不思議日記

不思議日記

霊が見えるしくみ?



July 3, 2005 11:04

霊が見えるしくみ?
霊についてそれぞれ言い分かあると思います。私自身霊と思われるものと相対して解ってきたことを少しずつ書いていきたいと思います。

a霊電磁波説
他にも説が色々あります。
まず一般の電磁波と同じようなものと考えます。ただし一般の電波の受信されている範囲外だと思われます。

b.夏に幽霊話?
まず日本では「夏」に幽霊の話が多くなります。たぶんこれにも理由があると思います。
日本独特の気候である高温多湿によるものが関係すると思います。
空気中の水分が多くなることで電磁波説であるなら関係があるかもしれません。

c.場所はトンネル、沼、川?
これも水のある場所です。上記と同じように思われます。

d.何故自博霊?
浮遊霊といわれるものもあるようですが、固定されたものは少し浮遊霊とは違うと思います。
浮遊霊は別途いつか述べたいと思います。自縛霊と呼ばれるものは固定されたものであります。
これば霊とは違う人間の「残留思念」だと思わます。
つまりビデオテープのようにその場に録画されたものだと考えます。
ですから建物に出るものは実際噂が出て建物が取り壊されたあとに出るという話は聞いたことがありません。
たぶん建物に染み付いたものだと思われるからです。
つまり霊能力といわれるものがビデオデッキみたいなものであると考えますとそれがない人には見えないと考えられます。

しかし残留思念と呼ばれるものであっても霊と同じように「ひとつの意思」があるように思われます。

以上のように私の持論ではありますが電磁波説ではないかと思われる理由をあげてみました。
もうひとつイギリスでは「心霊協会」なるものが公の機関としてあります。
イギリスでは幽霊の出る物件が高値で実際に取引されています。イギリスも1年の8割が霧で覆われるという湿度の高い場所です。
いずれにしてもまだ測定不能な周波数帯の電磁波と考えられます。 ひしつ霊=ゼロつまり0であります。ありえない話ですがゼロという周波数帯があるのではないかと思ったりもします。

電磁波説であれば実態が存在しません。つまり物体のように目で見る事は不可能ということです。
霊能力というものはあるきっかけで目覚めたものと考えれば見えない人と見える人がいるのは仕方のないことだと思います。

霊について

さて、次に浮遊霊についてですがその前に霊体構造についてお話します。

まず、人間の肉体と同じ形をした『霊体』があります。
その次に心である魂と呼ばれるものがものとの大きく分けて3層構造になっています。肉体、霊体、魂。

ですから自由に動けるものは霊体だけのものと考えられます。死んだばかりで霊体と魂の二組に分かれます。
つまり人間が死んでしまうとまず霊体と魂だけの存在になるのですが、霊についてaで述べたように「残留思念」である場合もあるというようになります。

また残留思念も二つ分かれており霊体と分離して同じ形になり憎しみを持つだけの霊体になったりします。完全な残留思念の場合霊能者が話しかけても何も反応しないもの、それこそ『画像再生』のようなものです。

霊体が抜けて体重が変化するのではないかという医師がいて実際に記録をとった事があるという話があります。 死の瞬間だいたい20から60グラム減少するそうです。著しく減る場合があるのですがそれらの患者は癌などのかなり重い病気で亡くなる場合がほとんどで90から多い場合140グラムも減る事があるそうです。

この話の中でこの世に未練を残したほど減る量が多いという結果から、普通どおり身体から抜け出るものと、恨みなどを残し恨みの霊と化す者があるのかもしれません。 質量の違いは未練の部分だけが増幅されて出来上がったコピーみたいなものではないでしょうか?

ですから浮遊霊の場合「残留思念」というものが当てはまらないつまり『霊体』であるということです。
ですから話しかけて反応のあるものがそうであるといえます。

知り合いの看護婦さんで見えて対話できる方がいまして、毎夜毎夜ただ毎日決まったコースを歩くだけの男性の霊がいると言っていました。この場合霊体でなく残留思念といえます。

電磁派説というのは霊体の構造がそれに近いものではないかということです。
実際には電磁波の範囲では測定されないのですから。ただ最近霊体が現れると反応する機器があるようです。
何の機器か忘れてしまいましたが。

このように霊体も複数あると思われます。
つまり前々から疑問に思っていた事の答えに近いものでは(自分の中で)ないかと思っています。

つまり人間は転生をしています。そうしたら霊界に先祖はいないわですよね?でも先祖というものがある?
これがわからなかったのです。つまり転生しているのは心である『魂』の部分だけだという事になれば『霊体』として霊界に先祖がいても不思議がない事だと思うのです。
結果このわからなかったものを解決する鍵に電磁波説から解ったようにに思えるのです。

もうひとつ『生霊』と呼ばれるものが写真に写ります。これはどうなんでしょう?生霊ですから本人は死んでませんよね?
だからこれは『思念』であります。そして生きているだけにとても強くいちばん性質が悪いものであります。
このように『幽霊』と呼ばれるものには種類があるという事です。


霊が見えるという事

電磁派説は前文書参照で、とりあえず電波的なものであると考えられます。
人間が持つ波長で、対人でも「この人と合う合わない」の波長に近いと思われます。

しかし霊を見ると言う事は自分が持つ「ビジョン」が大きく係わるように思われます。実際にあった話ですが、四国の四万十でキャンプ中数人が同時に同じものを見ていました。キャンプ中お遍路さんの一行が歩いて来るのが目に見えて、誰もが目撃したのと四国であると言う事で誰も気にしませんでした。
ふと気がつくとそのお遍路さんの一行は突然消滅してしまい、誰もが慌てたのですがここでひとつ不思議な事がありました。
全員見ていたのですが、見る人により「お遍路さんの姿」が違うと言う事です。
ある人は現代風のジーンズなんかを穿いていたり、もうひとりはわらじまで履いた昔ながらのお遍路さん、傘とハッピだけだったなど見る人により「姿」が違うと言う事です。

