今日も他人事

今日も他人事

Caligula Overdose SS 罪




―――鳥の囀る声が聞こえる。

木漏れ日のようにカーテンの隙間から差し込む光が朝だと私に教えてくれる。

どれも現実ではない。μの作り出した仮想データに過ぎない。

私はサイドテーブルの上に置きっぱなしにしてあったスマホを手に取り、時刻を確認した。

「やだ、もうこんな時間」

もう起きないと今日の集合に遅れてしまう。

私はスマホを戻し、隣で眠っている少女を揺さぶった。

「ほら、おきて、彩声。朝だよ」
「ん……もう?」
「そう。もう仕度しないと」

彼女……天本彩声は眠そうに目をこすりながら、私の顔を見上げた。

いつからだったろう。私と彩声がこんな関係になっていったのって。

始まりは彼女の男嫌いを克服するために相談に乗った時だったと思う。

と言っても、その時はまだ私は他の女子たちと同じ扱いだった。

彩声は元々、女子とは笑顔で接することができる娘だったから。

私もせっかく知り合った彼女の悩みを少しでも解消して上げられればと思っていただけだ。

それが一緒に接してる内に少しずつ気を許してくれるようになっていったと思う。

そして、学校の屋上で彼女が抱えていた本当の悩みを聞くことになった。

あれから、私と彩声の距離は他の仲間達よりも一歩近づいたと思う。

いや、多分、彩声はもっと私に対して好意を抱いてくれたようだ。

私を好きだという気持ちを伝えてくれたのは彼女の方だったから。

「いいじゃん。もう少しこのままでいようよ、部長」
「だーめ。一緒に部屋をでるとこ誰かに観られたらどうするの?」
「……別に良いよ。知られたって」

ぎゅっと毛布を掴む彩声。

「彩声」
「部長は、嫌なの?」

そう問いかける彩声の声にはどこか不安が滲んでいた。
私は微笑みながら、首を横に振る。

「いいよ、別に。彩声が本当にそうしたいなら、知られたって。
 帰宅部の皆も分かってくれると思う」
「そう、かな」
「大丈夫だよ。みんな、仲間じゃない」
「……お父さんも、分かってくれる、かな」

毛布を掴む彩声の手に力が籠る。
私はその手をそっと握った。

「大丈夫だよ、彩声のお父さんは彩声のことをずっと心配してくれてたんでしょ?
 そんなお父さんだもの。彩声が選んだ選択をきっと受け入れてくれるよ」
「ん……そうだね。ありがと」

彩声が少しはにかむようにうつむく。

「頑張って早く現実に帰らないとだね。
 お父さんともう一度、会って、今度はちゃんと話さないと」
「うん、その意気だよ、彩声」

私が言うと、彩声は笑顔でベッドを抜け出し、着替えを始める。
私も逆側からベッドを出て、彩声の背中をじっと見つめた。

……ねぇ、彩声。知ってる?

  あなたは私に秘密を打ち明けてくれたけど。

  私はあなたに伝えてない秘密があるの。

私は心の中で、私を慕ってくれる少女に囁く。

  私ね、本当は楽士なんだよ。

  彩声や皆が頑張って探してるμの居場所、ずっと知ってるんだ。

  私、皆を裏切ってたんだ。

最初は。

何が正しいのか分からなかった。

μが正しいのか、間違ってるのか。

本当は良く分からなかった。

現実に戻りたいのかも。

この世界(メビウス)に居続けたいのかも。

何も分からないから、色んな人の気持ちを知って、それから考えようなんて思ってた。

……なんて傲慢。

私はそれが公平な事だ、正しい事だと自分を誤魔化していただけだ。

本当は、皆を裏切っているって心の底では気づいていたのに。

何時からか、二つの世界を渡り歩く自分をどこかで楽しんでいた。

  ねぇ、彩声。

  もし、貴女が私の秘密を知ったら……どうする?  

  悲しむ?怒る?軽蔑する?それとも……殺す?

  きっと、許せないよね。私のこと。

  許して欲しいなんていわない。

  分かって貰えるなんて思ってない。

  ……できれば、ずっとこうしてこの世界で皆と一緒に過ごしていたいけれど。

  貴女が現実に戻りたいという理由を今は強く知っている。

  それがあなたの選択なら、私は真正面から受け止めないといけないよね。

  その時は私も逃げないよ。

サイドテーブルのスマホが揺れる。

WIREに着信が二つ届いていた。

一つは帰宅部の私宛。

もう一つは楽士としての私宛。

私はスマホをぎゅっと握りしめた。

  ……だって、それが私の選択の責任なんだから。

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