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3月29日……世田谷駅近くをちょっとウロウロ… トイレに行きたくなったので寄ってみました。喫茶&スナックだそうです。想像通り近所の常連さんがほとんどで、会話を楽しまれていました。夜はスナックになるのでしょうが、同じような顔ぶれになるんでしょう。 シャルマンブレンド……昔ながらのコーヒーでした。「ごゆっくりどうぞ」とおっしゃてくれましたが、そうそう長居のできない私でした。 和風レストラン やまぐち……シャルマンのはす向かいです。和風レストランのメニューに興味はありましたが、見ずに来ました。今度、必ず確認してきます。 上町天祖神社……広場の中にポツンとあります。以前行ったことがあったので、桜だけ見に寄りました。普段は柵がしてあるので入れませんから、拝むのは省略……ごめんなさい。 世田谷代官屋敷……主屋も表門も保存修理の工事中でした。もう一度見たかったんだけどな~ 今年の10月ぐらいまでお休みのようです。「ちょっとは見なくちゃね~」と、義母に付き添って連れ合いは近所の桜を見に行きました。相反して今日の私はグズグズしています。だめだな~
2019.03.31
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3月8日……青物横丁から新馬場方向の寺社をウロウロした最終回…… 前回第7話の最後にお邪魔した本光寺山門が右……そして、まっすぐ奥にもお寺がありました。 とてもコンパクトなお寺……路地の奥です。 清光寺山門……日蓮宗 境 内……静まり返っていました。 清光寺本堂…… 本堂の扁額……山号は大乗山とのこと…… 古くはないでしょうが、素晴らしい彫刻……逆鱗(げきりん)あるかしら? 左も…… 右も……いいね~ 清光寺境内の隣は本光寺……本光寺の塔頭だったに違いありません。 時宗 海蔵寺参道……一旦 第一京浜に出てから1ブロック南に回り込んだあたりにありました。左の石碑には「江戸時代無縁並首塚」「関東大震災殃者塚」と彫られていました。 海蔵寺山門…… 品川の投込寺(なげこみでら)……数多くの無縁仏を供養してきたそうです。無縁塔群(首塚)っていうのは、どこなのか分かりませんでした。駄目な私です。 海蔵寺境内…… 庫裏から本堂…… 海蔵寺本堂……深広山 無涯院 海蔵寺 本堂の扁額…… 震火大災横死者霊供養…… 京急鉄道轢死者供養……ほんとうに様々な方の供養をなさっています。 境内奥から山門方向……あっさりしているので、1本の松が目を引きました。 宝蔵稲荷神社…… 火防の稲荷……ですって… 誰が置いたのかしら? 天龍寺山門……海蔵寺参道を出て西に50mほど…… 曹洞宗…… 天龍寺境内…… 本 堂……山号は瑞雲山 本堂右は庫裏でしょう… たぶん枝垂れ桜……こじんまりとしていますが、端正なお庭でした。 山門に向かって……失礼しました。 目の前の道を左に行けば大崎西口方面だけど……30年ほど昔は、裏道としてよく通った場所だと思い出しました。 疲れたので大井町駅方向に……勝手に足が向きました。何といっても17のお寺を梯子したので…… 品川銀座……ですって……まったく銀座っぽくないけど… よさげだけどな~ ゼームス坂…… たいした坂じゃないけど……これが結構長かった~ すずらん通り……駅に近づいているみたいで、店数が増えました。 匂いがしたので横丁に入ると……良い風情…… こっちも良い風情……さすがにスナックはまだですが、すでに開店している居酒屋さんもチラホラありました。 店舗脇の通路を抜けると…… またまた……縄のれんがいいですね~ おっちゃん……どこへ飲みに行くのかしら? 大井町駅前……裏の飲み屋街とは別世界。飲んで帰りたい気持ちもありましたが、少々お疲れだったので電車に乗ってしまいました。このところ帰りにバスや電車を使ってしまう私……やっぱり年なんでしょうか? それとも気合が足りないのかしら? 元気があったら、今度は新馬場から北品川の寺社を訪問してみましょう。たぶん10程は残りがあるでしょうから……《オマケ》 田向公園……桜はほとんどないけれど、午前中からお花見してました。焼鳥、焼きそば……いい匂いが漂っていましたがモーニング帰りだったのでパス。それより寒い寒い……風邪ひきませんように…… 今日は「ぽえむ」、ものすごく混んでいました。あやうく座れないところだった。ルーティーン的に「ホットドック」とお願いしたら、「すみません週明けまでないんです」とのこと……「スクランブル」が頭に浮かんだ瞬間に、「イングリッシュ?」とお姉さんに先手を打たれた。昨日のオーダーが記憶にあったのか? そんなわけないね~ 一番多く出るメニューのような気がしますから…… 昨日までの3日間は水と一緒にメニューを持ってきたけど、今朝は手ぶらだった。ちょっとは顔を覚えてくれたのかもしれない。「イングリッシュ?」と聞かれて、素直に「はい」と即答してしまう私でありました。
2019.03.30
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何とか三日連続で西小山「ぽえむ」まで行ってきました。 イングリッシュ・モーニング……毎日野菜を摂って「偉い!」と自画自賛。この店のトマトは美味しい……苦手な連れ合いも食べられると思う。 目玉焼きは嫌いではありませんが、ハムにも熱が入っています。昨日のスクランブルエッグのように、野菜の上に乗っていた加熱していないハムの方が好きみたいな私です。 そうそう、「ドレッシンッグ 和風にしてください」と、常連さんが頼んでいました。私も和風の方が好きだから、今度お願いしてみましょう。「ハムは過熱しないで」って言ったら、やってくれるかもしれませんね。 この店の砂糖……グラニュー糖ではなく、コーヒーシュガーって呼ぶのかしら? が置かれています。氷砂糖にカラメルを入れてあるのでしょうが、溶けるスピードが遅いので飲みながら味変が楽しめます。甘いから入れすぎ注意だけど…… 私は、1/3をストレートで飲んでから砂糖を投入します。最後の1/3はミルクをちょびっと入れて3段階楽しむのですが、コーヒーを運んでくれた時に、シュガーカップの蓋を開けてくれたので、とりあえずスプーンに乗せておきました。 今日は別の席……たまたま目の前のお客さんが帰ったので撮りました。「歩くのはいいですよー」と連れ合いは言いますが「もうちょっと近かったらな~」と私……雨の日は辛いけど、しばらくは通うことでしょう。 田向公園前の道……多くの木が満開、あるいは満開に近づきました。 今日明日は曇り……日曜日は晴れ時々曇りの予報……チラホラと散りだしている木もありますが、もうちょっともってほしいものです。 もっとも、花見などには出かけない私ですが…… 品川宿の寺が残っているのに、今日もこんなのにしちゃいました。明日はちゃんと最終回にしましょう。写真が少ないと、連れ合いが淋しがるので……
2019.03.29
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昨日に続いて、今日も西小山「ぽえむ」まで行ってきました。 スクランブルエッグ・モーニング……ハムと目玉焼きのイングリッシュにしようかと思っていたのだけど、これにしました。7種類の野菜……レタス、サニーレタス、キュウリ、トマト、カイワレ、紫の筋の入った玉ねぎとコーン……とにかくてんこ盛りの野菜ですが、頑張って食べました。「野菜少な目」なんてお客さんの声も聞こえましたが、ちゃんと願いを聞いてくれる店のようです。 先週の金曜日も歯医者の帰りに「コーヒーだけ飲もう」と寄ったのですが、ランチ時だったので満席で断念した私。ランチのオムライスとカレーには以前から興味がありましたが、人気のお店みたいです。今日も、入れ替わり立ち代わりお客さんが来られていました。こんな喫茶店が近くにあったらな~ なんで私の町にはないのかしらね~ 羅刹橋(らせつばし)の桜……ここから碑文谷八幡宮まで楽しめます。反対側は旗の台・昭和大病院まで楽しめます。 清水池公園……ここの桜はさみしかったです。花より釣りとばかり、大勢の方が楽しんでいました。歩いていて汗ばむほどだったので、良い季節になりました。ヒートテックはもう要らない? 邪魔かもしれません。 高い木のてっぺんに居ました。碑文谷公園の桜フェスティバルは今度の日曜日……楽しめることでしょう。 一方、中目黒桜まつりは4月7日のようですが、散ってしまうかもしれませんね。去年は知人と飲み会をやったけど(4月8日)、花は一輪もなく緑の葉っぱばかりでしたっけ。いずれにしても、酔っぱらって事故などないように願っています。
2019.03.28
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故あって、いつもより早起きした今日……「そうだ、桜見ながら西小山の喫茶店に行ってみよう」と、朝からブラブラしてみました。 田向公園脇の道……見ごろはもうちょっとかしら? サレジオ教会脇の道……ずいぶん咲いたけど、ここもまだまだ…… 立会川緑道の定点観測場所……前回(22日)よりだいぶ咲きましたが、枝を切ったせいもあるのでしょう……去年より寂しい…… 咲いている方…… 蕾が多い木……まだまだこれから… 全部こうならないとね~ 小学生の通学が終わるころを見計らって出てきたので、通行人はポツポツでした。お顔のマスキングしなくて済みます。 立会川緑道…… 複雑な枝ぶり……枝切りが下手なんじゃないのかしら? 空は青い…… もう少し陽が高くなれば日陰はなくなるでしょう。 ベンチ……空は青いけれど、座っているにはちょっと寒い…… 満開じゃないけど……今年も桜を見られました。 円融寺阿弥陀堂……モーニングの帰りに寄って手を合わせてきました。現在の本堂で、書院とつながっています。本尊はその名のとおり阿弥陀如来。 残念ながら阿弥陀堂裏の桜はまったくまだまだでした。 阿弥陀堂扁額……以前撮ったか記憶になかったので撮りました。 円融寺釈迦堂……旧本堂……室町初期の建立で、東京都区内最古の木造建築だそうで、国指定重要文化財。入り母屋造りというそうですが、屋根の曲線が美しい。本来は茅葺きだったのを、火災予防上から銅葺きにしたそうです。 釈迦堂扁額…… 幼稚園の桜……この1本だけきれいに咲いていました。 枝垂れ桜?……やはり幼稚園前です。工事の車両や作業の方々がおいででしたが、邪魔をせぬようパチリ…… オオシマザクラは満開でした。 「ぽえむ」のブレンド……久しぶりにお邪魔しました。ドリップですが、一杯ずつ丁寧に淹れてくれます。ちなみに、おかわりは150円というのがありがたいです。まずい店ではおかわりしませんが、今朝は二杯飲んでしまいました。 ホットドック……モーニングの時間帯には訪問したことがなかったのですが、数種類のセットメニューがありました。「クロックムッシュ」なんてのは分からないので、これにしてみましたが野菜がてんこ盛り……7種類の野菜サラダだって。日頃率先して食べない私向きです。ソフトなパンのホットドックは美味しかった。 次回は「イングリッシュ・モーニング」にしてみようかしら? 入店した時はこれらの席は満席でした。常連さんたちが顔を突き合わせておしゃべり……1時間かけて新聞を読んだら、一瞬この状態になりました。ほどんどの方がモーニング……各自お決まりのようでした。 定休日はないとのこと。以前もお見掛けしたことのあるマスターは、今日も気持ちのいい接客をしてくださいました。 もうちょっと近かったら毎日行くんだけどな~
2019.03.27
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何とも不思議な食べ物だけど、たまにはいいかしら?と思ってしまう。ウニそのものよりも、都度何かを変えてくる店主の心意気を楽しんでいるのかもしれない。 ウニを頼んだつもりなのに、マグロが二切れ付いてきた…… この日はイクラが付いてきた…… でもって、初体験の一夜干しウニ……どんなのかと、撮る前に箸をつけてしまった……失敗失敗……この日の脇役は生タラコだった。 普通はミョウバンで表面を固めるか塩水に入れられた生ウニだが、なんと殻から外して並べ、8時間ほど天日で干したウニだって……初体験 凝縮されたウニの風味が濃い濃い……口に残る余韻も長い長い……一粒でお猪口二杯……いったい何合飲んだことやら? 日本酒のあてには最強の一品だと思う。作るのに適した時期があるので、この時限り……また来年口にできたら良いな~ (提供:函館居酒屋ながまる) 今日は自家製焼鳥で晩酌予定の私……玄関周りのドアに5-56吹いてやったし、あとは何をしようかしら?
