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小説「猫と女と」(10)
小説「猫と女と」(10)
舞子との関係が一種の麻薬の様なものだと気付いた時には、もう離れられない関係にまで成っていた。理性ではいけないいけないと想いながらも、あの禁欲を破る恍惚感に浸れると想うだけで股間が熱っぽくなり、どうしても舞子を抱きたくなってしまう。ところが気持ちとは裏腹に体力が衰え、かつての様には直ぐにはいきり立てず、彼女に入って頑張ろうにも思い通りに行かない。だからそそり立つ迄の間、愛撫に時間を掛け舞子の身体を隅々まで舐め回す事になる。今ではそれは癖になってしまい乳首へのキッスから始まり、乳房の周りを舐め廻す。やがてくびれた下腹部に這いながら降りて行き、舞子特有のフワフワとした茂み地帯に到達する。そして更にその下のしっとりとした薄桃色の貝を優しく舌全体でゆっくりと舐め上げる。すると舞子の身体がよがり始め、愈々私に入れる様にせがむ。そして、辛抱し切れずに舞子は絶頂に達しかける。
それを感じて私も同じ気分に浸り、肉体とは別に心で満足感を味わってしまう。やがて舞子の一つの大きな波のうねりが過ぎ、熟れ切った身体が執拗に私に入る様に求め、自分から迎え入れる態勢になる。ようやく堅く成った一物を私はズンと押し入れ、ゆっくりとピストン運動を始める。そしてお互いに官能の世界に落ちて行く。それは一緒に底なし沼に入り込んで行く気分で、一旦合流した流れは一つの塊のままどんどん沈んで行き、知らない内に我を忘れて夢中で激しく運動を繰り返している。幾度となく押し寄せては引き返す官能の波が来て、やがてそれが去ると暫くは疲れ果て正気に戻れなくなってしまう。暫く経って遠くで舞子の呼ぶ声で私は夢の世界から戻され我にかえる。クタクタになりながら人生で此処まで快感を覚えたのは舞子が初めてだと想い知る。自分では多くの女達を相手にした積りだったのに、骨の髄から快感を感じた事なぞ一度も無かった。
そう言えば何時も覚めて居る訳でも無いのに、是までは自分の行為を天井から観下ろして居る気分だった。女の快楽に浸る表情や肢体のもだえを観たり感じたりするのが常だった。自分こそ肉体の快楽にのめり込みたい筈なのに、どうしても観察者のような気分が詰らなかった。考えれば、世にドンファンと呼ばれる男達が何故多くの女達を相手にせねばならないのか不可解に想えたものだった。しかし、今の私には分かる。と言って私がドンファンでも色男でも無いのは百も承知だ。平凡な建築家が女の事を考えたところで高が知れている。それなのに美意識や五感の喜びは建築の設計と同じく絶対的な美があると想え、心から満足のいく設計が出来た時、この上も無い快感が脳裏を襲うあの喜びに似たものが在ると信じ、仮にもそれに接していたなら満足していた筈だった。つまり是まで出逢った女達には満足出来るものが無かったという事に成る。
それが舞子には備わっている。内に秘めた激しい情熱で男を誑かせるカルメンの様な才能は、特別な女だけが持つ生まれながらの本能とでも言うものだろう。その見掛けだけでは分からない特殊な才能は、情事に夢中になっている時は快楽そのものなのに、一旦事が終わって疲れ果て、自責の念にかられながら空虚な気持になる心の苦しみでやっと気が付くものなのだ。それは我が身を蝕む毒性そのものだ。毒と知りつつ味わう楽しみから抜け出られるかどうか今の私には自信が無い。成る様にしか成らないと半分捨て鉢な気持ちで流れに任せ、舞子に誘われるまま会うだけだ。とは言いながら並行して相変わらず女は舞子と私との関係を知らないまま週末になれば会いたいと電話を掛けてくる。このまま逃げおおせられないのは分かっている。何れ決着をつけねばならないが、それまで何とか時間稼ぎをしてでも先延ばしにしたい。何か良いアイデアでも浮かばないものか。
そういう状態が数カ月続いて、とうとう女からヒステリックな金切り声で求められ、どうしても会わねばならない羽目になってしまった。久しぶりにベッドを共にする女は激しく燃え上がり、盛りの過ぎた身体なのに執拗に何度も求めて来るのだった。「どうした?今日は特に激しいな」私は女の気持ちを知りながら惚けて言ってみた。舞子とは違う激しさがこんな小さな身体からは想像もできない粘りとなって出てくる。釣らされてその内に私も燃え上がり、ふと舞子を抱いている様な気分に成るのが不思議だった。是が親子の体質なのかと内心驚きながらも舞子との違いを探ろうとしてしまう。明らかな違いと言えば見掛けの身体だけなのに、秘められた中身は同じ系統の流れに想え、女の体質総てが舞子に受け継がれている風に想える。「この数カ月、何していたの?」情事が済んで、女はためらいがちに言った。「目茶苦茶に忙しかった。大学の建て替えの設計が来て、毎週静岡へ打合せに行っていたヨ」
「あら、そうだったの?道理で、なかなか捉まらなかった訳ネ。景気の良い話じゃない」女は納得した風だった。「若い頃に設計した校舎と体育館の建て替えだ」「確か、関東の方に沢山仕事をしたと言っていたわネ。・・・ねえねえ、だったら、うちにも設計の仕事ある?」「そうだな、校舎周辺の外構工事があるから、亦、声を掛けてみるヨ」仕事の話が舞い込んで来て女は機嫌が良く成った。「でも、舞子の見合いの事は覚えてくれているでしょうネ?」私は頷いて舞子の近況を敢えて訊いてみた。「相変わらず遊び回っているワ。早く片付いて欲しいものよネ」その言葉が全く私との事に気付いていない風なのが私をホッとさせた。「そう言えば、この頃、舞子の様子が変なのヨ。恋人が出来たみたいな雰囲気なの」思わず振り返り「それじゃあ、見合いなんか勧めても無駄だな」と警戒心と不安の混じった気持ちに成った。(つづく)
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