大な真珠貝が悲鳴のような駆動音を立てて地に倒れ伏す。
「続けて警戒態勢に移行。敵増援部隊はすぐにでも来襲する筈。速やかに艦隊の補給と再編を進めてください」
周囲が慌ただしく動き始める中、赤城は沈黙した中間棲姫に歩み寄った。
中間棲姫はぐったりとしたまま身じろぎ一つしない。
虚ろな眼差しを赤城に向けた。
「何か言い残すことは?」
赤城の問いに、中間棲姫は何も答えない。
ふっと微笑を浮かべると、完全にその機能を停止した。
どこか寂しげで、そして憐れみを感じさせる。そんな笑みだ。
入れ替わるように加賀が赤城の傍に歩み寄った。
「赤城さん。東方からこちらに向かって進行中の艦隊を捕捉しました。おそらく、敵の奪還部隊かと」
「分かりました、すぐに迎撃に向かいましょう。ようやく確保したMI島、なんとしても守り抜きます」
赤城が踵を返しかけ、ふと気中間棲姫の骸に目をやった。
その口元には微笑が残ったままだ。
それがどこか不吉なものに赤城には思えて仕方がなかった。
--同時刻。ニホン本土、鎮守府内。
鎮守府は閑散としていた。
ほとんどの艦娘が作戦に投入され、残っているのは長門の様な後詰の他、練度の低い待機要員だけだ。
また、西方海域で潜水艦による奇襲が活発化しており、その対応のため、護衛艦隊の大半がその防衛に赴いている。
長門は自室で腕を組み、海図に目をやっていた。
作戦は順調に進んでいる。いや、進み過ぎている。
連合艦隊は敵を蹴散らすようにしてMI島へ迫っていた。
予定通りなら、今頃、島の占拠を果たしていることだろう。
MI島はニホンとハワイの中間に位置する要所だ。
それがこうもあっさり攻略できるというのはどういうことか。
春先に制圧したピューコック諸島は戦略上、価値はもっと低いのだ。
にも関わらず、その抵抗の厳しさは今回の比ではなかった。
ドアをノックする音が、長門の思考を遮った。
「開いているぞ、入れ」
「失礼します」
一礼して入ってきたのは大淀だった。
「海図を見られていたのですか?」
「何か見落としていないか気になってな。それにしても、私の所に来るとは珍しいな」
「私は作戦の立案や分析には長く関わっています。しかし、実際に戦場に立ったことがありません。
実戦経験豊富な長門さんと相談すれば何か良い知恵が浮かばないかと思いまして」
「ふむ」
「今回の作戦、表面上は順調に進んでいます。
あまりに順調過ぎて、計画よりも短時間で、かつ少ない消耗で済んでいます。
これまでのデータから判断するともっと実害を被って然るべきだと思うのですが」
「大淀はそれに関して疑問を感じている訳か」
「連合艦隊という新しい戦術に敵が対応できず、混乱しているという見方もできますが」
「いや、私も長く奴らと戦ってきたが、深海棲艦はそれ程甘くはない。今回の敵の抵抗はあまりに微弱過ぎる」
「とすると」
「罠の可能性がある」
「しかし、何のためでしょうか?」
「MI島を主力部隊が落とした所で、奇襲攻撃を仕掛けるか。
だが、それならMI島の守備隊と挟撃した方が損害は少ないし、赤城も周囲への警戒は怠っていないだろう。
MI島を確保させた上で兵站を乱すという作戦もあるが、こちらが護衛艦隊を張り付ければ効果はあるまい」
「長門さん、深海棲艦はMI島に本当に固執しているのでしょうか?」
大淀は難しい顔をしたまま、呟いた。
「どういう意味だ?」
「MI島は確かに要所ですし、北太平洋へ進出するための橋頭保になります。
それは我々の見方であって、深海棲艦にとっては拠点の一つに過ぎません」
「MI島には奴らの守備隊もいるのだぞ」
「それも全て囮だとしたら。もっと大きなものを狙っているとしたら」
「残っている連中は全て捨て石ということか」