2019.03.26
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1/3は水に流す。 1/3は大地にもどす。 1/3は敵にくれてやる。 バンコックで聞いた諺(ことわざ) 作家の開高健がタイの知人から教わった「男の収入」をめぐる諺。聞けば、酒を飲む、金を壺(つぼ)に入れ地中に隠す、奥方に渡すという意味らしい。これぞ「万国共通」と作家は膝(ひざ)を叩(たた)く。エッセー集『開口閉口』から。深酒はせず、懐も寒いし、連れ合いを奥方よりパートナーと思う今どきの若者なら、この言葉、どう受けとめるだろう? (朝日新聞・折々のことば1327・2018.12.26) 先日「お願いがあります」と、甥がやってきた……大学を卒業して就職も決まったと聞いていたが、就職に際しての保証人の依頼だった。亡くなった父から禁じられていた三か条の内の一つだが、オヤジが生きていたら孫の為に喜んでサインをしたことだろう。そう思い、オヤジの代わりに署名してあげた。 甥が小学生の頃は、等々力渓谷でナナフシを見つけたり、池でボートに乗せてあげたり、卓球もやったな~ そんな記憶はものすごく新しい……あっという間に十数年が過ぎたということだ。 そんな甥もすでに社会人としてスタートする。自ら働いて得た収入を甥はどう使うのかしら? 水に流す習慣もないだろうし、敵も持っていないのだから9/10は大地にもどすのかもしれない。 もっとも、日本学生支援機構の貸与型奨学金を借りていたら、返済義務に何割かはさかなければならないから楽ではないだろう。この数年間で、奨学金を返済できずに自己破産した人は延べ2万人に近づくそうだ。そのうちの約半数が親や親戚……保証人だそうだ。 幸い甥は借金を背負ってのスタートではないだろう。仕事や人間関係で悩むこともあるだろうが、会社・企業という組織の一員としてどうあるべきかを考え、歩んでくれることを期待している。 1/3は仕事のため。1/3は個人のため。1/3は家族のため。そんな「生き方」もあるけれど、甥がどんな生き方をするか? この先 どれほど見ていられることか……それでも楽しみにしているよ。 ちなみに「敵にくれてやる」そんな風に言えるオヤジはいなくなったな~ 「かかあ天下」なんて言葉も死語に近いかも…… 行きつけの喫茶店がまったくなくなったので、昨日はドトール……モーニングはジャーマンドックの方が安いけど、作る間 立って待っているのが嫌なので、最近はレジ脇のコロッケサンドを手にすることが多かった。初めて食べたけど、このミックスサンド、なかなか美味しかった。三種類の具材だが、挟んでいるパンが薄いのも気に入った。ハムにはチーズもレタスもちょっと入っていたし、バランスがいいかもしれない。と言っても、栄養などまったく気にしていない私だが…… 連れ合いは、義母に連れ添って出かけて行った。出かける前も「どれ着ていけばいいかしら?」と、羽織物一つにも二転三転の義母に、こりずに対応している。 4/5は義母のため。1/10は私のため。1/10が自分のために生活しているような連れ合いには申し訳なく思っている。9/10を自分のために浪費している私とは大違い……と言うことで、今日はおとなしく留守番の私です。でも、暗くなってきたらわからないけどね~
2019.03.25
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3月8日……昔の東海道品川宿あたりの寺を歩いた続き… 蓮長寺参道……この右側に本栄寺・本覚寺、左側には京急を挟んで妙蓮寺が並んでいます。 蓮長寺山門…… 山門扁額……実相山……院号は道陽院 山門から本堂……日蓮宗のお寺…… 蓮長寺本堂……中老日法が開基、弘安年間(1278~1287年)に師日蓮聖人を勧請開山として創建とのことです。 萬霊供養塔…… 蓮長寺をあとにします…… 蓮長寺山門正面の路地が気になる私…… 路地の寿司屋さん……サッポロビール、私は好きです。 妙蓮寺山門…… 妙蓮寺山門扁額……山号は恵日山 山門から境内……右に京急、左には第一京浜に挟まれています。 妙蓮寺本堂……長享元年(1487年) 日遵上人が創建したようで、現在は顕本法華宗系単位とのこと…… しながわ百景……プレートはあったのですが、お墓がどこかは分かりませんでした。 高木正年先生之像……老舗の質商が生家で、南品川宿の宿場総代であった父・細井半兵衛以年(ゆきとし)の三男に生まれた。その後、祖母の実家にあたる高木家の養子となった…… 幼い時から利発で、特に記憶力が抜群だったという正年氏……明治15年(1882年)に25歳で東京都府会議員。明治23年(1890年)には、帝国議会開設に伴っての第1回衆議院議員選挙に東京12区から立候補し、定員1名の激戦を制して見事当選。 明治29年(1896年)、40歳にして突然視力を失う。診療を受けるも右目はすでに手遅れ。左目は回復の見込みが立ち入院治療を受けるが、東京湾岸の漁業者達が漁業権問題で病院へ陳情に訪れる。正年氏は治療を中断して解決に奔走……問題は漁業者の納得する方向に進んだが、ついに両目とも視力を失うこととなった。 これぞ政治家!!!の鏡 銅像を見た時はメガネが不思議に思えたのですが、納得しました。 像の足元に置かれていました……?? さりげなく石が置かれていたり…… 北原白秋……「薔薇二曲」の一曲 薔薇ノ木ニ 薔薇ノ花サク。 ナニゴトノ不思議ナケレド。 誰も教えてくれずとも、時期が来れば花が咲く……自然の節理・姿……自然界の不思議……人の世の不可思議……「薔薇二曲」の二曲 薔薇ノ花。 ナニゴトノ不思議ナケレド。 照リ極マレバ木ヨリコボルル。 光リコボルル。 不思議ナケレド、花ざかりが過ぎれば枝から地にこぼれる薔薇の花。短い性を生き、土に帰る末期の光り輝く美しい姿……人としての最期もそうありたい…… 品川区指定有形文化財……文化財があっちこっちにあるようです。生まれ変わったら研究者になるのもいいかもしれないが、そんな能力は持たない私…… ガーデニングがお好き?……たくさんの植物を育てておいでです。人の生き死に、植物の生き死に……教わることがあるかもしれません。 雨が降ったらだめになるのに、手書きの張り紙をお作りです。 外にも出よ 触るるばかりの 春の月 (中村汀女) 自分の殻から出てみよう……そんな思いかしら? 「書を捨てよ、町へ出よう」は、寺山修司だったかしら? 妙蓮寺裏門を後にします……独り反省会では色々と勉強させていただきました。また再訪し、どなたかに教えを頂戴したいお寺です。 第一京浜を渡りました……正面は北・都心方面……交通量が少なかったので、信号・歩道のない場所を駆け足でした。この幅ならまだ走れる… 本光寺門前……右はじは品川問答の碑と言うらしい。寛永19年(1642年)、三代将軍徳川家光が本光寺を訪れ、東海寺の沢庵和尚の立ち合いで、この寺の住職・日啓と芝増上寺住職・意伝とが念仏無間の問答をしたそうです。 ちなみに東海寺は以前目黒川のむこう側に見ましたが、三代将軍家光は東海寺に訪れた際も、沢庵和尚が出迎えて禅問答をしたという話が「徳川実記」に記載されているそうです。家光の「海近くして東(遠)海寺とはこれ如何に」という問いに、沢庵和尚は「大軍を率いても将(小)軍と言うが如し」と答えたと伝わるとのこと……(しながわ観光協会HPより) ※ 念仏無間(ねんぶつむげん)=日蓮が諸宗を誹謗した四個の格言の一つ。念仏宗を信じる者は無間地獄に落ちるというもの…(コトバンク・出典 精選版日本国語大辞典) 本光寺山門…… 山門扁額……経王山 木像日蓮聖人坐像……区指定有形文化財……なかなか拝見できないでしょう。 山門から境内……正面本堂…右は庫裏へ 山門をくぐって右側…… 正しい名称は不明……宝塔、多宝塔、五輪塔など、皆さんさまざまな表記をされているようです。 鐘 楼…… 本光寺本堂……真言宗寺院として創建されたが、永徳2年(1382年)日什上人が法華宗に改めたそうです。顕本法華宗・天妙国寺には日什の有形文化財があるとのことでしたね~ 本堂扁額…… 三重塔……本堂脇というか? 裏というか? 墓地の一画にあります。見覚えのある塔だと思ったら…… 昨年10月26日、目黒川沿いを下った時に塀越しに外から撮ったもの……やっぱり見ていました。(昨年撮った東海寺とこれ) 山門に向かって……お邪魔しました。 我ながら感心するほど数々のお寺を拝見しました。あと3寺院お邪魔した最終回は次回です。 天気が良いので散歩日よりですが、なんとなく気が乗らない……明日は留守番だから、本当は今日ブラブラしたほうが良いんだけどな~
2019.03.24
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3月8日……大井町辺りから寺をブラブラした続き… 常行寺山門前の道を北に歩くとありました。 御嶽稲荷神社…… あいにく扉が閉じられていたので、手だけ合わせた私…… 残念ながら詳細は不明です。 社殿扁額…… 社殿隣の蔵……古そうですが神輿が入っているのかしら? 南馬場商店会……商店会とはいうものの、店はあまりありません。 現在の京急・北品川駅から青物横丁を少し過ぎて鮫洲の手前あたりまでの、南北に走る東海道品川宿ですが、横切る目黒川の手前を北品川宿、その先を南品川宿と呼んでいたそうな。 では、この南馬場(「ばば」ではなく「ばんば」)って何ぞや?……品川宿には幕府公用の旅人に対して一日当り馬百匹、人足百人を無償で提供する義務があり、従事する馬小屋があったことから付けられた地名だそうです。南北品川宿に馬小屋があったので、北馬場・南馬場となったのでしょう。ちなみに、間にできた駅が新馬場……かってに統合したのでしょう。 心海寺山門……最寄り駅は新馬場です。 木目が奇麗……とても新しいです。 心海寺本堂……山号は普海山、真宗大谷派のお寺で、本尊・木像阿弥陀如来立像と所蔵文書(もんじょ)は品川区指定有形文化財だそうです。 鐘 楼……こちらは古いから、本堂や山門は建て替えたのでしょう。 道路を渡って振り返りました。 お寺かしら?……心海寺の北側です。 照高山圓教院 本覚寺……ほんがくじ、と読むそうです。 天台宗のお寺みたいです。 どこが本堂なのか分かりません。山門をくぐった瞬間に、階段下の犬に吠えられたので近づけませんでした。猫には好かれているのに、犬には嫌われるみたいです。区指定有形民俗文化財に指定されている、高さ1.3mほどの大きな「石造庚申供養塔(寛文8年・1668年造立)」があるそうですが、拝見できずに残念です。 本栄寺山門……山門・参道の位置こそ違いますが、この寺の本堂右が前の本覚寺です。ちなみに左には蓮長寺(記載は後日)があり、肩を寄せ合うように3寺が並んでいます。 山門扁額……宝光山 本栄寺境内…… 本栄寺本堂……日蓮宗のお寺 有縁無縁(うえんむえん)之諸精霊…… 歴代住職のお墓みたいです…… 開基日栄上人……三世はお名前がない…… 山門を出る前に…… 南無妙法蓮華経……美しいので撮ってしまいました。 本栄寺を後にします……山門を出て、右に20mほど行くと蓮長寺参道口があります。次回はそこから…… 今日はこれでおしまいです。花冷えって言うのかしら? 昨日とはうって変わって涼しいです。風邪をひかないように……
2019.03.23
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歯医者に行ったので、西小山で途中下車をしてチョットだけブラブラ… 立会川緑道……ちょっとだけ北西に……ピンクは目立ちませんが…… チラホラ…… 花団子もありました……元気がいいですね~ 雪見橋あたりから西に向かいます……見た目はさみしいけど… 幹から直接でているのは、いつも早いです…… 団子もありますが、まだまだ大勢は蕾…… しっかり開花宣言…… 同じような環境なのに、木によって開花状況はマチマチ…… 開くと白くなっちゃうんですね~ 開花待ちの蕾がいっぱい…… この木は全体的に一番たくさん咲いていました。 雰囲気の楽しめる1本でした。 キレイキレイ……手を洗う洗剤ではありません。 毎年の観測場所……寺前橋から (去年の桜) いずれにしても週明けには満開が楽しめそうです。 田向公園前の道……こちらはまだまだです。 オオシマザクラ……何本か見かけましたが、もう緑の葉がでていました。 そうこうしているうちに曇ってきました。いい時に見てきたみたいです。 来週は、桜を探して歩きましょうか?
