千葉県八千代市の塾「個別学習ヴァージャー」塾長のつぶやき、かなり大声?!(ブログ)

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年末まで文献検討の… New! キラーコイルさん

September 5, 2018
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カテゴリ: カテゴリ未分類
できることとできないことの見きわめ、
これがわかるかわからないかは、
やるかやらないかということ以上に、
大切なことであるように私は思う。

わからないものが多い=点数に反映される

これが普通の人が考える道筋であるけれど、
実はここには大きな落とし穴があって、
その落とし穴は大きさの割りに人目につきにくいものでもある。
それゆえ、その落とし穴にはまることはよくある。


それはいわゆる「・・・・つもり」の所業である。
「やったつもり」、「できたつもり」、「わかったつもり」、
三大成人病も真っ青のこれらの「つもり」が、
「つもり積もって、大雪崩・・・」。
いまさらニュースのネタにすらならない現実へと、
意に反してつながってしまうというわけである。

さて、それでは、
感性(フィーリング:いわゆる "なんとなく")に頼りつつ、
慣性(惰性でもいいかな)の法則にも従いつつ、
完成の域とはほど遠い状態のまま、
陥穽にすっぽりと嵌まることから逃れ、

残されている限りある日々をいかに過ごせばよいのだろう?

自分では「わかっている」と思っていることが、
実は客観的には「わかったつもり」にしかすぎない。
そしてそれが多いと積もり積もって「大雪崩」になってしまうと、
書いたのですが、なぜこれが危険なのか。

「不安になって焦る」→ 「精神的に追い込まれる」→「自滅・・・」、
という黄金の失敗パターンになるからです。(オソロシイ)

ある程度以上のレベルの試験になると、
いわゆる「迷う」問題があちらこちらに散りばめられています。
とりわけ中学校入試(上位校)と大学入試(センター試験)においては、
制限時間という手ごわい敵を相手にしなければなりません。
迷っている時間は時間だけではなく、気持ちも一緒に奪っていきます。

「そんなの迷いそうになったら飛ばせばいいじゃん?」、

そう、その通りです。(笑)
私は常々うちの子たちには口を酸っぱくして、
耳にたこを何十匹も押し込む位に繰り返し言ってます。

でも、悲しいかな、
「わかったつもり」、「できるつもり」の意識が強い子ほど、
それができないのです。

極論を承知で書きますが、
成績の良い子、
いわゆるできる子とそうではない子との違いは、
自分ができることとできないこと(わかることとわからないこと)、
その両者の線引きができるかできないかの違いにある、
私は強くそう思っています。
そして同時に、
できるかできないかの判断スピードの速さにもあると思っています。

迷いからくる焦り、
この一番の原因はとりもなおさず、
「覚えていることの不正確さ」にあるのですが、
その理由はいったいどこにあるのでしょうか?

一に基礎事項の不足及び不徹底、
二にその反復の不足、
三に自分の知識(能力)への過信、
と続けて書けば書くほどブルーな気持ちになるのでこのあたりでやめときますが、
簡単にまとめると、記憶というものへの間違った認識、
そう申し上げてもよいのかなと思います。

「もう覚えた。できる!」ときわめて短絡的かつ即席に、
誰もがそんな風に物事を習得、理解、そして活用できるようであるならば、
「世の中は今とはまったくちがうものになっている」とは思いませんか?(笑)
でも、物事の大雑把な単純化、簡略化による、
いたずらな軽便思考の蔓延とそれを是とする風潮が厳然としてあり、
その波は並々ならぬ勢いでオトナもコドモも飲み込んでいる。
多少人生の荒波にもまれた経験のあるオトナは、
それでも時には学習機能を働かせてことなきを得ることが可能だとしても、
まだいたいけなコドモはどうでしょう?

さて、ずれてきた話を元に戻しましょう。(汗)

あることをきちんと「覚えている」のかどうかを、
簡単に見極めるための方法とは?
それは至ってシンプルなものです。
質問、設問を与えて、
それに「即座に!!!」答えられるかどうか、
ただそれだけのものです。

朝起きて朝ご飯を食べるときに、
普通の人はいちいち「あれ?箸はどっちの手で持つんだっけ?」とか、
「ご飯を箸でつまんだ後はどうするんだっけ??」とか、
考えたりすることはおそらくないでしょう?
あることをきちんと理解し、それを活かせるというのはそういうことです。
ところが、殊お勉強に関しては普段から、
それも試験問題に対峙している時にそうではないから、
結果的に「つもり」であることが露呈してしまうわけです。

少しでもあれ?と感じたり、迷ったりするもの、
それらは結局のところ「できるつもり」、「覚えているつもり」にすぎません。
一刻も早く再確認、再学習をきちんとする必要があります。
それをすることなく今の状態が改善されることは、
マークカードを塗り間違えて馬券が的中することと、
同じくらいの確率でしか起こりえません。
(私には20年間で一度しかありませんでした)

巷では「基礎が大事だ、基礎が大事だ」とよく言われておりますが、
私が考える盤石の基礎力とは「ただ、やった」というのではなく、
いつ何時、それこそ気持ち悪くても、寝ぼけていても、
即座に答えることができるレベル、です。
あとは、どの範囲までのことを基礎と捉えるかということでしょう。
難関と言われる学校こそ、
ほんとうの意味での基礎力(底力といってもいいですか)を問われる。
拙いながらの経験則ではありますが、
私はあながち間違ってはいないかも?と思っております。





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Last updated  September 5, 2018 06:52:05 PM
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