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建築家45年(4)

建築家45年(4)

 その I 教授も高齢に成られた。そのせいか、お互い現役で頑張っていた頃は季節毎に会っては食事をしたり、お茶を飲んだりしたものだったのに、この数年はボクに電話を掛けて来られるのも年に一度程度になった。尤も電話で近況を尋ねて来られるのは当時の子弟の関係と言うより友人の様な関係に成ってしまったからだろう。自宅の書斎から大阪湾を見下ろしながら対岸の山裾に住むボクの家に電話を掛けて来られるのだ。多分、10年ほど前にボクの家に来て一緒に奈良時代の遺跡発掘説明会の現場に行った事を想い出されるのだろう。最近では海外旅行をしようと誘うぐらい気が若いもののリウマチになって杖をつきながら海岸を散歩するのが日課になっているという。それを聴いてからは山の上のお宅へ行くのは遠慮している。そういう風に今では学生時代の恩師は殆ど亡くなるか高齢になってしまわれた。

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 それよりボク自身が老人に成ってしまった。68歳ぐらいで老人というのも先輩達や恩師からすればおこがましいと言われるかも知れないが、事務所の若いスタッフを観ていると歳を意識せざるを得ないのだ。それでも長かった45年の建築生活を振り返れば、あっと言う間の短さだ。その中で強く記憶に残っている作品を想い出してみれば、規模の大きさよりも小さくとも個性的な建物の方が多いのは、それにまつわるエピソードも一緒に想い浮かぶからだろう。クライアントも個性的だった。単なる事業用や投資で建てられた建物は収益性ばかりが優先し面白くも無いのは当然としても、せめて遊びの心を持たせる事が出来た建物にはそれなりの愛着がある。人の金で遊ぶのが建築家の仕事と言われる由縁でもあるが、人々が目にする建築風景が画一的で人間味に欠けるものでは味気ないものである。

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 概してそういうものは冷たい風景になってしまう。そういう風な隣国の独裁政治国の建物風景をニュース画像で観る度に建築的に余裕の無さを感じ、虐げられている国民の呻きを感じてしまう。人々の表情には明るさが無く常に見張られている緊張感が漂っている。逃げ出したくても出来ず、命を掛けて脱出した勇気のある一部の人々の画像を観て我々は成功を喜ぶ程度である。往々にして我々は海外のそういった風景には敏感だが、国内の貧相な街の風景には意外と鈍感であり観て観ない振りをしてしまう。長年観慣れて来て慣れっ子になってしまって何も感じなくなってしまっている事もある。だから欧米の地方都市のまるでメルヘンチックな街の風景を観て、その落差に愕然とするのである。それは国民性にも依るが、行政のレベルの低さにも起因する。規制する基準の曖昧さが風景をぶち壊すのである。

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 ところが景観保全の基準となるものは案外簡単なものである。地元で産する材料で建築された状態の集大成がその土地の建築文化であり景観と成るだけの話だからだ。それなのに自由だとか個人の権利だとか本来の民主主義を理解しないまま戦後の間違った自由さが民主主義だと履き違えた市民や行政が、好き勝手な材料で建築して来たのだ。街は、60年も経てば景観も美観も目茶苦茶に成って行くのは当たり前である。歴史的古都保存法に護られた地区だけがポッカリと歴史の標本の様に残っているだけである。我々の日常生活の景観は別世界と割り切っている行政は無責任にも規制区域を設定せず、都市全体を総花的に一般論として景観を謳うだけだから基準があっても無いのと同じである。海外の美しい町並みは帝政ローマの影響が濃厚だが、人々の景観保全意識が高かったが故に残されているのである。

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 それだけに規制されるのは当然とする空気が其処にはある。戦後日本の様に自由だと言う考え方は反逆者の考え方とされるのだ。我々は歴史の上に立って生きている。それなのにそれをぶち壊す事が進歩だと考える短絡思想は危ういだけでしか無い。新しい景観は簡単に造れるが、古くからの景観は余程しっかり護らないと直ぐに壊れてしまう。美しい景観は常に意識して管理していないと野放図なものに成ってしまう。農耕地の美しい棚田も休耕地になってしまえば雑草の生え放題で見る影もなくなってしまう。元々そこにあった風景を人間の手で変えた場合、少しでも放置しておくと元の状態に戻そうとするのが自然の力である。その自然の力を上手く利用しながら土地に合った景観を作り出せば、人工的とは言え自然の風景に溶け込んだ景観が具現化される。それが我々の文化であった訳なのである。

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 それなら自然のままで良いのではないかという意見も昔からあるのは事実である。アンリ・ルソーが「自然に帰れ」と言ったのは人間の行きすぎた社会に警鐘を鳴らしたのであって、ロビンソン・クルーソーやターザンの様に大自然の中で暮らせと言ったのでは無い。自然の治癒力や地球的規模の動きを頭に置きながら、その中で敬虔に生きよという事であった。世界一の速さで演算をする人間の能力を遥かに超えた「京(けい)」という日本の大型コンピュータが開発され自然災害の予知や防御に役立たせようとするのも地球的規模の動きを迅速に捉え判断するツールに過ぎない。それを応用するのは人間の判断力だからである。科学技術は日進月歩で進歩するが、その分、人間の本能とも言える潜在能力は落ちて行く。落ちても不自由しない為のカバーである事を忘れ、機械に振り廻されるナンセンスはSFの世界だけで充分である。(つづく)

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