2019.03.22
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旧東海道品川宿あたりのお寺ばかり続けても「つまらないだろうな~」と思い、今日は3月15日の散歩を割り込みました。 菜の花……春ですね~ お浸しは嫌いです。 唐ヶ崎電波塔……この位置からは撮ったことがなかったので…… 馬喰坂に向かう道……このあたりを左のはずだと…… ここかしら? と、上ってみたけど違いました……トホホ… 仕方なくもどって、少し前進……「正面辺りが左に行かれるかしら?」… この道みたいですね~ あったあった……公園とT字路…… 藤の庚申……昔、ここに藤の大木があったころからつけられた愛称とのことですが、今も藤棚あります。 大小2基の庚申塔……左の駒形の碑は1m以上あり、合掌六臂(ろっぴ)の青面金剛と三猿の図柄が彫られています。貞享(じょうきょう)元年甲子年十月下旬(1684年)の造立だって。 右の小さな板碑型のものは元禄元年(1688年)の造立で、中央に南無青面金剛と文字が刻まれているようですが、赤いよだれかけがあって見えませんね~ 庚申道……書かれている通りで、南東へ進むと以前見つけた「馬喰坂上庚申塔」や、この後行った「十七が坂庚申塔」が道沿いにあります。ちゃんと読んでから歩いたら間違えなかったかもしれません。 藤の庚申の後ろは公園です。 なべころ坂緑地公園…… ママさん、子どもたちが大勢楽しんでいました。チャリンコで来るってことは、近くの方々ばかりではないようです。 公園そばのT字路を北東に進む道……タクシーの運転手さんが乗客を出迎えるために待っていました。このへんはT字路がものすごく多いです。 長い下り坂…… 植え込みの中に…… なべころ坂……「方言」って、目黒のかしら? 馬喰坂「ばくろ」も目黒の古い方言だと書いてあったけど、ほんまかいな? すこしだけ下ってみましたが、戻った私……タクシー行きました。 なべころ坂上……写真の右に 公園と呼ぶのか? 庭と言うのか?……ベンチもあるけど… ペットボトルの風車がいっぱい……元気よく回っていました。 いろんなものが置かれたり…… ぶら下げられたり…… よく盗まれないものだ……と感心しました。 藤の庚申(右)まで戻ってきました。まっすぐ下がっていく道から来たので、今度は写真左に進みます。 立派なマンション…… マンションのはずれに…… 中目黒緑地公園の入り口…… 下は深そう…… 結構な高低差があります……行きたかったけど断念…… 住宅街の中に見えてきました。 寺院っぽくないけど…… 屋上にあるのは鐘楼みたい…… 長泉院(ちょうせんいん)……浄土宗だそうです。 南無阿弥陀仏……宝暦11年(1761年) 増上寺15世の大玄和尚を開山として建てられたそうです。 玄関……敷居が高かったのでこれ以上は近づけませんでした。大きな貝殻みたいなのは何だったのでしょうか? 庚申塔……長泉院の壁際に置かれていました。普通は見過ごすことでしょう。 ということで、今日は割り込みでした。
2019.03.21
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3月8日、海晏寺から6ヶ所程のお寺を拝見した続き…… 長徳寺参道口……直前にお邪魔した天妙国寺のすぐそば…… 長徳寺山門…… 長徳寺境内……正面に本堂……真後ろは区立城南小学校 泰敬山長徳寺本堂……室町時代中期の寛正4年(1463年)創建と伝わる時宗のお寺だそうです。 本堂扁額……しながわ観光協会のHPでは「恭敬山」って書かれているけど、なんでやろな~ 閻魔堂……本堂左にあって、像高88㎝の木造閻魔王坐像が祀られているとのこと。江戸時代より「南品川のおえんまさま」として信仰を集めたらしいですが、扉が閉まっていたので拝見できませんでした。地獄の釜のふたが開く日といわれる陰暦正月と7月16日は、参詣する人でにぎわったと……釜のふたの開く日は注意しよう~っと… 閻魔堂扁額…… 法界萬霊塔……周りにはたくさんの石仏が配置されていました。 法界萬霊……法界(ほうかい・ほっかい)どちらの読み方が正しいのか? 三法界、十法界などなども目にします。正しい解釈は知りませんが、この世に存在する生命や、先祖を含めてすべての精霊を供養するためだろうと勝手に解釈しています。 地蔵菩薩かしら? きれに並んでおられます。 正面にも…… 観音菩薩様かしら?…… 左脇にも囲んでいます。 境内の片隅に…… お稲荷さん……神狐いました。 常行寺参道入り口……旧東海道に面して、長徳寺参道入り口から北へ50m 城南小学校の通学路にもなっています。入り口には見守りの男性が立っておいででした。ご苦労様です。不審者と間違えられないよう気遣いながら写真を撮った私です。 常行寺山門…… 天台宗のお寺…… 城南小学校創立之碑……真隣にある城南小学校だが、常光寺の本堂と大師堂を使って第二中学区第八城南小学校として明治7年(1874年)に開校されたとのこと。(天台宗東京教区HPより) 隣の長徳寺もあったはずですが、どうしてこちらになったのやら? 碑の横には明治7年12月5日と彫られていました。 山門から眺める境内……本堂前の大木は桜…たぶんソメイヨシノ……咲いたら圧巻でしょう。 熊野山父母報恩院常行寺……嘉祥元年(848年)10月16日が開山の日とされ、もともとは東大井4丁目あたりにあったが、承応2年(1653年)幕府の命により大井より当地へ移されたそうです。宝永~享保年中、数回にわたり罹災し藷書物等を焼失。現在の本堂は享保年間(1716~41736年)に再建されたもんおと伝えられるようです。住職不在だった時期もあるようですが、寺を存続させることは大変でしょう。 ちなみに、本尊は阿弥陀如来…… 本堂の扁額……常行三昧寺が正式名称だそうです。インスタントラーメン・中華三昧は好きでした……最近は食べませんが… 境内の片隅……本堂を背にして……これこれ、桜……二股でしたね~ 石庭風の上には藤棚だったのかしら? 枯山水風石庭……私が勝手に思っているだけです… 護摩堂(手前)……らしいです。 レンガ造りの地蔵堂……私には珍しいです。 地蔵様……色とりどりの花、ブルーがあるとこんなに良いものか? と私……日々のお供えは大変でしょう。 山門を後にします……小学生が帰っていきました。『京浜急行「北品川」から「青物横丁」にかけてのおよそ2㎞ほどの間には28もの寺院があり、その多くは江戸幕府の命により進められたものである。 (天台宗東京教区HP)』と、ありました。 この日も17~18の寺を訪問しましたが、私も歩けば寺にあたる状態……神社を除いて28寺とは、本当に多かったです。 街道には戻らず、山門前のこんな道を北に…… 進行方向右に、好きな細道がありました……でもパス……先を急ぐ私でした。 ということで、まだまだありますが今日はこれで終わり……続きはまた今度です。 おまけ…… 碑文谷公園の桜状況……今朝、墓参りへの途中で寄ってみました。ほぼ100%が蕾状態の中、これだけ花弁が顔を出し始めていました。開花は一輪も発見できませんでしたが、もうすぐ……秒読み段階です。
2019.03.20
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3月8日、海晏寺・海雲寺と品川寺を後にして…… 池上通りを渡りました。とても懐かしい風情だったのでパチリ…… 降る雪や昭和は遠くなりにけり (中村草田男) あおよこ通り……とでも呼ばれるのでしょうか? 大井町駅から仙台坂を下って海へと向かう道です。 馬込や千束あたりからも野菜を運び、江戸時代から大きな八百屋が軒を並べ大いににぎわったという風情は今はありません。 横丁を入ると…… あまり寺っぽくはありませんが…… 真宗極楽寺……ですって… 今度は大きそう…… 真了寺……かわった山門です。 像さんらしきがお出迎え……左は象牙がありません… 光照山真了寺……延宝元年(1673年)、次に訪問した天妙国寺の塔頭として創建された日蓮宗のお寺とのこと。菩薩様らしきが光っていました。 本堂右は会館風…… 境内のはじに石塔……塀の後ろは諏訪神社だと反省会で知りましたが、写真を撮って気付かなかった情けない私です。当寺は諏訪大明神の別当を兼ねたとも知りましたし、郷土有形文化遺産の力石もおそらくそちらにあったのでしょう。ちょっと悔しい…… どなたかのお墓みたいです…… 本堂は高い所にあります。 ちなみに、同所にある真了寺付属城南ペット霊園のHPはきちんとありました。人よりペットに力を入れていらっしゃるのかしら? 裏通りを右左右左に歩いてやってきました。 鳳凰山天妙国寺参道…… しながわ百景……なんで墓地なのかしら?『浪花節中興の祖 桃中軒雲右衛門(1837~1916年)、剣の達人 伊藤一刀斎(?一説に1560~1628年)等のお墓がある』と、しながわ観光協会のHPには書かれていましたが……この方たちを私は存じません。 山 門……古くからのものではなさそうです…建て替えたみたいですね。 山門扁額……縦書きで緑は珍しいです。 境 内……結構広くてゆったり 駐車スペースみたいですが、1台も停まっていませんでした。 天妙国寺本堂……弘安8年(1285年)、日蓮大聖人の直弟子の天目上人によって創建されたとのことで、寺所蔵の『御三代成之覚』には初代徳川家康が1回、二代秀忠が2回、三代家光が44回の宿泊が記録されているそうです。顕本法華宗とのことですが、日蓮宗・法華宗諸派の集約や分離の末に落ち着いたのでしょうかしら。 彫刻も見事でした。 囲みの向こうは庭園らしいのですが、門は閉まっていました。土日だけ公開されているらしいです。 木の脇にある石碑には『遠州流 元祖松本斎一得師』と書かれています。松本斎一得(ほんしょうさいいっとく)とは、江戸時代中期-後期の華道家。江戸浅草常林寺の住職。枝をたわめる技術に工夫をこらして浅草遠州流をおこした。享保3年生まれ-文政3年1月1日死亡。(1718~1820年)なんと103歳だったと……出典:デジタル版日本人名大辞典+Plus 日蓮上人や日什(にちじゅう)の文があるようです。日什=南北朝時代の日蓮宗の僧で、顕本法華宗の開祖。 鐘 楼……訪問した時にはなかったのに、車がやってきました。 五重塔礎石……五重塔には1本の心柱と16本の柱があり、それぞれが礎石の上に乗っていたと……そうすると、こんな石が17個はあったことになります。中央の一番大きな石が心礎(しんそ)と言い、心柱を支えていたと考えられるようです。 五重塔のあった正確な場所は不明なんですって…… 天妙国寺を後にします。 品川宿場通り南会……北に向かいます。昔の品川宿だったあたりですが、向かって右側は海だったから寺社は左側にあります。それにしても林立する数の多さには改めて驚きました。 続きはまた次回です……
2019.03.19
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今月から行き始めた喫茶店は、故あってやめた私…… バンで日々会釈をしていた常連さん お二人も「今は職場でコーヒー飲んでます」って……あっちこっち行ってはみたけどダメだったのは私と同じ。コンビニでコーヒー買って行かれるそうです。 しかし、バンの後はどんな職種の店舗になるのか? 閉店してから4か月半にもなるのに、未だに改装工事の気配はない。高過ぎる家賃ではそうそう借り手はないでしょうに……いずれにしても残念に思っている近隣住人は少なくないでしょう。 今朝は、気になっていた紅生姜ちくわ天をモーニング代わりに食べてきました。中に紅生姜を入れえたちくわ……それ自体はまずくはなかったのですが、行くたびに歯ごたえのなくなる蕎麦にはガッカリです。3度目ですが、湯切りも不十分だった今日のは最悪……申し訳ないけど、残してしまいました。一応「ご馳走様」と言葉を添えて器を返却口に置きましたが、ここももう利用できない哀しい私です。 蕎麦の口直しに? ブレンドを飲んできました。ずば抜けて美味しいってわけではありませんが、値段が値段だから許せます。会計窓口の手際が悪く、長いこと並んで待たされる時は嫌になりますが、並んでいるときは入らない私……さてさて、明日はどうしましょうかね~ 7-11のコーヒーとパンにでもしてみようかしら? それほど寒くはなくなったから、碑文谷公園の灰皿脇のベンチでコーヒー飲むのも良いかもしれませんね。
2019.03.18
