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卒業式の練習で涙を流す生徒たちがいる学校というのは、全国どこを探してもめったにないと思います。でも、私が勤務するこの学校では珍しいことではありません。歌を歌いながら目に涙をため、先輩後輩同級生関係なく肩を組み、大声で歌い、今という時間を生きている喜びを分かち合うのです。「青春」ということばにどんな思いを彼ら/彼女たちは持っているでしょうか?「つまらない大人にだけはなるな。夢を持て。熱く生きろ」そんな言葉の意味を真に理解するまでにはまだ時間がかかるかもしれません。この学び舎で過ごした時間を、いつかかなり時間がたって思い返す時、辛かったことも楽しかったことも、すべて青春時代のいい思い出として振り返ることができるように、心の片隅に大切にしまっておいてもらいたいものです。今日は、「伝達式」というプレ・卒業式でした。午後に送別会があり、楽しい時間を過ごした卒業生たちは3月1日、いよいよ卒業証書授与式を迎えます。(Photo:卒業式の練習、応援歌を大合唱する生徒たち 昨日体育館にて)
2007.01.31
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【本日2度目の更新】 高校3年生の男子生徒たちと、卒業記念マラソン大会(3.5キロ)を走りました。この学校に赴任してから毎年このマラソンを走っていますが、今回で5度目。スタミナでは彼らに引けをとらないつもりですが、スピードではやはりなかなかついていけないですね。10キロ以上なら何とか勝てても、3.5キロの短距離では、前半離されてしまえば後半追いつくのが必死。13分32秒、4番目のゴール。18歳という若さにはやはり勝てないものがあります。彼らが自分の歳になってこれだけ走れたらたいしたもんだと思ってくれるでしょうか(負け惜しみですが…)1キロで換算すると3分22秒、全盛期なら1キロ3分、このコースだと10分30秒当たりで走れたのですが…。 上位3名は全て自分が副担任をしているクラスの男子で独占。最終ランナーもクラスメートでしたが、仲間に囲まれ、伴走され、笑顔でゴールしました。ひと昔前の青春ドラマを思い出させるものがあってジ~ンと来ましたね(写真下)。 明日、伝達式と呼ばれるプレ・卒業式があって、午後には六送会(6年生=高校3年生を送る会)があり、卒業生はそのあと3月1日までは自宅で学習する期間に入ります。まだ進路が決定していない者も、このあと受験が控えている者もかなりたくさんいます。何とか頑張って、自分の将来の夢をかなえるファーストステップとしてもらいたいものです。【追 記】先週土曜日から禁酒しています。代わりに杜仲茶を飲んでいます。アルコールを飲むと寝つきはいいのですが夜中にパッと目を覚ましていましたが、今はそれがありません。来週日曜日(2/4)は京都木津川マラソン(フル)に出場します。目標としていた体重3キロ減もわずか1キロ弱しか落とせぬまま本番に臨むことになります。かつてのサブスリーランナーも今は3時間30分あたりが精一杯。気力だけでも充実させて、頑張らなければ…。生徒たちがボランティアで大会スタッフを勤めてくれます。恥ずかしい所は見せられません。
2007.01.30
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連日、卒業式の練習を行っています。体育館の中は気温5度未満。この数日ヒーターを入れて多少はましですが、それでも寒いことに変わりはありません。卒業式は3月1日ですが、私の勤務する学校では2月に6年生(高校3年生)が受験のための自宅学習に入ります。今現在卒業式の練習をする中で、この3年間(6年間)を振り返る機会となっています。学校が目標とするもの「全力」。式の中では、何をするにしても全力。気持ちを込めて校歌や応援歌を歌い、行進し、名前を呼ばれれば全身全霊で返事をする。持ちうる力を常に出し切ることで最高のものをつくりあげるのです。また、式の前にある「伝達式」では、卒業生が在校生に、あるいは在校生が卒業生に送る言葉を伝えることができます。卒業生たちは、学園生活で培ったものを下級生の後輩たちに伝え切って初めて卒業を迎えることになります。感極まってメッセージを語る中で涙するものも珍しくはありません。拳を握り締めて校歌や応援歌を歌う。今までいろんな学校で勤務してきましたが、全校生徒で体育館を揺るがす勢いで校歌を歌う学校は他に見たことがありませんでした。また卒業式ではポピュラーになった「旅立ちの日に」では、その歌詞とメロディに涙が流れそうになります。ここでは、教師も生徒もありません。純粋な一人の人間に立ち返って、同じ時代を生きているという喜びを分かち合うのです。古き良き伝統を残しながら、人と人とのつながりを感じる場面…卒業式を経験することで、人はみな成長していくのだということをあらためて実感しています。卒業式、それは、ただ卒業証書をもらうセレモニー(式典)だけではないということなのですね。ひとつの終わりが次へのスタートとなる。節目となる瞬間を大切にしていかなければなりません。
2007.01.30
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生きていくためのポリシーはあるか?人に、時間に、流される生き方はしてはいないか?正しいことを正しいと言い切れるほど潔く生きているか?まっすぐひたむきな気持ちを忘れてはいまいか?失敗を恐れてはいないか?人のために骨身を削っているか?未来に希望を持っているか?全力の人か? (Photo: Nullabor Prairie, Western Australia 1995)
2007.01.29
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【本日二度目の更新】 この1週間ずっと鍋(石狩鍋)が続いた。朝と夜は鍋。ただし、朝は鍋に火をつけずレンジでチンして食べた。学校給食で一日だけ、お昼に海鮮ラーメン鍋というのもあったから、1日鍋が3回の日もあったわけだ。これだけ鍋を食べる人間も珍しい。正直言って飽きないのが不思議なのだが...。鍋に新たに具を追加する時、春を待つ野山の草花や鳥や蝶のように、心は躍っている。昨夜は、先週日曜日に始まった石狩鍋の最終日となった。BGMはあえてチャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」を選んだ。「アンダンテ・カンタービレ」はイタリア語で「ゆっくりと歌うように」の意味らしい。「のだめカンタービレ」の「カンタービレ」は「歌うように」を意味している。弦楽四重奏の演奏に合わせて、歌うように鍋をつくる。煮立った鍋にだしを入れ、材料を入れる。しばらく煮込んだら、味見をし、火を小さくする。ぐつぐつと煮えるメロディがうれしい。鍋とのコミュニケーション、完璧なるハーモニー。具をすべてさらって、スープの最後の一滴まで胃袋に納め、1週間ぶりに土鍋の底を見た。少し焦げ付きはあったが、美しいアイヴォリーの土肌は芸術的でさえあった。石狩鍋に別れを告げ、僕は丁寧に鍋を洗い、乾いた布で水気をふき取った。「土鍋くん、次の出番はそう遠くはないよ」僕は鍋に語りかけた。歌うように鍋をつくり、鍋をつつく。チャイコフスキーが生きていた19世紀のロシアに、もし鍋があったなら、ひょっとして「土鍋カンタービレ」という曲も誕生していたのではないかと、今ふと思ってみたりもした(んなわけないか…)。(Photo:石狩鍋初日[先週日曜日]スライスチーズを溶かす場面)
2007.01.28
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「ねえ、シゲル、あたしのこと愛してる?」「ああ、愛してるよ」「ずいぶん冷めた言い方ね、それって」「そんなことないよ。ルミのことは誰よりも好きだよ」「どうしてシゲルにそんなこと分かるの?もしシゲルよりあたしのことを真剣に愛してくれる人がいたらどうするつもり?」「そんなことないってば。僕にはルミという素晴らしい人がいるし、ルミには僕という立派な男がいる。だから、そんなこと考えたこともないさ」「シゲルって相当な自信家ね」「ルミのことをこれだけ思える男は他にはいないんだよ」「本当かしら?」「ああ、神に誓って本当だよ」「信じていいの?」「いいともさ」「あたし以外に素敵な人が現れたら?」「そんな人はいないよ。素敵な人はルミだけだ」「あたしのどこが好きなの?」「ルミのすべてが好きさ」「そんなありきたりの答えじゃダメよ。あたしが満足できるような答えでなきゃ」「う~ん、難しいな。そんなこと急に言われても…」「お願い、きちんと答えてちょうだい。でなきゃ、あたし、シゲルのこと信用できないわ」「そうだな…ルミの素直なところが好きだな」「うそでしょ。あたしのどこが素直なの?一度でもあたしシゲルに対して素直だったかしら?」「そ、そうだな…。言われてみれば、ルミはいつもひねくれていたな…」「真面目に考えてよ!あたしのどこが好きなの?」「ま、待ってくれよ、しばらく考えるから…」「もう、本当にシゲルってじれったいんだから…」「き、ルミはとにかく素敵だよ、素直でなくっても、それがまたルミのいいところなんだよ、きっと」「嘘でしょ」「嘘じゃないよ!信じてくれ!今までルミに逆らったことあるかい?いつでも僕は忠実なルミのしもべだったじゃないか!」「シゲルの言うことって、本当にあやふやね」「そんなことないって!僕は心からルミのことを愛してる!愛してるよ、誰よりも!ルミのために尽くすから…ね、ね、別れるなんて言わないでよ、お願いだから…」 その時、あたしは、彼のことを少しも愛していないということに気づいた。 Love is a mystery, isn't it?
