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今回の行き先に中国・杭州を選んだのに、積極的な理由はなかった。
合格発表があってから、どこでもいいのでどこかに行きたくなって、
今年で切れるマイルがちょうど東アジアに行けるくらいあったので
マイルで取れる席が残っているところにしようと決め、
それほど休みが取れそうなわけでもないから近場がよかった。
半ば消去法的に残ったのが、大連と杭州だったが、
大連は、もう寒いのではないかと思い、杭州にした。
11月23日、関空10時発の予定だった飛行機は、
到着地の霧が濃いために出発が1時間遅れるとのこと。
「西湖のまち」というイメージが膨らんだ。空港と西湖は実際には
かなり離れているので、冷静に考えれば霧と西湖は関係ないんだろうけど。
杭州蕭山国際空港から杭州市内までは、空港リムジンバス(15元)を
使うことにした。市内のどこに停まるのか知らなかったが、
運よく最初に泊まるホテルのすぐ近くが停留所のひとつになっていた。
バスの中はやはり騒がしい。携帯電話で話すときも、周囲への
遠慮はほとんどない。
平海路のホテルの近くに到着してバスを降りると、さっそくホテルの勧誘らしき
おっさんが声をかけてきた。中国人だと思われたらしく中国語で
まくし立てられたが、今のぼくの中国語力では何を話しているのか
まったく分からないので、不本意ながら無視するしかない。
ホテルの部屋は13階で、 窓からは西湖を眺めることができた。
もっとも間に建物が多くて、きれいな眺めというわけではなかったけど。
少し休んでから、西湖まで歩いた。もう夕方になっていた。

夕食はホテルの中華レストランでとることにしたが、
メニューを選ぶのに迷ったり、言葉がなかなか通じなかったりして
ウエイトレスには迷惑をかけた。それでも、存在に気付いてなかった
ショーケースのところまで連れて行ってくれたり、英語の話せる
ウエイトレスを連れてきてくれたり、何かと親切に対応して
くれたけど、デザートのはずの杏仁豆腐を最初に出したのには
苦笑いした。出来てるもんから出してくるなよー。
部屋に戻ってからは、読みかけの村上春樹のエッセイを読み、
その後原稿依頼を受けている合格体験記を書こうと思っていた。
少し前に浅田次郎の「つばさよつばさ」というエッセイで、
一人旅の旅先で、読書をしたり小説の執筆をしたりする様子を読み、
なんだかかっこよく思えてその真似事をしたかった。
しかし本を2,3ページほど読んだところで、いつの間にか寝てしまっていた。
今回の旅行では、よく寝た。毎日10時間以上寝ていた。考えてみれば
この1,2ヶ月は、最後の試験のプレッシャーがあったり、個人的に辛いことが
あったり、合格発表の後はあちこちで飲みが続いたりと、心身疲労気味だった
かもしれない。昼間あちこち歩き回り、夜に酒を飲んで部屋に戻ると、
あとは何を考えることもなく寝付けた。
次の日は、西湖の周辺を歩き回った。正直、断橋のあたりを見ていた
最初の方は、どこにでもあるような風景に思えたが、
中山公園の近くの楼外楼というレストランで杭州の
郷土料理を食べた後あたりから、景色は変わり始めた。





特に船で渡った三潭印月はきれいだった。天気はやや薄曇りで
さわやかな秋の空気。



西湖の南湖畔にある雷峰塔に着いたときには夕方近かった。
西湖の周囲を歩いている、特に若い人たちがよく食べていた
得体の知れない黒いトウモロコシが気になってしかたなかったので、
雷峰塔の下にあった屋台で買って食べてみたけど、
普通に茹でたトウモロコシの方がおいしいと思った。
あれはなんなのだろう。

3日目は、ホテルを移ってから、霊隠寺という寺院に向かった。
今回の旅行ではこのとき初めてタクシーを使った。
中国でタクシーに乗るときは、予め行き先を書いたメモを用意
しておいて、それを運転手に見せることにしている。
そうすると中国人ではない、というか、中国語がしゃべれないと
分かるらしく、最初はお互い無言で乗っている。
途中でこっちから、「どれくらい時間がかかるか?」などと
話しかけると、なんだ、という顔をして運転手も話をしてくる。
その話の8割がたは理解できないけれど、分からない話を
分からないという顔をして、何度も同じことを話してもらっている
うちに、なんとなく雰囲気で言いたいことが分かってくる
(ような気がするだけかもしれないけど)のが不思議だ。
旅先のタクシーの運転手と話をするのは本来好きで、
英語圏でタクシーに乗ったときは乗ってる間中ほとんどずっと
しゃべっている。運転手はその土地に詳しいし、アメリカなんかだと
たいていは他の土地や国から移ってきた人が多いし、こっちも
外国から来ているわけだから、話のねたには事欠かない。
早く中国でもそうなりたいと思う。
霊隠寺に着くと、ガイドと思われるおばちゃんたちがしつこく
付きまとってきてうるさかったが、これまた不本意ながら無視するしか
なかった。
中は観光客でありながらも熱心にお祈りをしている人も多い。
賑わいつつも厳かな雰囲気を保っていた。
ぼくも線香を買って供えてお祈りをした。けっこういろいろなことをお祈りした。




霊隠寺の後は、やはりタクシーで、龍井問茶に向かった。
杭州は、中国最高級の緑茶である龍井茶の産地として有名だが、
静かな山の中で龍井茶を飲ませてくれるのが龍井問茶らしい。
運転手に行き先のメモを見せると、出発してからもしきりに、
お茶を飲んで買うだけの場所だけど、そんなところに行くのか?
らしきことを聞いてきた。
龍井問茶はだいぶ郊外にあるので、タクシーで行ったらそれを
待たせておいて帰りもそれに乗るのがいいようだ。
運転手も多分そのつもりで、帰りはどこに向かうんだ?らしきことを
聞いてきたが、あまりはっきり決めてなかったし、帰りは路線バスに
乗ろうと思っていた。中国で(北京や上海で)地下鉄に乗ったことは
あっても、路線バスに乗ったことはなかったからというそれだけの理由で。
だから帰りは乗らないよと言ったけど、メーターは13元なのに、細かいのが
ちょうどなくてどうしようと思っていたら12元にまけてくれたり、
わざわざタクシーを降りて龍井問茶の入り口まで案内してくれたりと
親切な運転手だったので、少し申し訳なかった。
龍井問茶は落ち着いたいいところだった。
ここは中国や外国の要人なども訪れた由緒あるところのようである。
お茶を飲む部屋の窓から見える庭の景色は絵のようだ。




ところで、ホテルではよく寝た、といいながらも、持って行った村上春樹の
「やがて哀しき外国語」は最後の夜に最後まで読み終えた。
これは10年以上も前に出ている本で、村上春樹がアメリカの
プリンストンに住んでいた時に、アメリカやアメリカ人等について
綴ったエッセイなので、国は違えど外国に行って読んでみると、
一層共感を持てるところが増えたような気がして面白く読めた。
特に本の最後の章は、プリンストンを離れるときの話が書いてある
けれど、これを旅の最後の夜に読むのは図らずもうってつけで、
1人で最後の気分が盛り上がった。思いがけない効果だった。
上海から帰ってきました 2006年09月19日 コメント(2)
上海日記:4日目 2006年09月18日