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3月8日……海晏寺・海雲寺に続いて…… 品川寺(ほんせんじ)……海雲寺のお隣です。大同年間(806~810年)に開創された、品川で最も古いお寺だそうです。 しながわ百景…… 銅造地蔵菩薩坐像……がお出迎え……たぶん真東を向いています。 江戸六地蔵第1番……ここ東海道をはじめ奥州街道・甲州街道・中山道・水戸街道・千葉街道と、江戸の六街道の入り口に丈六(じょうろく)の地蔵尊を一体ずつ建立し、道行く人々の無事を守り、江戸御府内の疫病を払い、世の中を浄土にしようとすることが目的だったそうです。 ※ 丈六=仏像の背丈の基準。仏は身長が1丈6尺(約4.85m)あるといわれていることから、仏像も丈六を基準とし、その5倍、10倍、または2分の1などに造像されたそうです。このような坐像の場合の丈六像は半分の約8尺(2.43m)らしいです。 東京都指定有形文化財……宝永5年(1708年)造立・像高は2.75m ちなみに、深川・永代寺の第六番地蔵菩薩は廃仏毀釈で取り壊されてしまったと……5軀しか残っていないそうです。明治維新の出来事か…… 地蔵菩薩坐像の前……石碑は溺死者供養塔みたいですが、海で亡くなった方々のためでしょう。 東海七福神……看板があったので撮ってみました。北品川から大森まで約4.5㎞、昭和7年に品川が大東京に編入された記念として東海七福神初詣を定め、今に至っているそうです。 荏原神社は、昨年 目黒川下りの際に寄りましたっけ。おっと、磐井神社(いわいじんじゃ)って大森海岸駅の近く、先月行ったばかりだけど、境内には何も告知されていなかったな~ 残る4個所もそのうちに行ってみましょう。 品川寺山門……提灯一つ球切れかしら? 右手前の宝篋印塔(ほうきょういんとう)も年代を感じます。 聖観世音菩薩・七観音霊場……東京、神奈川、埼玉の三県にある七寺院にある異なる観音様を巡礼するそうです。秩父や三浦、鎌倉など、徒歩では行けないな~ 江戸33観音霊場……第31番札所だって。江戸三十三観音霊場は、寛永18年(1641年)から元禄11年(1703年)の間に開創された江戸三十三所霊場を基に、昭和51年に制定されたそうです。隣の海雲寺が34番……29番・高野山東京別院、32番・世田谷山観音寺と33番・目黒不動龍泉寺は訪問しましたが、まだまだたくさんあります。 山門から境内の眺め……とても静か…… 右手に建物と…… 庚申塔……三猿います……右の巨大な石も何か彫ってありますが、庚申塔でしょう。 空は青かった…… 区天然記念物とのことですが、樹齢600年以上でありながらまだまだ元気なイチョウ……1000年生きるかしら? 本 堂……ご本尊・観世音菩薩(水月観音・聖観音)はこちらに祀られているのでしょう。 本堂正面……フルオープンの堂内でしたが、撮影は遠慮しました。銅色に鈍く輝いていたのが聖観音様だったのでしょう。 本堂扁額……海照山普門院品川寺……真言宗醍醐派だそうです。醍醐寺(京都)から始まったのかしら? 手水舎……本堂の右前にあります。 鐘……本堂右前・手水舎の脇にありました。戦争裁判殉職者慰霊の鐘で「仁慈(いつくし)の鐘」というらしいです。 ちなみに、本堂左にも小さいのが下がっていたのですが、そちらは「まことの鐘」と呼ぶそうです……ちゃんと撮ってくればよかった~ 本堂正面の写真・左下に小さく映ってはいますが…… 本堂左…… 神変大菩薩(えんの行者石造)……海雲寺にもおいででしたが、巻物に杖を持って高下駄の姿は似ています。 十三重塔……本堂正面です。後方に鐘楼…… 弁天堂……境内奥に… 弁天堂内……おそらく弁財天様でしょう。でも琵琶を抱えておられない。膝に置かれたのも手みだいだから八本……八臂弁財天のようですが、それぞれ矢とか武器らしきを携えています。品川寺の守護神というだけあります。 弘法大師修行像…… 花梨(かりん)……前の写真・修行像の傍らにありました。推察するに、石碑の後ろの樹がそうなのでしょう。現天皇皇后両陛下が蒔かれた種が育ち、同じDNAを持った花梨の樹がここにも生きている……気分が明るくなります。 毘沙門天…… 弁財天…… 福禄寿…… 寿老人……金生(かのう)七福神というのかしら? 鐘楼の置かれた3mぐらいの盛り土の周りに七福神の石造が置かれていました。 恵比寿天…… 鐘 楼……明暦3年(1657年)9月18日、京都三条大西五郎左衛門尉藤原村長に命じて鋳造……周囲に徳川三将軍の号(東照宮・台徳院殿・台献院殿)と六観音(聖・千手・十一面・准胝・如意輪・馬頭)を陽刻しているそうです。立ち入り禁止で近づけなかったのですが、拡大すると観音様らしきが4躰見られます。 ※ 陽刻=文字や絵などを浮き上がらせて彫ること 小さいお地蔵さん…… 鐘楼へ上る石段……正面から先は通行止め… 布袋尊…… 大黒天…… 恵比寿さんの後ろから本堂……七神を巡拝しました。超お手軽……ご利益は望みませんが…… 車庫の上に何か…… 英霊堂……と言うらしいです。たぶん聖観音、馬・鶏と犬みたいです。 そろそろ失礼します…… 稲荷堂……弁天堂と共に、品川寺の守護神だそうです。山門そばにありますから、地蔵菩薩が防げなかった外敵を、二番目に防ぐのでしょう。 ということで、今日はここまで……寺社はなかなか奥深い……
2019.03.17
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今朝 新聞を読むのにドトールに行ったけど、食欲はそれほどでもなくブレンドだけにして小一時間……読み終えて「なんか食べないとだめだわな~」……思いついて『東軒』に寄ってみた。最近、ママさんにはよく出会うのだが、たぶん10年以上訪問したことがなかった私…… 幸い空いていた隅っこに座ると、真っ先にお通し(無料)が置かれる。つくねの焼鳥に枝豆のフリッター風……ラーメンを食べて帰ろうと思っていたのだが、しょうがない「生ください」……ビールと一緒に奴が出される。「ごめんなさい、お腹入らないから」と、先に置かれた手つかずのお通しをお返しした。何といっても何かドリンクを注文するたびに次々と小皿を提供してくれるのがこの店のスタイル。肝心の食べたい料理まで胃袋が追い付かない。 奴でビールを飲んでしまったら、物足りなくなったので「紹興酒ください」……昼呑みも久しぶりぶりの私。何かいけないことをしているような罪悪感に少しだけさいなまれたが、まぁ良しとしよう。大将が枝豆のフリッター風を持ってきてくれたが「重いから…」と断ると「キムチは?」って聞いてくれたのでお願いした私。この店のキムチは、結構好きな私だ。 広東麺……食べた。この店ではいつもチャーシュー麺だったけど、野菜不足だから今日はこれ。汗だくでハンカチびしょびしょにしながら格闘……たった一杯のこいつにお腹がついていかない。それでも頑張ってなんとか完食した私でありました。オマケかどうか不明だが、うずらの卵が2個入っていたのはありがたかった……私は大好きだから……ごちそうさまでした。「昼から居酒屋状態ですよ」と、聞いていた通り常連さんの憩いの場でした。しかしお腹いっぱい……胃腸薬飲んでおこうかしらね~
2019.03.16
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3月8日……海晏寺を出てから、第一京浜と京急を越えて東側に……京浜運河も近いけれど狭いから行かないよ~ 青物横丁商店街……東海道品川宿だったみたいですが、北方向にウロウロする予定でやってきました。 左手の路地に石碑がありました……京急の高架と第一京浜の向こう正面に、さっき行った海晏寺が…… 石 碑……台座には海晏寺と彫られています……と言うことは、ここが参道入り口だったのでしょう。 太政大臣岩倉具公墓参拝道……左の石碑に彫ってありました。写真を縦にすると大きくなりすぎるので横にしちゃいます。 鮫洲正観世音菩薩道場……右の石碑正面に彫ってあります。 最明寺時頼公安置……側面に……最明寺は北条時頼の戒名みたいです。海晏寺は蘭渓道隆を迎えて時頼が開いた寺だと言うので、あっても不思議ではないです。 しかし、鉄道や道路で分断された今の状態をどう思っておいでかしら? 逆・海晏寺方向から見るとこんな感じ…… 幸稲荷神社……海晏寺の境内社だったのか? 詳細は不明です。 奉納の木札が並んでいました。白金・高輪・銀座…横濱の文字もあり、遠くからも支援されていたようです。 稲荷の前から北への路地を入りました……商店街に戻るのが面倒だったので…… 路地はいいけど、風がすごかった~ 高いマンションのせいかしら? ほぼ青物横丁駅直結だから高いんでしょうね~ 路地の正面にありましたが、入れない……裏門らしきは閉まってました。 青物横丁駅方面に辿ってみましたが、やっぱりダメ…… 結局商店街に戻ったら無事発見できました。 海雲寺参道…… 海雲寺山門……手前の石碑には[開運 千躰荒神王霊場] 山門の扁額……まったく読めない… 山門から境内の眺め……道は二本……でも、山門正面は本堂じゃないです。 千躰荒神堂(左)と本堂(右)……建物は本堂の方が小さいし、千躰荒神王が主役のようです。春の大祭は3月27・28日みたいですが、きっと多くの人でにぎわうことでしょう。 荒神堂の扁額……ものすごく古そう… 奉納された扁額…… ……だそうです。銅鑼みたいなの鳴らし、お賽銭を入れて、台所の安泰を願ってきました。 本堂前の枝垂れ桜……もうすぐきれいでしょう。 龍吟山海雲寺本堂……建長3年(1251年)僧不山(そうぶさん)によって開基。初めは庵端林(あんずいりん)といい海晏寺境内にあって臨済宗。慶長元年(1596年)海晏寺五世分外祖耕大和尚を開山として曹洞宗に改められ、寛文元年(1661年)に海雲寺となった。御本尊十一面観世音菩薩を安置し、ご尊像は建長3年創立当時、仏師春日の作と言われている。鎮守として祀ったのが千躰三宝大荒神王である、とのことです。 寺務所・庫裏……しかし、どこに行っても人がいません。 千躰荒神堂左……この門の外を歩いた私……入れなかった私…… えんの行者……鬼神を使役して水をくませたり薪を集めさせるなどし、その命令に従わない場合には呪術によって縛る神通力の持ち主らしいです。水や薪あつめ……だから台所の神・荒神王のそばにあるのでしょうか… えんの行者の台座の脇にありました。もっとちゃんと撮ってこないと、文字が読めませんね。太陽の向きが悪くて撮りにくかった~ と、言い訳…… 手水舎……境内中央にありました。 力 石……「徹」ではありません……お粗末でした… ……ということですが、大正の中頃まで使われていたとはビックリ!! 「石にふれて元気を出してください」と、おさわりOK……でもぎっくり腰になるからやりませんでした。 平蔵地蔵……「長谷川」ではありません……またすべったか? 平蔵さん立派・仙台藩の侍も良い人……江戸の末1860年頃 鈴ヶ森刑場の番人をしながら交代で町に出て施しを受けて暮らしていた三人連れの乞食がいた。その一人 平蔵 はある日 多額の金を拾ったが落とし主を探し 当然のこととして金を返し お礼の小判を断った。そのことを知らされた仲間の者は金を山分けすれば三人とも乞食を止めて暮らせたのにと腹を立てて正直者の平蔵を自分たちの小屋から追い出し凍死させてしまった。これを聞いた金の落とし主である仙台屋敷に住む若い侍が 平蔵の遺体を引きとり青物横丁の松並木の所に手厚く葬り そこに石の地蔵尊をたて ねんごろに供羪(養)しつづけた。 明治32年10月京浜急行が開通することになったが 生憎その線路に地蔵尊の土地がかかり 時の海雲寺住職 横川徳諄和尚が菩薩のような功徳の君子 平蔵を長く社会の木鐸たらしめんと願望して当寺境内に移してもらい回向した……と書いてあります。 ※ 木鐸(ぼくたく)=世人の警告を発し、教え導く人 荒神像……境内中央にそびえ立っています。電燈講が昭和2年(1927年)に建立。 鐘 楼…… 烏瑟沙摩明王(うすさまみょうおう)……密教における明王の一尊で、古代インド神話の炎の神……この世の一切の汚れを焼き尽くす功徳をお持ちだそうです。 荒神様といい、火の神様そろい踏みです。「トイレの神様」とは烏瑟沙摩明王のことのようですが、「一切の汚れを焼き尽くす」ということの拡大解釈なのかしら? トイレのお清めまでさせられて、たまらないでしょうに…… 烏瑟沙魔明王扁額…… 海雲寺山門を後にします…… 今日はここまで……続きは、また今度~ 天気が良いからちょっとだけ歩いてきましょうかしら? 模型もさわりたいけど、あまり意識が向かない最近……だめだな~
2019.03.15
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たまには、こんなのもいいかな~ と思って、今朝 頼んでみました。 コーヒーと小さなケーキ……女の子みたいでしたね この日は「ジャワ・ロブ」っていうストレート・コーヒーを飲んでみました。香ばしいコーヒーで、アッサリ気味ですが美味しかったです。 手作りチーズケーキ……ぐい吞みが容器になっていて、とてもとても小さいですが甘くないレアチーズに、乗せられたホイップクリームがこれまた美味しい……「レミーマルタン入れてるんですよ」と、仰っていました。 てっぺんにちょこっと乗っているのはラムレーズン……黒いブドウではなく白ブドウにラム酒の甘さがなんとも絶品でした。すすんでケーキを食べる私ではありませんが、たまには良いものでありました。200円(税込み)もありがたい…… 店主のお好きなCDがたくさんあります。ジャンルはさまざまですが、コルトレーンの枚数は一番多かったかしら? 「バラード」がお好きなようです。 雑伽屋のチーズケーキ、なかなか美味しかったです。今度は、赤ワインで試してみようかしら? 贅沢だわね~
2019.03.14
