ココ の ブログ

グーグル・アース(1)



グーグル・アース(1)

 グーグル・アースを観ていて何時も想うことは、ヨーロパ各国の都市や田舎町の風景が実に整然としていて美しいということだ。それに引き替え、アジアやアフリカは街並みが雑然としていて決して美しいとは言い難い。中でも日本はまだ綺麗な方だが、新興国と言われる国々は余裕がないせいか都市計画がまるでなっていない。それは自然発生的に人々が集まって出来ただけの町並み形態が今も尚そのまま残っているせいだろう。それに引き替え、ヨーロッパは何処も規格化されたようにまとまっている。その理由を考えると、自分達はローマ人の末裔だという歴史と自負がそうさせている風に想える。パックス・ロマーナ(ローマ帝国の世界平和支配)思想がそうさせたのだろう。

ファサード(14)
かつて設計した軽井沢の別荘ー1(現在はレストランとして営業している)。

 つまり、地中海から始まって、沿岸国の殆どと中央ヨーロッパがローマ帝国一色になった時期のせいで今も尚、都市計画はそれがベースになっているからだ。そのせいで、パリもマドリードもロンドンも全部似たような街並みである。一方、日本もそういう意味では何処も似たような街並みであった。その理由は、徳川幕府とその鎖国政策で全国的に統一された武家諸法度のような法律で、日本の社会(武家支配社会)はこうあらねばならないと支配してきたからであろう。そう言えば中国も長い自国の歴史文化で何処の町並みも似た構造になっていて、北京(昔の長安)が政治経済の中心であったことで日本もその真似をしたのは歴史の語るところで、戦国時代以降は日本独自の社会構造となって行ったのだった。

ファサード(13)
軽井沢の別荘ー2(日中の風景)。

 例えば江戸(今の東京の一部分)は、江戸城を中心とした町づくりとして大阪を手本にして真似たものであった。尤も、海が西ではなく東にあったために180度反対の言わば裏返しの計画となった。更には関東平野には山らしきものが無かったから京都の比叡山のような鬼門(北東)の守り神とする代わりに遠く筑波山を選ばざるを得なくなり、それでは実用的ではないとして180度回転させ、江戸城の南西に守り神として芝増上寺を設けた。だから江戸城の十二支も180度回転させ、南西の未申(ひつじさる)の方向に丑寅(うしとら)を持って来て、その土地の呼び名を虎の門としたのだ。つまり、表鬼門が裏鬼門の位置に来たのだが、鬼門返しとしては同じ意味であろうという訳である。

芝増上寺(1)
芝増上寺(1)。江戸の鬼門返しに江戸城の南西方向を丑寅(うしとら)とした。

 パックス・ロマーナにせよ、江戸幕府にせよ、更には現代のパックス・アメリカーナにせよ、人間は想い込みと恐怖から来る迷信的思想に凝り固まるものらしい。世界平和と言いながら陰では目を覆いたくなるような悪事を平気でやる人間は、いづれ自分がしっぺ返しを受けるかも知れないという恐怖心で尚悪事を行う。例えば、イスラエルがそうだ。パレスチナ国家建設反対の為に、ガザで現在でも大量殺戮を平気で行っている。世界のマスコミをシャット・アウトしてやっているから尚程度が悪い。海外からのガザへのボランティア援助物資運搬船をも拿捕し、民間人数十名を殺戮までしてしまった。それが余りも酷いので世界はイスラエル国家そのものの存在を否定しようとして国連決議までされている。

芝増上寺(2)
芝増上寺(2)。この少し江戸城寄りに丑寅(うしとら)とするために、わざわざ虎の門という地名を付けた。

 先の大戦でヨーヨパのユダヤ人がナチによって大量殺りくが行われ、戦後、その反省からイスラエル国家が英国の肝いりで出来たのだが、今では逆に、ユダヤ人がナチ化してしまった。人間という生き物は何と愚かなものかと憤るだけでは済まない現象である。「アンネの日記」や「シンドラーのリスト」や「戦場のピアニスト」という映画で我々は涙した筈だ。それはナチが憎く、ユダヤが可哀想だからという単純なものではなく、人間の愚かさと反省の意味から涙したのだ。それが当事者でありながら一部の権力者と世界的金貸しのせいで意味も分からず殺人者に成り下がっているイスラエル兵士も哀れな反面、それを観てイスラエル国民も喝采拍手しているのだから、こんな国は地球上から抹殺されても仕方がない。

竜安寺石庭
竜安寺石庭。

 ボクはグーグル・アースを観ていて何時も想うのは、こんなに地球にしがみついている人間は一体何を残そうとしているのだろうか、建物や領土にこだわって一体何が楽しいのだろうか、ということである。建築家として自分の作品をグーグル・アースで観て廻って現在どうなっているのだろうかと拡大して行くと、確かにかつての足跡があるものの、それは単なる物ではないか、あの時の意気込みや想いは既に追いやられ、後を引き継いだ人間に現在は運営されている単なる物に過ぎないということを知るだけなのだ。だからと言って別に寂しい訳でもないが、昔よく行った竜安寺の石庭を観るにつけ「吾、只、足るを知る」というつくばいの表面の文字を思い出し「人間とは、そういうものなのだ」と想うだけである。(つづく)

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