全9件 (9件中 1-9件目)
1
私は髪や肌の手入れをしない。せいぜい床屋に行ったときにクリームやらトニックやらを付けてもらうぐらいで自主的には何もしない。冬場に手ががさつくとメンソレーラムを塗る程度で、髪の毛には一向にお構い無しだ。それでも母親はありがたいもので、「少しは何か付けなきゃだめよ・・・・」そう言って洗面所に育毛トニックを買って置いてくれる。今更白い頭が黒くなるわけではないし、そう思いながらも小洒落た容器のトニックをたまには風呂上りに付けていた。その小洒落たトニックが無くなってしばらくたつが、次に控えているのが我が家には懐かしい「YOHMO TONIC」なる代物だ。親父は亡くなるまでこいつを愛用していた。実のところ愛用かどうかは不明だが確実に日々頭に降り掛けていたことは事実だ。ローマ字の読めない私が幼少の頃から親父は使っていた。「養毛トニック」かと思いきや「ヨゥモトニック」と裏ラベルには書かれている。したがって子供の頃の私の発音は「ヨゥモト・ニック」だった。トニックなんて言葉も知らないのだからお構い無しであり、今でも気持ちの中ではヨゥモト・ニックなのだ。そしてこれが結構臭い代物であることも私は知っている。知っていて何ヶ月も洗面所にほったらかしにしていたのだが、秋になり犬のように毛が生え変わるのか結構私の頭髪も抜け出した。危機感などを覚えたわけではないが、「折角だから使ってやろうか・・・・」そう思い本日頭を洗ってから降り掛けてみた。一瞬にしてニックの匂いが広がる。今更もてようなどとは思っていないが「これで電車に乗ったら隣に座ったオネーサンに嫌な顔されるよな・・・・」「女子高生だったら、ダッセーよオジン、なんてモロ言われるよな」なんて思ってしまった。すでに3時間も経っているのに一向にこの匂いは治まらない。治まるわけはないのだ。親父は24時間365日この匂いをさせていたのだから。親戚からは声がそっくりだと言われ、電話ではよく親父と間違えられた。人間としての中身はいくら頑張っても親父のようにはなれないが、せめて頭の匂いは真似てみるのも悪くはないような気がしたりしている。
2003.09.30
コメント(0)
幸い私たちには大きな被害も無く台風は東京湾をかすめていった。何度も直撃を受けられた南の方には申し訳ないが、何年も大きな台風には出会っていない。子供の頃は木の雨戸が飛ばされたりしたが、今思えば仕方の無いことだった。レールも滑車もない木製の雨戸。滑るようにと始終ロウを塗っていたが磨り減ってガタガタ状態なのだから・・・・・。瓦は飛ばされ雨漏れがする。隙間風が入り込み、ガラス戸が鳴る。そんな造りだった。今はボタンを押していればスチール製のシャッター雨戸が勝手に上下してくれる。窓もアルミサッシであり瓦も耐久性に富んだものになった。防衛機能も機密性も格段の進歩を遂げたおかげで、少々の台風でも大きいと感じなくなったのかもしれない。「地震・雷・火事・親父」と来て続けるとすれば「台風」だろう。地震・雷・台風どれも自然災害だが、科学が進歩してもいずれも防げない。せいぜい出来たことはシャッターとアルミサッシぐらいなものだが、大自然の猛威に完全と逆らっては悪影響もあるだろうからこのあたりで折り合いをつけるのが最良かもしれない。一方で近年は物騒な殺人が激増している。人の心を持たない所業には地震や台風以上の恐怖を感じる。全てを学校教育の責任にはしないが、時代の変化に伴っての適切な教育改革がなされていないことは事実だ。ゆとりの教育も結構だが、今こそ本当に心の教育に取組まなければ凶悪犯罪は増加の一歩をたどるだけだ。画一的教育はいけない。心の教育も皆同じではいけない。全ての子供が違った心と体を持ってあたりまえだ。将来どのような枝をつけようが花を咲かせようが、心の幹だけはしっかりした人であるような教育を望んでやまない。二日間降りっぱなしの雨に首をたれていたコスモスも今朝は元気を取り戻し、颯爽と花をなびかせている。雨がやんだので墓参りに行ってきた。立ち込める線香の匂いと彼岸花。昔からずっと変わらない風景と人の心があった。少なくとも先祖に感謝する気持ちぐらいは受け継いでもらいたい。余談:独り言NHK「神秘の光・オーロラ(9/20放送)」を見てオーロラは確かに神秘的であり綺麗だ。昭和基地の方々もご苦労様だ。しかし、今オーロラの解明をしたところでなんの役に立つのだろうか? 何十機も観測ロケットを打ち上げてそれ自体は自然破壊にはつながらないのだろうか? 