ココ の ブログ

小説「猫と女と」(6)

小説「猫と女と」(6)



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 ココは相変わらず庭を走り回っては狩りの獲物を探している。飼い始めて七年になる大人に成った猫は人間で言えば四十前後に成るのだろう。油の乗りきった女盛りだ。それとは逆にデザイン事務所の女は既に峠を越している。それなのに今でも私との関係が続いているのは彼女の献身さにもあるのだろうが、離婚して独身生活を長年続けているのもある。所帯やつれを感じさせずファッションも派手目で若く見せる生活がどのようなものか大よそ想像がつくが、多分、家事なぞ殆どしないのだろう。三十近い娘と母親二人の生活なぞ考えたくもない。そういう風にしか観ていない私に「舞子がねえ、なかなか結婚してくれないのヨ」と女が愚痴る。私に相談すれば何とか成るとでも想っているのだろうか。愚痴と言うより逆に可愛くて何時までも傍に置いておきたい感じもし、その表情は、娘の親と言うよりも女盛りが二人同棲している感じさえする。婚期を逸しそうな娘が親元に平気な顔で堂々と棲んでいる図なぞ絵にもならないと私は想ってしまう。



 それは今や社会現象にまで成っていて、中流と言われる殆どの家庭ではそういう娘が無為にゴロゴロ転がっている時代なのだ。それだけに女も母親としての困った顔もしていない。水道の蛇口をひねれば何時でも金が流れ出て来る様な生活環境で育って来た娘は強かな生活力なぞ無く、生活力があり自分をリードしてくれる相手を見付ける事なぞ到底出来そうにないのだ。仮にそういう男が居たとしても既に結婚していたりする。かと言って所帯地味た男なぞには何の魅力も感じず、垢ぬけした遊び人だと付き合うには格好が良いものの結婚相手としては程遠い。自分の親よりも収入の少ない男なぞ結婚相手として考えられず、相思相愛で貧しくとも一緒に成りたいという女なぞ今時珍しい。だからと言って結婚願望が無い訳でも無く、いざと言う時の為や自活せねばならなくなった場合の事を考えて手に職を持たねばと口先では訳知りの様に言うのだ。



 親元で、安穏と気楽に暮らしている娘の殆どは親の生活力に左右され経済面で自立出来ないまま三十近くになって焦り出すのだろう。時代に合わせてサラリーマンに成ったとしても一時の腰掛け的なもので結婚相手を見つける為の場としか考えていない。まさかキャリア・ウーマンに成りたいと本気で考えている訳でもなく、結局の処、男に頼って生きるしか道は無いと半分悟った様な気になっている。だから何時までも親元から抜け出せずに、だらだらと毎日を過ごす羽目に成る。そう考えると女が娘と二人で居るのも已むにやまれぬ事情と考えるべきかも知れない。デザイン事務所の元夫の生活力が今後の女達の方向性を決定する事に成るだろうとも言え、其処に私がひょっこり入り込んでセックス・フレンドとして介在するなぞ、かつての私には考えられなかった事だ。この先何を望んで女と付き合おうとしているのか自分でも分からなくなり堂々巡り的な考えのまま女との関係が八年目に入ろうとしている。



 一方、貰った猫は何の苦労も知らず、我が家に貰われた事で幸せに成ったのかどうかも分からないまま毎日をそれなりに気楽に生きている。「娘が訊くものだから」と女が想い出した様に私に猫の事を訊くのも娘が何の目標も無く怠惰な生活を送っているからに違いない。もしそうなら、そんな人間的に何の魅力も無い娘の事なぞ考えたくもない。それだけに当然ながら娘の事で何か訊かれようとも生返事でしか応えられない私に女は何の違和感も感じないのだろうか。そういう関係に成りつつあり、そろそろ別れる潮時かも知れないと想う事もあるのに、女と時々連絡し合っては惰性で会っている自分が不可解に想える事さえある。一種の老化現象が始まっているのだろうかという不安まで出て来る。そんな私の思惑とは別に「ねえ、誰か良い相手、居ないか知ら?」と、それでも女は娘の相手を探す。「男友達は居るのだろ?」「沢山居るらしいワ。だけど、舞子を女として観ていない様なのヨ」「それでも、そんな中から選んだ方が早いさ」



 「ねえ、それより舞子に一度会ってやってくれない?」「えッ!どうして?」「だって、猫を貰ってくれた建築家で、私の親しいお友達と言ってあるから、一度紹介して欲しいと言われているの」「まあ、機会があれば・・・」と私は半分逃げ腰になってしまう。「じゃ、今度の土曜日どう?時間を作ってヨ」女はその気になって話を畳みかけて来る。結局、優柔不断な態度が女のペースに巻き込まれてしまう羽目に成るのだろうと諦める。惰性半分、好色性半分の気持ちが今日も女をホテルに誘ってしまったのが間違いだった。「じゃあ、土曜日に舞子を連れて来る。必ず来てネ」と女から念を押され「どうしても、か?」と自分でも承諾と取れる間抜けな返事をしてしまってから、まあ会うだけなら良いだろうと自分に言い聞かせた。不倫相手の娘の見合いに協力する気なぞ全く無いが、成り行きに任せれば、ひょっとして瓢箪から駒という事もあり得るかも知れないと考え直す事にした。



 約束の時間にホテルのロビーに行くと女と娘が待っていた。娘の方は今風のファッションで父親に似て長身だった。想像していた娘のイメージが崩れ、以前に女のマンションで観た写真とも違い別人の様に美人だった。ニューヨークの生活で垢ぬけしたのだろうか。取りあえずロビー横のティー・ラウンジで改めて自己紹介を兼ねて父親と一緒に仕事をした事を言った。「え、母から聞いて知っています。父と一緒じゃ大変でしたでしょ?変わった人ですから」自分の父親を批判的に言う。「ニューヨークの生活はどう?良かった?」言ってしまってから、もう七年も前の事を訊いてどうすると自分の愚問を悔やんだ。が、娘はニッコリほほ笑んで「特には・・・近くに伯母も棲んでいますから・・・。それよりもココちゃん元気ですか?」娘は猫の事を訊いた。「元気過ぎるぐらいだヨ。木登りが得意でネ」「会いたいワ!大きく成ったでしょうネ」大きな目で懐かしそうに私の目をジッと見詰める。(つづく)









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