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?の体験記(1)【中越地震編】
市でいうと、柏崎市にあります。柏崎といったら・・・?なにが思い浮かぶでしょう。皆様の想像に任せますが。
さて、皆さんは中越地震を覚えていますか?
2004年10月23日、午後5時56分に発生した地震で、最大震度は7という大地震です。私の住まい柏崎でも、震度5強の揺れを観測しました。しかし、家は柏崎の中心というより震度6を観測した小千谷市に近いので震度は5強以上あったかもしれません。その時の、体験記です。
当時、私は小学4年生でした。いつもどおりの土曜日を過ごしていました。親と妹と出かけ、図書館で本を借り、いつものスーパーで買い物をし、いつもどおりに帰宅。
午後、5時半を回ったところで祖父と祖母は自分らより一足早く夕食を食べ始めました。今日は、神社に集まり集会があるらしいのです。無関係の母と私、妹は居間でそれぞれ団欒。母はストーブの前でカタログを、妹はコタツに入りレゴをいじっていて、私は図書館で借りて来た「ズッコケ三人組」を見てました。
台所があわただしくなってきたので、祖父達の夕食が終わったようだ。私は時計を見ると5時50分。いつもなら祖父と風呂に入る時間だが、今日は祖父の都合で後にはいることにしたのだった。時計を見ると5時55分少し前。何故か、時計が気になっていた。そして、本のページをめくった瞬間・・・。
激しい地響きと共に家が揺れた。最初は蛍光灯の紐を見て「あ、地震だ」としか思っていなかった。しかし次の瞬間、想像もしないほどの横揺れに頭を抱えうずくまった。「テーブルの下に隠れろっ!」の教えは頭に無かった。チラッとわきを見ると、くもりガラスの奥を走るものが見えた。恐らく祖母だ。すると、電気が消えて真っ暗に。しばらくは、動けなかった。
「おーい!」
の声と共に居間の扉(と言うかふすま)が開く。
祖父が、台所から出てきて居間に入ってきた。台所は廊下を挟んですぐ正面にあるから、すぐにこれたらしい。
母も妹も無事だった。とりあえず懐中電灯を手に外へ。うちは庭が広かった。玄関の前には母の車。その向こうには祖父の作業小屋があり、小屋の両端には車一台停めるスペースがある。その一方に祖母がうずくまっていた。目の上にあざがあり、逃げる時に玄関で何かにぶつかったらしい。そんなことをしていると、また地面が揺れた。恐らく午後6時3分か7分の余震だと思う。そこらあたりは時間の感覚が無く、常時揺れていた気がしたから(実際、何度も大きな余震がこの間に起きていた)確かではない。
母の車に避難して、母が家の中から毛布を取ってくることに。母が玄関に入った瞬間、また大きな揺れが襲った。今度は正確に記憶していて、午後6時11分の余震だと分かった。
何とか、毛布を取ってきて母の車でラジオを聴いていると「午後6時頃、新潟県中越地方でマグニチュード6・8の地震が発生しました」などと情報が入ってきて、どんな状況かようやく理解した。まさか自分の地方を大地震が・・・などと思っていたら、また大きな揺れが。今度は車から飛び出してしまった。先ほどまで何も怖くないような顔をしていた祖父が初めて、驚いたような顔を見せた。小屋がミシミシいっていてつぶれそうになったが、持ちこたえた。車に戻ると時間のメーターのところが「18:40」となっていたから、午後6時34分の余震だったんだろう。この余震が一番大きく感じた。
その後、家から県道に出る農道に車を移動させた。大きな余震があるたびに車から飛び出してしまう。午後8時少し前の大きな揺れから、大きな揺れは感じなかったが、時より車から飛び出してしまう揺れの余震があった。ラジオを聴いていると被害も明らかになってきて、柏崎は被害が少なく、揺れも小さいことを知った。「災害対策本部」が設置されたらしく市のスピーカーから途絶えることが無いように放送が入った。
午後9時を回っても未だに揺れは収まる気配が無かった。すると、車の窓を叩く音がした。見ると父がいた。父は市内の中心部にある、ガソリンスタンドに勤めていて、やっと帰ってこれたのだ。喜んだのもつかの間。父は会社のほうで、整理などがあるらしく、祖父のKトラに乗ってまた出かけてしまった。私は父の車、「ホンダ オデッセイ」に移動し、祖父と見回りに来る母と、夜が開けるのを待った。
目が覚めて、車に装着してある時計を見ると6時ジャスト。車の中は無人で、皆外に出ているようだ。
家に入ると、大人たちが作業をしていた。私は玄関で本を読んでいた。午前中は普通に過ぎた。午後になり、また余震があった。寝室で本を読んでいると突然揺れが襲い、外にもうダッシュ。
10月24日は家の電気もつき、少し復興の兆しが見えた日だった。
10月25日。この日は、雨もちらついた。親は仕事だが、学校は休み。小学4年生の私はかなり喜んだ。
しかし、深夜に強い余震があった。私は、飛び起き、外に逃げた。まだ農道に車が止まっている。車で寝泊りの人もいるようだ。さらに、早朝、起きたばかりで「ズームイン・スーパー」を見ていると、また余震。余震は収まったと考えていたが甘かったようだ。
10月27日。今日から学校に行き、集会があった後、授業。そして、休み時間に小さな余震が発生し、グラウンド脇の駐車場にに避難。校長の話が終わって、校舎に戻ろうとしたら、今度は大きな余震。校舎に戻っていた1年生を教師があわてて出して、校舎の外にいた私達はグラウンドにあわてて走った。結局、その日はそのまま下校。余震はまだまだ続くのであった。
11月に入り、雨の日が多くなってきた。しかし、余震は収まることの無く、私達を襲った。
11月の4日。私達は学校で「地震の後について」とか言う、アンケートを行い、地震後、自分はどんな感じになったか、と言うのをアンケート調査された。「物音に敏感になった」とか「地震の瞬間を思い出す」とか「地震の夢を見る」とかアンケートを行った。しかし、そんなアンケートをしている最中、余震はまたしても私達を襲った。学校なので落ち着いて対処ができた。家ではパニックになるのに、学校ではパニックにはなるが落ち着けるのは何故だろう?こんなことを思っていた。
11月8日。よく晴れたこの日も余震は私達、人間を襲う。私達の学年では総合の学習でヤギを飼うことになり、3年生と合同でヤギの世話をしていた(ちなみに、3年17人で4年は12人のクラスでした)。ヤギの観察が終わったグループから、体育の時間のサッカーの練習をしに行った。私は、終わってサッカーの練習をしていた。すると、地面が大きく揺れて、皆あわてた。私と友達のY君はチームの3年生をグラウンドの中心に集めた。揺れが収まると、上級生や下級生、ヤギのところにいた同級生達や先生達も続々とグラウンドに。後から聞くと、この余震が起きる少し前からヤギが騒ぎだし、必死で抑えたのだと言う。
動物が、地震を予知すると言うのは本当なのか?
その後も、余震はたびたび私達を襲いました。
未だに恐怖が残っています。
まだ地震を未体験の方、既に体験した方。さまざまな人がおられると思います。
ぜひともこれを呼んで、感想をいただけたらな~、と思います。
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