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3月8日……天気が良かったので、いつものようにブラブラ…… 以前(10月26日)目黒川沿いを歩いた時、品川橋のたもとで「東海道品川宿」の看板を見た私……寺が多いことを知ったので青物横丁を目指しました。 大井町駅東口……武蔵小山-戸越公園脇を抜けて一直線にやってきました。 さびれている雰囲気ですが、携帯電話屋はどこに行っても多いです。この町は訪れたことがありません。 平和小路……左に見えたので… 青竹平打ち……路地を入ってみたら中華そば……並んでました。ランチタイムはとっくに過ぎていたのに、みなさん我慢強いです。 道路が複雑に交差していました。東に進めばよいので迷いはしませんが、渡る横断歩道の選択にちょっと困った私…… 目の前を横切っているのは、意外にも池上通り……右に行けば大森貝塚前を通って池上……そこそこ距離はあるでしょう。 平和島や城南島と違い人に優しい道づくり……イチョウでしょうね 青葉通り……って言うんだと… ひょっとして先は坂かしら? 次に書きましたが、この写真の右側は「仙台藩の品川下屋敷」だったみたいです。 旧仙台坂……くらやみ坂とも言うらしい……『京浜急行「青物横丁」から第一京浜を300mほど南に下がった南品川三丁目の交差点を右に曲がると、大井町駅方面に向かう仙台坂トンネルがあり、その側道の登り坂が「くらやみ坂」と呼ばれる旧仙台坂です。江戸時代、この坂の南側に仙台藩の品川下屋敷があったことから、この坂は仙台坂と呼ばれていました。しかし、現在は青物横丁に抜ける坂道が拡幅され交通量が増加したために、その坂の方を一般的には仙台坂と呼ぶようになり、こちらは旧仙台坂と言われるようになりました。』と、仙台市のHPに書かれていました。「拡幅された…その坂の方」とは、おそらく池上通りを指しているのでしょう。『この旧仙台坂を上りきると、下屋敷の裏玄関に植えられていたと言われる樹齢300余年の「仙台坂のタブノキ(品川区指定天然記念物)」が現在でも威風堂々と鎮座しています。』とも書かれていました。そう言われてみると「あったかもしれないな~」の私です。たぶん、一つ前の写真を撮った右手あたりでしょうが、何も予習をしないで歩くので後悔が多いです。 青物横丁方面にくだりますが、この下が道路だとは気づきませんでした。 工事中の渋滞……イライラしませんように… 仙台坂トンネル……こんなの撮って、タブノキ撮らない私…情けなか~ 京浜急行……上下線通過……タイミング良過ぎです。 旧仙台坂途中から、左手にお寺…… 旧仙台坂を振り返るとこんな感じ……大井町駅方向……左が仙台藩下屋敷のあった場所で、右はお寺……行ってみます。 海晏寺門前……南品川三丁目の交差点、第一京浜を渡らずに左折しました。 海晏寺(かいあんじ)本堂……曹洞宗のお寺です。建長3年(1251年)北条時頼が、鎌倉 建長寺の蘭渓道隆を迎えて開いたと伝えられるお寺だそうです。創建当時は臨済宗でしたが、戦乱による焼失ののち天正18年(1590年)に曹洞宗の寺として再建されたと……江戸時代には紅葉の名所として有名であり、歌川広重らの浮世絵にも多数描かれているそうです。ちなみに、墓地には岩倉具視、松平慶永、由利公正など幕末・明治期に活躍した人々の墓所があるとのことでした。 本堂の扁額……海晏禅寺となっています。禅宗なので当然でしょうが…… 寺務所・庫裏……本堂右手です。 六角形のお堂……本堂左手 お堂の扁額……私には読めません。牢光堂? じゃないですよね~ 連れ合いが読んでくれるでしょう。頼むよ~ このようなものが置かれていました。 倶會一處……と彫ってあるのかしら? 「倶会一処」どこかで見覚えが……下丸子駅ちかくの光明寺にありましっけ~ 鐘 楼…… 立派な造りでした…… 白井鳥酔(ちょうすい)のお墓があるそうですが、探せません……と言うより、江戸中期の俳人らしいですが私は知らないので探す気がありませんでした。 先に書いた明治期に活躍された方々のお墓、しながわ観光協会のHPには「一般拝観はできません」とありましたから、探さなくて良かったみたいです。 石塔群……山門を入って左 後生車(右)……回転する円輪を付けた石造または木造の柱で、参詣者が廻して後生の安楽を願うもののようです。輪っかがなくなってしまったのでしょう。また一つ学習しました。 冨士山元大菩薩……いわれ不明ですが、なんでも撮ってしまう私…… こちらにも石塔石仏……右はじの石には「出世弁財天」と彫られています。 お釈迦さま……でしょうが、右手の指が欠けていました。お可哀そうに… 観音菩薩さまとお見受けしますが、分かりません。 閻魔さま……かしら? 手前にあるのは砲弾みたいです。なぜここにあるのか?不明です…… こっちにも砲弾……とても大きかったです。 大震災横死者供養塔……と書かれていました。 相次ぐ災害にみまわれていますが、復興は進みません。オリンピック施設は急ピッチなのに、被災地の工事は1年も2年も予定より遅れると……どこが復興オリンピックなんでしょうかね。一日も早く安寧な世になりますことを願いましょう。 ということで、今日はこの日訪問した17~18寺社の初めの一寺……続きはまた……ボチボチ……
2019.03.13
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「どうせ」という認識を受けて、「いっそ」といくか、あるいは「せめて」とでるか 竹内 整一 どうせいつか死ぬなら、だめになるなら、散ってしまうなら、いっそこっちから先に見限ってやると言うのか、それともせめてこれだけは、今だけはと希(ねが)うのか。自分に言いきかせるのか、何かにすがるのか。「いっそ」と言いつつ「せめて」と希う、そんな「あわい」で揺らめくのが人性だと、日本思想史家は言う。人はつねに限界の前に佇(たたず)む。無常を論じた『ありてなければ』から。 (朝日新聞・折々のことば1345・2019.1.14) 今ここにあることの意味や価値を、自身に問うことほど困難なことはない。「いっそ」と思いつつ「せめて」と希うのが人の性(さが)……「あわい」で揺れているとき、神にすがるのが人の性…… 夜中に虫歯で苦しんだ時「神様助けて」と希っても、神は助けてくれない。震災のたびに人々は希うが、神は沈黙を破らない。そもそも、自身の中にある神がなんであるのか見いだせずにいる私だから、その願いが通じるはずはないが…… 人間がこんなに哀しいのに 主よ 海があまりに碧いのです 「沈黙」遠藤周作 学校も児童相談所も教委も、先生と呼ばれる人たちは自分を神だと思っているのだろうか? 子供たちへの虐待が続く……「助けて」の声は神のみならず人へも届かない。死は誰にとっても必ず訪れるものだが、罪一つない幼い子らに手を差し伸べられなかった大人たちの罪は深い。そういう私も罪人の一人……(「希う」に「ねがう」とルビがふってありました。私的には素直に「こいねがう」と読みたいです。) 桜?……サクランボの実のなる木だから桜の花でしょう。もう咲いていました。 天気がいいので、ちょっとだけ近所の桜の木を見てきましょうかしら? 蛇足ながら、26年間使ってきて悲鳴をあげていた洗濯機……今朝、新しいのがやってきました。「愛妻号って言うんですよ。毎日お世話になってきたから名残惜しいわ~」と連れ合いが言っていました。ご機嫌をうかがうようにして動かしていたようですが、お疲れさまでした。洗濯機供養塔なんてのが、どこかにあったら手を合わせてきましょう。
2019.03.12
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3月2日……林試の森から目黒不動を経て五百羅漢寺にお邪魔した私…… 海福寺の山門脇を通って脇の道に入りました。『この坂を 上ったら 右に行き 木があります 木を曲がり 進んだら みんなが待ってるお家です』 家政婦のミタ……見たっけな~ 旦那さんと仲良く蕎麦ランチ中の松嶋菜々子さんも見たっけな~ 可愛い方でした…… 石段見るとなんとなく上りたくなる私です…… 梅……きれいなピンクでした。 ぼちぼち上ったら、また石段……この辺にお住まいの方は大変でしょう。『白い坂道が 空まで続いていた ゆらゆらかげろうが あの子を包む 誰も気づかず ただひとり あの子は昇ってゆく ……… 空に憧れて 空をかけてゆく あの子の命はひこうき雲』(荒井由美) ここは坂道ではなく石段でしたね…… けっこうしんどいけど、よっこらしょ……連れ合いは以前来たみたいですが、お袋はよく上れました。『母がまだ若いころ 僕の手をひいて この坂を登るたび いつもため息をついた ため息つけば それで済む 後ろだけは見ちゃだめと 笑ってた白い手は とてもやわらかだった……』(さだまさし) ため息をつくと幸せが一つ逃げていく……って言うけど、ため息の多い私です。この詩の母親は、ため息ではなく息切れだったのかも? そんなことないか~ 北西方面……上り切ったらそこそこの眺め… 景色の手前にひろがるのは龍泉寺(目黒不動)の墓地でした。境内以外にも飛び地の墓地が点在しているみたいです。 青木昆陽の墓……連れ合いたちはこの墓を見に来たそうです。青木昆陽なんて私はまったく知りませんでしたが、有名な方らしいです。恥ずかしい~ 甘藷先生……って彫られていました。目黒不動に記念碑があった理由が分かった私でありました。 山手通りへ下る道……連れ合いがこの坂を下ったかは不明ですが、たぶんそうでしょう。 庚申様でしょう……石段の途中におられました。 振り返ると……右手はずーっと目黒不動の墓地 大聖院本堂……山手通り沿い、大鳥神社の隣……もと別当寺かもしれません。天台宗の寺院みたいです。松輝山の扁額が光っています。 扁額撮ってくればよかった……何のお堂なのかしら? 納骨堂っぽいけど…… 切支丹燈籠……織部式燈籠とも呼ばれるそうで、三田千代が崎の旧島原藩主松平主殿頭(とのものかみ)の下屋敷(後の大村伯邸)林泉中の小祠内にありましたが、大正15年10月に大聖院に移した。中央のもっとも高い1基の棹石には変形T字クルスとキリスト像とおもわれる形状が、また左右面に、漢字が刻まれている。この燈籠は徳川幕府の弾圧を受けた隠れ切支丹が庭園の祠等に礼拝物として密かに置かれていたもので、歴史的に文化的価値が高く、全国的にも数少ない燈籠……と、目黒区教育委員会の説明書きがありました。 なにやら行列……山手通りぞい… ラーメン二郎……ですって……3時近かったはずなんだけど、人気があるんですね。 REGIONALE……レジョナーレって読むのかな? イタリアンかな? 田道を南西に入ったところで見かけました。 坂 道……きれいなS字を描いて上っていきます。昔、五反田方面から車の時は、目黒通りを通過してこの道を使っていましたっけ……大鳥神社の交差点を左折する際、歩行者が結構いるのでなかなか進みませんでしたから…… 馬喰坂(ばくろざか)……「ばくろ」とは、風雨にさらされ穴のあいた状態を示す、目黒の古い方言だそうだ……馬を食っちゃうわけではなさそうです。 馬喰坂上から……切り開いて作られた道だと思います。 北東の景色……近くに「なべころ坂」なんてのがありますが、この日は行きませんでした。 こんなところに……幾度も通過したことがありますが、初めて気付きました。車じゃ無理ですね。 馬喰坂上の庚申塔群……60日毎に巡ってくる庚申の日に当番の家に集まり、青面金剛を祀って豊作を祈って飲食をともにしながら夜を明かす……江戸時代にはやった庚申待ち……その庚申待ちを3年18回終えた時に建てられたのが、庚申塔。 一般的には合掌六臂(ろっぴ)の青面金剛が刻まれていますが、右から二番目は三猿だけみたい……どれも古いですね。 現代彫刻美術館……興味がないのでパス…… とちの木庚申をさがしにやってきました。 とちの木庚申……たぶん、おそらここれでしょう。変則五差路の交差点……陰に隠れていたので、パッと見は気付きません。そばを流れていた川から拾われたものだそうです。傍らにあるとちの木からこう呼ばれるようになった……と区のHPに書かれていましたが、木なんてないじゃないの? 谷戸前川緑道……って言うそうです。 名称も独り反省会で初めて知ったのですが、当然少し歩いた私です。 マンホール……羅漢寺川緑道では、かすかに水の流れる音が聞こえたのですが、ここでは分かりませんでした。いまも流れがあるのかしら? 階段とアーチ…… また別のアーチ……雨の日に傘をさしていたら邪魔です。 右はちょっとした空き地ですが、家を建てるのは難しいのでしょうかしら? 陽が当たりそうにないからダメですかね。 けっこう高台になってます。土砂崩れのないようにね…… 終点かしら? と思ったら、ほぼ90度方向を変えて、まだまだ続きそうです。東に向かっているので私はここで止めました。ラーメン二郎に戻ってしまうこと請け合いだったので…… ちなみに今は暗渠となっていますが、この川は目黒川に流れ込んでいることでしょう。 進むのを止めて、前の階段を上ると公園でした。 大塚山公園……もう一つ階段を上ると、また公園……二段公園でした。 公園から東の景色…… 大塚山公園前の坂道…… 坂上から北の景色…… 公園の別の入り口発見……飛び地になっているのでしょうか? 仮称 目黒区立第六中学校特別養護老人ホーム……だって! ずいぶんできました。 ということで、林試の森から近場を一回りしてきました。気候も暖かくなったので歩くにはいい具合です。 2万2131人が犠牲になった東日本大震災からちょうど8年……今もプレハブ仮設住宅で過ごす方は3100人、5万2千人ほどは避難生活を続けておられるという。立ち入れない高濃度汚染地域の復興は難しいだろうが、東京五輪の建築や整備に費やす人員・労力を持っていけば復興はより進んでいただろうに。「あっちの方だからよかった…」今村復興相の言葉を私は忘れない。「自主避難は本人の問題……裁判でも何でもやればいい」とも言い放った。原発を推進してきたのは誰なのか? 原発も基地も、改めて深堀りした議論を尽くしてもらいたい。 蛇足……今朝は、先日目にした「紅生姜ちくわ天」が気になっていたので富士そばに行った。「なんでやねん!」これだけ売り切れ……しょうがないからイカ天にしたけど、今日のは硬かった……揚げ方も下手で衣がふっくらしていない。麺は茹ですぎか? 腰が今一なくなっていた。まぁ、そんなものかもしれませんね~ 日々同じ味を期待するのは贅沢なのでしょう。
2019.03.11