長門は押し黙った。
自分を犠牲にする戦術を深海棲艦が仕掛けてくるとは考えたこともなかった。
だが、より大きな勝利につながるのであれば、長門自身、喜んでその犠牲になるだろう。
北太平洋の防衛戦力を割き、MI島を放棄してまで攻めるべき場所があるとすれば。
「奴らの狙いは、本土への直接攻撃か」
「今、鎮守府に残っている戦力は多くありません。
北にビスマルクを派遣していますし、護衛艦隊の半数は西の潜水艦対策に振り向けています」
「南方海域の牽制のために陸奥も出ている。不味いな、奴らの思惑にはまってしまった訳か」
「すぐに提督に伝えてきます」
「急げ。取り返しのつかないことになるぞ」
長門と大淀はすぐに執務室に向かった。
「どうした、二人とも。血相を変えて」
怪訝そうな提督の表情は、大淀の説明を聞くとすぐに強張った。
「北太平洋方面に偵察隊を派遣する。
奴らの意図が本土攻撃だとすれば、すぐそばまで来ている筈だ。
それと、ビスマルクと陸奥に鎮守府へ至急、戻るように連絡してくれ」
「提督、連合艦隊はよろしいのですか?」
「引き続き、MI島を固守。撤退中の連合艦隊に追撃を仕掛けるのも奴らの狙いかもしれない。
ここは迂闊に動かない方がいいだろう。それから後詰の皆を作戦会議室に集めてくれ」
提督は眉間にしわを寄せ、難しい表情を浮かべている。
しばらく後、作戦会議室に大和達が集まった時、提督は多少落ち着いた様子で迎撃艦隊の編成を発表した。
主力艦隊の指揮は長門。構成は大和、北上、足柄、鈴谷、翔鶴。
支援艦隊の指揮は扶桑。構成は山城、夕立、瑞鳳、熊野、長波。
鎮守府には大淀、瑞鶴といった実戦経験の少ない艦娘しか残らないが戦力の出し惜しみができる状況ではない。
「偵察隊の報告によれば敵艦隊の旗艦は戦艦棲姫とのことだ。並の火力では太刀打ちできまい。
こちらの切り札は北上の雷撃だろう。皆、それを念頭に置いて作戦に当たってくれ」
「そんなに期待されると照れるなぁ。まぁ、でも、ここはやるしかないよねぇ」
至急の場にあっても変わらない北上の軽い口調に、周囲に笑い声が漏れた。提督も微笑を浮かべている。
「頼むぞ。ここを突破されれば、本土まで遮るものは何もない。何としても敵艦隊の侵攻を食い止めてくれ」
「了解」
長門達が敬礼し、作戦会議室を後にしようとした時、提督が扶桑を呼び止めた。
長門はちらりとそちらを一瞥したものの、それ以上、気にせず、そのまま部屋を退出した。
丁度、大和とエレベーターに乗り合わせることになった。
不意に大和は俯きながら、大きく息を吐き出した。
「緊張しているのか、大和?」
「あ、すみません。変ですよね、ようやく待ち望んだ艦隊決戦の機会なのに」
大和が恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
「気にするな。艦娘としては初陣に違いないさ」
「はい、ありがとうございます。その長門さんは落ち着いてますね。流石です」
「そうかな。まぁ、実戦経験だけは積んでいるからな」
言いながら、長門は自分が冷静であることをはっきり自覚していた。
戦艦棲姫の名を聞いた時からそうなった。
ここが死に場所か、そう思ったのだ。
自分か、奴か。
ビューコック諸島で会いまみえた時から、長門は戦艦棲姫に因縁めいたものを感じていた。
もっとも、深海棲艦にそんな感情があるかはわからないのが。
いずれにしろ、ビューコック諸島で果たせなかった決着を今果たす時が来たのだ。
自分か、奴か。もう一度、長門は心中でそう呟いた。
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