一体いくらの国費が使われているかは知らないが、半端な額ではないだろう。その分を教育に使いなさいよ。NHK「アーカイブスSP・ドラマ十九歳(9/20・21放送)」を見て織田裕二の若いこと・・・・・あたりまえ・・・1989年放送・・・・親・子供・教師・仲間・大人・動物、それぞれの立場と言い分、考え方と行動。三浦友和も西郷輝彦も佐藤慶も橋爪功も・・・・皆さん熱演だった。心の葛藤と愛がメインテーマなのだが、あえて今NHKが学校ものを再放送した理由は何なのだろ? 単にリクエストがあったからだろうか? 国営ではありながらもマスコミには違いないのだから、現代教育のあり方にもっともっと警鐘をならせよ、どうせやるのなら。知識だけの教育コンテンツ番組は多いが、何をどうして行けばよいのか、どうするべきなのかまで掘り下げてみてよ。ジャーナリズムには反するかもしれないけどさ。
2003.09.22
コメント(0)
体力快復のためにジョギングとやらを始めて3ヶ月。ほんの少し心肺機能は向上したが今度は膝がついていかない。靴の性能は格段の飛躍を遂げたのだが、それでもアスファルトの上は足に良くはないのだろう。早めに歩いて1時間の距離を30分から40分かけて歩いてくるが、毎日ペースは違う。短いダッシュを繰り返す日もあれば、全く走らずに1時間かけて歩きっぱなしの日もある。アップダウンの多いコースだから登りを走って下りを歩く日もあるし逆の場合もある。もっと心臓をいじめてみようと試みるのだが、その前に膝が言うことを聞かなくなる。なんとも寂しい限りだ。何十年ぶりかでダッシュをした時に「俺ってこんなに遅かったっけ?」と自分が別物に感じた。もっと腕を振って足を上げて、と世界陸上の走りを想像しながら何度もトライしている。たまには3段跳びも真似てみるがこれこそ膝に悪い。体中の筋肉が衰退しているから膝にも腰にももろに骨に影響してくるのだろう。背筋や腹筋も鍛えなければならないことは承知しているのだが、なまくらな私には大いなる課題となっている。コースは基本的に同じで、時計を持たない私のためのチェックポイントがいくつかある。公園や肉屋・八百屋といった店の時計を覗き見て、ラップを調整しながら基本コースの縦横に若干距離を増やしたりもするが減らすことはしない。ガソリンスタンドの値段の違いも覚えたが、必ずしも安い方が流行っているとは限らない。うどんやの前を通るときに匂ってくる出汁の香りが違うこともある。「お酒とおいしい肴」がうたい文句の1度は寄って見たい店もある。座り心地のよさそうな椅子に白いカバーがかけられているカウンターだけの店だ。看板には「おいしいラーメン」と書かれているが、いつもお客のいないラーメン屋もある。背の高い高齢のマスターが店先で虚ろげに背伸びをしている姿を度々目にする。要塞のような大邸宅には車が4台は入るであろうガレージがあるが、いつも重厚なシャッターが下りていて中は全く窺えない。ロールスロイスが入っていても不思議ではないが「軽自動車が並んでいたら笑えるな」などとかってに想像している。終盤に蘭を専門とした花屋がある。大切な蘭達は店内だが、表に鉢植えがいくつか置いてある。ブーゲンビリアだったのがある日コスモスになっているのに気づいた。「コスモス植えようよ」と帰ってからお袋に話すと、「あたしが明日かって来るわよ。その代わりあんた植えなさいよ。」と言うことで昨晩植木屋がコスモスを運んできた。【コスモス】そして今朝私は苦労をして植えた。
2003.09.20
コメント(1)

2003.9.18 23:24pmこの間満月だったのにもうこんなになっちゃいました。それでも薄雲の向こうに綺麗に見えてます。タバコを吸っていても虫の声はまだですが、激しい夕立があってもしつこくしがみついている空蝉もありますが、柿の実はまだ緑色ですが、空気のにおいは着実に秋の気配です。ススキやコスモスが似合う季節です。なぜかセンチになったりもします。cmではありません。でも、mm単位ではなくcm単位で秋に向かっています。秋の夜長を楽しむ術を見つけることにするとしましょう。おやすみなさい
2003.09.18
コメント(0)