2007.01.28
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「神田川」 by かぐや姫 あなたはもう忘れたかしら 赤い手拭マフラーにして 二人で行った横丁の風呂屋 一緒に出ようねって言ったのに いつも私が待たされた 洗い髪が芯まで冷えて 小さな石鹸カタカタ鳴った あなたは私の体を抱いて 冷たいねって言ったのよ若かったあの頃 何も怖くなかったただあなたのやさしさが 怖かったあなたはもう捨てたのかしら24色のクレパス買って あなたが書いた私の似顔絵うまく描いてねって言ったのに いつもちっとも似てないの窓の下には神田川 三畳一間の小さな下宿あなたは私の指先見つめ 悲しいかいって聞いたのよ若かったあの頃 何も怖くなかったただあなたのやさしさが 怖かった ****** 1970年代初期と言えば、フォークソング全盛時代、まだニューミュージックやジャパニーズ・ポップスというジャンルもなかったので、演歌や歌謡曲と区別するために「フォークソング」という言葉が使われていた。そして、この「神田川」が1973年のナンバーワンヒットだったのだが、あれからもう既に34年たっている。あの頃は、長髪とベルボトム(膝から裾にかけてベル[鐘]のように広がっている)ジーンズが流行っていた(今また流行し始めているが)。誰もがフォークギターで拓郎(吉田拓郎)や陽水(井上陽水)、アリス(谷村真司と堀内孝夫がいた)やかぐや姫を弾いたりしたものだ。テレビでは、「俺は男だ!(森田健作主演)」とか「われら青春!(中村雅俊主演)」などの学園もの、青春ドラマが好評だった。教師役の中村雅俊に憧れた私が、とりあえず英語教師の道を歩むきっかけになったのもこの時代のことだった。あれから30数年、忘れてしまったことなど恐らく数え切れないくらいほどあるだろう。だが、それ以上に様々な記憶が僕の脳裏を掠め、ふとしたことがきっかけで思い出す必要のないことまで思い出してしまったりして、妙に感傷的になったりするものだから仕方ない。「あなたはもう忘れたかしら…」のメロディは、そんな30年という年月の重みをしみじみと感じさせてくれるものであるには違いない。人はたぶんその人生の後半を、失われた時間を穴埋めするのに費やしているのではないかという、最近そんな風に感じてならない。それは自分があまりにも急に歳をとってしまったせいなのだろうか。
2007.01.27
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【本日2度目の更新】 *体で考え頭で行動する頭で分かっていても身体が言うことを聞かない時がある。「今日こそは早起きしてジョギングしようと思ったけど、やっぱりだるいな...」「眠いんだけど、今眠ると明日の宿題が終わらないままになってしまう...」「禁煙したんだけど、どうしても我慢できない。たった一本ならいいかな...」頭よりも先に身体が行動してしまうことも少なくはない。頭で考えたことを身体が理解し反応するまでにはいくらか時間がかかるもの。場合によっては身体が拒絶反応を示すことだってあるだろう。身体は実際頭よりも正直者である。スポーツの世界では「身体で覚える」と言われるように、頭で理解するよりもまず練習して身体を動かしながら慣れよということだ。頭も体も若い内に鍛えておかなければならない。単に頭でっかちだけでも困るし、筋肉ムキムキのマッチョマンだけでもいけない。西野流呼吸法の開祖西野氏によれば、「頭も体の一部であるゆえに、身体を動かしながら頭を働かせると良い」という。体を動かさずに頭だけを働かせれば何倍も努力しないといけないのだ。しかし、身体を細胞レベルで活性化させながら勉強すれば効果は高くなる。頭も細胞でできているので当然のことだ。いきいきと身体を動かしていると物事は勝手にうまく行くようになる。この勝手にうまく行くというのが大切なのだ。また、身体がいきいきしていると、たとえうまく行かなくてもそれほど落ち込むことはない。変な話だが、失敗しても楽しくなるもの。氏の考えでは、身体がいきいきしている状態とは、細胞のコミュニケーションが活発になる時だという。細胞が活発にコミュニケーションを図ることで物事が勝手にうまく行くのだ。細胞がおしゃべりしながら活性化していく訳だ。細胞は細胞なりの手段で意志の疎通を図りバランスを保っている。60兆もある細胞のひとつひとつがうまくつながりあう時、人間はとてつもない潜在能力を発揮するのだろう。体調がすぐれず、どこか身体に異状がある時には、体のどこかで細胞がアンバランスな状態を生み出して、細胞間のコミュニケーションがストップしているのだろう。下手をすると細胞のいくつかが破壊されたり死んでしまったりしているのかも知れない。頭と身体のバランスが健康を作る。頭が先走っても身体が頭を乗り越えてもよろしくない。いわく、「健全な肉体に健全な精神が宿る」"A sound mind in a sound body." (Photo: 鍛えれば鋼[はがね]の体になれる)
2007.01.26
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がむしゃらに何かに夢中になって、とことん頑張ることができるエネルギーが必要です。歯を食いしばって、限界ギリギリのところで持ちこたえながら生きる生き方が、まだまだ自分にはできていません。キーワードは「何くそ」。何くそ、弱い自分に負けてたまるか!自分自身の敵はまだこの弱い自分の中にいるのです。「何くそ」と思う気持ちが向上心。常に現状打破を目指します。
2007.01.26
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人は何かを決断した時に拳を握り締めます。決断をする日々を常々持ちましょう。ひとつ決断し、ひとつ実行する。そしてまたひとつ…。腹をくくって、決断する。命を懸けて決断する。一度決断したら、とことんやるしかないのです。拳を握り締めて、決断してみませんか?(Photo:卒業式の練習から)
2007.01.25
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【本日3度目の更新】「あるある大爆笑!」 *今のところ全てフィクションです!「賞味期限切れの牛乳を使った、賞味期限切れのシュークリームを食べている賞味期限切れの中年オヤジ」「『納豆がダイエットにいい』とテレビで紹介される数日前に、納豆メーカーの株を大量に買ったヤツがいるか、いないか?」「『あるある…』の番組捏造に関わったヤツらは、1日10パック納豆を食べて、納豆製造業者に謝罪せよ!」「『納豆のように腐った人間になっちゃダメよ』と母が子に言う」「消費期限の切れた納豆は、さらにまだ腐るのでしょうか?」「不二家のペコちゃんはどこにお嫁に行くのだろう?森永?明治?苗字も変わるの?」子「お母さん、納豆かってぇ」 母「だめだめ、『あるある…』がもう番組打ち切りだから、うちもこれからは納豆食べないのよ」「不二家が賞味期限切れの納豆を発売して、それがダイエットにいいって?」「賞味期限の切れた食べ物は、その賞味期限の最終日にあったことを思い出して食べるのがいい」(Photo: 舌がもつれて…)
2007.01.24
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今日のお昼は海鮮ラーメン鍋です。
2007.01.24
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「もしもし、シゲル?あたし、ルミよ。あのね…今夜ね…家に誰もいないから、もしよかったら来てくれない?ウフフ…じゃあね」そんな彼女のメッセージが僕の留守番電話に入っていた。一体どういう風の吹き回しだろう。彼女と付き合ってもう半年にもなるが、彼女と来たらずいぶん堅い性格で、今まで手を握らせてくれたこともなかったし、並んで歩く時も10センチ以上間隔を空けないと文句を言うような女だった。そんな彼女がなぜ…。僕はあれこれ考えた。彼女は何かを決断したのだ。彼女もようやく一人の女としてまともな考えができるようになったのだろうか。ひとつだけ確かなことは、今夜、僕たちが新たな道を歩み始めるということだ。僕は着ていたものを脱ぎ、シャワーを浴びた。頭は二度シャンプーしてていねいにリンスもした。そして剃刀(かみそり)でヒゲを剃り、剃り残しがないように鏡で何度も自分の顔を見直した。アフターシェイヴローションで顔をマッサージしている内に顔のほとぼりも冷め始めた。彼女は最初に僕を見てなんと言うだろう。きっと僕たちはどちらも緊張してしばらく沈黙状態が続くに違いない。それにたぶん彼女のことだから、部屋にきれいな花を飾って、僕のために簡単な手料理とワインか何かを用意してくれていることだろう。「あたし、シゲルのこと好きよ」ワイングラスに口をつけながら彼女はそう言う。「僕もさ…。君が僕を好きな以上に君が好きさ」彼女の澄んだ瞳を見つめ、彼女の耳元にそう囁く。彼女は僕のそのひと言でクラッと来てしまうに違いない。僕は彼女をリラックスさせるために、ジーンズにラガーシャツというラフなスタイルで部屋を出た。それから玄関で、耳たぶと手首にコロンを軽くつけた。愛車の白いシヴィックを走らせること約20分。高級住宅街にある赤い三角屋根の大きな家に彼女は住んでいる。彼女は根っからのお嬢様なのだ。彼女の家の前に車を停める。車を出る際、バックミラーを見ながら手ぐしでヘアスタイルを正した。ドアが近づくにつれて僕の胸の鼓動は高鳴るばかり。震える指先で、ドアベルをゆっくりと押す。「……」応答がない…。もう一度押してみる。……それから、8度ベルを鳴らした。……どうもおかしい。9度目のベルを押しながら、僕はもう一度留守番電話の彼女のメッセージを思い返してみた。「今夜誰もいないから…」彼女のその言葉どおり、本当に家の中には誰もいなかった。(イラスト: Midnight Rider by Kay )
2007.01.24