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3月2日……林試の森の河津桜の後、目黒不動尊に立ち寄ってから…… 目黒不動を左手に、境内敷地に沿って歩きます。こういう道、大好きです……車がほとんど来ないので… 三色ポール……珍しい場所にあるんですね~ たぶん、阿弥陀堂の裏あたりでしょう……目黒駅から徒歩でお不動様を訪問する方は、たいていこの道を使われるでしょう。 表通りに出ます……車止めがちゃんとあります。 天恩山五百羅漢寺……細道を左に曲がった所です。元禄8年(1695年)鉄眼禅師が江戸本所(現在の江東区大島)に創建した黄檗宗のお寺。当時、境内にあった「三匝(さざい)堂」という内部が螺旋階段になっている建物で、一堂に諸仏像を拝見できると人気を博したそうな……明治41年(1908年)に当地に移り、現在は浄土系単位の寺となっているようです。 不退法尊者……左の像……以前は素通りしたので、この日は訪問することにしました。 庚申塔と手水舎……入館料300円をお支払いした受付の後ろにありました。庚申塔には青面金剛と三猿が刻まれています。 羅漢堂……十数年(1691~1710年)かけて松雲元慶(しょううんげんけい)が彫造した木造五百羅漢像・諸仏像……現存する305体のうち、本堂に納めきらない146体を安置しているとのこと……コの字型の堂内に立ち並ぶ? いやいや座り並ぶ羅漢像群には圧倒されます。 館内は撮影禁止のため、五百羅漢寺のHPよりお借りしました。本も買ったことだし、勘弁してくださるでしょう。ちなみに、外部からでも仏像が映りこんだ写真も撮らないで……って書かれていました。私はちゃんと守ります。 らかんさんのことば……1,000円(税込み)らかんさんとは、お釈迦さまのお弟子さん……実際にお釈迦さまの説法を聴き、教えのとおりに修行に励んで煩悩を払い聖者になった方々ですって。 それぞれの羅漢さんの名前にちなんだ金言名句が記されています。堂内でも像の脇に添えられていましたが、とてもとても覚えきれないので購入しました。連れ合いも見ることでしょう。 五百羅漢寺本堂……釈迦如来とその弟子である羅漢さんたちが一堂に会しています。釈迦如来が羅漢たちに説法する光景を再現してあるとのことです。 右は再起地蔵尊で、そのさらに右に次の「碑のこみち」があります。 碑のこみち……当山ゆかりの石碑だそうですが、奥まで両側に並んでいます。 水子供養堂と子育て地蔵……地蔵菩薩っていうのは、迷い苦しむ人々を救うまでは如来にならないと願を立て、人々の苦しみや悲しみをやわらげ、願いごとを聞いてくださる菩薩さまなんだそうです。 庖魂(ほうこん)の碑……魚の形をした自然石……魚鳥と包丁の供養だそうです。 さくら隊 原爆儒殉難碑……広島に原爆が投下された昭和20年8月6日……巡業中だった新劇の名優「丸山定夫」の主宰する移動演劇隊「さくら隊」が被ばくし、団員9名が悲惨な最期を遂げた。旧友たちの死を哀悼し、原爆と言う非人道的な武器を発明した人類の愚かさに、永遠に抗議するため、昭和27年、徳川夢声によって建てられた……と書かれていました。碑の文字も、元祖マルチタレント徳川夢声だそうです。 興安(こうあん)友愛の碑……第二次世界大戦終末の混乱に巻き込まれ亡くなった多くの方々の精霊を慰めるための碑だそうですが、中心部には二千余柱の遺骨および遺髪、遺品等が納められているとのこと。戦争はだめです。 天恩供養塔……宝篋塔(ほうきょうとう)と呼ぶようですが、当寺の檀信徒各家の先亡の方々の分骨を納めて守る供養塔とのことです。分骨するのもご苦労があるようです。 天恩供養塔の左にありました。千木(ちぎ)は置いただけの飾りでなく、中から突き出ています。堅魚木(かつおぎ)も奇麗に並んでいて美しいです。 お鯉観音……「お鯉」と呼ばれた八頭身美人の名物芸者「安藤妙照(本名:安藤照)」……数々の文化人・政治家とも親交をもち華やかな人生を送っていたけど、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)によって荒廃した五百羅漢寺の再興を決意し、昭和13年(1938年)五百羅漢寺の住職となられたそうです。「縁結び」「芸能大成」を願う女性のお詣りが絶えないらしいです。男性も足を運べば、出会いがあったりするのでは? そんなことないか? 平山盧江(ろこう)の歌碑…… このあたり いつも二人で歩いたところ 思ひ出しては まはりみち 歌碑の下には盧江の分骨が納められているそうです。私はこの方を存じませんので、何も書けません。 高浜虚子の句碑……安藤妙照禅尼(お鯉さん)と親交があり、しばしが当寺に足を運んだと……妙照禅尼がお鯉のころ、虚子の実兄・池内伸嘉の舞台で「羽衣」を舞った際、虚子の打った太鼓の掛け声があまりにも大きかったため、思わず間を誤って踏み外したとのエピソードが『遠きゆかり』とのことです。 雛納め雛のあられも色褪せて 虚子 連れ合いはひな人形、片づけたかしら? あられは食べたのかしら? また来年も会えますように…… 再起地蔵尊……後ろ姿…再起への希望の灯、失意の人の再起の願いを叶えてくれるお地蔵さま…… 身の丈3.5m……穏やかなお顔でした。 お線香……本堂正面で供えてきました。100円……税込みなのがありがたい。ただただ平和を願ってきました。 御腰掛け石……羅漢寺の隆盛に尽力した八代将軍・徳川吉宗……遊猟の際の御膳所にしていたとのこと。享保20年(1735年)に置かれたものだそうです。「座らないで」とは書かれていなかったので、座ってみてもよかったのですがお尻が汚れそうなので止めました。 石塔群……本堂左手奥にありました。開基松雲元慶の塔(一番手前)は、羅漢寺を創建した松雲元慶(しょううんげんけい)の顕彰塔とのこと……「顕彰」とは先日勉強しました。 当山歴代住持之宝塔……と彫られています。 石塔石仏……私には読み切れません 阿弥陀堂、聖宝殿で羅漢寺の歴史を知るような資料を拝見した際、置かれていました。撮影禁止なのに「サインはご自由にお撮りください」って書かれていたので、一応パチリ……みーはーです。 アキラは近藤孝行、サクヤは小野大輔という、声優さんのサインみたいです。 ナヴァグラハ……漫画はまったく知らない私……上記声優お二人の原作だそうです。 ちなみに、お土産になりそうなものもたくさん置かれていました。「商売上手やね~」と思いながらも、写経筆を連れ合いに買って羅漢寺を後にした私です。 海福寺……江戸深川に開創したのは羅漢寺よりも少しだけ早かったみたいです。当地に移ってきたのは羅漢寺の方が早かったようです。以前お邪魔したのでこの日はここで手だけ合わせて失礼しました。 山手通りは目の前だけど…… 左に路地発見…… 石段あるじゃない……と、行ってみました。 続きはまた次回ですが、連れ合いはこの道を行ったことがあるそうです。羅漢寺で葬儀があった際、義母に付き添って帰りに行ってみたらしいです。有名なんだって……私は知らなかったものね~ さてさて、今日は何をしましょうかしら?
2019.03.10
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午前中に整形外科で電気治療をしてきました。行かなくても調子は悪くないのですが、今週はさぼっていたので「予防のために一回ぐらいは」と…… イカ天そば……モーニングの時間帯を外れていたので、富士そばに入ってみた私です。この店は椅子がありましたが、久~しぶりの立ち食いそば……歯ごたえのあるそばは私好みです。そばの風味など感じることが困難な濃い汁も私好み。さっと食べられるのもいいです。 厨房では外国の方?も働いておられたみたいです。コンビニ同様、圧倒的に労働力が不足しているのでしょう。入ったことはありませんが、立ち並んでいる牛丼、天丼や中華屋も外国人が頑張っているのかもしれません。頑張ってください。 券売機……私のような年寄りには探すのが大変……カウンターで注文してお金を払った昔のスタイルにしてくれないかな~ 私の前に購入していたチビちゃん連れの夫婦……なかなか決まらずに時間を要していました。 写真を撮ってきたので「紅生姜ちくわ天」なんてのがあるのにさっき気付きました。紅生姜 大好きだから今度食べてみようかしら? 富士そば……こんな店です……お客さん結構入ってました。 水出しアイスコーヒー……そばの後、雑伽屋に寄って気になっていたアイスを飲んできました。水出し特有の透明感のあるコーヒーで、なかなか美味しかったです。 冬場は10時間、夏場は8時間ほどで落とすらしいですが、40年ほど前に自分で作った時は家庭用の小さな器具でしたが12時間はかけてポタポタやったような気がします。水出しではなかったけど、バンのアイスコーヒーも美味しかったな~ と言うことで、ちょっと贅沢した今日でありました。
2019.03.09
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3月2日……林試の森の河津桜をみてからブラブラ…… 泰叡山 龍泉寺(目黒不動尊)……前回は男坂を上がった大本堂および各菩薩・不動尊や明王の石像を拝見したので、この日は下側のそれ以外にお邪魔することに……しかし月日の流れのなんと早いこと……前回は2年前でした。 門柱の上にチビ象……仁王門は予約見学でしょうか? 団体さんでとても混んでいたので手前の入り口から…… 独鈷の滝から左奥……以前訪問した私のように、多くの方は独鈷の滝から男坂・女坂を上って大本堂に向かいます。従って、こちらはガラガラでしたから写真撮るのにはありがたいです。 腰立不動(山不動)と本居長世の碑……まずは奥の腰立不動から拝見… 上ります…… 山不動再建の碑……と書かれています。 拝んできました…… ??????……扁額のように掲げられていましたが[山不動][腰立不動]と異なる不動名……なんででしょうかしら? 腰立不動由 来妙なる力におこされて 二度世に立 不動尊 かめの祝の末広く 朝日ののぼる みごとさで 東都のつどい 善男女 すくいとらすぞ 妙なる力 本居長世(もとおりながよ)の碑……作曲家……「七つの子」「青い目の人形」「赤い靴」……童謡音楽の先駆者でしょう。 十五夜お月さん……野口雨情との作品……古典の五線譜化に尽力されたそうですが、本曲はAndanteですって……アレグレットとアダージョの中間の速度(テンポ)……歩く速度って言うけれど、これがなかなか難しい……人それぞれ歩行速度は異なります。1分間に刻む4分音符の拍数ですが、アンダンテはメトロノーム記号♪=72前後・アレグレットは♪=108前後・アダージョは♪=58前後……指揮者や演奏家はこの速度が体に染みついていることでしょう。 龍泉寺 勢至堂……江戸中期の創建とみられ、勢至菩薩像が安置されています。 北向六地蔵尊……地蔵菩薩の浄土「伽羅陀山」は南方にあり、南を向いて地蔵菩薩を祈れば、直ちに浄土を発し、我々のいる北に向かって救いにきてくださるので北を向いているそうです。 青面金剛……のようですが、左右を向いたご尊顔のある姿はお目にかかったことがないかもしれません。 北一輝先生顕彰碑……「顕彰」とはなんぞや? と思ったら「隠れた善行や功績を広く知らせ表彰すること」だって……長いこと生きてはきたけど知らなかった。ちなみに、北一輝と同寺の関係はわかりません。 説明書きを撮っておきました……文字おこしが面倒なので… 国家主義、自由主義、社会主義、マルクス主義……思想の対立 甘藷(かんしょ)先生記念碑……左の石碑は特大でした。 江戸時代のはじめに琉球を経て日本に伝わったサツマイモ……鹿児島県で栽培され「蕃藷(ばんしょ)」とか「甘藷」と呼ばれたようだが、元禄以降「甘藷」として国内に広がったって……そのサツマイモの普及に努めたのが甘藷先生こと青木昆陽(1698~1769年)なんだそうです。知らなかった~ 焼き芋はそんなに好きじゃないしな~ 甘藷講……甘藷祭りが毎年10月28日に催されるそうで、サツマイモ関連の屋台も出るって…… 甘藷先生 青木昆陽の言葉……だそうです。甘藷先生と同寺の関係は「なーんだ」と、この後分かることになります。 前不動堂……東京都指定有形文化財……江戸時代中期の仏堂建築として、良く往時の姿を保っているとのこと……江戸時代、将軍や大名の参拝があると庶民は本堂に近づけなかったため、庶民の便宜を図って建立したものだそうです。 狛 犬……って言ってもよろしいのか? うつむいちゃって、なんとも愛らしい…… 龍泉寺前不動堂……木造不動明王三尊が安置されているようです。 扁 額……堂に併せて、扁額も附として文化財指定とのこと……写真では読み切れませんが「佐玄龍書」の署名から創建当時のものと推測……筆者「佐々木玄龍(1650~1722年)」は一世を風靡した書家だそうです。 なぜか大黒様……よくある姿ですが、乗っているのが米俵だとするとちょっと不謹慎に思える私です。口にするものに足を乗せてはダメでしょう。 枝垂れ梅……この日も空は青かった…… 道路を隔てた池に寄ってみました……バス停脇ですが、五反田駅往きかしら? 朱色の橋を渡ります……池の中の島には、豊川稲荷・三福堂・福珠稲荷が並んでいます。 豊川稲荷社……右側です。 由緒書きがなかったので、これらの稲荷やお堂に関してはコメントを書けません。 扁 額……そこそこ古そうです。 お狐様……知恵の象徴の巻物と、神様のご神徳の象徴・芳珠をちゃんとくわえていました。両側に小さな鳥居がいくつもさがっています。社殿前に場所があれば大きな鳥居が並ぶのでしょうが、コンパクトな奉納鳥居でした。 三福堂……柵が邪魔してました……中央にあります。 恵比寿さん……ポツンと番をしてました。山手七福神の一神ですが、目黒不動にはこれ以外にも恵比寿神がおられます。 えびす神幟……反対向きですが… 福珠稲荷大明神……左手・一番奥……なんでも柵で囲ってしまうみたいです。私、いたずらしませんよ~ 福珠稲荷……神狐様、たくさんおられました。 風向きのせいではないのでしょうが、みんな反対を向いている幟でした。 金明湧水(こんみょうゆうすい)……福銭洗いだそうで「三福神にお参りしてから、ご縁に導かれますよう、洗うお金に五円玉を添えて一緒に洗ってください」とのことでした。洗った五円玉、連れ合いにもお土産にした私です。 池のむこうは茶屋だそうです。 野村宗十郎像……明治中期から大正期、印刷書体・ポイント活字の創始と普及に努めた印刷人らしいです……由緒書きがなかったので、これ以上不明です。 境内との間の道を歩いて…… 仁王門横においででした。おそらく気付かぬところにたくさんの石像があることでしょう。 茶屋の後ろ、仁王門の手前の道路わきに、玉垣で囲まれた場所……バスが出入りするので写真を撮るのに一苦労でした。 伏見稲荷……のようです。 比翼塚……悲しいかな一緒になれなかった二人の死後、一緒に祀ったもので、各地に比翼(ひよく)塚は残っているみたいです。『処刑された愛人白井権八と、彼の墓前で自害した遊女小紫。その悲話は[後追い心中]として歌舞伎などで有名だが、この比翼塚は、二人の来世での幸せを祈りたてられたという。』と、ここには説明書きがありました。 武士であった白井権八と遊女の結末ですが、木札に書かれた「江戸情緒」って言葉がしっくりこない私です。小紫は吉原三浦屋の太夫だったみたいですが、なぜここに塚があるのか? も不思議に思ってしまう私でありました。つまらないことが気になる癖は抜けません…… さてさて今日は何をしましょうかしら?
