今日も他人事

今日も他人事

艦これSS「熱海の姉妹」



がたん、ごとん。音を立てて、列車は走る。
車体が揺れる度に、振動が車内の扶桑にも伝わって来た。

同じ揺れでも、海上の波とはまるで違う。
そんなことを思いながら、扶桑は車窓の外の海原をぼんやりと見つめていた。

海は毎日のようにこの目で見ている。ただ、今日に限っては違うものの様に思えた。
今までいったことのない未知の世界。普段とは違う体験に胸が少し時めいていた。

熱海。軍務ではなく、観光の為にやって来た。
それだけで少なからず高揚している。
そんな自分に気づき、扶桑は新鮮な驚きを感じていた。

列車は次第に速度を落とし、ゆっくりとその動きを止めた。熱海駅についたのだ。

「行きましょう、山城」
「はい、扶桑姉さま」

元気よく声を上げる山城に、扶桑は笑みを浮かべた。


 熱海の姉妹


「観光地と聞いていましたが、思ったよりも地味なのね」
「都会の歓楽街に比べると、そうね。山城、残念だった?」

扶桑の問いかけに、山城は慌てて首を横に振る。

「あ、いえ。私はあまり派手なのは苦手だから。静かな場所の方が落ち着きます」
「ふふ、私もよ。さ、ホテルに行きましょう。ええと、こっちね」

扶桑は荷物のカートを引き、ホテルがあると思しき方角へと歩み始めた。
徒歩10分。その情報を信じて歩み始めるが、思ったよりも道のりは大変だった。
坂道の傾斜が激しく、繰り返しの上がり下がりが何度も続くのだ。
手ぶらなら大したことはないのだろうが、今日は普段持ち歩かないカートを牽いている。

実際の所、普段装備している艤装の方が今の荷物より重量はある。
ただ、艦娘の艤装には様々な術式が施されており、最適化された艦娘はほとんど重さを感じずに軽々と扱うことができる。
だから、扶桑も山城もあまり重たい荷物を持ったことがなかった。
長門や大和のように武道に励み、体を鍛えたりもしていない。

「少しは私も鍛えたほうがいいのかしら」

はぁ、とため息を吐く。

「姉さま、大丈夫ですか?お荷物、お持ちしましょうか?」
「大丈夫よ、山城。これぐらい、なんともない、わ」

心配そうな山城に扶桑はにこりと笑いかける。
それから、額の汗を拭い、急な傾斜をうんしょうんしょと登り始めた。
数分後、ようやくホテルにたどり着き、部屋にたどり着いた途端、扶桑と山城はへたり込んだ。

「外を回るのは少し休んでからにしましょうか」
「はい、姉さま。お茶をお入れしますね」
「ありがとう、山城」

慣れた手つきで二人分のお茶を入れ始める山城。
扶桑は事前に買ってきた熱海の観光ガイドを取り出し、ぱらぱらとめくり始めた。

「まずはどこにいこうかしら。山城はどこか希望がある?」
「私は扶桑姉さまと一緒なら、どこでも。あ、でも、お土産は幾つか回りたいです」
「そうしましょうか。そろそろお昼だし、商店街の方に先に行ってみましょう」

しばしの休憩の後、扶桑と山城は熱海の観光を始めた。
商店街を眺めてお土産を品定めした後、簡単にお昼を済ませると、バスに乗り込んだ。
紀雲閣、熱海梅園、最後にはサンビーチなども回る。

「山城、楽しい?」
「はい、姉さまと一緒にあちこち回れて、夢のよう」
「私もよ、本当に来て良かったわ」

幾ら人間の姿形をしているといっても、艦娘は戦うための存在だ。
国家に仕え、常に鎮守府近隣で軍務に励む日々を送っている。
それがこうやって私服に着替え、姉妹一緒に軍務を忘れて過ごせるというのは本当に貴重だった。

今回の熱海への旅行も、提督の強い奨めがなければ話だけで終わった筈だ。
初めは提督と二人で少し遅めの新婚旅行に向かう予定だったが、新たな海域攻略に向けた準備で提督が忙しいこともあり断念した。