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「長い夜」 シカゴ (“25 or 6 to 4” by Chicago )Waiting for the break of day Searching for something to say Flashing lights against the sky Giving up, I close my eyes Sitting cross-legged on the floor Twenty-five or six to four Staring blindly into space Getting up to splash my face Wanting just to stay awake Wondering how much I can take Should I try to do some more Twenty-five or six to four Feeling like I ought to sleep Spinning room is sinking deep Waiting for the break of day Searching for something to say Twenty-five or six to four Twenty-five or six to four夜明けを待っている 何か言うことを探している 空に光がひらめいている あきらめ僕は目を閉じる 床にあぐらをかいて座っている 4時25,6分前 空間をうつろに見つめる 起き上がり顔を洗いに行く 目を覚ましていたい いったいどれだけ我慢できるのだろうか もっとやるべきなのだろうか 朝の4時25,6分前 眠るべきだと思いながら、部屋はぐるぐる回り深く沈んでいく 夜明けを待っている 何か言うことを探している 明け方の4時25,6分前 今、朝の4時25,6分前 (訳詞:山本安見)******1978年、高校3年の10月、間もなく18になろうとしていた僕は、深夜放送と受験勉強で世を明かす、完璧な夜型人間だった。ラジカセにテープを入れる。60分テープのA/B面の両面に「長い夜」ばかりを録音してある。A面が始まってしばらくしてから、僕は机に英語長文の問題集を広げ自分の世界へと入っていった。ギターの激しくうなるようなイントロは何度も何度も僕の神経をかきむしり、ピーター・セテラのヴォーカルは僕の耳にこびりついたまましばらくは離れようとしなかった。A面が終わってテープを裏返しB面をスタートさせる。カップヌードルに魔法瓶のお湯を注ぎ、フタをしてから次のページに取り組んだ。いっきにカップヌードルを食べて、スープを飲み干す頃にはB面も終わり、再びA面を聴くことにした。午前3時、熱いココアを飲みながらA面の終りで曲はフェイドアウトされる。いつの間にか僕は硬い机の上に額を落とし、まぶたを閉じてしまっていた。英語の長文問題集の上でどんな夢を見ていたのかは今はもう覚えてはいない。目覚めた時には、既に東の空はうっすらと明るく、牛乳屋の軽トラックが家の前を通過する音が聞こえていた。再び僕は英語の問題集に取り組み始め、僕の「長い夜」は明けた。
2007.01.23
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「あるある…」の捏造(ねつぞう:人の名前ではありませんよ、念のため)事件で、納豆製造業者が痛手を被っているようですね。先週はスーパーに行っても、午前中に納豆が完売するという奇怪な現象が続いていましたが、昨日日曜日には納豆が結構売れ残っていました。マスメディアの影響って大きいんですね。そもそも、納豆は体にいい食べ物。たんぱく質豊富でカロリーも低め。ねばっこいものはスタミナがつくと言いますが本当なんでしょう。私自身25年ばかりほぼ毎朝納豆を食しています。やせるためには、お金をかけてもダメ、というのが私の個人的な見解。食べ物だけではやせられないのが現実です。やはり運動と食事が二本柱。労なくして得るものなしなんですね。そこで今日は納豆の美味しい食べ方を紹介させていただきます。このブログは、現役アスリート(自転車・マラソン)の方々もたくさん見ていただいていますので、ぜひ試してもらえればと思います。 1)納豆カルシウム強化SPECIAL!!: 納豆に、ごま油とポン酢。これはシンプルです。毎朝自分が食べているのは、それに加えて生卵、黒ゴマ・白ゴマ、かつお節の削り粉、ちりめんじゃこ、とろろ昆布を加えます。粉末の唐辛子をかけてもいいですね。よ~く混ぜてできるだけ粘らせることですね。混ぜたものをあつあつの炊き立てごはんにかけると納豆丼のできあがり。ごま油とポン酢と生卵のハーモニーが最高です。 2)納豆&チーズオムレツ卵2個を納豆と混ぜ混ぜして、暖めて油を引いたフライパンに流し込みます。表面が固まってきたらとろけるスライスチーズを乗せて、チーズがトロリとしてきたら半分に折りたたむようにしてオムレツにします。好みによってマヨネーズをかけてもイケますよ。 3)トマトチリ納豆納豆2パックをトマトジュースで煮込みます。刻んだたまねぎを入れ、その後しばらくしてさいの目に切ったトマトを入れ、最後にチリソース(缶詰)を好みの量で入れます。タバスコをかけて召し上がれ。気分はとってもメキシカンですよ。 *まだまだいろんなレシピがある納豆。味噌汁に入れてもいいし、衣をつけて唐揚げにしてもいけるし、研究の余地あり、ですね。何年か前の聖バレンタインデーに、「先生、チョコ作ったんで食べてください」とある女子生徒からもらったチョコを口に入れたその瞬間…「納豆…」これはさすがにいただけませんでした。ピーナツと同じようには行かないんですね。不二家のその後が気にかかります。ひょっとしたら、「明治」ミルキーとか「森永」LOOKチョコレートとかなるんじゃないか…ということもあるんでしょうかね?ということを賞味期限切れの牛乳を今朝飲みながら思いました。ついでに、賞味期限切れの食品を食べる時のコツをお教えしましょう。たとえば1月15日(先週)に期限が切れたものを食べるとしたら、その日に起こったことや思ったことを思い出しながら食べる…。期限の切れた食べ物は新しくなりません。気持ちだけ過去に戻せばいいこと…なんですね、私の場合。不二家と納豆製造業者の皆さんと関西テレビと宮崎県の今後を心配しながら、2日目の石狩鍋を食べようと思います。それではまた…。
2007.01.22
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「何だ、あれは!!」 「UFOか!?」 「いや、違う」 「土鍋だぁ~っ!!」 そう、今日は待ちに待った… 土鍋も買いました。 4~5人用の鍋です。もっと大きいのを買えばよかったかな…?材料もたっぷり買いました。じゃがいも、鮭、わかめ、大根、とうもろこし(缶詰)、しめじ、エリンギ、えのき茸、油揚げ、豆腐、こんにゃく、(カニが買えなかったので)カニ風味のかまぼこ、ねぎ、白菜。帆立貝はスーパーにおいてなかったので断念。スープは、インスタントの味噌汁(白味噌)と塩をベースに、日本酒、バター、ミルク、チーズ、鮭フレークも入れてしまいました。これがまた何ともいえない旨みを出してくれています。 ラーメンのスープにしてもいいくらいですよ。 ぐつぐつ煮込むこと20分。お餅も入れてみました。 まろやかなスープ、とろけるチーズを入れて正解でした。バター、ミルク、チーズのそれぞれの持ち味を生かしながら、うまい具合にスープの中で溶け合って独特のハーモニーを醸し出しています。舌とカンだけを頼りに、いつもいきあたりばったりのクッキングですが、毎回それなりにいいものが作れています。この石狩鍋は、今季最高の鍋といってもいいでしょう。明日はラーメンを入れてみます。新しい土鍋生活の始まり。ささやかながら心が豊かになる時間。やはり一人鍋は最高!! ****** 「あるある大辞典…」、納豆ダイエットの捏造(ねつぞう)問題で、納豆業界も揺れ動いています。 つい先日まで納豆が連日即売=売り切れになる状態が続いていましたが、今日スーパーに行ってみたら、納豆がかなり売れずに残っていました。 情報にいとも簡単に踊らされてしまう消費者がいるからダメなんでしょうか。 企業も会社も儲かるためなら不正も隠すしでっち上げもする。世の中は、本当に倫理観・道徳観のない大人ばかりで困ります。 「だまされる方が悪い」のか「だます方が悪い」のか。どちらもただバカなだけなのでしょうか。 ****** 【クイズ】次の内、1日2パック食べても痩せないのはどれ?1)寒天 2)スキムミルク 3)納豆 4)ココア 「えーっと、えーっと…3)ですか?」 「3)ですね…ファイナルアンサー…えっ!? 何ですって?全部正解?『あるある…』って結局全部嘘だったの~!!??(笑)」
2007.01.21
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風が届けてくれたあの人の薫りをいつまでも忘れない私はいつも同じところにいてあの人が現れるのを待っているあの人はいつだって風とともに現れる風に乗って軽やかにもしかしたらあの人そのものが風なのかも知れない風が吹けばあの人のことを思い出すあの人のいなくなったあの日の事細かなことまで風は知っている私が流した涙を乾かしてくれたのも私にほんの少しの勇気を与えてくれたのもみんな風の仕業だった私は風にさらわれてもう一度あなたのところへ行こうと思うそうすることが自然だと思うからそうする以外にいい方法が見つかりそうにないから風の吹くほうへ向かって私は再び歩き始める私の行く先にはいつも新しい季節の薫りがほのかに漂ってくる風が吹けば季節が変わるのをまるで知っているかのように(Photo: The Way to The Rockies, Wyoming 1991)
2007.01.21
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凧あげ大会がやっていました。
2007.01.21
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自然とともにある幸せ 二本の脚で走れる幸せ 胸の鼓動を聞ける幸せ 自由であるという幸せ 今という時間を生きている幸せ 見えない力によって生かされているという幸せ ただ幸せを感じているという幸せ
2007.01.21
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最高のトレーニング・ロケーションです。近くに山があるってありがたいことです。
2007.01.21