昨日つまらない日記を書いたものだから、お付き合いをしている女性より「自身を誤魔化して私の相手をしてくれているのかしら。考えてしまったわ」とのメールを頂戴した。書いている時に既に予期していたことではあるが・・・・・彼女は私のために「お腹冷やしちゃいけないよ」と腹巻を買ってくれたり、遍路に行きたいと思っていると言えば「バイブルらしいよ」と言って書店では扱わない書籍を探してきてくれる。私は会った時に代金を渡すが彼女には不満らしい。「私は貴方のために何が出来るのだろうか」と彼女は言う。私は、こんな私の為に何かをしてくれようとする彼女の気持ちだけで充分ありがたい。「一緒に食事をしてお酒を飲んで、そして話しが出来ればそれでいい」と私は彼女に言った。そこには私の我慢や誤魔化しは存在しない。話していることや外見は真実だが私は彼女に内緒にしていることもある。彼女に対してだけではなく親兄弟に対しても内緒にしていることもある。それはそれで仕方の無いことだと思っている。話さないことが相手にとっても、もちろん自分にとっても良い場合もあるからだ。2ヶ月ほど前に知人より借金の申し入れがあった。チョットした大金だが、その時彼女は事情を充分理解した上で「貸さないで下さいね」と私に厳しく言った。無くなった親父からも「お金の貸し借りはするな」と私は言われている。それでも私は貸す決心をし、貸した。それは、私と依頼人との関係であり親兄弟や恋人の立ち入る領域ではないことと心に蓋をした。自分自身に言い訳をし、自分を騙すのに苦労をした。私の気持ちと立場を理解している彼女に、あの時「僕は貸すよ」と言っていたらある意味での苦痛を共有しなければならなかったはずだ。だからと言って年がら年中自分との騙しあいをしていては健康に悪い。会社を辞職した理由の一つもここにある。仕事が嫌いだったわけでも人間関係が悪かったわけでもないが、自分の心と折り合いが付かなくなったから辞めた。人と人との付き合いは本当に難しいが、それぞれの人格を尊重し踏み込んではならない境界線を意識しながらも、彼女のように「私には何が出来るか」を考え行動できれば最良の付き合いが出来ると信じている。追伸:貸した現金は本日返済いただきました。「黙っていてごめんなさい」
2003.09.17
コメント(0)

平成15年9月14日撮影晴天に恵まれて秋祭りがあった。私も子供の頃は神輿をかつぎ縁日の露店に入り浸っていた。ヨーヨー釣りの天才で持ちきれないほど取ったものだ。当時は今と違って針が落ちるまで釣れただけのヨーヨーを持たせてくれた。金魚釣りにしても紙が切れて使い物にならなくなるまで取れただけ金魚をもらえた。ヨーヨーの原価など本当に安いものなのだから、今だって取り放題にしても良いと思っているが難しいのだろうか。金魚の原価も安いのだが、輸送に手間がかかるし生き物だけに無理は言えない。物心付いてからは傍観者に徹しているが、氏神様へはお参りに行って来た。帰りにお神酒ならぬアルコールを飲みほろ酔い加減で帰宅した。ダイニングに座りニュースを見ながら酔い足しの焼酎をやっていると、お袋が話し出した。孫を町内の子供神輿に送ってきたらしい。私の時代もおにぎりやお菓子、銭湯の入浴券などを貰ったのだが、今もおにぎりは健在らしい。「こーんな大きいおにぎりくれるのよ・・・・こーんな大きいの・・・・」又してもお袋の、こーんなが出た。「こーんな大きいの貰っても私は食べられないわよ・・・・握ったのかしらね? 型に入れたのかしらね?・・・・」立て続けに話すお袋。ニュースを聞いている私にはどうでもいい話だ。「私は食べきれないって言ったって、神輿をかつぐ子供が食べるのだから考え方が違うでしょ。育ち盛りの子供と70を過ぎた年寄りとを一緒にするのは間違いだよ。」そうは思っても口には出せない。お袋の気分を害さない程度に適当に相槌を打ちながら結局ニュースも半分は分からないままだ。以前弟の奥さんが、私と末弟とが仲の良いことを弟が羨んでいると言っていた。おそらく私と末弟とは会う機会が多いから彼女や弟はそう思っているのだろうが大きな間違いだ。親兄弟であれ、夫婦であれ、仕事の上司部下であれ、友達であれ人と人が係わりあう多くの場合には我慢が生じる。皆心のどこかで我慢し譲る気持ちを持ち合わせ、そのバランスが崩れると喧嘩や殺人になったりすることを弟夫婦は理解していない。良いか悪いかはわからないし寂しい気もするが、私も自分を誤魔化す術をすっかり身につけてしまっている昨今今日この頃である。
2003.09.16
コメント(0)
