ゆのさんのボーイズ・ラブの館

ゆのさんのボーイズ・ラブの館

13-3・・・蘭月


「ありがとうございます」

訊ねてきた男は、ナースステーションで案内を受けると
日樹の病室の前で立ち止まった
ナースステーションから間近の個室
ネームプレートだけを確認し、それだけで満足したのだろうか
面会する気はないらしい
今来たエレベーターホールへまた戻って行ってしまった




入院して3日目、手術翌日の今日
ベッドから窓の外を眺め、その度に前回の入院を思い浮かべる

あの時は陸上部の部長としての責任を感じ、高原が毎日見舞ってくれた
その行動が自分をどれだけ救ってくれたか
今なら十分過ぎるほど理解できる
そして、その誠実な高原を苦しめまいと
ただそれだけの為に高原と肌を重ねた

でも・・・
ずっと踏み込めない領域があった
それも今となってはどうでも良いこと


今回の入院は彼には知らせていない
きっと、知るはずもない
数日前、
いや、もっと前からかもしれない
高原との間に距離を感じ始めていた

だから・・・
以前とは違うんだ
そう自分に言い聞かせてもなお、高原のことが頭から離れない


そんなことを意識的に考えてしまうせいか
追い詰められる心に食欲も進まない
日樹はベッドに上体を起こし、
今日一日、空虚な時間を過ごしていた

「駄目ですよ、少しでも食べないと」

ほとんど手もつけず残された病院の夕食を見て鏡が心配そうな表情をしている
自宅で残務整理をする朋樹の名代で鏡が面会に訪れていた
面会時間も残すところ30分ほどになっている

義兄、朋樹から全幅の信頼を寄せられる男
朋樹の片腕として忠実な秘書
そして・・・恋人

常に公平な判断力を持つ鏡
日樹も彼のことが好きだ
もう何年も前から家族同様の付き合いをする彼も、心底日樹を大切に思っている
ゆえに、この状況は朋樹へ逐一漏れることなく報告される

「傷は痛みませんか?」
「・・・大丈夫・・」

少し無理して笑ったのが鏡に悟られてしまったかもしれない
傷の痛みは口にするほどでもない

それよりも・・・
心が痛い

骨折した大腿骨に添えてあった金具も取り除いた
もう自由に動き回れる
なのになぜか足から胸にまでポッカリと空洞になってしまったような
おかしな感覚をもつ

もう走らないと決めた
それを押し切れば良い


「今の状態が続けば点滴のお世話にならざるを得ませんよ」
「・・・・」

朝食、昼食、この夕食
手術後どれもまともにノドを通らない
理由まではわからないとしても
鏡が心配するのも当然のこと


わかってる・・・
的を突く鏡に返す言葉もなく日樹は俯いた

こんなことで入院が長引いてしまっては自分が辛くなるばかり
することもなく、ただこうしてベッドで休んでいるだけ
与えられた時間は余計な詮索を思い巡らしてしまう
まるきり悪循環だ

当初、一週間で退院の予定だったが、これでは期日に帰れる保障がない
体調不良では退院の許可も下りまい
それでも、自分はどうしたら良いかわからない

直に鏡もここを離れてしまう
今度は長い時間、夜の闇におびえる


感傷的な自分が情けない




『明日また・・・』

そう言って別れた日曜日の夕方
拓真が日樹の姿を最後に見た日




今日で三日目
諸藤さんは週明けから学校を休んでいる

「聞いてみれば良いじゃん」
それが一番手っ取り早い、と半分呆れ顔で亮輔が言う

「聞いてみれば、って誰にだよ?」
「諸藤さんの担任!」

放課後、部活へ誘う亮輔の声も耳に届かないのか、拓真は自分の机から一向に離れようとしなかった
理由を聞けば亮輔にとってはなんとも些細なこと
そして、拓真にとっては一大事
週明けから日樹の姿を見かけていない、と
三日目の水曜、さすがに拓真も日を追って不安を最大につのらせていた

日樹と同じクラスの野球部女子マネージャーですら日樹の欠席理由を知らなかった
知らなくて当然といえばそうなのだが
クラス担任に聞く、確かにそれが真相を知るに一番早い手段だろう
こうまで焦る拓真の心中は