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それほど寒くはありません。パーカの下は汗だくです。
2007.01.21
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名張市総合運動公園に走りに来ています。午前中に二時間走り込みます。
2007.01.21
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今年もまた受験生にとって熱き闘いの場がやってきた。「センター試験」自分は共通一次(センター試験の前身)元年の1979年に大学受験を経験した。私立文系で、共通一次の模擬試験を受けたものの、マークシート方式のテストを経験したのはその時が初めてだった。それ以前には国立大学の一期校と二期校があって、それぞれに独自の試験(もちろん記述試験である)が用意されていた。共通一次は1989年まで続き、それ以後「センター試験」という名前に変わってしまった。日本の学生のための教育課程がどんどん変わり、学習する内容も圧縮(?というよりはむしろ削減か)され、学力の低下が叫ばれながらも、公立学校の完全週休二日制が導入された。20年以上も前と比べると、今の中学生も高校生もものを知らなさ過ぎるという現状は否めない。本を読むことをせず、パソコンやビデオ・ゲームなどに興じていては漢字すら覚えることもない。自分が子どもの頃はよく父親に「百科事典を読め」と言われたもの。小学校の入学祝にはたいてい百科事典を買ってもらうというのが習慣化されていたように思う。今のような情報過多の時代には、よけいな情報があまりにも多すぎて、何を信じていいのか分からなくなってしまうといった現象も起こるのだろう。予備校の講師をしている友人がよく言っていたが、センター試験は選択肢をマークするだけの解答方式だから、正解が全く分からなくても偶然に正解にたどり着く可能性ももちろんある。四択式なら1問25パーセントの確率。確実に正解でない選択肢、恐らく正解ではないであろう選択肢、正解ではないかもしれない選択肢、そういった基準でひとつマークしたとしても正解は正解とみなされる。実際彼が教えていた受験生の中には、地理で「ほとんど分からなかったからカンでマークしました」と言っていたのに、自己採点で9割を越えたという者もいるのである。文部科学省は日本の受験生たちにいったい何を求めようとしているのだろう。この国の将来を真剣に考えるのであればもっと違った意味での教育改革が必要なのではないか。(写真:センター試験会場でキットカットを配るというのはいかが?…「きっと勝つと」ということで受験生には縁起物だそうな)
2007.01.20
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女子ダブルス、一組が3位入賞、一組がベスト8に入りました。
2007.01.20
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このお店とは40年来の付き合いです。ねぎ焼きをオーダーしました。
2007.01.19
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牡蛎(かき)のバター焼きです。身がぷりぷりして最高ですね。
2007.01.19
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たこのスパイシーです。唐揚げにしたたこにチリソースで味付けしています。
2007.01.19
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美味しい~!あまりにも美味しいので言葉をなくしてしまっています。
2007.01.19
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【正解】明石焼きでした。地下鉄阿部野橋駅のすぐ近くにある「たこつぼ」というお店に来ています。
2007.01.19
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【本日二度目の更新】阿部野橋hoopのイルミネーション。きれいですね。
2007.01.19
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地平線を追いかける夢を見た。ありがたいことに僕は依然として旅人のままだった。風の歌をBGMに軽やかにペダルを踏む。何気なく感じていた疾走間はあの時のままだった。僕は空気の流れに同化し、時間と空間の狭間(はざま)を旅していた。どこまでも続く地平線は世界の終わりへと僕を誘(いざな)う。ただ、まっすぐ一直線に伸びるハイウェイが、僕とこの世界を結ぶ唯一の接点になっていた。大宇宙にポツンと浮かぶ塵(ちり)のように、このちっぽけな僕を取り囲む風景はいつも変わらなかった。次第に僕もそんな風景の一部と化し、やがて見えない世界に吸い込まれるようにして、地平線の果てへと消えて行く僕を、遠くで見ている僕がいた。一体僕は、どこからやってきてどこに行くというのだろう。地平線を追いかけた日々...。僕は来る日も来る日も、自分の夢を追い続けた。「永遠」という時間がそこに存在するということを、自分の脚を通じて僕の肉体が感じ取っていたのだ。少しずつ自分が前進し続けることで、時間とは流れていくものなのではなく、ある所に蓄積されていくものだということが、いとも簡単に理解できた。誰にも束縛されない、全てのものから解き放たれた自分が本来の自分を取り戻すためになすべきことを、僕は少しずつ学び始めていたのだ。何があっても後には戻れない。どんな時にも、前向きに生きていけばいい。いつかこれと同じ風景をまのあたりにして、僕は涙するかも知れない。でも、今は、地平線の向こうにあるまだ見ぬ世界を夢に見ながら、さらなる前進を続けるばかり...。研ぎ澄まされた鋭利な刃物のように心をシャープにして、僕は風を切る。風が吹けばそこに僕の魂が宿るのだ。見えないものを観る眼、聞こえないものを聴く耳を常に持ち続けていよう。自分の内に秘められていた感性が今蘇り、僕は再び原野を駆けめぐる。どこへ行こうと構わない。前進することそのものが快感に変わっていく。風に吹かれ、風の歌に耳を傾けつつ...。 (Photo: Highway to Yellowstone, Montana, 1991)
2007.01.19
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【本日2度めの更新:今日のニュースから】 「鍋料理」に関するアンケート ~自宅で『一人鍋』をした事がある...男性は40代が最も高い(News2u.net)・「冬に鍋料理を食べる頻度」…「週に3回以上」(3.4%)、「週に1~2回」(37.5%)、「月に2~3回」(44.5%)、「月に1回」(10.5%)。「週に1回以上食べる」(40.9%)。・「最も好きな鍋料理」…「すき焼き」(25.7%=4人に1人)、「しゃぶしゃぶ」(14.6%)、「キムチ鍋(チゲ鍋)」(12.8%)、「水炊き」(9.6%)、「寄せ鍋」(8.9%)。・「鍋料理の良い点」…男性:「おいしい」もの(76.9%)、女性「簡単に出来る」もの(85.0%)。 全体では、「野菜をたくさん取れる」(77.8%)、「おいしい」(77.6%)、「体があたたまる」(77.5%)。・「鍋料理用の市販スープの使用経験率」…71.3%。(年代別回答)10代:44.7% 20代:76.9%。・市販スープ使用経験者の鍋用スープ利用歴…「キムチ鍋(チゲ鍋)」(64.5%)、「寄せ鍋」(47.7%)、「おでん」(37.9%)、「ちゃんこ鍋」(33.3%)。・自宅での『一人鍋』経験…「ある」(33.3%)。※『一人鍋』は「一人分の材料で一人用の鍋を作って食べること」と定義。・「『一人鍋』経験あり」…男性:40代(36.4%)、女性:60代以上(41.8%)、30代(34.6%)。・他にも、「鍋料理の良い点、良くない点」、「鍋料理のラストに入れるもの」、「鍋奉行だと思う有名人」などが調査されている。*調査結果の詳細はコチラ *ニュース詳細はコチラ*******一人鍋、 40代、まさに自分のことではないか。ただし、一人分ではなく、一人で7~8人前は作って、最低1週間は食べ続けている。1週間に7回以上(夜と朝に食べているので必然的にそうなる)鍋、という人間もきっと珍しいであろうと思う。めんどうくさいので恥ずかしながら市販のスープを使わせてもらっている。手軽ということこの上ない。鍋は、できるなら大人数でわいわいやりながら食べたい。しかし、あえて大量に作った鍋をひとりで食べる贅沢も味わいたいと思う。幼い頃いちごのショートケーキが大好きで、働いてお金を稼ぐようになったら、腹を壊すまでいちごショートケーキを食べつくしてやろうと考えていたことがあった。まだその夢は実現していないのだが…。死ぬほど好きなものを死ぬほどまでに食べる喜びというものが、きっとあるのだろう。鍋を一人ではしゃぎながら食べる。これもまた幸せなこと。贅の限りを尽くして、鍋三昧、冬のささやかな楽しみと言えよう。さあ、土鍋を今週末に買って、石狩鍋プロジェクトを実現する時が近づいている。40代、一人鍋、鍋フェチの密かな楽しみを満喫しよう。(Photo:前回のキムチジンジャー鍋)
2007.01.18
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はっとりさんから「バトン」が回ってきました。●指定型バトンのルール回してくれた人から貰った『指定』を『 』の中に入れて答えるのだそうです。******■最近思う『マラソン』「やはり走ることが人生なんだなぁ」■この『マラソン』には感動初めてのフルマラソン(1986年ABC篠山マラソン)。ゴールして深呼吸しようとした時、肺が張り裂けそうだった。■直感的『マラソン』1)ランナーズハイのさなか、自分の野性に目覚める■好きな『マラソン』ホノルルマラソン:今まで参加した中では最大の参加者(2万人超)がいる大会。■こんな『マラソン』は嫌だ1)距離が不正確 2)応援してくれる人が少ない 3)雨の中向かい風登り坂(自転車でもいやですねぇ)■この世に『マラソン』がなかったらそれでもひとりで黙々と走ってたでしょう。■次に回す人、3人回せと言われたので回しますが、お手間でしたらそのまま無視(=STOP)して頂いてもかまいません。できるだけつないでいってもらえたらありがたいのですが…。テーマは『自転車』か『マラソン』でお願いします。もちろん変更OKですよ。天神橋5丁目さん、ぇーみ♪さん、ハリーさんよろしくお願いします!(Photo:ホノルルマラソン、1993年ホノルル、ハワイ)
