「タイチ」抜粋


ものほしざお 


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  ものほしざお
   このお話は、何年か前に夫と離婚した女魔法使いと、その一人息子で、タイチという名前の五歳になる男の子の物語です。

 ママは、ある朝、仕事に行かなくてはいけないので、とても急いでいた。そのせいで、ついうっかり一つの過ちを犯してしまった。
 ママは、タイチを、たくさんたまった洗濯物と一緒に、洗濯機に投げ入れてしまったのだ。
 ママは、不注意にも、洗濯物を外に干すときにタイチも一緒につるしてしまったことにさえ気が付かなかった。
 でもこのことでママを責めてはいけない。母一人子一人の生活は大変なことなのだ。
 ママは、タイチのための昼ごはんをテ-ブルに用意すると、
「行ってきます。夕方には帰ってくるからいい子にしてるのよ」
と家の奥に向かって声をかけると、いそいそと出かけていった。

 タイチがものほしざおの上で意識をとりもどしたのは、お昼近くになった頃だった。
 とてもいい天気で、太陽が輝いていた。
 タイチは、目がさめると、まず非常な喉の渇きを感じた。とてもいい洗濯日和で、タイチは既に十分乾いていた。
 手を動かそうとしたが、左右の服の袖をとおして背中を横切るようにものほしざおが通っているので身動きがとれない。かろうじて両足をばたばたさせることができるだけだ。
 タイチは自分が洗濯物と一緒にものほしざおにぶらさがっていることに気が付くまでに、しばらく時間がかかった。
「ママ、ママ」
と呼んでも返事はない。
 喉は渇くし、おなかもすいてきた。
 タイチはしくしくと泣き出した。
 タイチの周りには、ものめずらしそうに、鳥たちが集まってきた。いろいろな虫たちもやってきた。でも彼らは、タイチを突っついたり刺したりするような意地悪なことはしなかった。
 一羽のカラスが、タイチのために水を運んできた。タイチはカラスのくちばしから水を飲むと、やっと少し気分が落ち着いてきた。
 鳥や虫たちは、タイチの気分を明るくしようと、歌ったり踊ったりした。
 タイチも、しばらくはそのものめずらしさに、自分の境遇を忘れて笑ったりしていた。が、それも束の間。また、ものほしざおの上にポツリとぶらさがっている悲しさがぶりかえしてきた。
 日はずいぶん傾いてきたが、まだママが戻ってくる夕方までには時間があった。

 タイチのあまりに淋しそうな様子に、カラスを中心として鳥たちが一つの案を出した。
 タイチのぶらさがっているものほしざおの上に鳥が集まり始めた。
 タイチは、その数の多さにびっくりして恐怖を忘れるほどだった。
 十羽、二十羽…。やがてさおの上は、ぎっしりと鳥で埋めつくされた。
 一、二、三!
 鳥たちは一斉に翼をひろげた。
 次の瞬間、タイチと洗濯物をつるしたものほしざおは、空中へと舞い上がった。

 ちょうどその頃、ママは魔法学校で講義をしている最中だった。
 あまり熱心でない一人の生徒が、窓の外をぼんやりみていて、空を飛んでいるものほしざおに気が付いた。
「おい、見ろよ」
 教室中の生地が窓の方へと集まってきた。
「静粛に。自分の席につきなさい」
 そう叫んでいたママも、窓の外を飛んでいるものほしざおと、それにぶらさがっているタイチに気が付いた。
 ママはあわてて教室から出ていった。
 自分が、朝、あわてて、タイチを洗濯物と一緒に洗濯してしまったことに気付いたのだった。
「ありえないことではないわ」
ママは講義を早めに切りあげた。

 タイチと洗濯物のぶらさがったものほしざおは、木の枝と枝の間にかけられていた。
 ママは急いで、洗濯物とタイチをとりこんだ。
 そしてタイチとママは手をつないで、家へと向かった。
「ママ、本当におっちょこちょいなんだから」
予定より早くママに会えて、タイチは上機嫌だった。
 手をつないでいない方の空いた手で、ママは洗濯物を抱え、タイチはものほしざおをもって、二人は歩いて帰った。
 真上に高く伸びたものほしざおの上には、一羽のカラスが止まり、彼らの帰宅するシルエットが夕日に照らされて長く道に伸びていて、一枚の絵のようであった。



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