諦観（１）
最近、年齢的な事を考える事が多く、自分の才能や可能性についてとか世の中への願望が若い頃とは違って希薄になっている事に気が付く。それは無限の可能性を信じて居た青臭い頃は別にしても、分別が付く年頃になって青雲の志を抱いた頃の自分への誓いが約束不履行の手形の様に終わるのではないかという一種の挫折感とでも言おうか不安がよぎる事で分かる。その頃に気の合った男が居て、彼とよく祇園を飲み回り、将来の夢を語り合ったものだった。彼の場合は秀才だったから大学院時代に博士号を取って将来は教授になるのが一つの目標だった。ところがライバルにその座を奪われ、地方大学の教授に成るぐらいなら大企業のサラリーマンに成った方が自分の好きな研究が出来るからと半分已むを得ず大企業の主任研究員になったのだった。
彼が主任研究員に成る直前、彼のかつての学友の従姉妹をボクに紹介してくれ、縁あってボクの妻になった訳だが、彼もボクの結婚直後に見会い結婚をし、お互いが夫々の結婚式に出席したのだった。ボクは自分の結婚披露宴で出席してくれた客への感謝の積りでクラシック・ギター曲とフラメンコ曲を演奏したのだったが、それを聴いた彼は自分の結婚披露宴でも演奏してくれと頼んだので快く演奏したのだった。彼の披露宴は同じ規模のシティー・ホテルではあったが、ボクの場合よりも来客数は四倍もの人数で大々的なものだった。それは新婦の父親が経済界の役員幹事をやる程だったから娘の為にも派手にやりたかったのだろう。晴れがましくも会場の照明を落とし、眩しいスポット・ライトの中でボクは演奏をしたのだった。
お互いの結婚披露宴は好評だった。規模も違えば、来賓の所属する世界も違い、増して友人や同窓生は新郎新婦の出身校が違うだけに共通の友人は少なかったものの両方の披露宴に出席した友人の評価は概ね良かった。退屈な通り一遍の祝辞や挨拶はあったが、それも儀式の内と想えばそれらを除外してみれば自分でも納得のいくものだった。尤も、披露宴の事なぞ問題では無く、二人が将来を語った通りの事が、夫々のその後の人生でどう生かされ実現して行くかの方が問題だった。ところが、我々は結婚を機に付き合いは途絶えてしまった。お互いの情報は親戚や知人から充分過ぎるぐらい入っては来るのだったが、個人的な付き合いは疎遠になる一方で、結婚当初に一度ばかり会った切りで、やがて没交渉になってしまった。
お互い３０歳で結婚し、６８歳になった今までの３８年間、一度も会わずに来た訳だ。何となくそうなってしまったとしか言いようが無いが、別に喧嘩した訳でも無く、夫々の生活や家庭にのめり込んで行ったに過ぎない。やがて、彼にも子供が出来、その後、二人目が出来たという情報が入っても別段変わりのない生活が続き、１０年ほどして彼が離婚して上の子を引きとったという情報が入ったり、お互いの両親が亡くなっても葬式に参列するでもなし、今後も会う事もないだろう。彼は多分、定年退職をして今では家業の酒屋をそのまま引き継いで店を見ているのだろう。だからお互いの将来の夢が果たせたのかどうかは分からないのだが、ボクと違う点は離婚をした事で、下の子とどういう風に付き合って居るのか少しばかり気にかかる程度だ。
ボクと彼との共通の友人も相当高齢になり、今では亡くなったのかどうかも情報が入らないので分からないが、多分、亡くなれば何処かから連絡はあるだろう。世間は狭いのだ。そのくせ青春時代の飲み友達との関係が希薄な交遊関係になってしまう事は往々にしてある。しかし、語り合った夢は各々の胸の中で生き続けているだろうから、自分自身との自問自答でしか成果は分からないのだ。その夢が仮に経済面（金）であったり社会的地位であったり権力であったりするにしても、どういう形で具現化するかは本人にも分からないもので、それこそ神のみぞ知る世界なのである。世間に知られるには政治の世界か、経済の界か、文化・学術の世界かなど様々あろうが、一般にはマスコミに乗る程度の知名度だろう。
そういう意味ではお互い間接的ではあるが何等かの実績として洩れ伝わっている。しかし、ボクと彼とが結論的に達した最終目標は世界的な経済の問題であったから、所詮は世界経済の末端で揺れ動く葦のような存在でしか無いのだ。あの世界的投資家と言われたジョージ・ソロスでさえロスチャイルド一派の使用人に過ぎないのだと知れば何をか言わん也である。つまり、日本人がどのように逆立ちしても追いつけない世界的システムが其処にはあって、我々はその下で動かされているに過ぎないという事である。それを知らなかった若い頃は夢があり、大いに未来を語れたものだった。知らぬが仏とはよく言ったものだ。ドルが崩壊しつつある今、ユーロ潰しに躍起になっている米英覇権主義者は先ず株価を操作し暴落させドルを守ろうとしている。が、早晩それも破綻するのは目に見えている。（つづく）
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