2007.01.18
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米・コロラド州、ロッキー山脈国立公園トレイルリッジハイポイント 1991年8月~北米大陸横断単独自転車旅行午後の雨にたたられることが多くなり、その日も二つの峠、ラビットイアーズパス(=うさぎの耳峠、2873m)とマディパス(=泥んこ峠、2700m)を越えている間、降ったり止んだりの天気でレインスーツを着たり脱いだりの繰り返しだった。バッグの中の荷物はすべてナイロン製のスタッフバッグに入れて、さらにバッグの上からはカヴァーをかぶせてある。荷物については問題ないが、ペダリングする足元は、降りが激しくなるとシューズのみならずソックスまで泥んこしぶきが跳ね上がり悲惨な状態。寒くなければソックスを脱いでおくと被害はシューズだけで済む。このシューズも6月以来ずっと履き続けているので結構くたびれてきた。紫外線で色褪せてしまってもう新品の頃の様子とは全く違って見える。峠を越えた後、クレムリンという町のグロサリーストア(食糧雑貨店)で黒人のグループツーリストに出会い、ジョニーという紳士が名刺を僕に差し出しながら言った。「ニュージャージーに来たらぜひ寄ってくれ。君のゴールのニューヨークシティからそう遠くはないから...。成功を祈ってるよ(グッドラック)!」いよいよコロラドのハイライトスポット、ロッキー山脈国立公園に向かう。二日前に出会ったデラウェア州から来ていた小学校教員のサイクリスト、ジョンとケニーには置いてけぼりをくらい、また一人になる。グランドレイクのユースホステルに一泊した翌日、トレイルリッジハイポイント(標高3,713m)へアタック開始。富士山よりやや低いものの自転車ではかなり厳しい高地トレックだ。40数キロの荷物はペダリングのたびにヒザにこたえる。緩やかな登りは何とかなるが、勾配がきつくなると立ちこぎを余儀なくされる。森と湖に囲まれた静かなハイウェイ、青空はどこまでも透き通っていて、国立公園だけにゴミ一つ落ちていない。何だかんだ言いながらLAを出てもう2ヶ月が過ぎようとしている。"Hey, how ya doin' ? (やあ、調子どうだい)"...筋骨隆々の肉体からほとばしる汗、黒光りした太腿と完全に逆三角形の上半身、全身がハイテクマシンのような肉体、ともすれば筋肉のかたまりが自転車を走らせているのではないかと思われた。彼の名はビル(写真下)。オハイオから車で来て、エステスパークからグランドレイクを往復する途中だった。黒人サイクリストなんて珍しい。"You're a bike athlete or something like that, aren't you? (自転車競技かなんかやってるの)"と聞いてみたら、"No, I'm just riding for fun.(いや、ただ趣味で乗ってるだけさ)"という答えが返ってきた。ミルナー峠を越えた。シアトルから少しずつ標高が上がってきたので、身体はある程度高地に順応していたが、3千メートルを越えれば酸素が希薄なのがよく分かる。肺が圧迫されているようで深呼吸をするのが苦しい。小刻みに呼吸を繰り返すしかない。あえぎながらうつむき加減でペダリングを続けていた。ふと前方を見上げる。九十九(つづら)折(おり)の道の先には、綿のような雲がすぐそばにあって、手を延ばせばつかめそうなほどだ。 まるで大空に向かってペダリングしているようだ。このまま羽が生えてニューヨークシティまで飛んでいけたらいいのに...。 *北米の舗装道路の最高地点はMt.Evans(コロラド州)で、標高4,300メートルの高さにあるそうです(写真下)。 *フリーページに「『僕は気ままな風になる』:出版に向けて」を追加しました。
2007.01.17
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気がつけばもう子供と呼ばれる時代は終わっていた一体いつ自分は大人になったのだろう汚れを知らぬ純粋無垢な少年の面影は遠くこんなにも早く大人になる必要があったのか過ぎ去りし時間に思いを馳せる未来を思うよりも過去にこだわるようになればもう若くはない今この一瞬が既に「永遠」と呼ばれる時間の一部となる帰らざる日々のわびしく物悲しきことやがて行き着く先を失い途方に暮れる悲しき中年のつぶやきは誰のもとにも届けられずにあてもなく宙を舞い続けるそしてそれも気まぐれな風にかき消され宇宙の藻屑(もくず)と化す戻れない時間(とき)を生きてきてしまったか
2007.01.16
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氷点下3度夜明け前の三日月ももはや凍りついてしまったか手袋をした指先にまで冷気がちくちく突き刺さる霜が降りた午前5時のフィールド真っ白な吐息気の向くまま足の向くままに野を駆ける物言わぬ三日月の周りに群がる星首が痛くなるまで空を見上げ物言わぬ星と語らう真っ暗闇に静寂がかすかにこだまする僕はどこに向かっているのか流れ星ひとつきらっと光ったその一瞬音もなくすぅーっと闇に飲まれていった自分の生涯もかように華麗で潔くありたい(Photo:大阪府立狭山高校グランドにて 1987年)
2007.01.15
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顧問をしているテニス部の生徒が、学校の伊賀市に隣接している名張市のオープン戦に出場するため一日付き添っていた。時折日は差したが、おおむね寒い曇りの一日。ダウンコートを着ていたがやはり冷えた。夕方6時過ぎに戻ってきて入浴後に夕食を準備する。7日にスタートしたキムチジンジャー鍋が今朝ようやく空になった(詳細はこの一週間のブログを読んでいただくと分かります)。一昨日は大阪天満橋で鍋だったので、久々に鍋以外の食事となった。今夜は納豆にオクラとワカメを入れてごま油とポン酢をかけたもの、そしてスモークサーモンのマリネ(既製品)、プチトマトと冷奴。試合会場でほとんど食べ物を口にできなかった(カフェオレとパン2つ)ので体重が1キロばかり減っていた。 夕食後、パソコンに向かい、2時間くらいうつらうつらしてしまっていた。これがロスタイム。まもなく日付が変わる。朝4時50分に起きて午前0時ごろに寝る生活がパタン化されてしまっている。もう少し睡眠をとらないと駄目なんだろう。新年会のあとブログに多くの方が来ていただいているのはうれしい限り。「豆さん」からのコメントがあったりして心が踊った。しまなみ海道の100キロマラソン(6月)への出場を考えられているとか。お話を聞いている内に自分も出てみようか…と前向きな気持ちに…。4ヶ月の準備期間。どうだろう?年末に走ったことでスタミナは問題ないと思う。ただ、ペースとスピードが問題だ。月間300キロを越える練習がなかなか確保できていない点が辛い所。「豆さん」からもし強いお誘いを受ければ出ようということになるかも知れない。しばらく考える必要がある…と思う。決して、「無理・無茶・無謀」ということはないのだけれど…。(イラスト: "Runners in a Row" by Kay)
2007.01.14
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冬の柔らかな日差しが心地よい…。
2007.01.14
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【本日2度めの更新】1月13日午後7時、大阪天満橋の居酒屋「くねんぼ」。遅れるといけないと思って午後仕事はオフに。近鉄で難波まで出て、心斎橋で少し買物をして天満橋に向かった。大阪を離れて12年目。いつ帰ってきても大阪はいい。純粋の大阪弁を聞くとなぜかほっとする。6時半に店に入るとalilaiさんが既に来ておられた。いろいろと話をしている内にメンバーが続々とやってきた。ブログではハンドルネームで通っているため、名刺をもらって本名を明かし合うが20数名一度に覚えられるほど私の脳のメモリー容量は大きくない。データで言うと64MBが精一杯か?会場は座敷かと思いきやテーブル。料理もカニとしゃぶしゃぶ。ビールは大きなピッチャーで運ばれてきた。いずりんさんとG-ベイブさんは幹事を勤めて頂いた。いずりんさんもお酒が入るにつれ陽気な人柄がにじみ出る。G-ベイブさんもいつものブログの「はははは」とは少しかけ離れたイメージ。ファッションセンスもなかなかのクールガイ。天神橋5丁目さんは同じ大学出身。アメフトをやっておられると聞いていたので大柄で体育会系バリバリの方を想像していたけれど、実際気さくな方だった。普段のブログといい、頂いた名刺といい、いろんなところでこだわりがあって、芸の細かいところは尊敬に値する。Chokoさんは香港のアクションスター、ジャッキー・チェンを思わせる、精悍で親しみの持てるスマイルが印象に残った。ブログでは北海道のPantaさんとのからみが時に辛らつでユーモアと皮肉たっぷりでいつも笑わされる。宴会のさなか、Chokoさんの携帯電話にPantaさんからのメールが届き、自分に見せていただいた。Pantaさんも来れたらよかったのだが...。はっとりさんはまだ20代半ば。さっぱりとした性格を感じる。シリアスライダーゆえに自転車のメカやレースの話になると目が輝いていた。ビターさんもメンバーの中では若手、笑顔に澄んだ瞳が印象に残っている。ブログから感じ取った印象どおりのお方。ぇーみ♪さんは最年少。彼女の父親が自分と同じ年だといわれて「ガーン!!」とショックを受けたが、考えてみれば自分の同級生だったヤツの中には既に孫がいる者もいるから、別にそんな不思議な話でもないのだ。自分はそんなに年を食っていたのか...と唖然とする以前に何か切ないものを感じてしまった。まだまだ自転車やマラソンでも今後期待できる向上心満々の女の子。50男さんも宴会のさなか、デジカメ片手にあちこち動き回られていて行動力あるお方。