阪神タイガースがシーズン優勝を決めた。18年も優勝できなかったことが嘘のような今年の戦いぶりだった。三原さんが言った「アマチュアは和して勝つ。プロは勝って和す。」その言葉をひっくり返す試合ぶりだったと思う。選手一人一人が個人商店であり年俸をアップするために働くのがプロだが、彼らは自分の責任や活躍と同時にチームが一丸となる意気込みを日々見せてくれた。技術においては互いに刺激しあいながらも、優勝に向けての執念を共有し見事に果たしたシーズンだった。それにひきかえ、野球ファンとして残念なのは巨人の体たらくだ。昨年の優勝チームとはまるで思えない戦いぶり。スター選手があれだけいて勝てないのは気の緩み・油断・甘え以外のなにものでもない。5ヶ月間に一度たりとも阪神の首位を奪えなかった巨人のおかげで、今年のセントラルのシーズンはつまらないものだった。ぶっち切りの独走を指をくわえて見ていた巨人の責任は重い。戦いの場に“愛”などとスローガンにする指揮者が大間違いだ。投手も野手もバッターも全員が“愛”ならぬ“曖昧”とした態度でプレーをしては観客・視聴者に失礼だ。エラーと怪我人の山積はもはやプロ野球ではない。大相撲が不人気なように、来年巨人が同じようならばいくらタイガースばかりが頑張ってもセリーグだって人気も下降するだろう。そうはならないことを期待し、来年こそは白熱した伝統の阪神VS巨人戦を多数見られることを願っている。例年ならば9月15日・今日が地元の秋祭りの日なのだが、今年は昨日だった。神輿が出て、山車が出て、縁日が出てそれなりに人出もあり賑やかだった。祭りの後の寂しさを阪神タイガースの優勝が一夜開けた今夜もお祭り気分にしてくれたことに感謝しよう
2003.09.15
コメント(0)
今日はおそらく全国で秋祭りの日だろう。我が地元でもお神輿や山車が出回る日だ。日々のウォーキングのコースを少々変えて私は地元の氏神八幡様にお参りに行った。不景気のときこそ神社仏閣は繁盛するらしいが、境内は出店で一杯だった。人の流れもそこそこで、子供の頃を思い出しながら歩いた。参拝を済ませてから見かけた警察官のテント。女性1名、男性2名の警察官が座り込んでいる。境内のハズレのテントの中で。表通りにテントを構えろとは言わないが、こんなハズレで涼んでいても良いのだろうかと流し目・・・・。まぁ、私の知ったところではない。いつものコースを外れていたので、思い切りはずしてウォーキングの続き。目的があって少々早めのスタート故暑い暑い。終点近くに近づいてきた交差点での出来事・・・・その小さな信号機付きの交差点が青になるのを確認し私は横断歩道を渡りかけた。2歩踏み出したその時、ドーーンという音がして私の目の前にバイクが横倒しになって押し寄せてきた。なんだなんだ・・・・と言うのが私の第一印象。右横には黄色いタクシー。2歩踏み出すと道路に倒れたオジサンと散らばった荷物。冷静にあたりを見回すがどうしてこのタクシーとバイクが正面衝突したのかはわからない。おそらく20秒は経過しているのに周りにいる人たちは遠巻きのままで、誰一人電話などしていない。私はウォーキングの最中で携帯を持っていない。それでも、隣は一応病院であり、それを知らなくても誰かが電話をするに違いないと思い、私は交差点のど真ん中に寝転がっているオジサンに声をかけた。「おっさん、大丈夫か・・・」何とか意識はある。起き上がろうとするオジサンを助けながら道の脇までバイクと荷物を引っ張ってくる。だいぶよたってはいるがバイクの破損が大きいので人体への影響はそれほどないと私は判断した。隣の病院の看護婦さんも出てきていたのを確認して私は足早に現場を後にした。それにしても、人は冷たい。周りにあれだけの通行人がいながら、誰一人駆け寄らない。救助も交通整理も電話も何もしない。都会だけの冷たさだろうか。バイクも荷物も私一人で引きずった。背広を着ていたら私はどうしただろうかと後で考えた。短パンにTシャツだから出来たことかと考えた。それにしてもホントに冷たいよ、お前らと一緒の地に住んでいたくないよと思った。あとほんの数秒、私が早かったら確実に足の骨折ぐらいはしていただろう。八幡様のご利益に違いないと思い、帰り道でお神酒を浴びてしまった。明日もお参りに行ってこよう。
2003.09.13
コメント(0)
ケーブルテレビの工事が来た。やっと私のパソコンもインターネットに繋がるようになった。メールアドレスはホームページで取得するらしい。お腹も空いたし、何か食べてきてからやることにしよう。どうせ寝苦しい夜だから時間はたっぷりある。但し私が酔っ払わないことが前提だ。
2003.09.03
コメント(0)
全9件 (9件中 1-9件目)
1