帰り際の通り雨に
“僕は歩いてもすぐだから” 自宅までわずかという
日樹を一人残して帰ってきてしまったことが心に引っかかっている
もしかして・・・
冷たい雨ではなかったにしても、雨に濡れたのが原因で風邪でもひいてしまったのではないだろうか
呼び出しておいて、最後には置き去り
そんな無責任な自分を叱責して止まない

「諸藤さんだって風邪ぐらいひくだろうし、そう心配するなよ」

風邪・・・
そうかやっぱり亮輔の言うとおり風邪なのか
じゃ、あの時
諸藤さんの言葉に甘えて、先に帰ったことに原因が・・・
俺のせいじゃないか

日樹のこととなると必以上に冷静さを失う拓真

そんなはずがないだろう
たとえ拓真が先に帰らなくても、同じように雨には濡れたのだから
亮輔の何気ない発言が、面白いぐらいに拓真をどんどん崖っぷちへ追い込んでいく
相棒の亮輔は、こうやって素直で単純な拓真の反応を傍らで見ているのが楽しくて仕方ない

昔から変わらない
それに拓真の日樹への一途な想いも変わらないようだ

まったく、からかい甲斐のある奴だ
だが、このまま部活に出ても練習に身が入らないのは目に見えている
相棒の恋の行く末も気になれば、亮輔自身も日樹との面識がないわけではない

ここは一肌脱いでやるか

「拓真、行ってみようぜ」
「行くって・・・何処へ?」
「職員室だよ」

一人じゃ行き難いだろう?




亮輔に連行され、しぶしぶたどり着いた職員室の前
扉一枚隔てた向こう側は、生徒にとって和やかな雰囲気の空間とは言えない

開けてみな
亮輔に促される

扉の前に立ち、手を掛けおそるおそる開けようとすると、引き戸は誰かの手によってスーッと開いた

「あっ・・・」

予測外だった
扉を挟み、に入室者と退出者が同時にはち合わせになった
もう少しで体当たりしてしまうところだったその人物は、
恰幅の良いおじさん、もとい
野球部の顧問、藤崎教師

「何をやっとるんだ、お前たちは?練習の時間だろうに」

よりによって自分らの部の顧問に出くわすとは運が悪すぎる
練習時は厳しくても、それ以外は自分らの父親と同じように
親しみやすく頼りがいのある教師

「え・・・あ・・・」

動機が後ろめたくて言葉篭りになってしまう
職員室など好んで来る場所でもないのに、こんなところをウロウロしていては
目的を怪しまれる

返す言葉が続かない、どうしよう・・・
まさか
“諸藤さんが心配で、彼の担任に欠席理由を聞きにきました”
そんなことを正直に言えるわけがない

なんと言って誤魔化す?
そもそも職員室へ行こうと言い出したのは亮輔なのだから
いつものように相棒に助けを求めれば、隣にいたはずの亮輔がいない!?
相棒は拓真を盾に身を隠し、天を見上げそ知らぬふりをしている
それは自分でこの場を逃げ切れ、という合図か

「あ・・あ・・あの・・2年B組の先生って・・どの人ですか・」
「2B?」

拓真、よく言えた
亮輔が後ろから肘で突付いてくる

学年の違う担任の名前に顔など、教科を受けもっていなければ
興味もなければ覚えようという気もしない
少し訝しげな表情をしたが、藤崎はすぐに室内のある場所を指して教えてくれた

「あそこの右端から二番目が2B担任の竹内先生の席だが・・・」

どの先生だろう・・・
諸藤さんのこと教えてもらえるかな

気忙しく職員室を覗き込む拓真に、なんとも残念な事実が付け加えられた

「今日は出張でおらんぞ」







「竹内先生は出張でおらんぞ」
「えぇっ!?」

これで真相に近づけた、と
職員室に勇みよく一歩踏み出そうとした時だった
たった一つの情報源、その担任が不在というアクシデントはタイミングが悪すぎる
思わず口から飛び出してしまった大声に、職員室内の教師の瞳が一斉に拓真に注がれた

「竹内先生がどうかしたか?」
「い・・いえっ!」
「教科担任でもない先生に何の用なんだ?」

確かに藤崎が疑問に思うのも当然だ
拓真と亮輔、野球部の顧問である藤崎はいつも一緒にいるこの二人のことを十分知っているはず
だからこそ疑わしいらしい
何かやらかしたのではないか、藤崎の考えはこうだった
それもどちらかといえば、良し悪しに関わらず拓真に比べ行動的な亮輔がらみというのが藤崎の読み
だが、今回に限ってそうではないのだが