すごい高級車に乗られているということでぜひ一度拝見したいもの。チャリ猿さんご夫妻とキルワニさんご夫妻とはごあいさつできたけれど、じっくり話せなかった。それでも夫婦で同じ趣味を楽しんでおられると言うのがすごくうらやましい。趣味を通していつまでも仲の良いおしどり夫婦でいてもらいたいもの。watashigeさん、ブログではちょくちょくお目にかかっていて、同じ楽天ブロガーのハリーさんという共通の知人がいる。「かっこいいお父さん」というイメージそのままのお方。トライアスロンに励まれているということで今後も応援し続けたい。遅れてこられた腰痛おやぢさんとも共通項がある。大学が同じ枚方の牧野という町にあったということ。学生時代の思い出話など話したいことはいっぱいあったがあいにく時間が足りなかったようだ。E藤さんは2児のママ(結婚していると聞いて少しショック)、実年齢よりは10歳以上若く見える。お子さんがいると言うふうにも見えなかったが、見るからにランナーという感じがするスリムで美しいお方。ウルトラマラソンに燃えているということで、しまなみ街道の100キロマラソンを次の目標にされている。話を聞いていると、今後鍛え上げれば大阪国際女子マラソンにでも出場できると見たが...。かとPさんともお話があまりできなかったけれど、とても気さくで楽しそうなお方。一緒にいるとゆったりまったりという気持ちにさせられるような、そんなイメージ。ここには紹介できない方々も多くいる。テーブルが離れていたり、時間の関係で全ての人と心行くまで歓談...というわけには行かなくて非常に残念ではあったけれど、また次の機会を楽しみにしている。来年はさらにメンバーが増えてくれることを祈っている。来られていた全ての方には自分の名刺を渡し、名刺のある方からは全て頂戴した。どれが誰のだか整理が大変。近年ニートやひきこもりなど、孤立する人間が増えつつある時代。こうやって何らかのネットワーク(つながり)が誕生するというのはやはり素晴らしいことなのだ。自転車やマラソンといった趣味を同じくする人間が群れ、老若男女を問わず、あらゆる人間を吸収してしまうようなコミュニティ(共同体)を築き上げる。出会い系サイトなど悪用される部分も確かにあるのだろうけど、こういった形でインターネットが発揮する力も恐ろしく素晴らしいものがある。お会いしたことで、さらにメンバーの方々のブログを訪ねることが楽しみになった。******ブログをお持ちの方々はすべてKAY'S BLOGのお気に入りに登録させていただきました。これを機会にもっといろんなところで交流を深めていければと思います。いずりんさんとG-ベイブさん、幹事ご苦労様でした。本当に楽しいひと時を提供していただきありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。(Photo: Mt.Cook, New Zealand 1995)
2007.01.13
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【力は僕の内より湧いてくる】 90キロを過ぎればあとはイッキにゴールまで下りだ。 自転車で下ったら時速60キロは出そうなダウンヒル。遠くに広がる街を見ながらそんなことも思ってみた。 何人抜いただろうか。そのペースは衰えを知らぬまま、僕は阿蘇町の中を駆け進んでいく。 農家のおじさんの運転するバイクの荷台に乗っていた小さな女の子が、走っている僕の方を振り返る。僕が笑顔で手を振ると、一瞬きょとんとしていたけれど、すぐにその小さな手を振って僕に答えてくれた。僕が大きく手を振ると同じように力いっぱい手を振っている。その姿は少しずつ小さくなっていったが、あの少女のおかげで、僕の中にまた新しいエネルギーが膨れ上がっていくような気がした。 さあ、95キロ。 最後のエイドステーションでスポーツドリンクを2杯飲み、ストレッチを行う。 一部未舗装の道路があり、行き交う工事中のトラックが砂ボコリを立てている。砂利道のため足場が悪く走り辛い。 ゴールに精神を集中しよう。笑顔で両手を大きく上げてゴールテープを切る自分自身をイメージしよう。 ゴールの阿蘇町立体育館が見えてきた。 「あれが町立体育館ですよね?」 僕は通りすがりのおじさんに聞いてみた。 「ええ」と言ったそのおじさんは、何となく僕の親父に似ていておかしかった。 2度目の100キロ完走。9時間16分08秒。観客こそ少なかったが、本当にいいゴールだった。タイムや順位などはもはやどうでもよかった。思うように走れるレースなんてそんなにあるものではないけれど、今回に限って言えば、こんなに楽しく走れたレースは久しぶりだし、心身ともに余裕を持ってゴールすることができた。100キロを走り終えた時、まだ20キロぐらいは走れそうな余力を残していたのだから。「力は僕の内より湧いてくる」そう感じずにはいられなかったのだ。 100キロは確かに長い。でも、人生という道のりはもっともっと長いではないか。100キロレースとはいえ、この長い人生のほんの一場面でしかない。 今この一瞬を生きている我々が、果たしてどこに向かって進んでいくのだろうか。もちろんそんなことは誰にも分かるわけがない。 でも確かなことがひとつあるとすれば、自分のたどってきた道そのものが自分の人生になるということだろう。僕自身はそう信じている。 今の自分から走ることを除けば恐らく何も残るまい。走って走って走りまくる。そんな駆け足の人生が自分には似合っているのだ。 *参加者 189名 男子:169名 女子:20名 *完走者 137名 男子:122名 女子:15名 *記 録 9時間16分08秒 総合14位 男子の部13位 (女子のトップ遠藤栄子さんに抜かれてしまいました) *参考 5キロごとのラップタイム S~5 24分06秒 5~10 24分29秒 10~15 27分21秒 15~20 27分44秒 20~25 32分12秒 25~30 26分10秒 30~35 26分24秒 35~40 26分33秒 40~45 24分46秒 45~50 28分21秒 50~55 32分15秒 55~60 26分59秒 60~65 26分59秒 65~70 30分12秒 70~75 31分16秒 75~80 32分07秒 80~85 31分22秒 85~90 28分00秒 90~95 25分00秒 95~G 23分36秒 【おもしろデータ】・1位から20位までの平均年齢:36.8歳・最高齢者...男性:66歳(12時間54分で完走) 女性:51歳(女子の部4位)・優勝タイム:7時間24分・最終走者タイム:13時間19分
2007.01.13
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伊賀市に帰る最終電車に間に合わなかったので、実家の羽曳野市に帰って来ました。明日も仕事なので始発電車で帰らないといけません。それにしても楽しい時間でした。初対面の方ばかりでしたが、昔からの知り合いだったみたいに感じました。ぜひまた一緒に自転車で走りに行くつもりです。皆さんから新たにエネルギーをもらえたような気分です。
2007.01.12
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新年会、盛り上がっています。
2007.01.12
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【目前に立ちふさがる壁、ヘアピンカーブの恐怖】20キロを過ぎて恐怖の登坂が始まる。K氏はヨタヨタと歩き始め、先に行ってくれという。この急な登りを言葉で説明するのは至極難しい。疲れてあえいでいるランナーにしてみれば、まさしく「カベ」以外の何物でもない。足は重く、腕を振る力も消え失せていきそうになる。顔を上げれば、恐ろしいことだが、永遠に続きそうなヘアピンカーブがいく つも見える。これは天国への階段か、だとしたらこの坂のてっぺんには楽園があるのだろうか。歩いている人に「お先に」と声をかけながら、小さなストライドを維持し続けた。どんなに遅くても、歩くより走る方が速いのは確かなことだ。 野アザミやタンポポの花に目をやると、ここにも、あそこにも、小さな生命があるんだ、とふと思う。胸の鼓動がドクドクと鳴っているのが、今自分が生きている証しだ。生命がある限り僕は走れる。走っているといろんなことを感じ、思うようになる。でもそれはもう、すっとずっと昔からのことだった。 峠を越えて、膝にこたえる下り坂。それでもかまわず飛ばしてしまう。この登りのおかげで、中間地点までに潰れてしまいそうにも思えた。その時はその時だ、などといつも投げやりな気持ちになる。そんな自分が時々怖くなる。 集団が早い時期に分散してしまって、ほとんど他のランナーに会わなくなってしまった。たまに目の前にランナーが見えると、頑張って抜き猿。そしてまた自分のペースをキープ。 山の細道を、鼻歌を歌いながら走っていると、レースに参加しているという緊張感さえどこかになくしてしまいそうだった。 足は軽い。僕は気持ちよく走っている。最後までこのペースで走れるはずだ。そんな言葉を自分に言い聞かせる。自己暗示だ。物事を何でもプラス思考になるように考えることが物事を成功させる秘訣だと本で読んだことがある。確かにその通りだと思う。 42.195キロ、フルマラソンのポイントを3時間46分で通過。ちょうどいいペースだ。このまま何事も起こらずにゴールにたどり着け、と僕は願った。 視界が開けると、高原の放牧地帯である。「ニュージャージー」という別名「肥後の赤牛」がのんびりと草を食んでいる。 ああ、牛になりたい…などと思っても仕方ない。殺されて人に食われるヤツらとはしょせん違う世界にいる我々だ。中にはこんなクレイジーなことをしている者もいるけれど…。 青空が広がると阿蘇の山並みはとても美しく見えた。噴火口はまだ黒煙をあげているが、そんなにいかめしい表情をしているようには見えない。 阿蘇は僕の守り神だ、と勝手に決めつけ、僕は走り続ける。いつまでたっても足は軽い。少なくとも僕の頭だけはそう信じていた。 いきなり「頑張れよー!」という声。数十メートルも離れた所にいる農夫だった。トラクターを運転しながら何度も声をかけてくれている。 「どうもー!!」 こちらも負けじと大きな声で手を振りながら声援に答える。何てのどかな風景なんだろう、と自分で感心してしまう。 それどころではない。僕はまだ走っているのだった。 まもなく70キロ。昨年サロマ湖でケイレンが起こったのもこの辺りだった。だが、数個の梅干と消炎鎮痛剤をウエストバッグに入れておいたのは正解だった。それに加えて定期的なストレッチは確実に功を奏している。 80キロを過ぎると最後のダラダラ登坂が7,8キロ続く。前半の登りほどではないにせよ、この辺りで歩いているランナーが多いのもよく分かる。きっと前半をオーヴァーペースで頑張った結果だろう。 無情と思いながらも「ファイト!!」と声をかけて抜き去っていく。「ありがとう」と答える人、黙って下を向いたままの人、その声に刺激されて走り始める人、さまざまだ。 給水所で何度も頭から水をかぶり、スポーツドリンクをガブガブ飲んだ。腹は不思議と減ることもなく、エイドステーションでアンパンとおにぎりを一個ずつ口にしただけだ。バナナも今回は一本もとらなかった。前日までのカーボローディング(食いだめ)がよく効いている証拠だ。 どういうわけか、85キロを過ぎてもますます調子がよくなっている。このパワーとスタミナを信じていいのだろうか。あとからへたってしまったりしないだろうか。半ば不安を残しながらも僕は走る。とにかくゴールまでは走り続けるのだ。 (次回最終回につづく)
