今日も他人事

今日も他人事

コードギアス ロストストーリーズ SS 共犯

「遅れてすまない、ん……?」

自室の扉を開き、ルルーシュは訝しんだ。
今後の打ち合わせのために、先に部屋に来ていた筈のマーヤが、ルルーシュのベッドに横たわっている。
スースーと寝息を立てながら。

「おい、起きろ。こんなところで眠っていると風邪を」
「ん、ん」

軽く肩を揺さぶりながら声を掛ける。
しかし、相当、深く眠っているのか、微かに眉をしかめるだけで、マーヤは一向に起きる気配を見せない。

「全く」

小さくため息を吐き、手を離す。
それから、椅子にかけてあった毛布を広げ、マーヤの体にかけた。

――無防備な奴だ。仮にも男の部屋に来ておいて。

それだけ、信用されているのか。
あるいは、男として見られていないということか。
寝息に合わせて上下するマーヤの胸を眺めながら、ルルーシュは近くの椅子に腰をおろし、肩肘を突く。

――まぁ、疲れていて、当然か。
――俺達は、命がけのゲームをやっているのだから。
――戦争という名のゲームを。

神聖ブリタニア帝国。
力による支配を是とする、この強大な大国を打ち倒すために、ルルーシュとマーヤは手を組んだ。
自分がブリタニアの皇族である事実を知られたのは失態だが、今の所、支障はない。彼女とは、共犯関係を維持できている。
現状、彼女がルルーシュを裏切り、牙を剥く可能性は極めて低いだろう。
なにより、この娘は役に立つ。
シンジュクでの市街地戦において発揮したKMF(ナイトメア・フレーム)の操縦技術。
ルルーシュの指示を瞬時に理解し、素早く対応できる従順さと反応性。
そして、なによりブリタニアに抱いている強い憎悪と憤怒。
素晴らしい駒だ。この娘には、利用価値がある。みすみす捨てるには惜しい。

――あくまで、今の所は、だが。

自らの左目に手を添える。
もし、マーヤがルルーシュにとって邪魔な存在になったとしても問題はない。
いざとなれば、この左目に宿った絶対遵守の力――ギアス――を使えば済む話だ。
この力を使えば、彼女の口を封じることも裏切りを阻止することも容易い。
……とはいえ、この力に関しては、ルルーシュにとっても、まだまだ未知の部分が多い。
少なくとも、同一対象に二度使えないと判明した以上、迂闊な使用は避けるべきだ。
それに、今、注意すべきはマーヤよりも当局の動きだろう。
先日、仮面の男ゼロとして大衆の前に姿を現した以上、警察も軍も血眼になって、ゼロの素性と行方を追っている筈だ。
まだ、自分達の素性が当局に気付かれた気配はない。尾行されているような気配もないことは互いに確認し合っている。
といって、本当に、自分達の動向が掴まれていないとも限らなかった。二人とも、泳がされている可能性が無いとも言い切れない。
二人とも国家反逆者である。嗅ぎつかれれば、拘束され、処刑されるのは間違いない。
自分達の命だけならまだいい。しかし、親しい人間にまで危険が及ぶ可能性はある。
ブリタニアは、必要とあれば、どんな非道もやってのけるだろう。
ナナリーに危害が及ぶこと。それだけは、なんとしても避けなくてはならない。
そう。自分達にミスは許されないのだ。
ブリタニアを、あの男を打倒し、ナナリーが安心して暮らせる世界を作り上げる。
その日が来るまで、決して。
……。
…。





血の匂い。
銃火の音。硝煙の匂い。
人が瓦礫に潰されている。隙間から赤い血と黒い髪と肉片をはみ出しながら。
見下ろしている。私は、それを見下ろしている。
何もできず、ただ。じっと。
お父さん。お母さん。
陽菜。まり。とも。
――ブリタニア。
あいつらだ。
あいつらが、奪ったんだ。
私から、大切なもの、大事なもの。
全部、全部、全部。
――ブリタニア!
許さない。
許さない。許さない。
絶対に、許さない。絶対に。
壊してやる。必ず、奪った報いを受けさせてやる。
私の、この命に代えても、絶対。
……でないと。
私は、私を許せない。
なにも出来ない私を。見ているだけの私を。
卑怯者の私を。
だから、私は。
……私は。
……。
…。

「……ん」

瞼を開く。
いつの間にか眠っていたらしい。

――いけない。寝ちゃってた。
――また、嫌な、夢……。
――しまった!

身を起こすと、いつ掛けられたのか、毛布が床に落ちた。

「……ルルーシュ?」

――眠ってる。
――椅子に座って肩肘ついたままなんて、器用な寝方……。

相当、疲れがたまっているのだろう。
マーヤが寝台を降りて近づいても、ルルーシュは身動ぎ一つせず、静かに寝息を立てている。

――こうして近くで見ると、本当、いい顔してる。女子の間で人気になるわけだわ……。

綺麗で端正で、その癖、どこかまだ幼さを感じさせて。
気づくと、じっと距離が縮まっていた。
鼻先が触れそうなぐらい傍に、ルルーシュの顔がある。

「ナナ、リー」

かすかな呟き。ルルーシュの唇から漏れた吐息がマーヤの唇に触れた。
しばし、間を置き、マーヤは身を起こす。
それから小さく息を吐いた。

――なにやってんだろ、私。
――私達は、そういうんじゃない。

そう、違う。
自分達の間に、そういうのは必要ない。
男とか女とか、そういうのは。

「ルルーシュ、ほら、起きて」
「む」

肩を揺さぶる。
ルルーシュが瞬きし、じっとマーヤの顔を見つめる。

「悪い、眠ってしまっていたか」
「いいよ。こっちこそ、先に寝ちゃってたし。それと、ありがとう」
「ん?」
「毛布。掛けてくれたでしょ?」
「ああ……作戦前に、体調を崩されては困るからな。計画に支障を及ぼす可能性のある不確定要素は極力、排除すべきだ」

当然だ、と言わんばかりの口調。
そこに何の感情もありはしない。

――そう。

「それ。ルルーシュも、でしょ」
「ん? ……全くだ」

ふふ、と笑い合う。

――これでいい。

「では、始めようか。次の、計画について」

うん、とマーヤは頷き返す。

――私達は、共犯者、なんだから。


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