
この時, 「 どうして人は争うのか
? 」 という命題を思考していました。
[ 考えること = 哲学する ] と云うことを行っていたのでした。
かなり神経が集中していたんでしょう。
私の目の前に, 何か丸い物体が見え出したのでした。
それは突然に目の前に現れ, 最初は白い何も模様の無い球体でした。
それが次第に色が付き出し, 最後に『 地球 』 に成ったのでした。
この時の心境は, 全く不思議だとも, 奇妙だとも思わなかった。ただただ その球体を眺めているだけの自分でしかなかったのでした。
「 この地球は海が7で,陸地が3の割合で出来ているんだなー 」
「 こんな狭い陸地に,何十億と言う人間が住んでいて,どうして争うんだ? 」
「 宇宙には こんなちっぽけな惑星が一杯詰まっている。 」
「 それなのに,人はこの広大な宇宙を理解しようとはしないんだ? 」
この様に考えて, キャンパスの端にたどり着く辺りで, 私の心?, 感覚?に, 絵ともいえない, 字ともいえない, 声とも言えない, 何とも言えない, 感覚的な瞬間が向こうからやって来たとしか言いようがない, 本当に不思議な感覚が体に起こって来ました。
それは,字で言えば「 恐怖 」 という字であり, その声と共に, 私に思考を促したのでした。
それが, 字, 声, 感覚, が一つになったモノが, 心の中から見え、 聞こえ、 感じたのでした。
「 恐怖? 」・・・「 どうして恐怖が? 」
「 そうか, 人はこの小さな陸地を奪い合っている内に, この心が蔓延したんだ 」
「 歴史の中で, 人は奪い合うことで, 人の心の中に恐怖心を形成したんだ 」
「 人間の苦しみの根源は, この恐怖心にあるんだ 」
このインスピレーションは正しいと 今でも思っています。
これを大学の専門課程の教授に話をしました。
他のことでも, 話をしました。
このときに教授は私に,「 君の見解は気違い的だ 」 と言ったのです。
少し私はショックでした。
それからはその教授とは 余り話す事は無くなりました。
「 どうせ言ったところで、判らない先生なんだ 」 という気持ちを持ったのは事実です。
この数年後に, 同じ大学を一緒に入りながら, 全く出会うことが無かった、そしてその後に、 私に大きな影響を与える女性と知り合うことになりました。
その女性が高橋信次氏との繋がりを私に付けて下さった人なのです。
今でも 心から感謝しています。
しかし現在は、全く音沙汰なしになっています。
やはりそれぞれの家庭があるので、それも自然の摂理なのかもしれません。
しかし人生というものは本当に面白いものです。
自分ではこれで良いと思っていても、 そうではない事が多いのも事実ですね。
自分の思い通りにならないのも 人生かも知れません。
そして 何処で 誰に出会うのかは判らないから、 それだから紆余曲折を生きていてもはっきりとしたビジョンを持っていれば、 きっと自分の人生に光がもたらされると思います。
そう、諦めないで、どんな環境や問題があっても、自分の心の中が正しければ、一生懸命自分を生きればいいだけなんですから。
その事実を理解して、何を言われても、どの様な罵詈雑言で叩かれても、自分の心の中の光を見失わなければ、必ず形はどうであれ、光は自ずからの心の中から発するということです。
この時代の私の環境は 本当に贅沢で恵まれていましたから、 とても贅沢な苦悩でしかなかったかも知れません。
しかし当時の当人にとってみれば 真剣であり、いつも心について悩み考え続けていました。
悩むことが好きではなく、考える事が 楽しかったのだと思います。
そしてあらゆる人生の疑問に対する その答え( 応え ) を求めることが、 私にとって とても魅力的なことだったんでしょう。
誰にも そのような時があるんではないでしょうか?
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