2007.01.12
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【本日3度目の更新】「あっ、エリンギさん。まだ残ってたんですね」「ああ、ネギさん。久しぶりだね。何とか元気だよ」「初日にお会いして以来だから、明日でもう1週間になりますね」「次から次に仲間が入ってくるから、下に下に押しつぶされまいと必死ではい上がろうとしてたけど、もうわしも年だね」「あっ!もち巾着さん!!」「どうした、ネギさん」「もち巾着さんのお腹から白いもちが飛び出してますよ!!」「何っ?そりゃ大変だ!」「大丈夫ですか?もち巾着さん!」「あぁ、鍋の底で加熱されすぎて表面のアゲの部分に穴が開いちゃったんですよ。これぐらい…大したこと…あっ、イテテテ」「動いちゃダメですって。傷口が広がりますから…。待ってて下さい。すぐに手当てしてあげますから」「かたじけない、ネギさん」「そろそろオーナーが気づいてくれるはずですよ。もち巾着さん、最後のひとつでしょ?」「昨日、うどんさんが入れられてからはもう具は追加されることはないでしょうね」「いや、分かりませんよ。ご飯が入れられて雑炊でフィニッシュってパタンもありますから」「ありえますね。でも、うどんさんも、昨日の内に食べられなかったのはふにゃふにゃになって既に何本か伸びてしまってますよ」「気の毒です。それはそうとネギさん、スープがかなり濃くなってませんか?」「もち巾着さんもそう思いますか?確かに底の方はもう煮詰まってきて、ちぎれた白菜さんの破片なんか少しこげ始めてますね。はい、傷口はこれで何とかオーケーですよ。無理しないで下さいね」「あ痛たた…ありがとう」「聞くところによると、明日はオーナーが新年会で外に出るそうです」「エリンギさん、本当ですか?」「今朝聞いたんです。明日は冷えるって話ですが、オーナーが出かけて鍋に火が入らないと我々はどうなるんですか?」「えっ!イヤですよ。この寒いのに鍋のスープが冷たいまま次の日を迎えるなんて…」「でも、エリンギさん。残ってるものはみな同じ立場です」「話しはみな聞いてましたよ」「あっ、大根さんもまだ底に沈んでたんですね」「ネギさん、エリンギさん、もち巾着さん、聞いてください。鍋の中ですから、氷点下になることはまずありません。それにみんなひとつの所に固まってじっとしていればお互いの体温で何とか一昼夜はしのげるはずです」「エネルギーを消耗しないようにじっとしてる方が勝ちだね」「そうですよ、ネギさん。無駄に体力を使うと命取りになるってことです」「私も早くこの鍋の外に出たい…」「エリンギさん、あきらめないで下さい。明日オーナーがいなくっても、恐らく明後日ごろには鍋は大方空になってしまうと思います。残ってる仲間はもう限られていますから。具が少なくなればいずれここからは出してもらえるでしょう。望みは捨てちゃダメですよ」「でも…オーナーが残りを食べずに捨てたりしたら…?」「…ありうるよ、もち巾着さん。もう明日で一週間だよ。『もう鍋なんてあーきた』なんて言って流しにスープごとざーって捨てられたりしたら…もうダメだよ」「ここまで頑張ってきたんです。そんなことありっこないですよ。オーナーは私たちを捨てたりはしませんよ。違いますか、ネギさん?」「何で大根さんにそんなことが分かるんだ?」「えっ…ただ、何となく…」「推測でものを言うのはやめて欲しいな。根拠がないんだろ?」「おいおい、ネギさん。大根さんの言うとおりだ。悲観的になることはないさ」「でも…オーナーの胃袋に消えるならまだしも、食べ物に生まれてきて生ゴミとして処理されてしまうのはあまりにも悲惨で無残だよ」「そうだな…ネギさんの気持ちはよく分かる」「エリンギさん、ネギさん。ただ希望は捨てないでおきましょうよ。信じていれば未来はどうにでも良くなっていくと思います。だってそう信じなければ他にどうすればいいんですか?」「分かったよ、大根さんの言うとおりだ。希望は持ち続けよう」「ネギさん、私もそう信じるよ。願わくば生ゴミになることのないよう、祈り続けるけどね…」「エリンギさん、ネギさんありがとう」「さ、残された私たちはひとつの運命共同体だ。もち巾着さんもこっち来て、みんなひとつにかたまろうじゃないか」「幸い今夜は鍋の中も十分に暖かい。明日に備えて少しでもあったまっておくといいよ」「そうしよう、大根さん。寒くないかい?」「ええ、大丈夫です。ありがとう」
2007.01.11
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【本日2度めの更新】信じられないけれど、動物占いのメルマガを今見てびっくりしてしまいました。明日は全てにおいて文句なしのパーフェクト。*以下、原文のまま* URANAI★☆MAG=========================================================== うらないまぐ「動物占い(R)公式:明日の運勢」===========================================================URANAI★☆MAG ‥...━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━...‥ 2007年01月12日(金)「ヒツジ」の動物占い(R)運勢 ‥...━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━...‥■全体 :5段階評価 @@@@@ イマジネーションを働かせると、素敵な幸運の鍵をゲットできそう。今日のあなたは注目の的、ありのままの姿が人を引きつけます。アクティブな行動がツキを呼びます、自信を持って進んでOK。思いついたアイディアは迷わず即!実行に移しましょう。友達からの誘いには、大いに乗ってください。頭の回転が早く決断力に優れているので、決め事は今日のうちに。■恋愛 :5段階評価 @@@@@ 今日、あなたが出会う人の中に特別な意味を持つ人が現れそうです。■金銭 :5段階評価 @@@@@ コンテストなどの自己表現にチャレンジし、幸運をつかんで下さい。■仕事・学業:5段階評価 @@@@@ 朝起きた時から気分爽快!一日いい日になりそうな予感がします。■動物占い(R)をもっと知りたい方へ 動物占い(R)公式サイト 動物村はこちらから→ http://doubutsu-uranai.com ******出会う人の中に自分にとって特別な意味???明日は、自転車関連の楽天ブロガーの皆さんと新年会。お会いする全ての方々が初対面。さあ、誰が私にとって特別な意味を持つんでしょう…?でも、こうやって占いが完璧な時に限って、「交通事故に遭ってしまって幸い自動車がクラッシュしただけで大事故につながらなかった」とか 、「仕事でとんでもないミスをするが多めに見てもらう」だとか、あるんですよね。会場となる大阪天満橋まで行って、店の名前が分からずにその近辺を右往左往して永久に店にたどり着けないでいるとか、そんなのはイヤです、はい。まあ、特別なことは期待せずに、普段のままの自分でいたいと思います。何かいいことがあったら素直に喜びます。明日お会いする皆さん、今からわくわくどきどきしています。よろしくお願いいたします。(Photo: 我が愛車“VIENTO号”)
2007.01.11
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【駆け登れよ夢、阿蘇も僕も燃えている】1990年6月3日、曇り。標高400メートルの空気がやや肌寒い。 開会式のあと、予定より15分遅れて男女190人が一斉にスタートした。 阿蘇山は九州のほぼ中央部にあり、1200平方キロもの広大な面積を有し、さらに 1周で128キロもある外輪山は世界一の規模であると言われている。 このカルデラマラソンはその外輪山の周囲100キロを走るかなり起伏の多い山岳マ ラソンでもある。高低図では、5キロで標高が300メートルアップするポイントも 前半にある。 ほぼフラットなコースが続くサロマ湖100キロマラソンから考えたら、今回のコー スはクロスカントリー並みのアップダウンであろう。 昨年のサロマ湖での失敗(オーヴァーペース・けいれん)を頭に入れて、今回は周到 な準備をして臨んだ。 ひとつはイーヴンペース。1キロ5分を最大限として走ること。余力があれば後半で もペースは上げられるはずだ。 そして二つ目は走るフォームだ。かかと着地で膝を高く上げず、歩くようなフォーム を意識する。走る時にパタパタと音を立てずに走る猫足走法を試みること。 これは事前に6時間走を走った時にも試してみたが、ウルトラマラソンでは特に効果 的で、省エネにもつながる。加えて、15キロか20キロに一度、ほんの1,2分で いいからストレッチをすること。筋肉に刺激を与えてやる意味でもこれは大切だ。 あと、給水はもちろんだが、エイドステーションであまり食べ物をとりすぎるとわき 腹が痛くなるので決して無理に食べないこと。 そして、けいれん防止のために梅干を早い時期から口にすること。ざっとこんなもの だろうか。 いったんスタートしてしまえば、あとはゴールを目指すだけだから、スタートする以 前に比べればずいぶん気楽なものだ。 15キロ辺りまではフォークシンガーの高石ともや氏と一緒に走った。この人とは何 度同じレースを走っただろうか。昨年のホノルル、今年の篠山、数え上げればまだま だある。 昨年の5月、オーストラリア1011キロマラソンを見事完走したことはまだ記憶に 新しい。今年はスイスのアルプスマラソンに挑戦されるという。48歳とはいえ、そ の恐るべき鉄人ぶりには驚かされてしまう。 1キロ5分のペースは景色を楽しむにはちょうどいい速さだ。阿蘇は噴火口からモク モクと黒煙を吹いている。この近辺でも灰が降ってきたり、地震があったりすること が多いらしい。 10キロを過ぎて、昨年サロマ湖で同じ宿に泊まったK氏と出会った。大阪で仕事を していたが、今年から実家のある熊本に帰ってきたそうだ。20キロ辺りまでは彼と 肩を並べながら走る。 話し相手がいれば100キロという距離はさほど長いものには感じられない。旅は道 連れ...なのだ。 ウグイスやカッコウの鳴き声が一面に響き渡る。木々に囲まれた小道はあまりにも静 かだった。ランナーの足音も規則的なリズムをただ繰り返すばかり。この単調さが心 地よく感じられるのは、今、自分が自分の走りに酔い痴れているせいだろうか。(つづく)*コースマップと写真は上野のマラソン写真日記からお借りしました。
