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2005年02月03日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
終わった!今週が…

「疲れた、疲れた」と愚痴っていたのは午前中まで。午後は昼寝をしたあと、リサーチを開始しました。


一つ目は Just War Theoryについて。

この理論って正式に日本語でなんていうのか知らないのですが、その名の通り 「正義の戦争の理論」です。

キリスト教、特にカトリックの世界には昔から「正義の戦争はあるのか」「あるのならどんな要件で正義といえるのか」という議論があります。

昔、というのは本当に大昔。 議論が始まったのが中世1400年代ぐらいですから、すごいですよね。






2. All other forms of conflict resolution must have failed or proved impracticed. (戦争以外のいかなる形の紛争解決手段が失敗したか事実上実行できないこと)

3. Must have serious prospect of success. (戦争が確実に成功する見込みがあること)

4. Use of arms must not produce evils greater than the evil to be eliminated. (武力の行使が悪を抹殺する以上の悪を生まないこと)



です。Evilとあるのはキリスト教なので許してやってください。

実は この西欧の「正義の戦争」の考え方は国際法に大きく反映されているし、今回のイラク戦争の正当性の議論のときに暗に使われていたようです。

ということを調べなきゃならんのです。ふー…


もう1つは書評を別のクラスで書かねばなりません。

変な本を選びたくないので、図書館に行ったりAmazon.comを使ったりして時間を費やしました。

ちなみに、この本選びの中で The New Geopolitics of Energy(新しいエネルギーの地政学)なる本を見つけてしまいました。96年の本なのでちょっと古いですが、いやー面白そう。


ようやく幸せな週末がおとずれます。2つも飲み会があるので、勉強も飲み会も楽しめればいいなあ…。


さ





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Last updated  2005年02月04日 13時34分18秒
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正義の戦争「ない」派ですね  
●だから戦争放棄を、という結論ではなく逆で。「政治、外交行為の一手段」というクラシックな一文に未だ惹かれます(クラウゼウィッツでしたか?)。戦争行為を限定する、あくまで政治の支配下に置くことが重要かと。

●過去の大半の悲惨な戦争は、「政治が戦争の一手段」になっていた気がします。これが逆でないと。

●近年は戦闘行為に伴う犠牲が大きいので、そういう主張も難しいのかもしれない。


(2005年02月05日 17時59分28秒)

さすが  
kazutaka525  さん
なるほどね。戦争行為を政治の支配下に置く、わけですね。(クラウゼウィッツで合っています)

リーディングをしていて感じたのですが、理想として何らかのStructureを作ろうとする、そして失敗する、の連続だったような気がします。

今の国連が国際連盟より機能しているのは、国連憲章を柔軟に解釈し、国連憲章43条以外にPKOや経済制裁などの選択肢を個別のケースに合わせて適用しているからだ、と書いてある本がありました。

その本では、一方で国際連盟はガッチガチの集団安全保障に頼ったため結局憲章が想定していない事態に対応できず破綻したのだ、と解説していました。

一理ありますよね。

ではいくつかある選択肢から国連が最後に決めるのはどういう基準か。もちろん「政治」です。

政治って印象が悪いのですが、政治に選択権を与えれば、Structureが想定していない事態を具体的事例に照らし何が必要か人間がその場で考えられるわけです。

多くの人間が集まって色々と考えて実行する政治って、国際社会でも案外うまく機能するのではないかと思っています(もちろん、たくさんの限界や悪い影響もありますけどね)。

モーゲンソーのRealismをHuman Nature Realismと呼ぶことがあるそうです。僕はこの「人間が行うんだから」という理由付けに惹かれるんです。

ある程度のルールや枠組みはできますが、難しい事態になるほど人間が対処できる柔軟性があったほうがいいと思っています。

「人間なんだからさあ」というのが社会科学の基本。大きな話になるので、少し具体例が見つかれば日記に書いてみますか。 (2005年02月05日 19時03分24秒)

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