男の視点と女の視点。



小学校時代、男とばかり話す女というのは、女の中から白い目で見られる。
そういう女は女子の中ではぶりっ子と呼ばれる。

ぶりっ子は男に気に入られるようにかわいいく振舞う。
男はぶりっ子を見て単純にカワイイと思う。

女子の大半はぶりっ子が鼻について仕方ない。
女の世界にも暗黙のルールがあり、その制約に縛られて「男子と話す」という行為は容易に取れない。

ぶりっ子は、女の中のルールを無視し、自由に振舞う。そして男にモテる。
それがぶりっ子が女子に嫌われる原因ではないだろうか。


先日、女性の世界で生きてきた女と面白い話が聞けた。

女性からの好感度が何年間も一位だったのに山田邦子という人がいる。
僕がそのことを指摘し、「やっぱ、女性って嫉妬深いよね。」と言うと、彼女は「そうでもない」と言った。

そして、彼女は「長谷川京子は憧れる人のNO.1になった」ということを言う。

僕はこれを逆に聞いてさらに「女性とは嫉妬深い生き物なんだ」ということに確信を持った。

「好感度」というのは「嫌味がない人。女を捨ててる人。面白い人。」が選ばれる。はっきり言って、山田邦子はお世辞にもかわいいとは言えない。
一方、「憧れる人」には、「自分もそうなりたい人」が選ばれる。こういうときには、山田邦子や久本雅美は選ばれない。菅野美穂、松嶋奈々子、そして長谷川京子となるのだ。

つまり、世の女性はこう考える。

「山田邦子は面白い。男にモテないから私の幸せを奪うようなことにはならない。だから好き。でも、彼女にはなりたくない。やっぱり、慣れるならハセキョン?!」

先週、家庭教師先で中学生の話を聞いた。

皆さんは大塚愛という人を知っていますか?
ぶりぶりぶりっ子の駆け出しのアイドルなんです。

クラスの女子は大塚愛を指し、「ぶりっ子で超むかつく」と言い、男子は「かわい~」と言っているらしい。

女子から見て、ぶりっ子にハマる男はバカ男に見える。
ぶりっ子が男のいないところで見せる顔を知っているからだ。

僕は小中学校共に、昔から女子の大勢派の視点でみる癖があった。
だから、ぶりっ子は大嫌いだった。

「女の世界で認められる女ほど本物だ。」なんて思っていた。


また、男についても同様に考えていた。

「女ったらしの男はダメだ。男の世界で認められる存在になってこそ男の中の男だ。」

今だにそういう考えを持つところがある。

モー娘とか、スピードとか、広末涼子とか、そういう話をさせても大して面白くもないのに『かわいいさ』で売れていたアイドルは嫌いだった。


しかし、最近、考え方に多少の変化が現れてきた。

相変わらず僕はアイドル系は興味が無いが、かわいいアイドルを見て素直にかわいいと思えるようになった。

おばちゃんは若い男の子に簡単に「カッコいい」というのに似ている。
おばちゃんが若い頃は口が裂けても言わなかったに違いない。おばちゃんと若者は世代が違う。絶対に恋愛の対象にならない。だから、言えるのだ。その発言によって良からぬことに発展する危険性は極めてゼロに近いのだ。

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