秘密のアルバイト!


 病院からの電話だった。私が緊急入院させた老人が亡くなった知らせだった。確か、身寄りは関東の別れた子供だけだが、その子供にも見放された孤独な最後だった。十分な看護処置も出来ないままだったらしい。

彼は今後、行政の手によって埋葬される。いよいよ、彼に部屋を転貸した人間を懲らしめてやらないといけない。部屋の清掃、荷物の撤去、その他にも問題がまだたくさん出てくるのだが。  

 早速、本来の契約者の自宅へ行く、○○川沿いにある閑静な住宅街の一角にある家だった。その前に一人の老人がいたが、格子戸を開けようとする時に「どちらさん?」と声が掛かる。

よく見ると契約に似ている。
「●○さん?」 
「そうです。」 
「お父さんのほうですね。私T不動産の法務部のTですが、●●さんがお亡くなりになったの知っていますか?」 
彼「はい。でもその件は全て息子に任せてあるので・・。」

残念ながらその息子は東京に出張らしい。
私「息子さんの携帯番号、知っているでしょ!教えてください、直接連絡しますから。」
老人の頭の記憶は大丈夫だった。すぐに教えてもらった携帯番号をかけると、本人がでた!
「●●さんがお亡くなりになりました。今後は契約者本人である貴方に直接お会いしてお話をお伺いしたいと思っております!」
 彼「その話、私もう関係ないでしょ!解約書この前出したでしょ!」 
私「全く関係ないと言うなら、いたし方ないですね。私のほうは、裁判所でお話してもいいですけど?」 
彼「・・・・。」 
私「解約書出したの先月でしょ。それ以前は貴方が解約書だしてあるというけど、当社の誰も受け取ってないし、保管記録もないですよ!通常帳票類の保管は5年間あるのですよ!私は貴方と裁判しても十分勝算はあるのですよ。部屋の清掃、補修、車の撤去、滞納金額、ざっと含めて100万は下らないでしょう。それに精算したのなら本来敷金はあなたの手元に行くはずでしょ、それもきっちり残っているのだから、貴方が解約書を出したと言う時期は実は出ていないと言うことになりますよね!」

彼は老舗の店舗の息子だったが、その店舗もなく、今は別の事業をしているらしい。彼はまだ甘い。

 彼も私にどうしたらいいでしょうか?ぐらい聞いてくれたらその身になって上げるのだけど、初めから関係ないように言われると、カチンときて、しっかり追い込んであげたくなる。

不法転貸がどれだけ厳しい現実が待っているのかを勉強してもらわないといけない。
「とにかく、電話で話していても、しょうがないので、金沢に戻ってきてください。何時ですか?」彼はしぶしぶ次の約束日を告げた。
 後日の約束日に彼は来ないかも知れない。多分裁判かな?

6月27日
 月末に向けて強制退去や残置物処分がたっぷり残っている。ある若い滞納者の部屋、この若い26歳の男性だが、今年の1月までは居たらしいが、その後行方不明である。

忽然と消えてしまった。身内は○○県の叔父だけだが、もう関係ないと言う。彼の手懸かりが全く無い。その部屋であるが6畳一間のフローリングにあるものはわずかばかりの彼の衣服、IBMのパソコン、督促状や一部の手紙だけ。

テレビ、冷蔵庫、洗濯機などは無いので、覚悟の夜逃げかもしれない。

ただ、駐車場に車が置き去りになっているのは腑に落ちないが・・・。多分車は動かなくなったのであろう。部屋のなかにあった手紙やダイレクトメールのなかに彼の履歴書があった。彼なりに仕事を探していたのだと思うが。

その中に一枚のアルバイト申し込み書があった。
なんと、男性が女性に奉仕するための細かい申し込み用紙だった。2・3行ひろってみると、いきなり貴方は男性のプライドが捨てられますか?の文面だった。

他にはおこづかいはいくら欲しいかとかだった。
彼、真剣に答えているようだった。もちろんこのアルバイトには最初に入会金がかかるらしいが・・・。

もっと他の就職先を考えて欲しかったのだが残念である。彼の消息は・・・。いや、きっと彼にお小遣いをくれる女性が出現した事を祈る気持ちである。

 彼の少ない荷物はとりあえず当社の倉庫に保管されるが最後はゴミ処分場である。


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