ほん太の学級通信に先日の授業参観
の子どもたちの感想が記載されてきた。
ぽん太のそれは次のように書いてあった。
「親がいたので発言しようと,なんとかがんばった。」
ところで,以前,離婚事件の相談をうけたことがあった。
奥さんが3人の子どもをつれて家を出ていったケースてある。
いろいろな要因のひとつに
父親は,授業参観にも運動会にも仕事があるといって
一切来たことがないと言われたことを時々思い出す。
父親はそれ ほど授業参観も,運動会も父親自身の意義も
考えていないと思われる。
しかし,上記のとおりに,それぞれの子どもにとって,価値の序列として
父親は自分たちを,後の方だ思ってしまっていた可能性はある。
そして,父親の必要性を感じなくなり,母親と一緒に家を出てしまったのだろう。
ほん太の感想を読んだとき
当日は,徹夜気味で体力は今ひとつだが,母親も体調を
壊しており,無理して行ったことは良かったと思った。
そういえば,私の場合,授業参観に誰も来なかった。
来ている人をうらやましいと思ったものだ。
親が子どもを愛していることは間違いのないことだろう。
子どもには形が必要だろう。
大変激務の父親がもし授業参観日に来たら
子どもは,口に出さないとしても
大変うれしい筈だ。
子どもは家族,父親にも愛されているという確信をもって
さらに大きく成長することができると思う。
これまでのほん太の授業参観では,
手をあげることもなく,おとなしく授業を受ける態度であった。
今回は,少し難しい質問に手を挙げ,答えていた。
びっくりした。
ほん太は上記のとおり,私の存在を認め,
発言する機会をみつけようとしていたようだ。
この日は,夕食時に
家族のみなにほん太が質問に手を挙げ答えたよ。
といったところ,ほん太は,表情は変えないが
うれしいまなざしであった。
親馬鹿だが
ひとつ,ひとつ
少しずつ
成長してくれればうれしい。
明後日は,103すなわち父さんの会と校長,教頭との懇談会
そして忘年会だ。
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