北の駅

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F-4EJ改

F-4EJ改迷彩
F-4EJ国産機の機体寿命延長と能力向上を目的とした改修を行った機体で、1980年(昭和55)からF-4EJの延命・能力向上研究を開始し、1981年(昭和56)度に改修設計作業を開始した。1982年(昭和57)2月20日に航空機構造保全プログラム(ASIP)によって改修が可能であると判断し、昭和57年度にS/N:07-8431号機が三菱重工へ引き渡され改造を受け、1984年(昭和59)7月17日に初飛行、12月13日に航空自衛隊へ引き渡された。レーダーを従来のAPQ-120からF-16A/Bで使用されていたAPG-66に変更したことにより、目標探知距離とルックダウン能力が強化された。しかしAPG-66にはAIM-7ミサイルの運用能力が無かったため、F-15J用の誘導指令装置を機体側へ搭載し、AIM-7運用能力を獲得させた(元々F-4EJには、AIM-7の運用能力はあった)。この他、爆撃照準計算機を搭載し、無誘導爆弾や国産対艦ミサイルASM-1/2の運用能力を含めた対地対艦攻撃能力が追加(回復)された。航法装置も更新され、ヘッド・アップ・ディスプレイも追加装備されている。
1987年(昭和62)度予算で量産改修が認められ、1989年(平成元)に量産改修1号機が小松基地に配備されて第306飛行隊に配備、1993年までに第301・302飛行隊がF-4EJ改に改変、国産機のうち90機が改修配備された。また、1997年(平成9)からF-1支援戦闘機が減数することから、急遽、小松基地の第306飛行隊をF-15J/DJに改編し、支援戦闘機(F-2配備までの繋ぎ)として三沢基地第3航空団第8飛行隊に配備した(当初の計画では、第304飛行隊のF-4EJ時代の施設が流用可能でF-4運用実績のある築城基地第8航空団第6飛行隊へ配備する計画だったが、「政治的配慮」で三沢基地第3航空団第8飛行隊になった)。

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