岩波新書「豊かさの条件」(暉峻淑子)に次の記載があった。
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ベルリンに住む友人は,自分の息子が18歳になった誕生日のパーティーで,
「楽しい子ども時代を過ごさせてもらって,ありがとう」
とこどもからいわれたとき,
「その言葉は,親である私達にとって,こどもからもらった
最高のフレゼントだと思った」
と語った。
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国連の子どもの権利委員会は,1998年
日本の子どもの状況を審査し,その結果,豊かな国,
日本が置かれている過酷な受験競争を
「子どもの人権問題あり」として質した。
教育制度は非情に発達しておりますけども,
非情に競争的な社会だからです。
子ども達はストレスを経験している。
システムの中であまりにも圧迫されるのは,子どもの利益にそぐわない。
これはいじめや,自殺,そして子どもが学校に全く行きたがらない
ある種の学校忌避になるような,他の否定的な反応とも関係している。
これに対し,どのように答えればいいのだろうか。
奈良県の家族放火殺害事件の少年は,父親に感謝する気持ちはないだろう。
大阪の母親殺害の大阪大学の学生は,母親に感謝する気持ちはないだろう。
いずれもマスコミの論調は,加害者を極悪非道なものとして厳しく非難している。
しかしながら,国連の調査団が指摘するように私達の社会のシステムの犠牲者
だと思えないのだろうか。
高金利問題でサラ金が問題になっている。駅前の一等地に
店を構えており,相当な利益を得ていることが推察される。
同様に駅前の一等地塾が乱立し同じく相当の利益を得ていることが
推察される。
サラ金(高利貸し)で生活が破綻するように
塾を通じた過激な競争で子どもが破綻しているのではないか気になる。
今一度,明日に生きる子ども達が
『楽しい子ども時代だった。』
と言える子育てを考えたい。
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