「阿南町和合鈴ヶ沢の松村さん宅の猫です」
日曜日の地方紙「南信州新聞」に65歳5割超えは88箇所と言う記事が掲載されています。
そこには当阿南町の高齢化率39,2%総地区数53 内14箇所が限界集落とあります。
この「限界集落」と言う言葉に「表現方法で提案」として下伊那地方事務所では「学術的用語とはいえ、現に懸命に生きている人々の集団に対して『限界』集落と呼ぶことには抵抗を覚える。安易に使える言葉ではない」とする。
そこで現実の厳しさを直視した対策の重要性を認めつつも「地域の中にあるポテンシャルを見失ってはならない」『限界集落』から「生涯現役集落』へと発想を転換したコミュニティーづくりを構想すべき時」
と提案されています。
発想の転換点で 私たち阿南町社会福祉協議会は 「鈴ヶ沢の地ナス 地キュウリ 地唐辛子」を栽培する ここに写っている 猫と暮らしている松村ひさ子さん宅に 何度も足を運んでいます。
限界集落でまさに地野菜を守り続けている 松村さんや 地域の人々は 「生涯現役」である皆さんです。
問題はでは「生涯現役集落」であるためには 何が必要かという問題と 向き合わなければなりません。
と言っても、こちら側が思う問題点と現に暮らしている皆さんでは問題認識が食い違っています。
一番人口のいた元気な時を知っている「松村さんは」今日は天気が良くて周りの紅葉がきれいだにと家にいながら紅葉を眺めています。
自然をじかに感じて、自然の中で 風や川のせせらぎを聞きながら ゆっくりと 人生を過ごす。
「コミュニティーの崩壊がどうだとか」ゆっくりと流れる時間の中では「猫」が動くひとつひとつのしぐささえこんなに たのしいものなんだと 思うと そのような問題意識など どこかに 吹っ飛んでいきます。
先日ヘリコブターで ここの地域のおばあさんが 運ばれていきまして、昔はそんなことは考えられなかったことだに
ここ「鈴ヶ沢」に県立阿南病院では診療日があり、同行したことがありますが、この時も「松村さん」の作ったキュウリの漬物?だったかなあ おいしかったよ
そのときは、薬剤師の方が Tさんと言うおじいさんを 背負って家から道路まで連れ出してもらった覚えがありますが、その家の おじいさんは 今年亡くなり おばあさんは 一人で暮らせなくなって 今は社協が運営する「高齢者ハウス」で生活を始めた。
元気で最後までそこに暮らすことのできる 方法は 見つからないが 思いがこの地から離れないうちはそこに住み、気力が衰えたら 地域以外のところで支える方法を 私たちはとるしか ないかもしれない。
当社協のヘルパーが衛星携帯をもって この地域に 支援に入るのも 本人達の気力との付き合いであり、この点を どう持続させるか
生涯現役であり続けるための 何を 保障するのか を しっかりと 把握することが 手始めかもしれない。
社会問題としての「限界集落」に暮らしを立てている皆さんにとって「最後までいきいきと 暮らすことの出来る そのための 支援とは なんだろうか?」 社協が取り組む場合には エンパワメントアプローチと言う方法で 「本人がとか 又は地域が とか その集団が といえる 対象者の皆様と社協が行動をともにしながら再び自らの手で起き上がることが可能な 何かを つかみあげていく」為の方法論としての行動方式には 醒めた頭と熱い心で その問題と前向きに向き合ってはじめて対象となる皆さんとの第一歩がはじまる」この場合には 方法論など存在しない やる気や思いが 対象者の中に 新たな芽を生み出すきっかけとなる 場合を希望をもって つかんでいくしかない。
場合によればいらぬお世話だ と吐き捨てられる時もある。
わしらは別に 困ってなんかおらんに
ここに来ると時間が止まったみたいだなあ と私
そうかいそうかい 悩みがあったら また ゆっくりここにきて お茶でも飲んで 元気とりもどしなんよ
と こちらの方が励まされる 「猫」が じっと私をみつめて そんなに いきがると 脳卒中で倒れるんじゃないの って 笑っているぞ。
信州の白鳥が北に帰るころです 2010/03/02 コメント(1)
春よ こい 2008/02/24
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