5月4日、実家の地方では桜が満開の季節です。
前日まで愚図ついていた天気も、当日は上手い具合に雲を切らしてくれました。
集まってくれたのは、母方の親戚から6人と兄嫁の実家の方から2人、実家に自分を加えて、14人での式となりました。
霊園は9700区画を超える大きなもので、30年前に購入した当時とは見違える程に立派なものになっていました。
ところどころに設けられたロータリー、霊園の中央に配置された碑や白樺林。
縁取りの片側にも芝生の上に碑が配され、逆側には桜並木が並んだ向こうにキャンプ施設が見え隠れしています。
まさか兄が最初に入ることになるとは、と思っていました。
しかし、読経を聞いている間に、何となく分かって来た気がしてきました。
実家は2世帯家族で、実際に建てたのは建築家だった兄であったものの、所有は父のもので、何となく父の実家に兄一家が同居しているという感覚が支配していました。
肩書きとしては幾つもの立派な資格を持ち、仕事の結果を見ても、決して恥ずかしくないものを残して来た兄です。
家での自分の位置は、納得の行くものではなかったのではないでしょうか。
だからこそ、最後の最後に「先に行って皆を迎え入れる」という立場を勝ち取ったのではないか。
そんな思いが湧いた瞬間に「やりそうな事だな」と感じてしまいました。
生前の頑張りに敬意を表したものか、墓石は周囲よりも頭一つ分高くなっていました。
墓全体を敷石で覆い、両側には一体構造の石のベンチがしつらえてありました。
香炉の上の燭台回転してしまえ、両サイドの線香立てにも石の蓋が付いていました。
石が高過ぎて、水を汲んだ柄杓が届かないというアクシデントも。
雨の心配は要らなかったものの、当日は風が少し出ていました。
その風が読経と共に強くなり、たっぷり水を汲んで重くなった筈の花立てが、カタカタカタカタ音をたてます。
思い返してみれば、亡くなって自宅に戻った日にも山を霞ませる程の強風を伴う初雪、火葬の日も強い風に里に初めて降った雪の日、今回は強い風の中を桜の花びらが舞っています。
穏やかな日は1日もなく、全てが記憶に残る風の強さでした。
これも、兄の演出だったのでしょうか?
そう言えば、もう一つの出来事を報告しなければなりません。
葬儀の為に帰省した11月、帰ったその日のうちにコートが行方不明になっていました。
冗談で、寒い日だから兄が着て行ってしまったと言っていたコートです。
春になり暖かくなったら出て来るかもね、と言ったままだったコート。
誰もが電車の中に忘れて来たと理解していました。
そのコートが、納骨式の前の日に出て来たのです。
どういう訳か、行き先が無くてクローゼットの中に入れたロッカーの中に、普通に下がっていました。
しまった筈の母の記憶にも無く、また、偶然にも納骨の前日まで開かなかったロッカー。
これもやはり、兄が「もう要らないよ」と返してくれたのかも知れません。
とにもかくにも、これで兄は落ち着き先に納まりました。
自分が立てた家に、家族全員を住まわせ続けながら・・・
Soul Aliveを聞きながら・・・ Mar 1, 2008
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