小夢夢の部屋へようこそ!(○⌒ー⌒○) 

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詩集  風のたより「金木犀」

                        「金木犀」
嵯峨の秋は金木犀の香り乗って訪れます。
 どの路を歩いていても、風に木犀の匂いがとけこんでいるのです。たいていの家に1本2本の、多い所は垣根みんな木犀が植えてあります。ほかの風にとけこんでいるのは懐かしいのですが、余り濃く匂うと、ふう、うとましい気になるのは、化粧の厚すぎる若い人に出会えたような気がするからでしょうか。
 若い女人は素肌さえ匂い存在そのものが美しいに、紅や青や紫で彩りすぎ、せかくの匂う肌をああ惜しいと思うように、秋は、もうそれだけで美しく匂うやかのに、これでもか
いわんばかに金木犀に追いかけられると、昔の人のつかった「こちたし」という気分になってしまうです。
 寂庵には金木犀が3本あります。どういう都合でそうなったのか、3本とも花時は、他の木に隠れて姿が見えなくなり、ただ、他の匂いにだけがだだよってくるので、客はみな、ちょと足を止めて、匂いのありかに首をめぐらせます。
それでも花が散ると、ある朝の苔の上が花屑に金色に染められて、ああ今年もこんなにおびただしい花をつけていたのかと、いとおしさがわいてくるのです。
もう忘れるほど遠い昔、よく木犀の匂う道を人と歩いてたことでした。ひそかに忍ばなければならない恋いだったせいか、選ぶ道も、自然、細い横町から小路へとばかりたどっていたのでしょうか。
 そんな名もしらぬ小路のつつまし家々の垣根から、金木犀が匂いたち、言葉少ない2人の逢い引きが、いっそうせなく思えたのもでした。
 木犀の匂いには、またいくつかの別の場面も思い出されます。
 秋の冷え冷えとした空気が人の別れを思いつかせるのか、木犀の濃い匂いが、恋の疲れに気づかせるのか。夏の日に燃え上がった恋の終わりは、いつでも、木犀の匂いのしみた秋風の中にあったように思われます。
 人に見つめられいる視線を熱く感じつづけながら、一気に駆け下りていった坂の黒い板ぺいの中から匂っていたあの花。
 降る帰らない人の背の、余りに見慣れすぎてその表情に、面と向かっては流れなかった涙が、ふいに溢れてきて、思わず追いそうになった自分を縫いつけるようにすがった橋のお袂に、金色の花屑がびっしりと、白い自分の足の爪先が、いつにもまして細くくっきりと見えたあの黄昏。
 切り出し難しい別れの言葉を、胸いっぱいにつまらせて、思わず窓を開けたら、一気に夜風が運んできた木犀の匂い。
 あのアパートの部屋の窓には今年の木犀の香りが吹き上げているのでしょうか
 すべてもう、忘れるほど遠い昔の話しばかり


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