ほしはひかるのかな????

ほしはひかるのかな????

その10 散文



「タマゴサンドとコーヒー」
「虫取り網」
「小指のバレリーナ」
「陣痛(実況中)」


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「タマゴサンドとコーヒー」


誰もがよく知っているあの音を、彼も聞いた。

ボートのオールがへりに当たって、「ぼこんぼこん・・・」いう音を。
水の中から聞こえてくるその音は、くぐもっている。
夢の中でも同じような聞こえ方をするものだ。
その音が、空の上の方からくるので、不思議な感じがした。

今日の昼食はタマゴサンドとコーヒー。何も考えずに買った。
屋上で食べている。

コーヒーを飲むついでに空を見上げると、上の方で巨大なオールが水に揺られ、揺られるに任せてゆっくりと動いている。
時々どこかにぶつかって音をたてる。
「ぼこんぼこん・・・」
ああ確か今日は、故郷が紺色のダムに、ごく静かに閉じ込められたその日だ。
彼は視線を戻し、タマゴサンドを少し食べた。

今日の昼食はタマゴサンドとコーヒー。何も考えずに食べた。
屋上で。



                              (204.9.14)
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「虫捕り網」


夕暮れ・・・全てが赤く染まる頃。
子供たちは公園や、道端や、校庭で虫捕り網の柄を握り締め、しゃがんで待っている。
だんだんに日は落ちて、辺りを赤く滲ませる。すると、消え入りそうな夕焼け雲の向こうから声がやって来る。
「ごはんよー・・・」
「今日、どうだった・・・?」
「だいじょうぶ・・・?」
「ああ、そう・・・そうね。」
優しく温かい、母親の声だ。
声が彼方の空から降ってくると、子供たちは一斉に立ちあがり、虫捕り網でそれらを捕まえようと、懸命に腕を伸ばす。
日は暮れ、そろそろ星が落ち始めてしまうというのに。
子供たちは気にも留めない。月に照らし出される小さな影は、虫捕り網を振り回しながら、飛び跳ねる。
いつまで・・・。

子供たちの母親の部屋からは、明るい電子音が鳴り響いている。


                             (204.9.27)
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「小指のバレリーナ」

小指のバレリーナは赤い靴を履いていた

いや、ほんとうは赤いマニキュアのことを、そう思い込んでいた

バレリーナはパ・ドゥ・ドゥの練習を止めて、窓辺に寄った
バレリーナに密かな恋心を抱いている窓辺は、緊張した

バレリーナはほっそりとした身体(・・・指)を窓のふちにくっつけて
外を眺めた

「わたし・・・もっと練習して、もっと上手になって、それから、どうするのかしら・・・」

窓辺はいつも気のきいたことを言おうとするのだが、口ごもってしまう
かわりに、いい風を選んでバレリーナの耳元へ運ぶ

バレリーナはため息を一つついて、また練習を始める

窓辺の恋は決して実らぬことを、この世で一番よく知っているのは、窓辺自身だった

目を閉じ、苦しみに耐える窓辺のことを、
誰も知らない。

(2005.3.23)

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「陣痛(実況中)」

いやもう痛いなんてものじゃなくこれはこれは筆舌に尽くし難い。今陣痛来た来た来た来た嗚呼。
痛いイタイイタイ痛みで身体が一杯だ痛みで頭も一杯というよりもう痛みが身体から頭からコボレダシ痛みのヒトリアルキ。
ヒトリアルキし始めた痛みはまず、10トントラックでゆっくりと腰を轢いた。それから10キロの鉄アレイを10階の屋上から腰めがけてズドーン。さらに万力で骨盤をバリバリバリと。ん。
今小康状態。今のうちに寝るか。2分眠った。あっまた陣痛来た来た来た来た嗚呼。
また痛みはヒトリアルキ。
これはもう私の痛みではなく、身体を通る子供の痛み子供の頭蓋骨がずれている骨が軋んでいるもう折れそうだ。それから
俺ももう年貢の納め時。これからはタバコ・酒・女全て以前のようには堪能できない嗚呼。という彼にとってはかなり痛い事実。
それから。ん。
又小康状態。今のうちに食べるか。食べた。大急ぎで牛丼かっくらった。あっまた来た来た来た嗚呼。
何がヒッヒッフー。何が非で何が負だ。知らないまた痛みがヒトリアルキ。
これは例えるならばエベレスト登山。海底2万マイル。ミクロの決死圏。途中でやめりゃあよかったな。などと思わせる。でも、ここまで来たからにはもう後戻りできない。山頂目指せ、タコと闘え、白血球と勝負しろ。ヒトリアルキの痛みが背中をこづきまわし。
今小康状態。と思ったら休む間もなく来た来た来た。看護婦さんが。
子宮口、まだ、5cmです。10cmまでがんばってください。
がんばるって何を。何を言うのでしょうかこのピンクのナース服着たかわいらしいお方。何をがんばるというのでしょうか。こんなにカエルなのに。ぱんぱんに空気入れられもう破裂寸前で寸止まり状態なのに。もう私ばらばらに壊れちゃいますよ。破れたらもう遊べませんよ。
わかりました。これはやっちゃいけないことですが、がんばって息んじゃいます。
・・・・・(注:よい子は真似しないでね)

大変だ破水した。ベッド水びたし。ナースコール至急。

以下略。

息子、誕生。

また看護婦さん来た。
ご苦労様でした。トイレに歩いて行けますか?
すいません力の入れ方忘れました。(トイレに行くのがものすごく怖いです。)
じゃあ、カテーテルで取りますね。
出せますか?
すいません感覚ありません。
じゃあ、お腹押しますね。
これじゃあ人形だ。
私は、ピンクのナース服着たかわいらしい看護婦さんに尿を取ってもらいながら
自分の身体が、精神が壊れるとはどういうことかを反芻していた。


                            (204.1.28)
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