「俺は行けないけど、山城と一緒に行って来たらどうかな。
 折角、旅行に行けるチャンスなんだ、是非楽しんできてほしい」

その提督の好意に甘えて、扶桑は山城と共に3日間の休みを貰い、熱海へ温泉旅行にやってきた。
本当は提督にも一緒に来て欲しかった。
それだけが残念ではあったが、山城と二人っきりの旅行なら全然寂しくない。

予定を終え、ホテルに戻って来た頃にはすでに日が暮れていた。
露店風呂に浸かった後、扶桑と山城は近くに設置されていた全自動マッサージ機に身を委ねていた。
マッサージ師を雇うという案もあったが、ホテル代だけでも馬鹿にならないので、それは止めた。

「これでも十分ね。ああ、気持ち良いわ」
「ええ、姉さま。できれば、鎮守府にも何台かいれて欲しいぐらい」
「ふふ、提督におねだりしてみようかしら。結婚記念日のプレゼントに1台、って」
「いいですね。是非」

扶桑型を始め、超弩級戦艦の艤装は大型で、重さは軽減されているとはいえ肩が凝りやすい。
航空戦艦に改造された際、多少、装備のバランスも調整されているが、その点だけは変わりようがなかった。
だから、実を言うと、瑞雲や晴嵐のような水上偵察機だけを装備する対潜任務を扶桑は気に入っていた。
艦載機運用に必要な盾型航空甲板は持たなければならないが、一番負担の大きい砲塔を背負わなくても良いからだ。
勿論、超弩級戦艦の象徴ともいうべき、砲塔を背負いたくないなど口が裂けても言えることではないが。

「山城、瑞雲の扱いにはもう慣れた?」
「まだまだです。二、三機なら問題ないのだけど、十機となると戸惑うことがあって」

山城は配属後、支援専任として戦艦のまま運用されていた。
扶桑型や伊勢型の艤装は航空戦艦として改造してしまうと最大火力が低下してしまうからだ。
ただ、AL/MI作戦の反省から、艦隊戦に対応できる艦娘をより多く確保する必要があり、総合的な戦闘力向上の為、山城も航空戦艦に改造された。
航空戦艦に改造されてから日が浅く、他の航空戦艦や航空巡洋艦の艦娘達から戦い方を教わっている。

「私も航空戦艦になったばかりのころはそうだったわ。すぐに慣れるわよ」
「はい、せめて姉さまの足を引っ張らないように頑張ります」
「その意気よ。頑張りましょう」

ゆったりと全身の疲れを癒し、扶桑と山城は部屋に戻った。
買ってきた日本酒の瓶を取り出し、二人で飲み始める。

「温泉に浸かって、美味しいお酒を飲む。幸せね、山城」
「はい。扶桑姉さま。時雨にも分けてあげたいぐらい」
「山城は時雨のことが本当に好きなのね」
「時雨は良い子よ。気が利くし、優しいし。もっと満潮にも見習って欲しいわ」
「あら」
「あ、満潮が嫌いって訳じゃないの。でも、あの子は本当に口が悪くって。この前だってね」

酒が回って来たのか、山城は饒舌だった。

時雨と満潮は扶桑達と同じ西村艦隊に所属していた駆逐艦だ。
二人とも扶桑と同時期のかなり早い頃に鎮守府に配属されていた。
時雨は、穏やかで人懐っこく、誰からも好かれやすい。
満潮は、厳しくきつく当たる為、反感を買うこともある。
そんな二人と山城がよく一緒に行動していることを扶桑は知っていた。
満潮からは常々厳しく言われているらしいが、それでも山城が満潮を避けたことは一度もない。

「すみません、姉さま。私ばかり、喋り過ぎよね」
「いいのよ。山城やあの子達の話を聞いてるだけで私も楽しいから。
 お互い軍務で忙しいし、こんな時でもないと中々、ゆっくり話なんてできないものね」

扶桑の言葉に山城は頷く。不意にその表情が思いつめたものに変わった。

「あの姉さま、一つ、不躾なことをお聞きしてもいいでしょうか?」
「なあに?言ってみて」

そう言っても、山城は逡巡しているようで、中々言い出さない。
少し間を置き、決意したように口を開く。

「扶桑姉さまは、あの男のどこを気に入ったのですか?」
「提督のこと?」
「はい。姉さまがよろしければ是非、お聞かせください」

問いかける山城の表情は真剣だった。

「そうね、どうしてかしら」

扶桑は微笑を浮かべ、髪をかき上げた。

「提督と一緒にいるとね、あまり嫌な感じがしないの。
 結婚するってことはその人と人生を共有する、ずっと一緒にいる時間が増えるってことでしょ。
 プロポーズを受けた時にね、ああ、この人と一緒なら幸せになれるかもしれないって思ったの」
「後悔はないのですか?不安や不満は」
「一つもない、と言ったら嘘になるかしら」
「私、提督のことが許せない」