2007.01.11
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「前進、前進だ!もっと腕を振れ!脚を上げろ!」 どんなレースでもゴール間際の苦しさは何度経験したって辛いものだ。 脇腹の痛みをこらえ、あえぎながらゴールに向かう。歓声と拍手が聞こえる中、自分自身の中では肉体と精神が激しい葛藤を繰り返している。 「これが全力か?それがおまえの全てか?」 自問自答を繰り返し、追い詰められた自分は何とか窮地を逃れようとする。 こんな時、人はいくらでも弱くなれるし強くもなれる。苦しんでいる自分に微笑みかけられる人間は強いけれど、そうすることのできない弱い人間は、苦しんでいる自分を直視できずに、現実から逃れることばかり考えようとする。 苦しい...。でもこれが自分自身の限界などではない。自分の限界はまだまだ遠いはずなのに、自分が勝手にそう決めつけているだけ。限界などというものは、きっと自分には見えなくて、それでも自分の都合のいいように限界レヴェルを設定している。それはある意味でアンフェアなことだ。 苦しいと思っているのは実はこの頭の中で起こっているだけの現実であって、本当は自分の錯覚なのかも知れない。そう疑ってみるだけの価値はあるだろう。僕は苦しんでいる。見よ、この表情を。歯を喰いしばり、顔を歪め、のけぞり返っている。まるで死神に取り憑かれたような醜い自分の姿を...。 でも、この苦しみは決して苦しみのままで終わらない。苦しんで苦しんで苦しみ抜いた挙句に、いつかセカンドウインドが吹くだろう。 ゴールでは必ず苦しみから解放される。その瞬間まではもがき続けるのだ。 (Photo: 1987年ABC篠山マラソン)
2007.01.10
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【本日二度目の更新】「おや、もち巾着さん新入りですね」「ああ、こんばんは、スジ肉さん。この鍋はずいぶん長いんですか?」「うーんっと、先週土曜日からですから、かれこれ4日目ですね」「今日はまたたくさん来られたようですね」「ええ、しめじさんに平天さん、ねぎさんも来てますね」「私なんか見てください。4日間もこの中にいるんですよ」「わぁ、もうとろとろじゃないですか」「初日は結構硬かったんですがね。もうたっぷりだしを吸っちゃってね」「スジ肉さん、僕もまだいますよ」「あ、大根くん。いい色になっちゃって」「僕は3日目。煮えるのは早いけどあまりいるとのぼせちゃって」「早く引き上げてもらえるといいね」「煮えるのが早いといえば…白菜さんは?」「はいはい、私らなんか鍋には付き物だけど、量が多いしあまり有り難味がないのかも知れないね」「そんなことはないですよ。白菜さんは鍋の立役者的存在。だしのうまみを吸って柔らかくなれば誰だって美味しいって思うでしょ?」「ありがとう大根くん、ただね、私ら野菜はどちらかというと脇役。平天さんやちくわさんみたいな練り物がやはり人気があるし、よーくだしが出るスジ肉さんなんかにはかないっこないんですよ」「なるほどね。おっしゃる通りかも知れない。野菜って栄養があるから鍋に入れられるけれど、味わって食べられているかって言うと怪しいもんだね」「しいたけさんもそう思うでしょ。しいたけさんやしめじさんはまだエキスが出るからいいんですよ。味も香りもない私たちみたいな野菜ってのは、特に子供さんには歓迎されませんから。鍋が終わりになりかけて、底に沈んでいるのはたいてい私らですよ」「豆腐さん、大丈夫ですか?」「ああ、白菜さん、ありがとう。私も4日目でずいぶん砕けてしまいました。もう形が残ってませんよ」「早い内に引き上げてもらえればよかったんだけどね、何せここの鍋のオーナーったら、連日次から次に具を追加してきて、人気者の具はいいんですが、底にじっとしてたらいつまでも引き上げられずじまいですよ。だからできるだけ目立つように上に上に這い上がっていくようにしておかないとね」「ちょっとだしも薄くなって来てますね、しいたけさん」「平天さんもそう思いますか。野菜がいっぱい来たんで水分が出たんでしょう。白菜さんが結構追加でまだ来るみたいですよ」「スジ肉さん、あと何日続くでしょうね、この鍋…?」「大根さん、それは私にも見当がつきませんね。1週間?いや10日?噂によると、私らがみんないなくなったら次は石狩鍋だとか…」「えっ?本当ですか?」「ちらっと聞いたんですよ。19日あたりがどうも怪しいんですけど」「じゃ、それまでにはここから出られますよね」「たぶん。オーナーは新しく土鍋を買うっていう話ですから」「土鍋…一人暮らしでわざわざ土鍋買うなんて、相当マニアですよね」「冬はやっぱり鍋なんでしょうね。私たちが鍋でお会いできるのもこういった鍋があるからなんですよ。夏にはほとんど会う機会もないじゃないですか」「ある意味で冬という季節に感謝ですね」「ほら、スジ肉さん。そろそろお声がかかりますよ」「あ、やっと食べごろの私に気づいてくれたようですね。それではみなさん、ごきげんよう」(Photo: スタートから4日目のキムチ鍋 だんだんおでん化しつつある)
2007.01.09
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ここだけの話ですが(とは言ってもインターネットを通じて世界中に情報が漏洩する可能性はあるのですが)、現在水面下で密かに計画をしていることがあります。2007年、新しい年の始まりに、たったひとりで、この壮大なプランを、昨夜ひと晩ゆっくり寝て考えました。名づけて 実行予定日は未定。土鍋もこれを機会に購入しようと計画中。キーワード「石狩鍋」をいくつかのサーチエンジンでネットサーフィンした結果、スタッフ(材料)や出し(スープ)などに関して、はっきりとしたイメージができあがりつつあります。オリジナルを作ってみようということで、既製の石狩鍋のスタイルにはとらわれず、自由な発想を元につくります。 *上の写真は完成予想図いろいろと考えている内に、土鍋からほんわか湯気を上げるその匂いや、土鍋の中でさまざまな具のエキスが混じり合ってできたスープの味などがイメージとして湧いてきました。さて、今回の石狩鍋プロジェクト、先発メンバーは!? *恐らく1週間~10日は続くのでその間いろんな具を追加していきます。北海道のフレーバーを中心に海の幸・山の幸をふんだんに使います。1)鮭の切り身 2)とうもろこし 3)馬鈴薯 4)いくらor筋子 5)カニ 6)帆立貝 7)えのき 8)豆腐 9)ニンジン 10)こんにゃく 11)ネギ 12)玉ねぎ 13)中華そば 14)ハクサイ 15)しょうが 16)わかめだしは、昆布と白味噌か合わせ味噌、そこに、塩、酒、牛乳とバター&チーズを入れてみたいと思います。予定では週末に実施をしたいところですが、12日は楽天ブロガーの自転車仲間を中心とした皆さんと新年会なので、翌13日もはずして、その翌週19日か20日を予定しています。かつて4度ばかり訪ねた北海道(二度は自転車で、一度はサロマ湖100キロマラソン、あとは夫婦旅行で)、北海道に行けば新鮮な海の幸がたらふく食べられるんですね。個人的には、鮭といくらの親子丼。一度知床駅前の大衆食堂で1000円を払って食べたのが最高に美味しくって、おかわりまでしてしまいました。あとはホッケ。これも網走辺りの国道沿いの食堂で食べたホッケ定食が最高でした。サロマ湖100キロマラソンの前日の大会会場で、ホタテの塩焼きを目の前で焼いてくれたのもまた良かったですね。さあ、石狩鍋プロジェクト、どうなるんでしょうか?詳細は後日ブログで報告させていただきます。乞うご期待!!!
2007.01.09
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【本日2度目の更新】明日に向かって(Run for Tomorrow) 木枯らしに負けないで 苦しみを乗り越えて ただ走り抜くことです その苦しみは あなたが生きている証しだから 生きているということを 心から喜ぶことです 二本の脚で走れることに 感謝することです 走っていることを 喜びと感じられるように 生きていることに感謝できるように ただ走ることです 二本の脚は 人がこの世に生まれて 立ち上がり 歩き やがて走れるように 神様が与えて下さったものだから どんなに遠いところへも そこへたどり着くのに どんなに時間がかかろうとも 二本の脚があれば走っていける あなたにその意志があるならば 道はどこまでも続くものです 立ち止まらず振り返らず 走り続けることです 一歩先には未来があります 立ち止まっていても 未来はやってくるでしょう でも あえて自分の一歩を 未来に踏み出すことです 昨日までの自分とは違う 今日を生きる自分が また新しく生まれ変わる 明日に向かって 一歩ずつ 一歩ずつ走ることです 明日に向かって 走ることですby Kay
2007.01.08
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