自分に迫ってくる年季の入った藤崎の顔を押し止めようと
拓真は両手でガードする
そんなはずはないのに、何か探られているような気がしてならない
どうも自分に下心があると逆に人を疑い深くなってしまう

「拓真~、ちゃんと言っちゃえば?」

担任が不在なら他をあたってみなければならない
上手く誤魔化して、拓真はもうこの場を引き下がるつもりだった
そんな時にはいつもそう
この相棒は自分の計画を遮る横槍を入れてくる

すっかり後ずさり、職員室と反対側の壁に寄りかかりながら
あくまでも客観視していた亮輔が拓真の段取りを全部台無しにしてしまう

いっ・・・
頼む・・・亮輔、やめてくれ

だが拓真の心配をよそに亮輔はあっけらかんとお構いなし
「2Bの諸藤さんがここんとこずっと休んでて、拓真はそれが心配らしいっすよ」

チラッと拓真の様子を伺い、藤崎にここへきた目的を素直に話してしまった
亮輔の口から日樹の名前が出ただけで反応し、もう顔中が熱くなってしまうのに
動揺し始めれば、自分が日樹のことを好きなんだと告げ口されている様に聞こえてならない

「そうだろ、拓真?」

わぁ・・・
もう、どうしてそうはっきり言っちゃうんだよ

ここで反論しても無駄なこと
今更違うとも言い切れない状態に
ただニヤリと笑う亮輔の顔を上目遣いで恨めしそうに見つ返すだけ

裏切り者め・・・

「こいつ、諸藤さんにお世話になってるんで心配なんですよ」

確かに世話になってるのは嘘じゃないが
この相棒は、そこまで言うか
顔だけでなく、全身の体温がどんどん上昇していく

「諸藤?・・・陸上部のか・・・」
その名を聞いて藤崎はすぐ日樹に思い当たったようだ

そう、全校生徒500名以上いる中で、“諸藤”と名を聞き
その姿をすぐに思い浮かべることができるのは
日樹が陸上部で、過去にこの学校の名を上げる大会記録を出してる選手、
そして学業成績も優秀
そうくれば教師たちの間でも知名度は高いはず

拓真にとっては日樹と近づきになれたことが自慢でならない
もっともこれをどこで自慢するのだろうか

そんな諸藤さんが好きなんだ・・・

「それなら、副担任の時田先生ならいるぞ」
「副担任?」

繰り返す亮輔の言葉が耳に入り
拓真は一瞬にして冷静さを取り戻した

「ほれ、あそこにいる」

そして今度は亮輔が興味深げに歩み寄る
藤崎が指したのはグランドでよく見かける陸上部の顧問だった
藤崎よりずっと若い教師、まだ着任してそう年数も経ていないような感じだ
この時田こそが日樹を陸上部へ誘い育て上げた人物

「え?あの先生が副担任なんすか?」
「おお、そうだ」

ドア越しに職員室をのぞく亮輔
その時、やはり拓真に目配せすることを忘れない

こうやって聞き出すんだよ・・・拓真
亮輔は得意げな表情をしていた

えっ・・・?