これを紐解くと全員お遍路さんを見たことには間違いなかったようで、不思議なことに姿が違うと言う事はたぶん見た人個人が知っている「お遍路さん」の姿を見たようです。
これを考えると霊の目撃などで微妙に違ったりするのは、個人の持つ「フィルター」を通して、霊を目撃するのだと思います。

これはまた霊というものが「目で見える」だけではない事を教えてくれています。つまり人間には何らかの電波を受信して、頭の中で画像に変換していると考えられます。デレビでいう「チューナー」であると考えられます。このチューナーが『霊視能力』であり、このチューナーをうまく自分で変調してチャンネルを操作してそれぞれの霊のチャンネルにあわせて見えてしまうのだと思います。

それぞれのフィルターというものは個人個人が強い霊に対する思い込みとかが大きく関係するようです。怖いと思えば女性の霊でもおどろおどろした怖いものに見えたりまったく普通に見えたりするようです。
これは『神』というものを見る時にも同じ事が言えます。
自分がイメージする姿で見えるようであります。例えば観音様が夢枕でも現れたら観音様のイメージが仏像の姿が強い人は仏像の姿であり、光の姿であったりするようです。

つまり各国の宗教の思想の違いもこの辺と少し関係するかもしれませんね。いずれにしても強い偏りががあると少し違って見えるようであります。

霊能力等を鍛える事は可能ですが、人によって特性があるので第三の目を鍛えたとしても、必ずしも開くとは限らないと思います。どういった訳かわかりませんが透視でなく「未来」を予見する力が発動する場合もあります。

鍛える方法として強い霊能者の元で霊視をしているところで同席して波長をあわせる訓練をすると見えるようになります。



霊の見え方
霊の見え方についてですが、大きく分けると霊視は二つに別れるようです。
(1)目で見るように現実で見える
(2)過去や夢を見るような感じでイメージあるいは頭の中の画像として見えるに別れるようです。

(1)で見える場合はかなり正確に見えるようですが、落とし穴もあります。
それは何故かと言うと霊の方も強い霊能者を恐れている場合(悪霊等)、浄化されないために子供の霊に化けたりするからです。
しかしだいたいこの様な見え方をする人は強い霊能力を持っているようです。

(2)で見える場合はだいたい一般的で、「そんな気がする」という程度のもので本人が霊視していると認識していない場合が多いです。これを霊視と認識するとこの何気なく浮かんだイメージを信じて絵にしたり、言葉に出してみる事です。そうするとだんだん不確定なものから、確定的な霊視に移行して行きます。

霊視の能力が全くない人でも、強い霊能者のそばで一時的に浮かんでくる場合があります。これを糸口にすると霊視能力が少しずつ開花して行きます。

このような場合どうして見えるかというと、強い霊能者の波長の影響で引っ張られて同じ波長になってしまうからのようです。

しかしいかにしても最後は「心」です。自分の感覚を信じることが一番大事です!


霊とは?
私は総合的には人間の心が「外に出た」だけだと思うのです。
しかし、霊界とは「想念の世界」であるために、強い想いがあるとそれが霊体化する事があるようです。この例えとして「生霊」です。相手を恨んだりする事で「恨みの念」が霊体として現れるようです。よく心霊写真としてある中で、テレビのブラウン管などに
人の顔が写ったりします。生霊の場合写った顔の色が「肌色」で生きている色をしているということがあげられます。
こういった場合その人に強い思いを寄せる場合によくあるようです。

あと別には事故などで亡くなられる方が「死にたくない!」などの強い意思がその場に残り残留思念となるようです。この残留思念はわかりやすくいえば、霊体のコピーです。しかし「家に帰りたい」とか「子供が心配」などの強い想いだけであり、ただひたすら
同じ目標に対して行動している霊だともいえます。

この場合よく事故現場などで「自博霊」と呼ばれていますが、これは単にその現場で亡くなられて、その「場所」に残留思念が残って記録されたと考えられます。つまりビデオのようにその場所に「録画」されたと言ってよいでしょう。例外にその場所に
残ることなく「浮遊霊」となる場合もあるようです。

残留思念である証拠はよく「幽霊が出る部屋・建物」などがとり壊されると霊の目撃はなくなるのは、これはやはりその建物に「記録」されているからであるようです。

一般的にこの霊体と残留思念が複数あるようです。この見分け方は霊体の場合はかなり「存在感」があります。生きている人間がその場所にいる感覚で、かなりリアルでただ姿が見えないだけです。
残留思念の場合その想いの強さによりかなり違います。強いほど上記の霊体のような存在感があったりします。

ただし近年霊を信じない、霊界はない、死後の世界なんてないという人が多くて迷っている人がとても多いようです。霊体も残留思念もいわゆる『理解』することで浄化(成仏)されるので、基本的には同じといえます。



補足・霊視で思うこと

よく霊能者が霊視をして『蛇の霊がついている!』っていうのがありますがあれは・・・間違いです。基本的に動物が人間につくことはなかなかありません。

この蛇というのは人間の持っている感覚では『蛇』=『恨み』みたいなものでしょう蛇は殺しても心臓が動いているので、執念深いというイメージだからだと考えられます。
つまり蛇でなく、人に恨まれていると解釈したほうが正しいです。

つまりその人の持つイメージが優先されるのでやはりひとりの霊能者だけに聞くよりも複数の霊能者に聞いて同じものを吟味した方がいいと思います。



© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: