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闇光線
花電車
その鉄道会社は芳郎がいつも使っている電車だった。いつもならテレビを見ている暇なんてまったくなかったのだが、今日はなぜかいつもより1時間早く目が覚めたのだ。
「こちらでは、画期的なサービスがあると聞いたのですが。」大きな付けまつげをしたアナウンサーが聞いた。
「こちらです。」駅員の言葉にカメラが回る。
カメラに写ったものを見て芳郎は思わず吹き出した。机の反対側にいる妻の良子も腹を抱えて笑っている。
カメラに映し出されたのは高さが15cmほどの小さな女の子の人形だった。雰囲気で女の子とはわかるが、全身が花で覆われていて何もわからない。言うならば「花人形」と行ったところか。花で出来た髪。花で出来た顔。花で出来た服に花で出来た足。全てが全て花で出来ていた。髪が短くてスカートをはいていなかったら女の子とはわからないだろう。
「よろしくお願いします。」いつも電車の中で聞いているアナウンスの女性ボイスがその人形から聞こえて来る。
「こんなに小さかったら盗まれたりはしないんですか。」それは芳郎も思っている所だった。
「その点は大丈夫です。」駅員は答えたがそれ以上は言わなかった。
そろそろ出勤の時間だった。スーツに着替え、必要な書類を全部カバンに詰め込み、まだ食事中の息子の頬にキスをして、芳郎は家を出た。
芳郎は2回乗換えをして会社に行く。問題の人形がいるのは2回目の電車だ。
1回目の電車は都心に向かう電車だった。それゆえに電車が破裂するほど満員になる。
絶対にカバンを放さないようにギュッと握り締め、終点に着くのを待った。人の波に飲まれながら改札口を出た芳郎は、橋を挟んで反対側の鉄道会社を目指した。1回目の駅と同じ名前の駅だ。改札口の前の掲示板に張られた広告には「花子ちゃん人形登場!」とでかでかと書いていた。名前もそのままだった。誰もこんなものを見ても癒されないと思う。都心から離れていく電車だったから、だいぶ空いていた。1回目の電車に比べれば、ここは無人に等しい。
長いす一つに3人座っていたら多い方だろう。ドアが開いた瞬間、乾燥したイチゴのようなにおいが鼻をくすぐった。芳郎は臭いの元を探るとそれはあの「花子ちゃん人形」からだった。
「いらっしゃいませ。」花子ちゃん人形が喋りだした。
「ここは店かよ。」芳郎は小声で言った。
「店じゃないですが、お客様がいらっしゃったので。」芳郎は少し驚いた。普通に人間の言葉に反応して、きちんとした答えが返ってきた。なかなか優れたロボットだ。
芳郎が椅子に座るとベビーカーに座っている赤ちゃんの方へ歩いていき、赤ちゃんを笑わせていた。
ふと気付いたように、「花子ちゃん」が歩いてきた。花子ちゃんはそのまま芳郎の前を通り過ぎ、だらしなく学ランを着ている高校生のところへ行き、
「携帯はマナーモードにしてくださいね。」なんてことをを言っている。すると高校生が素直に
携帯をマナーモードにするあたりがすごいと思う。
「ご乗車、ありがとうございました。」そんな言葉に送られながら、芳郎は電車を出た。
ホームを出て、芳郎は自分が鼻歌を歌っていることに気がついた。
仕事帰り、ほろ酔い気分になっていた芳郎はそのまま電車に入った。
「いらっしゃいませ。」花子ちゃんは行きと同じように芳郎を迎えた。少し嬉しかった。
芳郎が椅子に座ったとたんに、向かいの椅子に座っていた客が酔いつぶれてしまい、椅子から落ちてしまった。
「大丈夫ですか。」花子ちゃんは小さい手で背中をさすりながら言った。
ふと隣の車両を見ると、同じように隣の車両を見ると、同じようにさすられている客がいた。
どうやら全ての車両にいるようだ。まるでバーのカウンター嬢のようだった
「こりゃいいや。」芳郎はつぶやいた。
家に帰ってその話をすると、良子は大爆笑していたが、息子の芳樹が真剣に聞いていた。
話が終わって、良子と二人で笑っていると、やっぱり芳樹が片言の日本語で行った。
「パパ、それほしい。」芳郎は唖然とした。まだ2歳の子供がなぜカウンター嬢みたいなロボットを欲しがるのか。まあ子供は何でも欲しがるからな。
「でも、子供の相手もしてくれるならいいわね。わたしも賛成。」良子も言った。何に対して賛成なのだろう。
「じゃあ決定!明日パパは花子ちゃん人形を持って帰ってきてください!」
「いや、それはだめだろ。」犯罪行為だろ。それは。
「パパ明日もって帰ってきてくれるって。嬉しい?」もうこうなると手がつけられない。
もちろん妻と子供に言われたからって犯罪に手を染めるほど芳郎も無力ではない。気にしなければいい。
その日の夜は直接帰ることにした。疲れたということもあったが、あのカウンター嬢と早く話したいということもあった。
「いらっしゃいませ。」どうしてもこれだけが聞きなれなかった。
芳郎は昨日家であったことを話した。というより、愚痴った。
花子ちゃんはニコニコしながら聞いてくれた。バーのカウンター嬢から電車の中の「女房」みたいな感じになってきた。
そして、家に持って帰りたくなった。どうしてだろう。芳郎の手がすっと伸びてゆく。人形のほうへ。芳郎の手がピンク色の人形に触れた瞬間、芳郎は自分の体がふっと軽くなるのを感じた。自分の頭が「もう何も考えなくてもいいんだよ。」といっているように感じた。瞼が重くなって、本当に何も考えられなくなりそうだった。瞼のわずかな隙間から自分の腕を見ると、腕の色が七色に見えた。まるでそれは、自分の体に花畑ができたような・・・・・・・。
「こちらの鉄道会社では、忙しいサラリーマンの方々の心を癒すために、ある画期的なサービスが開始されました。」
その鉄道会社は中学生になった芳樹がいつも使っている電車だった。いつもならテレビを見ている暇なんてまったくなかったのだが、今日はなぜかいつもより1時間早く目が覚めたのだ。
「こちらでは、画期的なサービスがあると聞いたのですが。」大きな付けまつげをしたアナウンサーが聞いた。
「こちらです。」駅員の言葉にカメラが回る。
カメラに移ったものを見て芳樹は吹き出した。
カメラに映し出されたのは15cmほどの小さなスーツを着た男の人形だった。
「そんなに小さかったら盗まれたりしないのですか。」アナウンサーが聞いた。
駅員はにやりと笑いこういった。
「その点は大丈夫です。」
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