山城は低い声で呟く。その口調に扶桑は困惑を隠せなかった。

「どうしたの、山城。何か提督に言われたの?」
「私のことじゃないです。姉さまに対する不敬が許せないの」
「どういうこと?」
「だって、姉さまを伴侶にしておきながら、他の艦娘にも手を出すなんて。
姉さまに対する裏切りだわ」

ようやく扶桑は山城が何を言いたいのか理解できた。
提督と扶桑は婚儀を結んだ後、長門や神通、翔鶴といった艦娘とも契りを交わしている。
それは儀式的なもので、目的は戦闘力の向上にあるのだが、関係を結んでいるという事実に変わりはない。
山城には、それが提督の不義と思えてしまうのだろう。目元には薄らと涙が浮かべている。

「ありがとう、山城。私の事をそんなに想ってくれて」

扶桑は山城の目元の涙を指で拭った。

「ごめんなさい、姉さま。私、出過ぎたことを言ってますよね」
「いいのよ、山城。本当言うとね、私も提督に言いたいことがあるわ。
 ほかの娘に優しくしないで欲しい、私だけを見ていて欲しいって。
 でも、駄目ね。あの人と話していると、それを言い出せなくなってしまう。
 あの人、優しいから。私を傷つけないようにしていることがすぐわかっちゃうの」
「それで姉さまはいいのですか?」
「私だけかもしれないけれど。
 本当に分かるのは、山城が誰かを好きになった時だと思うわ」

山城は押し黙る。扶桑はお猪口に酒を注ぎ足した。

「さ、飲みましょう。折角の旅行なんだもの、楽しまなくちゃ、ね?」
「はい、姉さま。頂きます」

山城はぎこちない笑みを浮かべ、お猪口を取ると、それを一気に飲み干した。

小一時間ほど経った頃、瓶が空になった。
山城も机に突っ伏して、寝息を立てている。
姉さまと時折呟く山城の頭を扶桑は優しく撫でた。

扶桑は音をたてないようにゆっくりと立ち上がり、窓を少しだけ開けた。
冷たい秋の夜風がすっと入り込んでくる。
酒気を帯びて火照った体には丁度、心地良かった。

扶桑は傍にある椅子に座り、窓の外を眺めた。

心に秘めた想いはある。本当はそれを口に出して伝えたかった。

ずっと諦念の日々を送ってきた。
艦娘として再生する前。軍艦として建造された時からずっとだ。
日本海軍で初めて独自に設計・建造された超弩級戦艦。
聞こえは良いが、実際は設計段階であちこちに問題が生じ、欠陥戦艦としか扱われなかった。
艦娘になってもその特性は引き継がれたままだ。
だから、新設当初の鎮守府に配備された時も、いずれ必要とされなくなるだろうという想いしか湧いてこなかった。

それでも、どこかで捨てられたくないと思っていた。ほかの艦娘に負けたくなかった。
その想いがあるだけ惨めだった。いっそ、何一つの希望さえ持たなければ楽だったかもしれない。
そんな鬱々とした日々を過ごしていた扶桑に、希望を示してくれたのが提督だった。
その提督に秘書艦に選ばれ、夫婦となり、一緒に日常を送っている。幸せだった。

今はもう他の艦娘に負けたくないという想いはあまり湧いて来ない。
この幸せな日々が何時までも続けば、それでいい。
この幸せを失うことの方が遥かに耐え難いことだった。
だから、提督が契りを交わすことも黙って受け入れた。これからもきっと変わることはないだろう。

月が出ていた。眼下にはネオンの光が夜の闇と混ざり合い、どこか幻想的な世界を作り上げている。

「今度は一緒に見られるといいですね、提督」

呟き、目を閉じる。頬を撫でる風。しばらく、そのままじっとしていた。

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