2019.03.08
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バンが閉店してからジョナサンやガストを利用してきましたが、そのガストも全面禁煙となってしまったので、先日からお世話になっています。 ブレンド……都度豆を挽き、サイフォンで一杯ずつ作られます。今日も帰りがけに声をかけてきましたが、上質なミルクを提供してくれます。と言っても、私は最後にちょっと使うだけですが。 ひとり歩きの〇〇……私向きかも……座ったカウンターの目の前にありました。 リンゴのホットなケーキ……シナモンを振った生クリームも美味しかったです。「えぇ!えぇ~!食べますのん?」って連れ合いには言われることでしょう。自分でも珍しいと思っていますものね~ チーズトースト……+130円のモーニング……僕はこっちで十分かも? 千客万来……雑貨屋というだけあって店内にはいたるところに様々なものが置かれています。柱時計なんていくつあることか? でも売り物ではないようです。 水出しコーヒー……ちゃんと使われていました。ポトポトポト……ものすごく長い時間を要します。濁らずにおいしいコーヒーになりますが…… カウンターと小さいテーブルが3つ……少々暗いので新聞読みづらいですが、文句は言えません。何十年も歴史のある喫茶店ですが、常連さんが入れ替わり立ち代わり来られます。こんな繁盛店とは知りませんでした……昔、2回訪問しただけの私なので、失礼しました。 雑貨屋……しばらくはお世話になりそうです…… 今日も冷たい雨……嫌だな~ 何しようかな~
2019.03.07
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2月23日……平和島を越えて環7をちょっと進み、湾岸線をくぐった私…… 東京湾野鳥公園……チェックポイントとして頭に入れてきた場所まできました。 316号・日本橋芝浦大森線……なんて面倒な名前の道路沿いを東に歩きます。右手の野鳥公園の奥が大田市場です。帰りはそちらを通って帰ろう、なんてシミュレーションしていたのですが…… 野鳥公園入口……カワセミをはじめ、多くの野鳥が飛来してくるそうです。 ものすごく広い敷地です……大田市場建設時は反対運動があったとかなかったとか? 公園内を歩いても良かったのですが、園内通路の方向も定かではなかったので、こんなつまらない歩道を…… また歩道橋かしら? と思ったら…… 陸橋でした……北方向の景色ですが、奥の橋はレインボーブリッジでしょうかしら? どう考えたって5㎞以上は離れていると思うんだけど……ちなみにこの場所、ものすごい強風が吹き抜けていて飛ばされそうでした。 JR貨物線……大田市場へはここから地下になっているみたいです。野鳥公園はここでいったん分断されているのでしょうかしら? 野鳥公園前の道路の反対側はヤマトや福山といった運送会社……大きなタイヤが目立ったので何かしら? と思ったら「コンテナを載せるトラックの台車の立体駐車場」だと、この後推察できた私です。 野鳥公園の切れ目のY字路を東南(右)に進路を変えたとたんにこの景色……北東(左)に行けばじきに大井ふ頭だってことは、道路標識もあったので頭に入っていました。コンテナを降ろしたトラックの荷台置き場が前の状態だったということでしょう。 コンテナの山……船舶から降ろして陸上輸送を待つ、あるいは陸上輸送してきたコンテナを船に積むまでの間、保管して受け渡しをする場所です。どこまで行ってもコンテナコンテナコンテナ……「バンプール」って言うそうです。 JALゲット……海は近そうですが、この辺りですっかり歩くことが嫌になっていた私です。 歩けどもコンテナ……景色が面白くないし、本当に誰も歩いていないので少々心細い私。「引き返そうかしら」が正直な心境…… どうにかこうにか最後の目印に覚えておいたコンビニ到着……平和島からここまでの間、歩いた道にコンビニはここだけ。 都立 城南島ふ頭公園……埋め立てをやったのが都だから区立じゃないのかも……ここからが城南島です。大田区の町名としては一丁目から七丁目までありますが、基本的に工業用地…… なんとなくただの公園……一般住宅なんて見かけないから、子どもなんていないんじゃないかしら? 大人だって勤めに通ってくるだけだろうから、有意義には使われていないのでは? ANAゲット…… 公園内を歩きます…… ど真ん中を突っ切りたかったけど、歩きにくいので周りの歩道を…… なんてこった……公園を出たところで南に行きたかったけれど、広い道路が邪魔をして行かれませんでした。まったく人に優しくない…… 仕方なくこんな道を北東へ……「歩行者なんかいないでしょ」と呟きながらイヤイヤ歩きました。なんでこんな遊歩道を作ったのか? 500~600mはあったんじゃないかしら? 松ぼっくり……お土産に一つ拾ってきました。 やっと渡れる場所に来ました……写真の右から左に、中央下部を通っているのは「東京湾臨海道路」でした。写真左のすぐ先から完全に地下道になり、臨海トンネルを経てゲートブリッジにつながっている道路でした。 城南島3丁目と4丁目との間の道もこんな感じ……今一手入れが悪い……レンガ敷きとコンクリートの併用はなぜなのか? 車道ではありません…… 工業地帯……広い交差点ですが、信号機はありません。信じられない…… 城南島海浜公園……やっと着いた…… 一応看板撮って…… 入り口からは左に深い公園です。 バーベキューやってました。うらやましか~ 正面は海みたい……少しだけ元気に…… つばさ浜……右に羽田飛行場 西突堤……海抜1mだって……ほんまかいな? 東突堤方向……まだ埋め立てしているのかしら? 東突堤から少し右方向……東京湾の海です。 せっかくだから砂を踏んで波打ち際へ……やめときゃよかった~……靴に砂が入った。 つばさ浜正面……一応波も寄せているし、やっと海らしい海が見られました。 大きい船……大井ふ頭から出港してきたのでしょう。 大きい飛行機……もちろん羽田を離陸……無理やりゲットしたので頭が欠けちゃいました。 寒くなってきたし、心身ともに疲れたので公園近くのバス停に行きましたが、時刻表を見てがっかり……日中は1時間に1便とか2便……通勤時間帯はそこそこあったけど、なんと20数分待たないとバスは来ない。そもそも、こんなところに来る方たちはマイカーです。駐車場も結構用意されていました。 風も出てきたし、ポツンと独り立って待つのは超難儀……次のバス停は「大田市場」みたいだったので思い切ってそこまで歩くことにした私。方角・位置は頭の中で整理が付いていたので、ちょっと博打ですがスタート…… 大田市場……危ないあぶない……なんとかギリギリセーフでバスに間に合いました。1本逃すと1時間待ち……タクシーも通らない……歩くのは限界の当日でした。 大森駅に着いて、海を見る以外の目的だった「馬込文士村ガイドブック」を入手するために駅ビルの書店に寄ったのですが、あいにく「取り扱っていません」だって……駅周辺の書店にもあるように書かれていたのを目にしたのにガッカリ…… 区立郷土博物館や区役所・区政情報コーナーにはあるみたいなので、再度出直しです。ちなみに、ネット検索をしたら古本屋が500円の値を付けて販売していました。200~300円の本なのに……絶版なのかしらね~ ということで、最終的に大森からもバスに乗って帰ってきました。確かに公園はいくつもあったのですが、工場地帯である平和島からの人工島は私のような歩き方をする所ではなかったようです。まぁ、いい経験をしたとしておきましょう。
2019.03.06
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2月23日……今度は「海らしい海を見たい」と思って歩いてきました。 第一京浜を平和島口に到着……ここで左折……しばらく東に歩きます。 平和の森公園……この公園は奥が深そうです。独り反省会をしたら、私の歩く道と並行している環7を越えて広がっているみたいです。今にして思うと、この公園を横切って環7に出てしまった方が良かったみたいです……後悔先に立たず…… 目の前の横断歩道は渡れるのですが、その先は……嫌な予感…… やっぱり歩道橋しかない……なんでやねん!!! へいわじまほどうきょう……手作り感充分……だけど人に優しくないです。「よっこらしょ」歩道橋を渡ります……大田区八潮とか東海……北東に行きます。 中央の車道は歩行者が歩けません。歩けたら助かったのですが…… 平和島公園……土曜日だったからですね…少年たちが野球やってました。キャンプ場もあるみたいです。 渡れない……首都高1号羽田線と海岸通りが横切っていました。2つ前の写真の中央の道を歩ければ越えていかれたのに……「ったく!!!」です。 平和島の乗り口……私は利用したことがありません。 反対側の歩道を使え!!! ってか? ちなみに、この横断歩道に信号機はありません。 やっかいやな~……対岸もつづら折り……まったく歩行者にやさしくない!!! と立腹の私でしたが、こんなところを徒歩で訪れる人がいることはそもそも想定されていないのでしょう。 何の工事をしているのやら? 目の前の陸橋を歩かせてくれればよかったのに……歩道造ってくれてもよかったのに……早く環7に行けばよかった、と後悔後悔…… 歩いてきた道にもどって東へ…… ブツブツ独り言を口にしながら倉庫地帯を行くと、チェックポイントにしてきたモノレールの軌道発見…… モノレール……来た来た……右が羽田方向…… また来た……左は浜松町…当たり前か~ すっかり利用しないので分かりませんが、頻繁に運行しているみたいです。 トラックターミナル……流通センターや倉庫地帯でした。 新平和島橋……歩いてきた人工島・平和島とはここでサヨナラ……渡ると別の人工島・東海…… 京浜運河……川ではありません。人工島に囲まれた運河です。向こう(南)は大和大橋……環7を行けばよかったな~と後悔を引きずる私…… それでも、運河沿いに緑の森があったので少し心が安らぐ私…… 北にも続く運河……品川や天王洲アイル方面でしょう。 すこしアップで撮ってみましたが見当がつきません。 新平和橋を渡って振り返りました。人っ子一人 歩いていません……なんと寂しいことか、人がいないという事は…… ここも右折するチェックポイントにしてきました。 大井ふ頭中央海浜公園……と言う所だそうですが、ここの中を行ってみることに…… 上がってすぐに休憩所……私は休みませんけれど……この公園も北に向かってとんでもなく広いみたいです。野球場やホッケー競技場以外にも、太田スタジアムなんてのがあるみたいです。 落ち葉だらけの公園……南の端みたいですがいい感じです……「落葉の物語」ザ・タイガース『長い坂道の 落葉の丘に やさしいあの人は住んでいるのです コートにつつんだ 愛のショコラーテ 温かいまなざしが 僕を待っています……』 作詞家・橋本淳氏はたくさん書いていましたっけ……ブルーコメッツ・オックス・ゴールデンカップス・ヴィレッジシンガーズ・ジャガーズ……GS時代でした。 右手の運河が光ってました…… 対照的に、対岸はコンクリート地帯……昭和島の倉庫街です。 運河のきらめき……写真以上にきれいでしたが、なんとなく寂しい…… 休みたかったけど、トイレだけ借りて……手が回らないのかあまりきれいじゃなかった~ 失礼しました~ 大井ふ頭中央海浜公園を出て、環7とのちょっと複雑な交差点……ここをまた東に行くのは頭に入っていました。 でも、信号機ないよ~ 危ないかもしれないぞ~ 環7の道幅は広いけど、この辺りの交通量は微量……どこから減るのかしらね~ 湾岸線……横切っています……「また渡れないの?」と、私……右に行けば大田市場もチェック……頭には入っています。 なんとか湾岸線をくぐって、対岸の森は「東京湾野鳥公園」らしい……ちなみにこの道路、ここから先は環7ではなく316号「日本橋芝浦大森線」……なんて面倒な名称の道路らしいです。 振り返ると、環7大井ふ頭っていう交差点だそうだ……しかしこの交差点、どちらも道幅が広く歩行者用信号機を一回で渡るのは至難の業……とにかく人に優しくない町だと実感した私です。まだまだ苦難の続きはまた次回です…… 昨日一昨日の雨が嘘のように今日はいい天気です。新聞の天気欄には、明日も明後日も傘マーク……散歩行ってこようかな~
