気がつけば、思い出し笑い

ショートストーリー11


今年も 街の花屋さんでは滅多に見かけないぷっくりとした花弁を持つリッチなフリージアが
届けられた。
花瓶に放ったとたん 立ち上る春の香り。
一瞬 時間が止まるような錯覚に陥る。

大学生の頃、同級生とつきあっていた。最近 知ったけれど彼は初志貫徹して弁護士になった
らしい。いくつか本も書いている。
18歳の恋は今 思うとひどく不器用だった。
言わなくてもいいことを言っては 喧嘩をし、うまく本心を伝えられず、放置したまま疎遠になった。
好きな相手にあんなに強情にならなくてもよかったと思うし、もう少し思いやりをもって接することが
できなかったのかが悔やまれる。

自己の意識ばかりが強すぎて、抱きしめられても素直に身体の力を抜いて 委ねることがうまく
できなかった。
相手の精一杯の優しさや思いやりに応えることが気恥ずかしかったのだ。
私も子供だったから。
あれが恋だったのかと問われれば、あまりに幼い自分に顔から火が出るくらい恥ずかしい。
若い時は 自分の理想とする姿とリアルな自分とのギャップを、素直に認められず、居心地が悪く、
何でも他人のせいにしてしまう。
自分を好きになれないのであれば、人を好きになるのも難しく、ましてや相手を幸せにすることも
ままならない。

良い関係を築くために 努力するなんてことも想像すらできなかったから、うまくいくわけなんてないのだ。

だから、彼から「もう、終わりにしよう」と言われたときは、不思議と納得した。
お互いがお互いにイラついていることに気づいていたし、これからどうしたらいいのかもわからなかった。
「好き」であることの延長戦上に関係性の継続が必ずしもあるとは限らない。

白いトルコ桔梗の花が好きな花だった。今でも大好き。
わがままを承知で「最後に白い花束を贈ってほしい」と伝えたら、数日後 マンションのドアの前に
大好きなトルコ桔梗の花束が無造作に置かれていた。
別れる女のわがままを聞き入れなくたっていいのにね。
泣くつもりなんてこれっぽちもなかったのに なぜか涙が止まらなかった。

あれから 何度も恋をした。
少しは人として成長したつもりだ。

だけど、今でも年に1度くらい後悔する。
選ばなかった未来のあったのかもしれないと。
それは結果論でしかない。選ばなかったのは多分必然。
絶対忘れてはならなにのは彼の痛み、そして私の痛み。
それが織りなす感情は、これからの未来に向けて また違う関係を生むのだろう。
そう信じなくちゃ、前には進めない。
そんな気がする。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: