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2007年01月24日
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原作の設定を踏襲し完成させた、野心的でしたたかな大衆娯楽大作

どろろ
 勢いに乗る日本映画において"画期的な"作品がメジャーから現われることは滅多にない。だが、マンガ原作、リメイク、旬な若手俳優主演というファクターを活用した「どろろ」は、よくぞ企画を通し、完成させたというべきしたたかな大衆娯楽作品だ。手放しで絶賛を送れる作品に至らなかったのは残念だが、この野心的な試みの芽は摘みたくない。

 原作マンガやテレビアニメ版を知る者は皆、「どろろ」が劇場版実写大作になると聞いて驚きを禁じえなかったはずだ。なにしろ1960年代後半に生まれた手塚治虫作品はショッキングだった。主人公は全身に欠損を持つ青年と盗賊の孤児。アニメ版は表現上の問題から、当然の如く地上波再放送を望めない。今回この基本設定は、きっちり踏襲された。

バディムービーかつロードムービー、妖怪冒険活劇にして父と子の対立のドラマ

どろろ
 戦乱の世、父が天下を取るために魔物と契約する。代償は生まれ来る子供の体の部位を48の魔物に差し出すこと。呪われた赤ん坊・百鬼丸は捨てられるが、育ての親となる医師から仮の肉体を与えられる--。必然的に生々しくなる描写が実写化困難といわれた要因のひとつだ。成長した百鬼丸は、失われた体の48箇所を取り戻す旅に出る。魔物を1匹倒すたびに体の部位がひとつずつ復活していく--。ゲーム的ともいうべきこのルールこそ時代を超えて語り継がれる一因といえる。そして、旅の途中で出会った天涯孤独の男装の野盗・どろろとともに魔物退治が繰り広げられる--。つまり、男と女のバディムービーかつロードムービーであり、妖怪冒険活劇にして父と子の対立のドラマでもある。

 原作で室町末期の日本だった時代背景は普遍化され、デザインやアクションに自由度がもたらされた。ニュージーランドでロケを敢行して「ロード・オブ・ザ・リング」的神話世界を目指し、改造手術は「シザーハンズ」的幻想風味で処理され、魔物とのバトルは「HERO」「LOVERS」的ケレン味たっぷりの大立ち回りで魅せる。最大の見どころは、妻夫木聡(百鬼丸)×柴咲コウ(どろろ)によって肉化された掛け合いの妙。体を酷使してアクションをこなしつつ陰を背負ったキャラを担う妻夫木と、饒舌で狡猾な少年キャラに扮した柴咲が、反発し合いながらも次第に寄り添っていく様が生き生きとしている。

 難点は画的な統率感に欠けることだ。チン・シウトン率いるワイヤー・アクション、特撮パート、そして本編が遊離しすぎている。ウォシャウスキー兄弟が香港アクションやジャパニメーションを換骨奪胎し「マトリックス」に収斂させたような独自のスタイルを、塩田明彦は確立できなかった。とりわけ総製作費20億円の大作にしては、ぬいぐるみ然とした特殊造形と平板なVFXには辟易させられ、DVD化の際にはリテイクしてほしい程だ。

時代の空気をすいく取り、"大きな物語"に結実させる

どろろ
 それでもこの映画の奮闘を称えたいのは、作家性など吹き飛んでしまう製作委員会ムービー主流のご時世にあって、時代に拮抗するフィクションを生み出そうとした監督の意志を感じるからだ。過激で陰惨な設定に込められたものとは何か。ベトナム戦争が泥沼化していく時代に描かれた原作マンガには、争いに巻き込まれた村が壁に分断されるエピソードも盛り込まれ、ベルリンや板門店に対する風刺も込められていた。あるいは、戦争で失ったものを必死に取り戻そうとした高度成長期の日本人の物語と捉えることもできよう。

 そんな設定を、塩田が今に甦らせた意味はどこにあるのか。「月光の囁き」や「害虫」で屈折し抑圧された子供たちの痛みを描き、一方で死をめぐる劇的な感涙映画「黄泉がえり」や「この胸いっぱいの愛を」を請け負ってブレイクし、その反復横跳びに語るべき一貫性を見出せなかった塩田映画。本作の野心とは、塩田が自己の作家主義路線を大衆娯楽路線に融合させようとした切実な試みに他ならない。「どろろ」とは、親の欲望によって予め異形となり、社会から見捨てられ、それでも生きていくために居場所を見出そうともがき苦しむ若者たちのドラマだ。それは塩田が、地下鉄サリン事件後の現代日本が生んだ魂の孤児の彷徨を見つめた少年少女のバディムービー「カナリア」と同様のテーマを、エンターテインメントに昇華させた変奏曲といえるだろう。希望を抱くことが難しく、身も心もボロボロになって荒んだ世を生き続けるしかない時代の空気をすくい取り、"大きな物語"に結実させた「どろろ」の実験は、温かく迎えるべきだと思うのだ。





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最終更新日  2007年01月24日 09時25分28秒
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