「時田先生なら知ってるんじゃないか?」
「そうっすね、聞いてみます」

九死に一生を得る
陸上部の顧問となれば諸藤さんに関する他の情報も入れられるかもしれない
だがそれも、結局は亮輔の手を借りることになってしまった
我ながら情けない

「それからお前たち、今日は紅白試合をするからな」

夏の大会に向けていよいよレギュラー選出なのだろう
練習も本格的に始動だ

「は~い、わかりました~」

付け加え藤崎は室内履きのサンダルの音を引き擦りながら立ち去っていった
それを見送ったのは、元気な亮輔の軽い返答だけだった
その理由は

「良かったな拓真、これで諸藤さんのことがわかるな」
「良かったじゃない!!」
「なんで怒るんだよ」

手助けしてもらってその言い方は心外だと
亮輔が不満顔になる

「あんなこと言うなよ」
「だって本当のことじゃん」
確かにそうだ、拓真の感情に関して余計なことには一切触れていない

「う・・・」
「別に何も変なこといってないのに、お前意識し過ぎじゃね?」

亮輔は嘘偽りも脚色もない事実を言っただけ
それに勝手に反応しているのは自分なのだがどうも収まりがつかない

「いいから、早く聞いてこいよ」
四の五の言えば相棒に背中を思いっきりどんと押され
否が応でもその足は職員室の中へ1歩、2歩と侵入していた





「いいから、早く聞いてこいよ」
文句の一言も返す間もなく、相棒に背中をどんと思いきり押され
否が応でもその足は職員室の中へ1歩、2歩と侵入していた


こうなったら亮輔に対する不満を前進エネルギーにするだけ
その不満を作った張本人も、さすがに職員室の中までは入っては来ない
ここは生徒にとって学校で一番緊張する苦手な空間だからだ

有無も言わさず、拓真は押された勢いのまま職員室中央へ突き進んでいた
ただし床に落とす足音は、いきり立つ心とは正反対に至って控えめだ
一度教師たちの視線を集めた拓真、幸いにも今度は教員の誰も気に留めやしない

開け放たれた職員室の窓から校庭が見渡せ
それぞれの部のユニフォームに着替えた生徒らがまばらに窺える

早くしないと・・・
拓真の心は急く

中央の二列ひとかたまりが2年学年担当の教員の机
藤崎に教えられた日樹のクラスの副担任、時田の脇へたどり着く

長身から見下ろす拓真、その気配を彼が先に察し振り返った

「君は・・・?」
「あ、あの・・・」

時田の両瞳が、無言で佇む拓真を少し訝しげに覗く
毎日同じグランドで練習しているとはいえ
他の部の生徒のことまではあまり記憶には無いだろう
しかもユニフォーム姿と制服ではイメージもかなり違うはずだ

「俺、一年の北都です あ、・・野球部の」

そこまで名乗り、もし彼が少しでも自分の存在に思い当たることがあれば話が切り出しやすい

「・・あ、あぁ、そうだったね、野球部の」

くるっと椅子を回転させ、拓真の真正面を向く
瞬間、時田の表情がほぐれた
どうやら彼の記憶の中に微かでも拓真は存在していたらしい
ならば少しは気が楽になる

「先生は2Bの副担任って聞いたんですけど・・・」
「あぁ、そうだが」

恐らくこの学校の教師の中で一番年齢が若いのではないだろうか
日に焼けた顔から若々しさが漲る
グランドで見かける彼の姿はいつもスポーツウェアで
顧問を受け持つぐらいなのだから、独特な体型はきっと陸上経験者なのであろう
面と向って話すのは初めてでも、スポーツに携わる人間には自然と警戒心が薄れる
これは勝手な先入観だ

「諸藤さんの・・・」
「ん?諸藤?」
「はい、諸藤さんのことを聞きたくて・・・その・・・ずっと休んでて・・・先生何か知ってますか?」

いきなり聞いて良かったものか、驚いたような視線を時田に向けられたが、
それもすぐに穏やかな色に変わる

「君がなぜ諸藤のことを?」
「え・・」

やはり、そう簡単には教えてはもらえず
逆に理由を問いただされてしまう羽目に

「諸藤の知り合い、かな?・・・君は確か一年生だったよね」
「はい」

まるで試されているように無言でじっと見つめられる
心の内を全てを見透かされてしまいそうで息が詰まる
顧問の人柄、方針次第でその部のカラーが変わる
野球部のオープンで父親的存在の顧問藤崎に比べ、
この陸上部の顧問、時田はどことなく繊細だ
それが陸上部のイメージに反映されているのだろうか

「諸藤さんは・・・俺の・・・」

拓真は自分の足元に視線を落とし俯いた
言葉には出せない胸のうちが表情に出ていたのだろう

俺の・・・大切な人だから
そう言ってしまえればどれだけ良かったか・・・
だが、

「友達なんです!」
自分の気持ちに一番近くて、遠まわしな言葉を選ぶ


“それなら、良かった”

しばらく間を置き
時田の口からそんな風に聞こえたのは気のせいだったのだろうか

「え?」
「いや、ごめん 君の顔があまりにも真剣だったから」

時田はそのまま穏やかに微笑み
拓真が知り得たかった答えを教えてくれた

「彼は今、入院中だよ」




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