2019.03.05
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3月2日……前回(2月18日)はまだまだだったので、気になっていた林試の森公園の河津桜を見に行ってみました。 武蔵小山方面に向かって、こんな場所……落書き?だったら申し訳ないけど、よく描けています。 前回逆に歩いてきたから入り口 分かってます。 羅漢寺川緑道……相変わらず狭い… コンクリートの水抜き穴から植物が……前回は気付かなかったのかしら? 自然に土の水が出ているのかもしれません。 林試の森公園 北口……あっという間に到着。二度目に歩くと速いみたい…… 入園せずに直進……羅漢寺川プロムナードってのがどこまであるのか確認…「工事関係車両は20㎞走行をお願いします」って書かれていたけど、そもそもポールが立っていて車は入れないのに…… 目黒区立羅漢寺川ふれあい広場……林試の森とは道を隔てていました。都立公園の敷地外なので区が面倒をみているのでしょう。 くぬぎ門……林試の森公園にはたくさんの出入り口があります。 プロムナードとやらを進むと、石垣の高さで公園の起伏がわかります。園内ではもっとはっきり体感できます。 この辺りは高いですね~ 春の息吹を感じます……アジサイかしら? せせらぎ門……園内には池とせせらぎ橋があるあたりでしょう。ずいぶんと分かってきました。 くすのき門……水戸黄門じゃないけど「そろそろいいでしょう」…… ということで、園内に…… 遠目にピンク色……ウキウキ……設けられた歩道は遠回りなので、力づくで上っちゃいました。 咲いてる咲いてる…… 人がいっぱい……楽しそう… みなさん遠足気分のようでした。 奇麗きれい…… もうちょっとかな~ 9分咲きかな~ 場所を移動しました。この後ろに灰皿があるので…… 地面に落ちた花弁はほとんど見られなかったし、8~9分咲きかと思っていましたが、緑の葉っぱも出てきています。昨日今日の雨で、あと何日もつかしら? 明日の日中は晴れるみたいだから、見納めかもしれませんね。 巨木……いくつ股か? 同じ場所に来たのに前回は目に入らなかった~ とんでもなくでかい……ただただ圧倒された…… 公園の北東は高台です。視野はせまいけど、景色もいいです。 あかしあ門……を出ます。アカシアの木があるかは不明です。 あかしあ門を出たところにありました。北門まで700mだって……それなら1㎞は十分に歩いたことになりますが、そんなに歩いたかしら? ちょっと振り返りました。右端があかしあ門です。 バス通り……ここは両面通行…… でもって、ここはどうだったかしら?……たぶん両面通行……結構狭い道ですよ~ 運転手さん、ご苦労様です。 と言うことで「再び海を見に」に割り込んで、今日は時期物の河津桜にしてみました。梅雨を思わせる嫌な雨だけど、散歩に行けない今日は何をしようかしら?
2019.03.04
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一応モーニングには出かけて、勝手値シートもゲットしてきた。 あいにくの冷たい雨……ちょっとだけだが、昨日散歩しておいてよかった私。 今日は何をしようかな…… ひな人形……年に一度の登場 灯りをつけましょ ぼんぼりに……点けたいけどぼんぼりはない お花をあげましょ 桃の花……桃の花は連れ合いがいけました 五人囃子の笛太鼓……残念ながら居ません 今日はたのしいひな祭り……街にひな祭りの気配はなかったけど「月のあかり」作詞:下田逸郎 作曲:桑名正博 歌:桑名正博『灯りをつけるな 月の光が やさしくお前を てらしているから ふり向くなこの俺を 涙ぐんでいるから 長い旅になりそうだし さよならとは違うし この街から 出てゆくだけだよ……』 昔々の大昔……スナックのママさんが酔うとハスキーボイスで歌っていたっけ。「セクシャルバイオレット No.1」がヒットする以前のアルバム「テキーラ・ムーン」に収録された1曲……東京では流行らなかったかも? 大麻やコカイン……破天荒のイメージが強い短い人生だったが、支援活動やチャリティーにも精を出していたっけね~『恋の終わりは いつも同じ …… …… 雨の降る夜は 部屋の中 鏡のむこうで 誰かが泣いてる』 下田逸郎の詩と曲「踊り子」……松山千春がアルバム「男達の唄」に収録した唯一の他人の楽曲……下田逸郎の詩もいいな~「踊り子」って同名の楽曲は村下孝蔵も書いていたっけ。「月のあかり」じゃなく「月あかり」ってのも村下孝蔵の楽曲にあったな~ 桑名正博とは同い年生まれ……孝蔵さんの方が先に逝ってしまったけど……歌はずっと残っていますよ。 おっと、ひな祭りとは何の関係もなかった…… 古い木箱……よく戦争を逃れて今まであります。幸いにも焼夷弾は落ちてこなかったのでしょう。ずっと残りますように…… 昨日は汗をかくぐらいだったのに、今日は寒い……寒くて指がスムーズに動かないからこれでおしまい。
2019.03.03
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2月23日……呑川も目黒川も下ってみたけど、海らしい海には出会えなかった私……でもって再挑戦を試みました。最近すっかり慣れた環7を下って、馬込銀座を大森駅方面にまっしぐら……目的地へはずっと環7を行ってもよかったのですが、地図ではじゃっかん膨らんでいたため、直線に近い大森経由を選択。でも、後で後悔することに…… 大森駅山王口からとりあえず反対側・北口に抜けます。どこかレトロ感のある通路……らーめんの提灯には惹かれますが、つけ麺は好きではありません。 改札を過ぎると階段……誰も上ってきませんね~ メインではなさそうなので、この通路を使う方は少ないのかもしれません。 つづら折りの立派な階段でした。 バスロータリー……第1チェックポイントの東口に出ることができました。 バスロータリー脇の空き地で、なにやらやっていました。たこ焼き食べたかったけど、そうもいかない私…… みなさん楽しそうに飲み食いされてました……ビール美味しそうだったな~ バンドのべっぴんさんたちは休憩中……聞きたかったけど待っていられない…… バス待機中……ロータリーには入らず、脇に並んで待っているみたいです。 アトレ……駅ビルですね。ここで、バスの降車場だと知りました。 ビル前の空き地で……こちらは蚤の市かしら? 世田谷のボロ市より古そうなものも置かれていました……規模はまったく小さいですが…… イトーヨーカ堂……大森駅からは東にまっすぐ……1階にはコメダ珈琲……最近よく見ます。 松登久(まつとく)……お腹空いた~ 朝はコーヒーだけだったから当たり前です……自業自得…… 地図を見て頭に入れておいたチェックポイントが近づいてきます。 京急大森海岸駅……救急車も拾っちゃいました。どなたか存じませんが、ご無事であったことを願います。 第1京浜……流石に広い!!! でも、この交差点はまったく人にやさしくありません。信号は車のためだけにあり、歩行者(たぶん自転車も)は歩道橋を渡れって……駅の隣だというのにちょっとひどすぎませんかしら? 写真右手のマンション後方が大井競馬場らしいです。 面倒なので歩道橋を渡らずに第1京浜を南にちょっと進むと私好みの歩道……京急の方に行くわけにはいかないけど、ちょっとだけ…… 紅 梅…… 白 梅……空はまだ青かった~ まったく予期していなかったけど、歩くと出会うのはいつものこと……下見で地図を見たときには気付きませんでした。縮尺が小さいから神社マークも寺マークも表示されていなかったのでしょう。 磐井神社(いわいじんじゃ)鳥居…… やっぱり鳥居をくぐった私…… 子宝の象徴らしいですが、子犬たちがまとわりついている狛犬……安産・子宝のご神徳があるそうです。左の狛犬も撮りたかったのですが、逆光だったので断念。天気が良すぎるのも考え物です……贅沢だわね~ 磐井神社 拝殿……ご祭神は「応神天皇」「仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)」「神功皇后(じんぐうこうごう)」「姫大神(ひめがみ)」「大己貴命(おおなむちのみこと)」 美しい屋根です。 拝殿の扁額……「武蔵国八幡総社」「総社」と言うほどだから、昔はもっと広いというか壮大な神社だったことでしょう。社前は海だったであろうが、第1京浜と京急に挟まれているため、双方の拡張で狭くなってしまったと推察します。 石 碑……拝殿右奥にいくつもの石碑が並んでいました。 神功皇后ゆかりの石とされ、これを打つと鈴のような音がしたことから「鈴ヶ森」の地名の由来となったと伝えられる「鈴石」…… 江戸時代の書家、松下烏石が寄進した、鳥の模様が浮き出た自然石「烏石(うせき)」…… 残念ながら、現在双方ともに屋内に保管され非公開とのことです。並んでいる4つほどは「江戸文人石碑群」と言うらしい…… 神楽殿と境内社……こじんまり感がありますが、いいですね~ 海豊稲荷神社……境内右 手水舎……新旧でしょうか? 二つありました。地元の方々の崇敬を感じます。 とてもしっかりとした造りです。 お稲荷様のお使い……知恵の象徴の巻物をくわえていました。 神様のご神徳を象徴する芳珠(ほうじゅ)……ちゃんとくわえていました。 拝殿前から見る境内…… 磐井神社の手水舎……立派な造りでした。 樹齢は分かりませんが、とにかくとにかくすごいイチョウでした。変わりゆく街と行き交う人々を眺めながら、歴史を紡いできたことでしょう。 信号のある横断歩道があったので、第1京浜を渡ると路地の奥になにやら…… 平和島競艇のスタンド……ボートも競馬も、まったく興味のない私です。でも、好きな人にはありがたいですね。ギャンブルの梯子ができるものね~ 帰りの交通費は残しておきましょうね。 ということで出かけましたが海は遠い…… どうなることか? 続きはまた今度です。
2019.03.02
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昨夜も酔っぱらいながら練習してみた。 ちっとも上手くならない……くやしいな~ 今朝は目覚めが悪く、午前中はなんとなくグダグダ……いつものこと それでも「何か食べなあかんな」と、久々に二葉で半チャーハンと麺硬ラーメンを食べてきた。文字を書く気力がないので日記をさぼろうか? とも思ったが、一応こんなので済ませちゃいました。 お墓参りに行ってくれた連れ合いには申し訳なく思っています。明日はちゃんと写真載せるよ~ 面白い写真はないけどな~
2019.03.01
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