北の駅

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F-4EJ

F-4E改
F-4Eを航空自衛隊の要求に合わせ改修、対地攻撃能力や空中給油能力を除去したもので、スクランブル発進時の加速力を重視したため、他国のF-4Eに採用された空戦用スラットは採用されていない。1971年(昭和46)7月25日に2機(1・2号機)が完成輸入され、続いて11機(3~13号機)が三菱重工業でノックダウン生産、127機(14~140号機)がライセンス生産で国産化された。140号機(#440)の納入は1981年(昭和56)5月20日。
1972年(昭和47)8月1日、臨時第301飛行隊を編成され、4号機墜落事故(73年5月1日)による2ヵ月半の飛行停止措置を経て、1973年(昭和48)10月16日に同隊は臨時が取れ正式発足。続いて1981年(昭和56)までに302から306SQまでの計6個飛行隊が編成された。1975年(昭和50)11月1日より、302SQに対領空侵犯措置任務が付与され、アラート待機を開始した。
国産機の内90機は戦力向上と寿命延長を目的とした近代化改修によりF-4EJ改に、F-15導入で余剰となった初期導入の15機は偵察機RF-4EJに改造された。どちらにも改修されなかった機体は、各飛行隊で標的曳航などの訓練支援や、運用試験に用いられてきたが、次第に運用の幅は狭まり、1999年(平成11)には12機が小牧基地の簡易格納庫に保管される事となった。RF-4EJを含めて退役が進んでおり、2007年現在、オリジナルのF-4EJで稼動状況にあるのは飛行開発実験団の1機のみである。

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