仕事の切れ目が悪く、職場を出るのが遅くなってしまい、つくばに着いたのは11時過ぎ。
地上のバス乗り場に行ったら、丁度出発するバスが・・・
バスの運行は、確か20分おき。
バス停からの歩きを考えると、30分。
歩いた方が早いかな?
目の前の交番で道順を確認して、スーツに革靴で歩き出す。
真っ暗な道、ちょっと怪しかったかな?
道中、色々な事を考えながら歩いていました。
自分は何の為に参加してるんだろうか?
兄は、TVを見れなくなってから、もう1年にもなる。
今年に入ってからは、新聞にも目を通せなくなった。
自分の身体を生かしておくだけで精一杯の毎日。
周囲で何が起きていようが、そこに喜びも感動も無い毎日。
自分の身体と相談して、時間を先に繋いでいる。
RFLの事を最初に家族に話した5月。
「何様になったつもりなのか?」
「お前が世界を動かしてるつもりにでもなっているのか!」
「それをすれば、兄が助かるのか」
「医者に知れたらどうするつもりなんだ」
「治療を止められたら、お前のせいなんだよ、分かってるのか?」
「頼むから止めてくれ!」
家族の反応は、徹底して否定的なものだった。
毎日、兄と時間を共有して、世界からの隔離感を味わい続けた家族。
それ比べ、離れた地で普通の生活を送る自分は、当事者ではない。
そうやって区別されるのが悔しかった。
弱った兄を見舞いに帰った8月。
この時も、初めの言葉は、決して理解のあるものではありませんでした。
「このイベントは一体何なんだ」
「お前の説明は分からない、何故アメリカのイベントにお前が動いてるんだ」
「お前は日本の代表なのか?」
「そんなに立派なイベントならこっち(青森)にも知られてる筈だろう」
「じゃぁ、こっちの代表は誰なんだ?」
年寄り達には、ネットによる社会の繋がりが理解できない様子でした。
一部の人達の間で広く広がるムーブメント。
政治が先導する訳でも、企業の宣伝による扇動もなく広がる意識の輪。
それでも離れて暮らしながら動いている自分への理解をしめそうとしてくれました。
「じゃ、知事に電話をしておいてやろうか?」
「○×医院の院長にだったらお願いしてやれるぞ」
そういう事ではない。
そういう事ではないのだけど、何とかしようと思ってくれる気持ちが嬉しかった。
そうして今日、こうやってみんなとの合流の為に歩いている自分が居ます。
明日はどんな日になるのか、そこはスタートなのかゴールになるのか。
兄にとっては、きっと何の影響を与える事も出来ないままでしょう。
救うことも、励ますことも出来ません。
少なくとも今は・・・
Soul Aliveを聞きながら・・・ Mar 1, 2008
卒業して行ったキミへ Feb 26, 2008
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